[6] 対決

 それでこれからどうすればいいの?

『我を思いっきり叩きつけてやればいい』

 えっと、防御とかそういうのは?

『全力で避けろ』

 避けろって、私、特に運動が得意なわけでもない、普通の女子高生なんだけど!?


 頭上に影が差す。黒猫が高く右前足を掲げている。

 とっさの判断、右に向かって横跳びする。着地のことは考えない。

 地面に倒れる。右半身が土にまみれる。わりとお気に入りの服だったのに!

『そんなこと気にしてる場合じゃないだろ』

 わかってる。わかってるけども!


 さっきまで私が立っていた場所は、黒猫の爪によって綺麗にえぐりとられていた。

 獣は低くうなり声をあげる。今度は左前足。倒れたままの私に向かって容赦なく振り下ろしてくる。

 立ち上がっている時間はなかった。そのまま寝転がってなんとか逃れる。

 ああもうまじで何してくれてんの! 全身土まみれになっちゃったじゃん!

 これ洗濯でどうにかなるんだろうか? いや手っ取り早く魔法でなんとかなったりしない?

『いや我、聖剣だからそういうのは専門外』


 勢いのまま跳ね起きる。

 思考がどんどん狭くなっていってるのがわかる。

 追い詰められているのか、それともぶちぎれてるのか。

 いずれにしろ冷静な判断ができないのは確か。やけくそ。

 聖剣を大きく振りかぶった。地面を蹴って走り出す。黒猫めがけて一直線に。

 獣は縦に口を開いた。そちらから向かってくるのなら好都合だとでも言うかのように。鋭利な牙が立ち並ぶ。


 怯むな。踏ん張れ。足を止めるな。

 余計な思考を切り落としていく――ただひたすらに真っ直ぐ走れ。


 自分の動きが洗練、最適化されていくのがわかる。

 これは眠っていた才能が目覚めたのだろうか? 違う。

 記憶が流れ込んでくる。聖剣の中に蓄積された記憶。ずっとずっと過去の記憶。

 この人、すごい。いやでもわりと何も考えてないタイプかも。行き当たりばったり。よく死ななかったな。うん、まあ、前提となる努力がすさまじいけど。


 振り下ろす。緩やかに。力はいらない。

 手ごたえあり。ばらばらに散らばっていた何かが所定の位置にぴったりはまった気がする。

 いつのまにか通り過ぎていた。振りかえれば中心から左右に両断された黒猫の後ろ姿。

 一瞬の静止の後に、声もあげずに、その獣はまた靄となって中空に消えていった。

 血しぶきとかかかんなくてよかったなあとぼんやり思う。もう土まみれではあるんだけど。


 ……あれ私勝ったの?

『勝ったよ』

 やったー!

『これからもよろしく頼む』

 これで終わりじゃないの!?

『まだまだ残っている。多分おそらく近いうちに次が目覚める』

 えー。

 地べたにぺたんと座り込む。安堵と落胆が入り混じってなんだかよくわからない。


 そのまま帰るのも面倒だなとだらだらしていたところ、先生が車で送ってくれることになった。ありがとうございます。

 ついでに車中でさっきの相談のつづき。聖剣の所有に関しては先生が上に話しておいてくれるとのこと。ひとまず持って帰って詳しいことはまた明日で。

 なんというか今となってはもう完全に私のものって気分だったから細かい事情はどうでもいいやってなってた。経緯がどうなっても私のもとに聖剣はやってくるという妙な確信。


 家に帰ってお母さんに説明してお風呂に入ってご飯食べてさて今日はまだ早いけどどっと疲れたことだしベッドに入ろうってなったところでメッセージが届く。

『ごめん寝てた』

 私はやさしいので一言『一生寝てろ』とだけ返信して眠りについた。おやすみ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る