[5] 覚悟

 ――我は道具だ。

 人の言葉を解し、人と意思疎通を図ったところで、人ではない。

 その決定には介入しない。

 あるいは助言することはできるだろう。けれどもそれはあくまで助言でしかない。

 何の強制力も持たないものだ。

 完全に純粋な、とは言えないが、道具であることをやめてはいない。

 いくら我の存在そのものが強大な力であったとしてもそれは人によって振るわれなければならない。

 これはもしかすると我の道具としてのプライドに関する話なのかもしれないな、まあそんなことを詳しく語っている状況ではないが。

 我はそういう風に作られた。そしてそれを逸脱するつもりはない。


 ――私は人間には限界があると思う。

 あまりに大きな責任を背負い込めるようにはできていない。

 人間に想定できる範囲は私たちが考えている以上に小さいものなんでしょう。

 広げすぎれば精密さを失い、処理は粗雑になっていかざるを得ない。

 非常に大きな決定を下す人間も確かにいる。けれども彼らには個別の人間が見えていない。

 緻密な観察をつづけ、心情を常に個人に寄り添わせるには、人間の脳は小さすぎる。

 えっと、何の話だったかしら? ごめんなさいね、これでもだいぶ混乱してるみたいだから。

 つまりはどういうことかと言うと、未来を見据えた正しい判断なんて人間にはできっこないんだから、あなたの思うようにやりなさいってことなんじゃないかしら、多分?


 走り出す。聖剣を携えて。

『覚悟を決めたか』

 いや決まってないけど?

『じゃあなんで我を持ったまま残滓に向かって走ってるんだ?』

 とりあえず見るだけ見とこうかなって。

『近づくだけでもわりと危ないぞ』

 そのあたりも含めてさ、自分の目で確認しときたいから。


 気配をたどって移動する。なんとなく足の向く方に進んでいればその残滓とやらに出会えるはずだ。

 グラウンドの中心、まだ太陽は空にあるというのに、どす黒い靄が渦を巻いている。

 あれだ、間違いない。

 本能で理解する。あれは人間に対する恨みつらみの煮詰まったもので、絶対的に敵対するしかなく、遭遇した以上どちらか一方の殲滅でしか終わらない。

 やばい、まじでやばい。

 早く逃げろと私の中で私が激しく警鐘を鳴らしている。そいつを無理矢理に押さえつける。


 覚悟なんてできてない。きっとそんなものいつまでたってもできやしないだろう。

 だからここにいる。この場所に立つことにした。

 黒い靄は次第に地面に集まり何かの形をとろうとしている。

 猫だ。体長3Mはあろうかという大きな黒い猫。赤い目が私を見下ろす。明確な敵意をもって。

 強く聖剣を握りしめた。絶対に手離さないように。

 詳しいことはわからない。知らないことが多すぎる。

 でもなんだってだいたいそんなものだろう。なんとなく知ってることを頼りに動く。

 まっすぐに、正面に立つ黒い獣に向かって、私は聖剣を構えた。

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