[4] 残滓

 不意に轟音が鳴り響いて空気をびりびりと震わせた。

 言ってみれば獣のうなり声のものすごい版。これ絶対やばい奴だ。校舎までちょっと震えてたし。

「いくらか猶予はあるものと思っていたが、状況は極めて差し迫ってるようだな」

 動揺してる私と先生をよそに聖剣だけが落ち着いてそんなことをつぶやいた。

 ちょっと待った。なにそれ。いったいなんの話なんだそれは。

「我と我の前の持ち主がずっとずっと昔、この地で邪悪な竜を倒した。黒き血潮は大地に染み渡り、長い長い時を経た今、その力を引き継ぐ残滓が目覚めたのだ(説明2回目)」

 余計な注釈をつけくわえてる場合じゃないでしょうが。


 さっきから空気が重くよどんでるし、何が何だかよくわかんないけどかなり危険な状態っぽい。

 そしてもしかしてもしかするとなんだけど、わりと察しのいい方の私は、この展開は私が聖剣でもってその残滓とやらを倒さなくちゃいけないんじゃないかということに気づいた。

 いやそんなまさかこれは現実であってめっちゃ適当に書かれた少年少女向けのお話みたいなことあるわけが――

「正解だ。さあ行こう」


 うーわーまじでまじにそんなことが?

 頭が痛くなってきた。

 私はこれでも混乱している。

 混乱しているせいで思考の流れが乱れてぐちゃぐちゃになってきている自信がある。

 ちょっと何言ってるか自分が自分でわからない。

 あいかわらずあのバカから連絡はなくて待ち合わせ時間はとっくにすぎてる。

 手の中の聖剣はなんだか熱くて重たい。

 投げ捨ててしまいたいけど投げ捨ててはいけないような気がする。

 行動の根拠は何一つなくて足元がぐらぐら揺れている。

 無理だ。それが動かしようのない結論。私には何もできない。

 獣。黒い獣。赤い目をぎらつかせて。人を食らう獣。鋭い牙。切り裂いて。黒い血が滴り落ちる。

 柔らかくて暖かい何かが私を包み込んだ。


「だいじょうぶだから。落ち着いて、嶺崎さん」

 先生が後ろから私を抱きしめてくれてる。

 背中におっぱいあたって柔らかい。それと気になったけどさっき先生って土とかついてなかったっけ。今着てる服わりと気に入ってるからちょっと気になる。

 というか私はそんな傍からみてわかるほどに動揺してたのか。


「それで聖剣がひとりでしゃべってるだけで私は全然状況が把握できないんだけど」

 めっちゃ困惑気味に先生に言われた初めて気づいた。

 ついうっかり私の方が声を出すのを忘れた。どういうミスなんだそれは。人間側じゃなくて聖剣側の声だけ聞こえてるせいで周りから会話が理解できないって。

 いやしかしこの頭の中で考えるだけでコミュニケーションが成立するのがめっちゃ楽なのだから仕方がない。と言いつつ今も無言で声出してないし。

 聖剣、先生に説明よろしく。


「人類に対する敵性存在、通称残滓が出現した。それを倒せるのは我、聖剣とその使い手しかいないだろう、多分おそらく」

「あのー、警察とか自衛隊とかに任せたりはできないんでしょうか?」先生が聖剣に尋ねる。それそれ私もそこ疑問に思ってたこと。

「今の文明もそれなりに発達してるようだが魔法は忘却されている。それでは奴らに対抗できない。どちらが優れているというわけではないが戦いの次元が異なるのだ」納得できるような納得できないような。ただなんとなくわかる、わかってしまう。

「それじゃあ嶺崎さんのかわりに私が戦うというのはどうでしょうか?」先生好き、まじいい人だ。押しつけるようで気が引けるができれば私はやりたくない。

「不可能だ。残念ながら適性がない。我の能力を引き出すにはどうしても本人の資質が重要になってくる。こんなことになって申し訳ない」


 ひとつひとつ丁寧に逃げ道がつぶされていく。どうしてこんなことになっているんだろう? 理不尽。

「嶺崎香子、お前が戦わなければこの街は、この世界は守れないんだ」

 その言葉に嘘はない、私はそれをどうしようもなく理解する。

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