[3] 先生

 中庭の花壇のところで知ってる後ろ姿を見つける。休日なのにありがたい。

『誰だ?』

 長谷川先生、私のクラスの担任の。

『お前のなんからの師匠ということだけわかった』

 今日は緑のジャージで、長い髪を後ろで1本にまとめている。「こんにちはー」と声をかければ「はーい」と言いながら振り返ってくれる。

 年は確か20代半ばぐらいだったと思う。ふんわりおっとりしてて比較的年齢が近いから親しみやすいと生徒から評判、あるいはちょっと頼りないかなとも言われたりするが。


 先生は私の姿を見れば丸い眼鏡の向こうで眉をひそめた。「休日って制服じゃなくてもよかったのかしら?」

「先生がよくわかんないなら今日のところはいいってことでいいんじゃないですか、多分?」

「そうね。じゃあ問題ないってことで」

 そんなことはどうでもよくて、いやまあ私も少しは気になったんだけど、そんなことよりもっと気にすべきことがあると思うんだけど!

 挨拶だけで用件は終わったと思ったのだろう、先生は私に笑いかけると少し腰を伸ばして体をひねってからまた土いじりに戻ろうとする。

「ちょっと待ってください。これ見てこれです」私は大慌てで剣を掲げてみせた。


 先生の動きが止まる。そりゃそうだ、日常生活でこんな大剣なんて見ないもの。

 しばらくたって先生は驚いた顔のまま口を開いた。「あんまり危ないもの持ち歩いちゃだめですよ、嶺崎さん」

「そうなんだけどこの柄に見覚えないですか?」

「ごめんなさい。武器とかそういうことには全然詳しくなくて……」

「これ、うちの校門前に刺さってた聖剣です。なんか力込めたら抜けちゃったんです!」

 再び先生は目を大きく見開いた。それから聖剣と私とをゆっくり眺めておそるおそるといった調子で「今からそれ元に戻しとくってできないかなあ」とつぶやいた。

 そのくだりもう私がやった!


「えーとつまりは嶺崎さんは別に聖剣が欲しかったわけじゃないけど力を入れたら抜けてしまって、そのまま戻そうとしたところとうの聖剣に自分はあなたの所有物だと言われて、あんまりにもその聖剣の主張がしつこかったのでしぶしぶ持ち帰ることにしようとはした時に、いや聖剣自体に言われたという理由でだれにも何も言わずに持ち帰っていいものかわからなくて困った、ということね」

 だいたいおおよそそんなところである。これまでのお話を先生に説明したところずいぶんざっくりと要約してくれた。


 理解はしてくれたようだが先生は先生で空を見上げて眉根を寄せている。

 いやまあそうだろう。私だってそんな相談持ちかけられたら困る。ってか私だったらこんな話には真剣にとりあわずに適当に受け流す。先生はめっちゃいい人だ。

 それなりの時間思い悩んで先生は私に1つの質問を投げかけてきた。

「その聖剣の言い分を私の方でもきちんと確認しておきたいんだけど、私も聞くことってできる?」

 えっとそれはどうなんだろ?

 聖剣ずっと黙ってるけど一応今までの話聞いてたでしょ。それともまさか半分ぐらいしか聞いてなかったなんて言わないよね。あんだけ私に自分の話聞くようにぐちぐち言ってたくせに。


「可能だ」

 いきなり知らない第三者の声がその場に響く。

 といっても正確に言えば私はそれを知っていた。頭の中で聞こえてたから。

「今の、聖剣の声です。脳内だけじゃなくて普通にしゃべれるみたいですね」

「しぶくてかっこいい!」先生の感想。わりとのんきなものである。

「そうだろう、そうだろう。我の本来の機能は人と会話し人を導くことだ。声質についてはずいぶんこだわって作られたからな」聖剣もめっちゃ自慢げだ。

 確かに低くてやわらかくて聞き取りやすい声ではある。まあ言ってる内容はうるさいだけなんだけどね。

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