[2] 名前

『――こうして我は真の聖剣となったわけだ』

 私はベンチに座ってその長い長い長い話を聞くともなしに聞いていた。

 待ち合わせでその場を離れるわけにもいかなかったので。そしてその長い長い長い話が終わってもあのバカは現れなかった。

 というかもう十分待ったと思う。メッセージも返してこないしもう帰ってしまっていいだろう。

 立ち上がって大きく伸びをする。まあまあ珍しい体験もできたことだしよしとする。よしとしたい。


『お、ようやく我を手に取る気になったのだな。今までの無礼は許してやろう』

 こんなん無視だ無視。ノーリアクションで聖剣の横をすたすた歩いていく。

『まじか、何物にも流されない強い意志の持ち主だな。できればこの手は使いたくなかったのだが仕方がない』

 それにしてもこの声をどれだけ離れれば聞こえなくなるんだろう?

 だんだん小さくなってはいるからひとまず家に帰っても聞こえるようならなんか考えることにしよう。

 踏切。待ち時間。電車が通りすぎていく。

 帰ってから何しようかな。明日の宿題はなんかあったろうか。なかった気がする。なかったらいいな。


『嶺崎香子』

 不意に名を呼ばれて振り返った。

 確か名前なんて教えてはずなのだけれど、なぜ知っている?

『お前の精神から探らせてもらった。結構な時間がかかったぞ』

 それって思いっきりプライバシーの侵害でしょ。

『我は聖剣だ。そのような通念など持ち合わせてない』

 えー、都合のいい時だけ聖剣面してないかな、それって。

『このまま帰るなら帰ればいい。ただしその場合、嶺崎香子が聖剣の勇者に選ばれたのだとここを通りがかる人全員にふれて回ることになるがな』

 最悪だ。結局私は再び校門前まで戻っていく羽目になったのだった。


 しぶしぶいやいや聖剣を引き抜く。今度は切っ先まで全部。

 あらためて見るとかなりでかい。私の身長よりも大きいんじゃないか。

 その割には半端なく軽くて、私の細腕で持っていられるのがその証拠だ。

 もしかして発泡スチロールでできてたりするんだろうか?

『違う。魔法によって持ち手の身体能力を強化している』

 魔法。そんなのあるんだ。すごい。いや剣が話しかけてきてる時点で何があってもおかしくないか。

『いや魔法については先ほど説明したはずなんだが』

 ごめん、半分しか聞いてなかった。


 それにしてもどうしたもんだろう。聖剣自身が聖剣は私のものだと言っている。けれどもそれは法律的にどうなのか?

 そもそもこの聖剣は落とし物扱いなのか、それとも学園の所有物だったりするのか、それもよくわからない。どっちにしろ持ってくならだれかに許可をとっといたほうがいい気がする。

 だれかってだれだ? 皆目見当つかない。

 わかんないことは人に聞こう。校門をくぐる。休日とは言え黒のジャケットに青のスカートと完全に私服なんだけど仕方ない。緊急事態だから。


『できればなんだが剣の持ち方を気にしてくれないか』

 え、柄のところ持ってたんだけどなんかまずかった?

『そうじゃなくて先っぽを地面にずるずるひきずられてるのがなんか気分的によろしくないわけだが』

 そんなこと言われても正しい剣の持ち方もよく知らないし、今度ヒマな時にでも調べるから、当面のところはこれで勘弁してくれ。

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