なんとなく聖剣抜いた

緑窓六角祭

[1] 聖剣

 私の通ってる学校の前には聖剣が刺さっている。

 だから通称聖剣女学園、略して聖女なんて呼ばれたりもする。本当の名称は忘れてしまった。

 まあちょっと振り返れば校門に書いてあるのかもしれないが特に興味がない。


 そんなことはどうでもよくて今日は休日昼下がり、聖剣前で待ち合わせ中。なんだけどその待ち合わせ相手が一向に来やがらないのだ。

 自分から誘ってきたくせに遅れてくるとは。さっきからちょいちょいメッセージ送ってるけど既読はつかない。あのバカ娘もしや寝てるんじゃなかろうか。

 そういうわけで私は少しイライラしててそれからいわゆる手持ち無沙汰というやつだった。


 そんな時に目の前には地面に対して垂直に刺さった剣があって、おあつらえ向きに周りに人がいないと来たら、柄に手をかけてみるのが当然の成り行きだろう。

 入学式で学園長だか理事長だかが言っていた。この聖剣はずっと刺さったままで選ばれた勇者のみ抜くことができるとの言い伝えがあります。皆さんもどうぞご自由に挑戦してみてください。何事も若人は――云々。

 実際その後何日かは人だかりができていたような覚えがある。私は面倒だったのでそれを横目に通り過ぎていたのだけれど。


 しっかりと両手で握る。腕に力をこめる。抜けた。

 え? え? え?

 抜けた。明らかに抜けている。半分以上埋もれていた刀身があらわになっている。

 ちょっと待ってほしい。全然そんなつもりなかったんだけど。

 でも抜けてるし、抜けちゃってるし。そんなんでいいの?


『我は聖剣だ。今我は直接お前の脳内に話しかけている。返答したければお前も頭の中で思うだけでだいじょうぶだ。そういうわけだからいくら周りを見ても人はいないし、お前だけ声を出して返事していると変な人と思われるから気をつけろ。諸注意は以上で終わりだ、聖剣を抜いてくれてありがとう、それとおめでとう』


 絶賛混乱中の私にどこからかその声は聞こえてきて、低く安定した聞き取りやすい声音で、一方的に朗々とそのように語った。

 はじめから随分丁寧に説明してくれるんだなと呆れつつ感謝しつつで、聞いているうちに聖剣抜けた混乱は徐々に収まっていった。

 そして冷静になってかわりに浮かんできた感情はめんどくせえなってやつだった。

 私は今待ち合わせ中で(相手は全然来ないけど)そんな聖剣に関わっている暇はない。いや待ち合わせとか関係なく女子高生は他にやることがいろいろあるのだ。


 どうしようか? 答えは簡単だ。

 私は握ったままの聖剣をその刺さっていた穴にゆっくりと降ろしてやることにした。あとは何事もなかったかのように何食わぬ顔で待ち合わせに戻ろう。

『ちょ、ちょ、ちょっと待った! 何をしているんだ、お前!』

 聞こえませーん、聖剣からの呼び声なんて何も聞こえませーん。

『待て、待て、待て。絶対聞こえてるだろうが。戻すのやめろ!』

 だいたい剣がしゃべるわけないんだよねー。ていうかそもそも聖剣なんてがっちり固定されて抜けるはずもないしー。

『お前が抜いたんだよ。選ばれたんだよ。人の話を聞けよ!』

 人じゃなくて剣では?

 いやそもそも私には何も聞こえてないんだった、まちがえたまちがえた。


 こうして聖剣は伝説のまま抜けることなく、普通の女子高生の私は私で平穏な日々をつづけていくのでした、めでたしめでたし。

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