第11話 腰をしっかり抱きましょう


 聖女。<ゼディアの祝福>を受けた女性たち。


 <楽園>で神式の受け入れと再生成、そして分配を行う、国の要である。


 生活と産業、軍事、いきることに関わるあらゆることに欠かせないエネルギー、神式。聖女たちは女神ゼディアから<主人>が受けとったすべての神式、ちからを和らげ、整えつつ蓄積し、必要に応じて国内外にわけあたえる。


 熱源、光源、動力、治癒力、そして軍事力。この国は、ゼディアが<主人>出生の地として選んだ時から、世界すべてに優越し、あらゆるちからを手中にすることとなった。


 <証>をたずさえて生まれてきた<主人>。手のひらに、それは握りしめられていたという。王宮の保護のもと、<主人>は<楽園>を生成し、聖女たちとともに、世界をまもりつづけた。


 はるかな、神話のごとき、いにしえから。


 「……どうして、聖女様が……」


 あり得なかった。思わず、口に出てしまった。


 聖女は絶対存在である。術師団として最初に叩き込まれることだった。


 <主人>は直接、ひとびとと接しない。聖女を介して意図をつたえ、神託をおろす。女神ゼディアは、少なくとも我々には、聖女のすがたとして見えていた。聖女は、女神の表象だった。


 その聖女が、俺たちに、刃を。


 エルレアを見る。動けずにいる。しかし、俺にはわからないなにかを感じている。


 「……来る!」


 エルレアが叫ぶと同時に烈しい光が俺たちを襲った。全方向からの雷撃神式。聖女たち一斉に放った攻撃だった。聖女の、攻撃? 周囲の空気が焼灼される。直撃を受けたが、エルエアが展開した防御神式、敵となった術師団から奪ったちからが俺たちを守った。


 左右に大きく跳躍し、着地と同時に二人ともに同じ神式を宣言した。


 「絶対拘束陣、虜囚ノ縛!」


 あらゆるものの動きを停止する神式。そのちからはゼディアに由来する。聖女たちもおなじ女神を奉じる以上、効力がおよばない理由がなかった。


 だが。


 「……レリアン。神式が無効化されてる」


 「わかっている。貴様、さっき何かを見たのか」


 「見た。だけど……」


 エルレアが首を振る。と、聖女たちが、俺たちに向かって、跳躍した。考えられない光景だった。だがもはや驚いている余裕はない。


 数は八。半数がすべて異なる神式で俺に襲いかかる。エルレアにはすでに残りの半数が到達していた。


 膝を上げて横撃を防ぐ。振り下ろされる光の刃を受け止める。跳ぶと同時に身体を捻り、脚を狙うふたつの攻撃を交わす。降り立つ前に次撃。腕で着地し、脚を上に直立する。胴体をかすめる四つの刃。


 エルレアを見る。背後からの攻撃を前転して交わし、すぐさま拡散刺突の神式を起動した。歪みつつ裂ける空気。だが、聖女たち四人は避けようとしない。受け止めすらしない。攻撃が吸い込まれたように見えた。即座にエルレアに殺到する。腕をつかまれ、同時に左右から刃が降る。


 瞬時、エルレアは輝いてエーレに戻った。腕を組み、防御神式を多重起動。先行して起動していた絶対不侵の神式と相乗したちからが聖女たちを吹き飛ばした。


 『……おもしろい!』


 なんだ? 声が脳裏に響く。エーレも周囲を見回している。

  

 『でも、惜しいかんじ、かな』


 聖女たちの襲撃の間、動きを止めていた術師たちが一斉に距離を詰める。あらゆる方向から、あらゆる攻撃がくる。術師たちと聖女たちが入り乱れて俺たちを襲う。自分の正気を疑う光景だった。


 息ができない。上下左右の感覚がなくなる。防ぎきれない。絶対不侵の神式すら徐々に削られる。まばたきひとつの間に少なくとも十の打撃を受けている。


 エーレ……エルレアは……?


 術師の腕を掴み、瞬時でエルレアに変化しつつ複数の攻撃を身体を捻って交わす。聖女に後ろから迫る。振り返って光芒を放つ聖女。屈んで相手を組み伏せる。再び輝き、エーレに変化する。腕を上げて挟撃を防ぐ。跳躍して膝を入れてくる術師を受け流し、背に手のひらを当て麻痺神式、そしてまた、エルレアに戻った。


 『おおっ、いいね!』


 敵陣からなんとか距離をとり、並んで息をつく。先ほどから聴こえる声。子供……? 瞬時、ロアの酒場で出会ったコンを思い出す。いや、もう少し年嵩だ。楽しくてたまらないというような、ちょうど子供らが遊戯ではしゃいでいるときのような声。


 「……エルレア。聴こえているか?」


 「聴こえてる。知っている声?」


 「いや、知らん。だが……」


 どこかで、聞いたような気もした。


 そのとき、術師と聖女たちが一斉に射出型神式の手印を組んだ。飛び退ろうとする。が、脚が動かない。まずい。いつのまにか拘束神式が発動されていた。


 半円に展開する相手。一点に攻撃を集約する気だ。こちらはわずかな範囲しか動けない。避けられない。予想される負荷の合計を瞬時に計算する。絶対不侵の防御神式といえども耐えられないと思われた。


 くそっ。手印を組み、腕を交差させる。全力で防御するほか方法がない。


 と、視界が塞がれる。栗色の髪。


 エルレアが俺の目の前に立ち塞がっていた。こちらに背を向け、両手を左右に広げている。


 「……抱いて!」


 瞬間、俺の脳裏でことばが反響した。


 意味を考えるまえに身体が動いた。


 エルレアの両脇から手を差し入れ、抱きしめる。後ろ髪に顔を埋める。こんなときでも匂いを感じた。エルレアは少し背をそらす。ぴくっと動いて、息をはいた。俺の神式が、エルレアに流れ込んでいくのを感じる。と同時に、エルレアの意識と、俺の意識が重なった。


 「……爆裂破砕終局神式っ!」


 術師と聖女たちから放たれた光芒が俺たちを包む。しかし、自分たち自身からうまれた圧力がそれを押し除けた。圧力は輪を描き、渦となり、周囲を回転する。この……神式は!


 「烈!」


 エルレアが叫ぶ。真空が生じる。圧力は極限まで圧縮され、爆砕した。轟音。地面から伝わる振動。風がうねる。目を開けられない。耳も効かない。


 やがて静まったのを感じる。目を開ける。周囲の風景が一変していた。俺たちを中心とした三十歩ほどの範囲が、消失していた。地面がえぐれ、草花は形もない。白い霧に代わって土埃と焦げ臭い煙が漂っている。


 術師たち、聖女たちの姿は見えない。


 「……大丈夫?」


 しばらく息を整えてから、エルレアが小声でいう。言われて、はじめて俺は自分のとっている体勢に気がついた。慌ててエルレアから離れる。


 「……あれは、俺の技だ」


 誤魔化すように、言った。エルレアは振り返って、ちょっと得意そうに口の端を持ち上げた。それは照れ隠しにも見えた。


 「覚えた。この間、王宮で」


 「覚えたって……あれは自爆の神式だ。自分の身体を吹き飛ばす技だぞ。どうして俺も貴様も無事なんだ」


 「うーん……わからないけど、できると思った。あんまり自信なかったけど……うまくいってよかった」


 要領を得ない答えだったが、問い詰めている場合でもない。周囲を改めて見回す。動きはない。倒れている敵影もない。強烈な爆発だが、跡形も残さないほど飛散するとも思えなかった。


 ふう、としゃがみ込む。


 「貴様といるとおかしなことばかり起こる」


 エルレアは極めて不満そうな顔をつくった。


 「わたしが呼んでるわけじゃない。だいたい、ここはほんとに<楽園>なの?」


 「そのはずだが……<主人>の塔も見えない。襲ってきたあいつらも普通じゃなかった。ましてや聖女様まで…………そうだ、そういえばさっき貴様、術師たちからなにか見えた、と言っていたな。なにが見えた」


 「うん……たぶん、<主人>の姿」


 「なに?」


 「わたしたちを攻撃するように指示する<主人>の記憶が見えた」


 「……」


 言葉を返せない。どういうことだ。なぜ<主人>が……。


 その時、目の前に影が立った。


 即座に反応して迎撃する。左右から攻撃が降ってくる。だが、見えない。捉えられない。単純な防御すらできずに俺は倒されていた。


 影が消える。エルレアの背後に立った。振り返りざまに腕を上げるエルレア。その手に相手の手のひらが添えられていた。そのまま動けないエルレア。


 影は、純白だった。


 聖女たちと同じ、柔らかく白く輝くゆったりした布地。しかしその髪も眉も、衣服以上に、透明な白だった。


 「四十点!」


 銀色の瞳の少年は、そういって笑った。


 ◇


 第十一話、お付き合いありがとうございます。

 本当に嬉しいです。


 うん。

 戦闘中に、その台詞。

 なかなか聞けないですよね。


 今後ともエルレアを見守ってあげてください。

 またすぐ、お会いしましょう。

 

 





 

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