第10話 意外な敵もぶっとばしましょう


 「ここは……<楽園>……?」


 境界が見えない庭園、というような場所。ふわっとした草の上、やわらかい陽光を受けて夢のように薄く輝く霧につつまれて、わたしたちは立っていた。


 以前にも、聖女たちの園、<楽園>は訪れている。いまと同じエーレとして、レリアンとともに、あるいは別の<楽園>守護の術師たちとともに。慣れているとまではいわないが、好きな場所だったから、こころが匂いを覚えている。


 だけど……なにか、おかしかった。


 レリアンを見ると、なにかを探すように首を振り、やや考えているように見えた。同じように違和感を感じているのかもしれない。


 気のせいか、と思った瞬間。周囲の空気が歪んだのを感じた。


 「レリアン!」


 叫ぶと同時に、わたし自身も身を屈める。


 背後から突然現れたその影は実体化した斬撃神式を突きつけてきた。わたしの首があった場所を切り裂く。屈んで脚を払うが、相手はすでに飛び上がってかわしている。脚を振り抜く反動を利用して正反対を向き、屈むと同時に腕を交差させて相手に向かって跳んだ。


 その腕に鋭い刃のような斬撃神式が振り下ろされる。直前で腕の甲に防御神式を発動させていた。ギン、という音を立てて弾かれる相手の腕。互いに飛びすさる。ふたたび首を狙って左腕で刺突、そして右の上段の蹴り。逆らわずに受け流し、身体ふたつぶん飛び退って身構えた。


 そのときはじめて、相手の姿を明確にとらえた。


 「……おい」


 レリアンが誰に言うともなく呟く。


 相手はふたり。いずれも術師団の制服だった。さほど親しくはないが、なんどか術師の庵で会話をした男たちだった。だが……。


 あのときと、同じだった。


 王宮を焼いた攻撃の日に見た光景がよみがえる。赤く、昏くひかる眼。わたし……エルレアが指導した革命軍の部隊は、前だけを見て、脚を揃え、進軍していた。いま対峙する術師団の男たちと、同じ色の眼をして。


 ずきっ、とこめかみが痛んだ。


 「……エーレ。おそらく、無駄だ」


 話しかけても通じまい、とレリアンは言ったのだと理解した。


 そのとき、男たちの背後の空間が霞んだ。音もなく出現したのは二十名からの術師団の精鋭たちだった。みな、見知った顔だが、先のふたりと同じ眼をしていた。


 レリアンが瞬間的にこちらを見て頷く。右手の親指をわたしに向け、自身に向ける。わずかな所作での作戦意図の伝達は術師団の得意とするところだが、レリアンとわたしはその点で特に優れた組み合わせだった。


 踏み切って飛び出し、同時に重衝撃神式を起動する。発動までのわずかな時間で相手の側面に到達し、相手の左翼が繰り出す斬撃神式をあえて転倒して交わすと同時に、手印を組んだ右腕を突き出して叫ぶ。


 「多層加重貫通衝撃陣、天降ルノ大槌!」


 背後の大気がわたしの指先に集まる。重力の作用が変化する。わずかに焦げるような匂いがする。ずん、という音とともに、術師団の左翼十名ほどがなにかに蹴り倒されたように転がった。


 残る術師たちが展開する。左右に飛び、瞬間に連携をとりながら複数の斬撃神式を射出した。攻撃の交点にレリアンがいる。だが彼はすでに移動していた。相手のひとりに詰め寄り、蹴り上げるとともに肘を打ち下ろす。倒れる相手を掴み、横からの斬撃の盾とする。地面に手をついて半身を回転させ、次の攻撃手三人をまとめて足払いした。


 レリアンの背後に迅速に二人が詰めた。が、わたしの雷撃神式の起動が早かった。式名を告げると同時に空気が裂ける音。光の矢が直上から敵を貫いた。崩れ落ちる術師たち。レリアンとわたしは並んで構え直す。


 だが、なにかおかしい。この園とおなじだ。なにか、違う。


 倒した術師たちが立ち上がる。多層加重貫通衝撃の神式を受けて立ち上がったものを、わたしは見たことがない。うまくはいえないが、人形、どれだけ殴りつけても痛みを感じない木偶を相手にしているような気がしていた。


 術師たちが構える。見慣れた構えだが、意図が感じられない。どうやってわたしたちを仕留めるかの意思が、感じられない。ただただ、彼らは攻撃機械だった。


 レリアンも同じことを感じたらしい。


 「通用していない。あれはおそらく神式だ……奪えるか」


 わたしは驚いてレリアンを見た。


 「貴様が言った。たたかった相手の神式を奪うと。あれが奪えるか」


 信じていたのか。わたしが、エルレアが昨夜あんな状況でいったことを。相手の神式を奪える。そんな胡乱なせりふを、この男は、この実戦で、信じて頼ったのか。


 「……できる」


 「条件は」


 「ひと呼吸の接触」


 「わかった」


 それだけ言い、レリアンは飛び出した。相手の右翼に踏み寄り、繰り出される刺突を腰を屈めて避ける。目の前の術師の腹に左肘を入れ、左肩で押し上げるとともに右方の相手に投げつける。と同時に両腕を組み、瞬時に手印を組みながら叫んだ。


 「収斂、炎龍の顎!」


 レリアンの腕がとどく範囲の術師すべてに周囲の空気が圧縮し、爆裂した。衝撃で十人ほどが飛ばされる。残る者も瞬間、棒立ちとなった。レリアンがわたしを見る。もちろん、理解している。


 疾った。瞬時にレリアンの逆側の相手に迫る。飛翔術式を展開して相手の腕に手を置き、そこを支点に宙を跳ぶ。背後に降り立って、首に手をかける。締め上げる。


 相手のちからが流れ込んだ。保有する神式に関連する記憶が流れ込む。


 「……これは……」


 呟いたわたしをレリアンが見る。身体が瞬時にして沸騰するいつもの感触が襲う。髪がざわめく。胸が締め付けられる。視野が狭まり、開ける。叫ぶ。


 「……対象確定捕捉完了、右陣広域展開、神韻ノ盾っ!」


 エルレアとなったわたしは、レリアンに向かって手をかざす。わたしとレリアンはともに魂に対する絶対不侵の防御神式を取得した。即座に左右から殺到する斬撃神式はわたしたちを直撃したが、わずかにも肉を切断できずに弾き飛ばされた。


 ふたたび構え直すレリアンとわたし。だが……。


 「待ってレリアン。なにか変だ」


 「なにがだ。はじめからすべておかしい」


 「違う。わたしに見えたこの人たちの記憶は……」


 答える間もなくレリアンが上空からの斬撃を受けて転倒した。即座に体勢を立て直し、わたしとともに迎撃姿勢をとる。二人とも相手の姿を即座に捉え、そして、声を出せずにいた。


 柔らかく、白く、優しく輝く装束。神職のしるしである金の紋章を額にいただき、ふわっとした袖元から細くひかってみせるアームレット。


 聖女……<ゼディアの祝福>を受けた、神式を操る女性たちがわたしたちを囲んでいた。


 ◇


 とうとう第十話までお付き合いいただけましたね。

 心からお礼申し上げます。


 聖女から襲われるってなんか悪いことしたんですかね二人。

 ちゅーとかですかね。


 今後ともエルレアを見守ってあげてください。

 またすぐ、お会いしましょう。

 

 


 



 

 

 




 

 


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