26話 『ロンデル・エンリ 九』



 緑の炎が視界を覆った。


 その直後、プツンと、何かが切れる感覚があった。


 これは記憶が終わる時の感覚だ。


 宇宙のような空間、そこに戻るのかと思っていると――


 俺は椅子に座っていた。


 ここは……。


「ロンデルさんの家?」


 見慣れた場所。一瞬、別の記憶が始まったのかと思ったが……どうやら違うらしい。


 俺は自分の両手を見つめた。肉刺まめだらけの硬い手のひら。俺の意志に従って動いている。


「どうだった、僕の『声』は?」


 台所から見慣れた服装のロンデルさんが出てきた。両手には湯気を上げる湯呑を持っている。


 ロンデルさんは俺の前に湯呑を置くと、斜め前の席に腰掛けた。


「……ロンデルさん、ですか?」

「僕だよ。『声』じゃない、本物の僕」


 ロンデルさんはお茶をすすってから続けた。


「前に、イーナの中に入ったことがあるでしょ。ここは、その裏側。僕の中にある狐帝の力でできた殻、その上の空間だよ」


 理解が追い付かなくて、俺はひとまずロンデルさんの淹れてくれたお茶をすすった。


 深みのある苦み。単に苦いのではなく、複数の味が絶妙に絡み合って、その結果生まれるような味だ。旨味や甘味、鼻を抜けるような香りが、少しずつ含まれている。


「この味、久しぶりです」

「そうだね……だいたい、六年ぶりかな。アルくんとこうしてお茶を飲むのは」


 俺は湯呑を机の上に置いて、ロンデルさんのことを見る。


「イーナは、やっぱりここにはいないんですか?」

「いないよ。作ろうと思えば作れるけれど、本物のイーナはここにはいない」


 ロンデルさんも湯呑を置いて、机の上に腕を組んだ。


「目を覚ました時、僕は黒狼殿の椅子に座っててね。最初に見えたのが狐帝の笑顔だったから、最悪の目覚めだったよ。そして、その場で命令を与えられた。一度だけ、絶対に逆らえない命令をね」

「……それは、どんな命令だったんですか?」


 ロンデルさんは俺のことを指差した。


「アルくんの選択を尊重すること」

「僕の選択?」

「そうだよ……まず、全て隠さずアルくんに伝えないといけない。そして、そのうえでアルくんの下した選択に、僕は逆らうことができない」


 ロンデルさんは苦笑を浮かべた。


「だから、都合のいい『声』だけを見せることはできなかったんだよ。ちょっとだけ恥ずかしい『声』も見られちゃったけど、それは忘れてくれると嬉しいな」


 俺はロンデルさんの言葉を頭の中で整理しながら、困惑していた。


「たしかロンデルさんの中に入る前に、『成すべきことを成せばいい』って言ってましたよね。それが選択ってことですか?」

「そういうこと。そして、アルくんが選択をするために、伝えなきゃいけないことが、まだ二つ残っててね」


 ロンデルさんが机を指先で叩くと、バスケットボールくらいの大きさの岩がそこに出現した。


 色は緑。ガラスのように透明だ。


「アルくんとイーナ、それからサラさんの三人で、のこのこと共和国に向かったでしょ? 狐帝の誘いに乗って。そこに狐帝の巨大な魔石があったのはアルくんも見たと思うけど、その魔石の中は、こんなふうに空洞になってたんだよ」


 たしかに、よく見ると岩の中は空っぽになっている。


「そして、アルくんたちは変わった場所に転移した。あれがどこを模した場所なのか、それは僕も知らないんだけど……まあ、それは今はいいか。あの場所はね、その魔石の空洞の中に作られてたんだよ」


 俺は机の岩を見やった。


「つまり、地下に転移してたってことですか?」

「そういうことになるね。でだ――」


 ロンデルさんが手のひらを広げると、その上に……人形? のような物が立っていた。


 人形は青い液体でできている。液体なのに形が崩れないのは不思議だけど、ここはロンデルさんの中。何でもロンデルさんの思い通りになる場所だ。


「これをイーナだと思って。そして、その中に狐帝の力で囲まれた僕がいる」


 人形の中に、ビー玉くらいの緑の宝石が浮かんだ。


「イーナは狐帝の魔石の中に入っちゃったから、こういうことになるね」


 人形が、岩の中に移動していた。


 すると今度は、岩が縮み始めた。バスケットボールくらいの大きさだったのが、みるみるうちに小さくなっていく。


 岩が野球ボールくらいの大きさに縮んだ時、人形が潰れるのが見えた。空洞の中が、青い水で満たされている。


 水の中には、ビー玉くらいの緑石が転がっていた。


「魔石の中をよく見ててね」


 ロンデルさんに言われて、俺は目を凝らして緑石を見つめていた。


 すると……緑石は少しずつ、岩の中にめり込んでいっている。


 緑石の中には青い液体が入っていたらしい。これはたぶん、ロンデルさんだ。緑石は完全に岩と同化して、青い液体だけが岩の中を移動している。


 青い液体は……岩の表面まで辿り着くと、薄く広がった。


 岩を取り囲むように、ゆっくりとした動きで……まるごと全てを覆ってしまう。


「つまり、こういうことだよ」


 もともと岩だったものはスルスルと縮んで、ビー玉くらいの大きさになってしまった。そして、岩を覆っていた青い液体は人形の姿になっている。


「こうやって、僕とイーナは入れ替わってしまった。狐帝の殻に覆われて、イーナは僕の中にいる」


 人形を見つめながら、俺は稲荷様にしたお願い事を思い出していた。


 俺がロンデルさんに会いたいって言ったせいで……イーナが。


「ここまでが一つ目。もう一つは、イーナに関する『声』が世界中から消えちゃったことについてなんだけどね――」


 視線を上げると、ロンデルさんは不機嫌そうに眉をひそめていた。


「僕がやったんだよ。僕がイーナに関する『声』を全て置き換えた。マオさんとアルくんの『声』は、置き換えられなかったんだけど」

「ロンデルさんが?」

「僕の力を一度使う権利を、狐帝にあげちゃったからね」


 ロンデルさんが指先で机を叩くと、そこにいた人形が消えた。その手で湯呑を引っ掴んで、中身を勢いよく飲み込んでいる。


 コト、と湯呑を机に置いた。


「その時、狐帝に一つ注文されてね。実はまだ、元に戻すことができるんだよ」

「……どういうことですか?」

「みんな、イーナのことを思い出せなくなっているだけで、忘れたわけじゃないってこと」


 ……思い出せなくなっているだけ?


「伝わりにくいかな? ごめんね、言葉で表すのがちょっと難しくて」


 ロンデルさんは少しの間考え込む様子を見せてから、言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。


「……こう、言えばいいかな。僕はみんなの『声』を書き換えたわけじゃなくて、新しい『声』を書き加えただけなんだよ。元々あった『声』は、まだみんなの中に残ってる」


 俺の表情を見て取って、ロンデルさんは苦笑を浮かべた。


「まだもう少し続けるよ。これは人間の習性なんだけどね、要らない『声』は眠る度に無くなっちゃうんだ。まだ二日くらいしか経ってないから大丈夫だけど、十日も経てば元に戻らなくなる人が出てくると思う。一ヶ月も経てば、ほとんど全員が思い出せなくなる」


 そこまで言うと、ロンデルさんは椅子から立ち上がった。


「できるだけ早く、みんなに書き加えた『声』を消さないといけない。でも、僕の自我は縛られてるから、狐帝の命令で加えた『声』を消すことはできないんだよ」

「……イーナなら、できるってことですか?」

「そういうこと。すごく疲れるだろうけどね」


 ロンデルさんはニコッと笑うと、俺のことを見下ろした。


「これで、アルくんに伝えないといけないことは全部だよ」


 俺は困惑しながら立ち上がった。


「全部って……結局、僕は何を選べばいいんですか?」

「僕とイーナ、どちらを選ぶか、だよ」


 ロンデルさんは机を周って来ると、俺の目の前で立ち止まった。


「アルくんなら、イーナを覆っている殻を壊すことができる。狐帝の眷属だからね。そして、イーナの自我が解放されたら、僕は身体を譲るつもりだよ。そうしたら――」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 俺は頭を振って後退った。


「身体を譲るって……たしか、一つの身体には二つの自我は共存できないんですよね。それって……」

「そうだよ。僕は消えることになる」

「でも――」

「でも、じゃないよ。じゃあ、アルくんはこのままでいいの?」


 ロンデルさんが俺の肩を掴んだ。


「イーナと二度と会えなくて、それでいいの?」

「それは……」

「なら、早く決めないと。こうしている間にも、みんなの中からイーナの『声』は失われてるんだから」


 ロンデルさんは無表情に俺のことを見つめていた。


 俺はロンデルさんから目を逸らして、呟くように言った。


「……ちなみに、殻を壊すって……どうするんですか?」


 部屋の中を沈黙が満たした。


 ロンデルさんの声が返ってこない。


 どうしたのかと、目を向けると……ロンデルさんは顔を伏せていた。


「ロンデルさん?」

「……殻を壊すなら、剣がいいと思うよ。剣で殻を切り裂けばいい」


 ロンデルさんは俺の肩を放すと……数歩、後ろに下がった。


「僕が、殻だ」


 ロンデルさんの声が、部屋の中に響いた。


「……え?」

「アルくんの剣で、僕を殺してほしい……そうしたら、全部元通りだ」


 ロンデルさんは、その場で両腕を広げた。


 漆黒の瞳で、俺のことを捉えている。


 ロンデルさんを殺すって、そんなの……できるわけがない。でも、それだとイーナが――


「そ、そうだっ! もう一回、稲荷様に頼めば……」

「いなり様?」

「あっ、狐帝様のことです」


 俺は思い付いた解決策に、胸を躍らせていた。


「狐帝様の力で、イーナとロンデルさんを入れ替えることができたんですよね? もう一度同じことをすれば、こんなことをしなくても、全部元通りに――」

「アルくん」


 ロンデルさんは腕を下げると、呆れたようにため息をついた。


「狐帝は全部知ってるんだよ。僕のこともイーナのことも、全部ね。そのうえで、アルくんは今、ここにいる。これが狐帝の書いた台本なんだよ……本当に趣味が悪いと思うけどね」


 俺は、何も言えなかった。何も言えず、ロンデルさんの言葉を聞いていた。


「アルくんが、選ぶんだ。僕とイーナ、どちらか一方を」


 俺とロンデルさんの息遣い。その微かな音だけが聞こえる。


 ここはロンデルさんの中。


 この場所には、俺とロンデルさん以外、誰もいない。


 誰も、俺の代わりに答えてはくれない。


 けれど……俺は、視線を落として黙りこくっていた。


 床を見つめることしか、できなかった。


「……やっぱり、選べないか。アルくんがどちらも選ばないなら……僕は、僕のやりたいようにやらせてもらうよ」


 突然、視界が明るくなった。


 顔を上げると、屋根が消えていた。


 白い光の粒となって、端の方から溶けている。


 空は分厚い雲が覆っている。その雲を背景に……真っ白な光の粒が、俺の肩に落ちてきた。


「僕は、イーナを選ぶよ。自分なんかよりもね。そして、アルくんにもそうしてほしい。だから――」


 いつしか、ロンデルさんの家は全て消えていた。


 そして……美しい黒狼が、俺のことを見つめている。


「イーナを選んでくれるまで、僕はアルくんを痛めつける。手足の指を一本ずつ嚙み千切って、端の方から、少しずつ、アルくんを食べていく」

「……ろ、ロンデルさん?」

「さあ、剣を出しなよ。まだ握れるうちにね」


 ――黒狼が消えた。


 俺の右手、そのすぐ傍を、黒い物が掠めていった。


「いッ……!?」


 小指の先端から、血が垂れる。


 茶色い地面に、黒い染みが広がっていく。


「まずは一本」


 魔素を集めて血を止めていると、ロンデルさんの声が聞こえた。


 黒狼が俺の視界を横切る。


「ロンデルさん……止めて、ください」

「止めないよ」


 右手の傍、さっきと同じ場所で、黒狼は牙を剝いていた。


 慌てて避けると――右耳に激痛が走った。


 手で耳を抑えていると……黒狼が俺の耳を地面に吐き捨てるのが見えた。


「アルくん、剣を握りなよ。その程度の痛みなら、まだ動けるでしょ?」


 冷徹な瞳で、黒狼は俺のことを一瞥いちべつした。


 それから、再び俺の周りを歩き始める。


「……痛いですよ」


 俺は……左手に碧色の剣を握っていた。


 ロンデルさんの記憶を、俺は経験した。イーナの時とは違って、ロンデルさんがその時何を考えていたのか、何を感じていたのか……それも全て、伝わってきた。


 だから、俺には分かる。


 剣の柄を、固く、固く握りしめる。


 ――気配を感じた。


 身体が勝手に動いていた。


 左の太腿。そこを、削り取ろうとしている。


 ――碧い線が走った。


 黒狼の身体が……地面の上に転がった。


 それと同時に、俺は地面に崩れ落ちていた。


「ロンデルさんに……こんなこと、させられないじゃないですか」


 手のひらから、碧色の剣が消えていく。


「どれだけ痛いか、分かってるのに……こんなこと……」


 俺は、選んだわけじゃない。


 最後まで選べなかった。


 ただ、逃げただけだ。傷付いていくロンデルさんを見ていられなくて……それから逃げた。


 選んだのはロンデルさんだ。


 俺が選ばなかったから、俺に逃げ道を用意してくれた。


 最低だ。


「……アル、くん」


 ハッと顔を上げると、ロンデルさんがこちらを向いていた。


 俺はよろめきながら、地面を這うようにして……ロンデルさんの傍に向かった。


 肩から脇腹にかけて、大きな傷が付いている。


 そこから、白い粒子が……あとから、あとから、こぼれ落ちていた。


「ロンデルさん……」

「……そんな顔、しないでよ」


 ロンデルさんは笑顔を浮かべていた。


 腕を持ち上げて、俺の頬を撫でる。


「アルくん、ありがとう……」


 懐かしい声を残して……俺は独りぼっちになった。



 ○○○



 世界が崩壊する。


 その様子を、俺は呆然と眺めていた。


 雲がひび割れると、その欠片が白い粒子となって降ってくる。


 崩壊が激しくなるほどに、勢いを増して……エンリ村のことを覆っていく。


 何も植えられていない畑、その間にぽつぽつと見える家の屋根、周りを取り囲む寒々しい森……その上に、白い粒子が薄っすらと積もっている。


 俺は白い吐息をつくと、よろよろと立ち上がった。


 畑を貫く畦道あぜみち、そこにぽつりと……鳥居が立っていた。



 ――



 紅葉の参道を登ると、神社があった。


 賽銭箱を通り過ぎて、本殿を大股で歩いていく。


 紅葉を臨む舞台には、赤色の傘と、畳のベンチがあった。そこに、狐耳を生やした少女が、背中を向けて座っている。


「……満足ですか?」


 言いながら、俺は稲荷様の隣に座った。


「ええ、大満足ですよ。――どうぞ。疲れていらっしゃるでしょうから、お茶でも飲みながらお話しましょう」


 足元の机に、お茶とみたらし団子が置かれている。


「……ロンデルさんは消えてしまったんですか?」

「それは、アル様ご自身が、一番分かっていることでしょう」


 稲荷様はのんびりとした様子で、団子を食べている。


「アル様が殻を破ったのち、黒狼様の自我とイーナ・エンリの自我は混ざり合いました。そして以前におっしゃっていた通りに、黒狼様は自ら消えてしまわれました」

「……あの、稲荷様」

「なんでしょうか?」

「一発、殴ってもいいですか?」


 稲荷様は黄金の瞳を向けると……みたらし団子を皿の上に置いた。


「我のようなか弱い少女を殴れるのでしたら、どうぞ。一発とおっしゃらず、好きなようにしていただいて構いませんよ」


 俺は拳を握りしめて、紅葉柄の着物をまとった少女を見据えていた。下駄を履いた足は地面に届かず、ふらふらと揺れている。


「……止めておきます。どうせ私が殴っても、痛くも痒くもないでしょうから」

「そのようなことはありませんが……アル様がそうお考えなら、我からは何も言いません」


 稲荷様は机から、両手で湯呑を取った。


「……我は、アル様の願いを叶えて差し上げました。しかしその願いは、黒狼様の願いと相反する物でした。そういう時、我は後から叶える願いを優先することにしています」


 お茶を一口すすって、稲荷様は続けた。


「どうやらアル様には、ご不満だったようですね」

「……不満? 全部教えてくれていたら、最初からあんなこと――」

「願わなかったと、そうおっしゃりたいのですか?」


 稲荷様が流し目を向けてくる。


「そもそも、なぜ我が親切に、そのようなことを伝えなければならないのですか?」


 俺は口を噤んだまま、稲荷様の視線を受け止めていた。


 その視線には圧力があった。聖女様に感じるような……いや、それ以上に強い圧力。


 ……ふと、稲荷様の唇が緩むのが見えた。


「――と、アル様以外なら煙に巻くのですけれど……。アル様、考えてみてください。それをお伝えすることは、黒狼様の思いを踏みにじることではありませんか?」

「思い、ですか?」

「黒狼様はご自身の記憶を、全て世界から消し去ろうとしました。本当は、アル様の記憶も消したかったはずです。それなのに、我が勝手に全てを伝えてしまっては……黒狼様に申し訳が立ちません。願いという形だからこそ、我はそれを叶えることにしたのです」


 稲荷様は、ただの少女のように見えた。


 力の無い目で、眼前に広がる紅葉の海を眺めている。


「我は、強い力を持っています。やろうと思えば、大抵のことを成すことができます。だからこそ……我は傍観者に徹することにしているのです」


 俺は机から湯呑を取って、稲荷様のことを横目で見ていた。


「いつだって、選ぶのは当事者です。アル様のことはアル様が、黒狼様のことは黒狼様が。決して、我ではありません」


 稲荷様は湯呑を机に置くと、手のひらを数メートル先の地面に向けた。


 そこに、朱色の鳥居が出現する。


「そして、イーナ・エンリのことは彼女自身が。我はそう考えています」


 高さ三メートルほどの鳥居の中――そこに、イーナの姿が見えた。


「彼女は殻の中で、アル様と黒狼様の様子を全て見ていました。……おそらくこれから、黒狼様の書き加えた記憶を、修正するのでしょう」


 俺は椅子から立ち上がって、鳥居の目の前まで歩いていた。


「よかった……イーナは、ちゃんと目覚めたんですね」

 

 鳥居の中のイーナは、マオさんと何やら話している。二人の傍のソファーでは、俺の身体が眠っている。


 下駄の音を響かせながら、着物の少女が俺の隣にやって来た。


「黒狼様が伝え忘れていたので、我から一つ付け加えておきましょう。我の命令で、黒狼様が書き加えた記憶ですが……できる限り、元の記憶に近いものにしていただきました。黒狼様が書き換える前の、アル様と黒狼様だけが覚えていた記憶です」


 隣に目を向けると、稲荷様は柔らかい眼差しを鳥居に向けていた。


「記憶を修正する際に、イーナ・エンリはその記憶を見るはずです。その結果、どちらの記憶を残し、どちらの記憶を消すのか……それを選ぶのは、彼女です」



 ○○○

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