感情が匂いで分かる女の子×忍者だとバレたくない男の子

@umimeana

第1話

「ずっと言いたかったんだけど……」

髪を耳にかけ、顔を赤くしながらモジモジ手を合わせる松原さん。まさか……


「堂ヶ島くんの匂い、嗅がせてくれない?」

「え?」


**


他人の感情が分かれば、この世界はどんなに楽に過ごせるのだろう。

相手の気持ちをはっきり理解することが出来れば無用な衝突は避けられるし、相手の気持ちをしっかりとくみ取ることが出来ればタイミングを間違えることもない。

相手の感情が分かるだけで、他者との関係構築は遥かに楽になる。単純に相手の出方に合わせてこちらが出方を変えればよいだけだ。

感情というものは、誰もが仮面の下に隠すもの。本音と建前を環境によって使い分け、コミュニケーションを円滑に進めている。グループによってありのままの自分というよりは、そのグループの雰囲気に合わせた自分を作り出していることが多い。

素の自分を出せる正直な人は案外少ないもので、大多数の人が会話や人となりに嘘をついている。優しい嘘、仕方がない嘘とはよく言ったものだ。嘘をついている時点でその関係性は破綻している。嘘で繋がる仲なんて長続きしないし、自然消滅も早い。

まあ誰もが生活する上で自分の感情に嘘をつきながら過ごしているものだけど。

ああ、本当に他人の感情が分かれば。あの時も、上手く立ち回れたのだろうか。


他人の感情なんて分からなくても、この世界は楽に過ごせる。

なぜなら相手の会話に対して少しずつ嘘を混ぜていくだけで、会話は円滑に済ませられる。

相手がどういう感情を抱いているかなんてどうでもいい。興味すらない。大切なのはその場をやり過ごし、自分の狙った情報を収集すること。

相手の懐に潜り込むために仮面を変えて、会話を盛り上げつつ情報を聞き出す。仲が良い人にだけ話すこと、多いもんな。

自分の感情なんて、相手に合わせて変えるもの。任務のためなら、己の感情など捨ててもよい。いや、捨ててきた。

常に雰囲気を読んで最適な自分を作り出す。本当の自分なんて、もはや遠い過去の奥底に眠っているだけだ。

ああ、本当に他人の感情なんて分からなくても、俺は上手に立ち回る術を知っている。


**


私は松原香(まつばらかおり)、どこにでもいる普通の女子高生……のはずだったんだけど。とあることをきっかけに、他人の感情が匂いで分かるようになっちゃった。

例えば嬉しいときは柑橘系の香り、怒っているときは生臭い香り。香水がきつい人は分かりにくいけど、たいていの人は誰もが匂いを垂れ流している。

他人の感情が分かるようになってからは、根が暗く引っ込み思案な私でも上手にコミュニケーションがとれるようになった。ただ相手に合わせればいいだけだもん。

相手が怒っている匂いをしてれば不用意に絡まないし、不安な匂いをしてれば声をかけてあげる。他人に合わせていくうちに他人に認められるようになって、友人も増えて、楽しい学生生活になった。能力が発言する前と後では考えられないほど、人生は変わった。

でも最近は悩みも抱えている。好意と敵意が手に取るように分かるからこそ、気疲れが激しくなってしまう。他人より感情に敏感な分、仕方のないことだけど。ちょっと疲れちゃうのは、悩みの種だよね。

そんな益体もないことを考えていると、朝のホームルームで担任が教室に入ってきた。見たことがない男子学生を連れてきている。あんな人、この学校にいたかな?

「えー今日からこのクラスに、新しく加わることになりました。自己紹介をどうぞ」

「堂ヶ島忍です。よろしくお願いします」

「席は松原の隣ね、分からないことがあったら松原に聞いてね」

「はい」

こんな時期に転校生、珍しい。それよりもこの男の子はどんな人なんだろう?明るい人だと楽だな。

堂ヶ島くんが隣の席に来て、イスを引いて座った時。私は人生最大の衝撃を受けることになる。

匂いがしないのだ。感情の匂いが。

驚いて思わず二度見して、こんな人間がいるのかと不思議で変な顔をしてしまっていたらしく、

「これからよろしく。大丈夫?」

と、戸惑いながら心配されてしまった。私の感情が匂いで分かるという話は誰にもしてないから、変な女と思われたかもしれない、恥ずかしい。初対面で人の印象はほぼ決まるらしいから、最悪のスタートになったかも。でも、匂いがまったくしないのは気になる。疲れないからいいけど。今日一日で、何とか挽回しないとね。


俺は堂ヶ島忍(どうがしましのぶ)、どこにでもいる普通の男子高生……に成りすましている。とあることをきっかけに、忍者になり里の任務をこなすようになった。

忍者に感情など不要。任務の邪魔になるだけだ。情報収集のために相手の理想を演じて、懐に入る話術も里の訓練で磨かされた。

他にも色々な技術を習得したが、今はいいだろう。この学校にも任務の一環で入った。それが終わればまた別の任務を果たしにすぐおさらばだろう。それにしても名前が忍って安直すぎる気がする。誰だよこの身分を用意した奴。少しお灸を据えねばなるまい。

この学校にもクラスメイトにも興味は無いのだけれど、この女。席に着いて挨拶をした瞬間、人生で一番驚きましたって顔をして匂いを嗅いできやがった。なんだこいつ?敵か?もしも自分が忍者ということがバレているとしたなら、証拠隠滅のために問答無用で消さなければならない。出来る限り自分のミスが原因で一般人を殺したくはない。任務と無用な人間には平和でいてほしいものだ。

思わず大丈夫かと心配する反応を返してしまったが、これは正しかったのだろうか。でも初対面でこんな反応をされるのは初めてだ。何か俺がやらかしているのかと思ったが、一通り確認したところ問題はないようだ。やはりこの女が変なだけだ。

名前は松原香、身長は160cmの体重50kg、8月1日生まれの16歳。任務にあたって、クラスメイトの経歴は調査済みだ。

今はセミロングの茶髪の毛先をくるくるいじっていて、何か考え事をしている様子。この女がクラスでも重要人物のようだから仲良くしたいのだけれど。少し注意が必要かもしれない。


**


1時間目は数学。移動教室ということで松原さんに案内してもらっていた時。廊下で人とすれ違った際に、ぶつかって松原さんがよろけてしまった。

「大丈夫?」

と、さりげなく腕を回して松原さんの体を支える。何というさり気なさ。

「うん、ありがとう」

松原さんもこれには笑顔でお礼を述べる。気配り上手として好感を上げておくのは、今後の計画にも悪くないだろう。


いくつかの授業を終えてお昼休み。松原さんと食堂で食事をしていた時。後ろを通る人とぶつかったようで、松原さんが俺の肩に寄りかかった。

「ごめんね〜!」

「松原さんが謝ることじゃないよ、大丈夫」

申し訳なさそうに謝る松原さんに対して、優しくフォローする。何か松原さんとぶつかってしまう機会が多い気がする。男共に話すと羨ましがられるかもしれないが、生憎と感情は昔に捨てたので、特に何も思うことはない……いや、ない。


放課後、一通りの授業を終えて掃除の時。松原さんに手順を教えてもらいながら教室の机を動かし、箒を動かしていたら背中が当たってしまった。後ろを振り向くと、またしても松原さん。すぐお互いに謝り、また掃除に戻る。慌ただしく謝り、掃除に戻る松原さんが少し可愛い。いや、俺は感情を捨てたのだから。必要以上に個人に入れ込んでしまうのは、任務をこなす過程で障害を生む危険性がある。それにしても今日は松原さんと体が当たってしまうことが多すぎる気がする。もしかして、いや……まさかな。


掃除を終えて帰ろうとした矢先に、松原さんに引き止められ屋上に呼び出された。ひょっとすると松原さんの気を害してしまったのか。漫画位置にも自分が忍者ということはバレていないはず。あまり考えたくはないが、事が露見してしまった場合は消すことも視野に入れなければならない。暗器を懐に忍ばせ、屋上の扉を開ける。


「ごめんね、わざわざ来てくれてありがとう」

沈む夕日をバックに、松原さんが風で髪をなびかせながら振り返る。


「ずっと言いたかったんだけど……」

髪を耳にかけ、顔を赤くしながらモジモジ手を合わせる松原さん。まさか……


「堂ヶ島くんの匂い、嗅がせてくれない?」

「え?」


衝撃の質問。驚いて少し固まってしまう。


「なんで?」


すぐ何も考えずに返してしまった。


「これは誰にも話したことないんだけど……堂ヶ島くんには特別に話すね。私、感情が匂いで分かるの。でも、堂ヶ島くんは匂いがしなかった」


松原さんが歩いて話しながら近付いてくる。正面に立ってから背伸びして、


「だから、ダメかな?」


胸の前に手を合わせ上目遣いで聞いてくる。有無を言わせぬ威圧と、思わぬ胸の高まりに尻もちをついて後ずさりしてしまう。


この時、堂ヶ島に閃きの雷が落ちる。いや待てよ。この女は匂いが感情で分かる特殊能力者だ。こいつを上手く活かせば普段の情報収集から極秘任務に関することまで利用することが出来るかもしれない。もしかしたらプラスに働くことも多いか。だったら利用してやるのもいい。


この間わずか3秒。お得意の笑みを貼り付けて、穏やかに返す。


「うん、いいよ」

「ありがとー!」


満面の笑みで、いきなり正面から抱きつかれる。そして当たり前のようにうなじの匂いを嗅いできた。こんな直接的なスキンシップを取ってくる奴は初めてだ。絶対に尻尾なんか出してやるものか。


これから俺の高校生活は、一体どうなってしまうのだろうか。

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