[8] 白銀
屋台でクレープを買ってきて、広場のベンチに座っている銀髪少女に手渡す。
ふとどうでもいいことを考えた。このクレープ代は柳から渡されている機密費から出していいのかどうか。裏の活動の一環のような気もするしそうでない気もする。柳に聞いてみたら冷たい目で見られてあからさまなため息をつかれるのがオチだろう。
クレープを受けとった少女はまずそれを疑わしげに見つめた。鼻先に近づけて匂いを嗅ぐ。それからようやくのことでちょこっとだけ口に含むと、大きく目を見開いた。
はじめて食べたのだろうか。どこにでもいるような、大きな力を持たない、かわいらしい少女に見える。
けれどもその体から放たれる聖なる力は間違えようがない。あまりにも強大すぎる。これが聖女でも何でもないのだとしたら世界のバランスが崩れる。もしくは私の感覚がバグってるということになる。
おそるおそるといった調子でクレープを食べていく。食べていけばなくなるのは当然でその手元の体積は次第に小さくなってついにはなくなってしまう。少女は名残惜しそうにその包み紙を見つめていた。
現時点でわかっているのは少女が大きな聖力を持っていること、それから私に強度の呪いがついていると彼女が気づいていること。
少女が白銀の聖女である可能性が高いと私が認識していることを多分彼女は知らない。だとしたらこちらもそれについてはわかっていないふりをしていた方がいいだろう。手札をすべて見せてやる必要はない。
「あの、すごいですね」
少女はぽつりとこぼした。何のことを言っているのか私は最初わからなかった。
遅れて気づく。
「……私のことかしら」
クレープについて言ってる線もあったが、初めて目が合った時の驚き方からしてこちらが正解だと思った。
「はい、そこまで呪いが強くなってるのに精神を保っていられる方に会ったことないです」
「怖い?」
「ごめんなさい、少しだけですが」
正直な娘だ。
人は呪いに対して忌避感を抱く。これは先天的に備わっている感覚であり、後天的に植えつけられたものではない。どうしようもないことだ。
彼女は恐怖を包み隠さず打ち明けながらも、それを克服しようとしてくれている。
信頼できるかもしれない、少なくとも彼女自身については。
「あなたも第三の聖女さまの誕生をお祝いに来たの」
今度は私の方から問いかける。
といってもほとんどそれは確認にすぎなかったが。彼女が単独であの場にいる理由としては第三の聖女、つまりは茜ちゃん以外に理由があるとはとても思えなかった。
少女は言葉を選ぶようにゆっくりとした口調で答えた。
「そう、ですね。私は第三の聖女様のことをよく知りません。どういう方なのか知りたいと思って来ました」
教会の権力を使って直接呼び出せばいいだろうに何かそうできない事情があるのだろう。あるいは個人的な心情の問題かもしれない。短い時間接しただけだが少女はわりと遠慮がちなところがある。
「あの、第三の聖女様のことを何かご存じでしょうか」
よく知ってる。なんなら茜ちゃんのことなら世界で一番詳しい自信がある。
が、それを言うわけにはいかない。私は騎士団を離れて裏の仕事をやってる人間だ、これでも。
「助けていただいたことがあるわ」
嘘は言っていない。ただ真実からかけ離れているだけだ。
「どんな方なんでしょうか」
「とっても優しい方よ。私のような呪いつきのことも気にかけてくれたもの。きっと――」
「……きっと?」
「きっとあなたならお友達になれるんじゃないかしら。そんな気がするわ」
私は立ち上がって彼女に背を向けた。
多分このあたりが限界だろう。どういう経緯で彼女が単独で行動しているにしろ、教会がいつまでもそれを放置しているわけがない。今にも彼女を保護するための専属騎士が現れるかもしれない。場合によってはすでに監視されている可能性もある。
なんにしろ長期間に及ぶ接触は危険すぎた。
「ありがとうございました」
精一杯の大きな声で少女は私の背にその言葉を投げかけた。私はそのまま振り返らずに去っていった。互いに名乗ることすらせず別れる。
十分な収穫はあった。
白銀の聖女の力量について。せいぜい茜ちゃんとより少し上程度だと考えていた。
とんでもない。格が違う。聖女としては茜ちゃんの大分先を行っている。さすがは教会の秘蔵っ子といったところ。
私と正面からぶつかりあえばどうなるだろうか?
こちらがまったく傷を負わずに無力化できるとはとてもじゃないが思えない。五分と五分。勝敗は不透明。ただどちらが勝つにしろその勝者も相当の深手を負うことになるだろう。
あるいは相反する巨大な力が衝突することによって未知の現象が起きるかもしれない。
結局やってみないとわからない。なるべくやりたくはないところだが。
できれば対立したくはない。というか教会と対立するなんて到底得策とは言えない。
それでもどうしても対立が避けられないとなれば――この命の1つぐらいいくらでも投げ出してやろう。
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