[7] 現状

 現在、教会によって正式に認定された聖女は3人いる。

 ここ100年ほどの歴史を紐解けば同時期に存在した聖女は少なくて1人、多くて5人といったところだったから、この人数は標準的と言えるだろう。


 1人目は黄金の聖女。

 この国の王女にして聖女であるというかなり強烈な人物。確か王位継承権は2位だか3位だったと思う。

 未婚の王族女性は一定期間、教会に入ってそこで生活する風習があった。もっとも近年その風習は形骸化していて入会の儀式をした後は城で暮らすのがほとんどだったそうだ。

 けれども彼女は違った。

 期間中、教会から一歩たりとも外に出ず、さらには酔狂なことに真っ向から修行に挑んだのである。当時は王族の気まぐれでどうせすぐに飽きるだろうなんて言われていた。

 その世間の評判はあっさりと裏切られることになる。もともと才能があったのか努力がすさまじかったのか、あるいはその両方か、ついには聖女にまで昇りつめてしまったのだ。

 彼女は教会を出て城に戻った今でも、聖女としても王女としても精力的に活動している。故に聖王女とも呼ばれていたりする。王位継承についてもずいぶんと意欲を見せてるそうだからいずれは聖女王になる日が来るかもしれない。


 2人目は白銀の聖女。

 黄金の聖女の出現に教会は危機感を覚えた。王族と教会は対立しているわけではない。が、別々の権力として存在しており、それが長年保たれてきた。

 その均衡を聖王女の存在は崩しかねない。要するに教会側は王族側に権威をすべて取り込まれることを恐れたのである。

 教会は自らに帰属する聖女の擁立を急いだ。結果、史上最年少の聖女が誕生した。認定時はまだ10歳にもみたなかったと思う。

 もとより彼女の正確な年齢はわからない。

 孤児院に捨てられていた。それが司祭によって資質を見いだされ、教会直属の聖女育成機関へ入学。めきめきとその才能を伸ばしわずか数年にして聖女の地位を勝ち取った。

 彼女の出自についてはあくまで教会の公式発表によるものでどこまで本当かはわからない。彼らに都合のいいストーリーを仕立て上げられている可能性は否定できない。

 ただし彼女のその力についてはまぎれもなく本物である。当初は教会の急ごしらえだなんて揶揄されたが、そんな噂は現在ではきれいさっぱり払拭されている。

 力だけで言えば3人の聖女の中ではずば抜けているという話。歴代最強の声すらある。


 そして3人目は我らが茜ちゃんだ。

 二つ名はまだない。あれは世間で発生したものを教会が追認するという形で規定されるから茜ちゃんはこれからの話である。超絶かわいい聖女とかそんなのになると思う、多分、私の予想では。

 他2人がそれぞれ王族、教会の権威に近いのに対し、茜ちゃんはそれらとは関係がない。草の根活動からぽこっと発生した。

 民衆とりわけ周辺に住む人々からの支持が非常に厚く、聖女認定にもそのあたりが大きく考慮されたそうだ。地道な活動をがんばってよかったとつくづく思う。

 在野から突発的に出現したがために権力は弱い。聖力についても白銀の聖女はもちろん黄金の聖女にも劣ると言われている。

 ところが実は今、茜ちゃんを間に挟んで静かな綱引きが発生しているらしい。

 黄金と白銀のパワーバランスは拮抗状態にある。聖女としての主導権をどちらも握れないでいる。そこに茜ちゃんが現れた。簡単に言えば茜ちゃんを取り込んだ側が大きく有利に立つということだ。

 そんな駆け引きをするよりみんな茜ちゃんのもとで仲良くすればいいのに。茜ちゃんが一番かわいいからそうするのが正解なのは自明である。


 といったような情報が私の頭の中を駆け巡った。だいたいは柳に聞いたものだ。

 今、私の前には尻もちをついた、透き通る銀髪と燃え上がる赤瞳の少女。年のころは茜ちゃんより1つか2つ下といったところ。灰色のワンピースは質素なようで、よく見れば不自然なほど綺麗だ。

 手はつないだまま。互いが互いを正面から見つめる。少女の真紅の瞳の中にはかすかに怯えの色が混じる。

 確かに並外れている。茜ちゃんの聖力をはるかに凌ぐ。

 彼女もまた同じように感知したのだろう、私という規格外の呪いつきの存在を。


「驚かせてごめんなさいね。お詫びに何かおごらせてちょうだい」

 返事は聞かずに強引に手を引いて私は歩き出した

 まずいことになったと思った。けれども時間の経過とともに同時にこれはとてつもないチャンスなんじゃないかと考えを改める。まさしく千載一遇というやつ。

 茜ちゃんが自ら願い出たとしても通らない可能性がある。通ったとしても時間をかけていくつもの段階を踏んだうえで、相当に制約のついた状況で会話することになるだろう。

 ましてや呪われた身の私ではこの機会を逃せば彼女と言葉を交わすことは二度とない。

 その能力、性格、目的……どんな些細なことでもいいから情報が欲しい。できれば友好な関係のための足がかりを築いておきたいがそれは高望みが過ぎるというものだろう。


 まったくもって想定してなかった状況で、私は白銀の聖女と接触することに成功した。

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