[6] 教会

 私に見えるのは立派な正門ばかりでその向こう側を目にすることはできない。

 にもかかわらず私の胸は幸福で満たされていてまた私は足るということを知っている。


 あれから数日たって練ちゃんは私を訪ねてきた。

 仕事の話があっての訪問のはずなんだけど、一勝負した後でなければどうしてもその用件に入ってくれそうになかったので、仕方なく件の空き地に移動した。

 再戦を挑んでくるだけあって投げナイフを交えたフェイントと練ちゃんはちゃんと準備をしてきてた。ああ見えて剣術に関してわりと真面目なところがあるのはえらい。前もって空き地にトラップまで仕掛けてたのにはちょっと驚いた。

 それでも私の自動迎撃触手の前になすすべもなく敗れたわけだが。

 手ひどくやられたことだしこれで当分の間、勝負を挑むのをやめてくれるとありがたい。そうしてくれるとこっちとしては助かる。希望的観測かもしれない。


 その後ようやく教えてもらった任務が今日のこれ。茜ちゃんの聖女就任式の護衛。

 今まさに王都中央に位置する大教会では、茜ちゃんを正式な聖女に認定する儀式が行われている。空は綺麗に晴れ渡っていて、世界が茜ちゃんを祝福している。来年からこの日は全世界的に休みの日にすべきだ。

 私は門の外、群衆の只中にあってその思いを静かに噛みしめる。

 教会の敷地内には呪具に対する高度な結界が張られている。その結界は呪いつきに対しても有効だ。つまり私は教会内へと侵入することができない。

 まあ中は敵地というわけではない。茜ちゃんの傍には柳とそれから練ちゃんと萌葱ちゃんまでついてる。それだけ揃ってれば大概の問題には対処できる。

 あと試してないからわかんないけど、最悪の場合、結界破って強制入場することは可能だと思う。ほんとに最終手段になるけど。


 教会正門前、私の周りには老若男女問わずたくさんの人たちがいる。新たに聖女になった茜ちゃんが現れるのを待ち望んでいるのだ。本当はその1人1人に私は感謝していきたいところだった。

 群衆の中に怪しい動きをしているやつがいないか監視、いれば積極的に排除する、それが今日の私の仕事。

 正直なところこの仕事を私に割り振る必要ない。

 教会側の警備だけでも十分問題ないと思うし、それでも心配ならうちの騎士団から人員を出しておけばいい。わざわざ私に頼まなくてもいいことだ。

 粋な計らいというやつなんだろう。私が茜ちゃんの晴れ姿を見れるようにという。

 影では冷徹眼鏡副長なんて呼ばれたりもするが(私は呼んでない)、あれで柳は情に厚いところがある。


 重厚なつくりの門がゆっくりと開かれていく。歓声がわき上がる。

 最初に現れたのはそれぞれ白馬に乗った2人の少女。短髪で目つきの悪い練ちゃんと、青い髪を肩まで伸ばしたおっとりしたタイプの萌葱ちゃん。銀の鎧を身にまとっているが、普段を知ってる人間からすればちょっと着せられてる感がある。

 ついで教会所属の騎士たちそれから僧侶たちが列をなして歩いていく。さすがに彼らは堂々と様になっていてかっこいい。儀式というか見世物としてすばらしいと思う、実戦的にどれほどのもんなのかはさておき。


 そして屋根のないオープンな馬車に乗って淡い金色の髪をして、ラピスラズリみたいな濃い青色のくりっとした瞳の、超絶かわいらしい美少女がゆったりとした白と黒の修道服に身を包んで現れる。茜ちゃんと、ついでにその隣に柳がいた。

 新たに生まれた聖女が手を振るたびに群衆がより一層わきたつ。きゃー、今絶対茜ちゃんこっち見た、目が合った、手振ってくれてる、かわいい、きゃー。いや冷静に考えたら私のことばれたらダメだろ。絶対に気づいてないしこっち見てない、よし、何の問題もない。


 こうしてはしゃいでいると全然仕事してないように見えるかもしれないが、そんなことはない。仕事は仕事でちゃんとやっている。

 そもそも呪いつきの特性としてネガティブな感情を察知しやすいというのがある。何かよからぬことを企んでる人間がいるとすればその時点で感覚にひっかかってくる。

 私レベルの規格外の呪いつきともなれば、その効果範囲及び精度はかなりのもので、悪意を持った人間を取り逃すことはほぼありえない。なんらかの悪意を隠す手段があればすり抜けることも可能だろうが、その前に私という存在を知っていなければ対策をとろうとも考えないだろう。


 検知する。

 といってもそんな大それたことを企んでいる感じではない。スリか何かの類だろう。だからといって放置しておくわけにもいかない。だいたいこんな輝かしい日、輝かしい場所で窃盗を行う輩なんて厳罰に処されるべきだ。

 さっと視線を動かせば群衆の輪から外れたところ、人々の背の後ろからなんとか聖女の姿を拝もうと背伸びしている少女が1人、その後ろから何食わぬ顔をして男が近づく。その男が明らかによくない感情を抱いて動いている。

 どうしたものか。一応男はまだ何もしてないわけだから直接攻撃するのはだめだ。犯罪を未然に防ぐことができればそれでオッケーだろう。


「久しぶりー、元気だったー?」

 あえて大声出しながらその銀髪少女の肩を私は叩く。

 失敗に気づいて男は去っていった。とりあえずそっちは置いとく。なおスリを働こうとするなら私以外にも警備の人間はいるはず。全部私がやんなくていい。

 新しい問題は急に声をかけたせいで少女が大きく体を震わせそのあげく尻もちをついてしまったことだ。びびりすぎなんじゃないかと思うが、そういう性格なんだろう。

「ごめんね、人違いだったわ」

 言いながら私は銀髪少女に手を伸ばす。小さな手がおずおずと私の手に触れた。

 その瞬間――まずいことになったなと私は悟った。

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