[9] 会談

「お前ほんと何してくれちゃってんの」

 それからまた1週間ほど時間がすぎて、久しぶりにやってきた練ちゃんの第一声がそれだった。

 私の方はその間いたって平穏な日々だったのだけれど、どうやら向こうはそうでもなかったようだ。


「きちんと緊急連絡は入れてたでしょ」

 私は言い返す。

 あの第三聖女就任儀式、通称茜ちゃん聖女就任おめでとう祭の直後、私はしっかり柳にメッセージを送っていたのだ。だいたいは以下の通り。

『白銀の聖女(推定)と遭遇。聖力膨大、敵対は避けるべき。幸い本人は茜ちゃんに友好的。近々相手から接触してくる可能性あり』

 もっとくだけた書き方をしたような気もするけど、すでに私の手元にはないし、細かいことは忘れた。


 練ちゃんは大げさにため息をついた。

「前もって言っておけばだいじょうぶって範疇をはるかに超えてるんだよなあ」

 その後、練ちゃんが話してくれた内容をまとめるとおおよその事情は私にも飲み込めた。


 まずメッセージを受け取った柳は大筋においてその情報を信じてくれたらしい。自分とこの専属の情報収集機関が集めた情報を信用できなくてどうすると思ったがまあそれほど信じたがたい話だったようだ。

 柳は騎士団内で唯一、情報を共有できる練ちゃんと相談。練ちゃんはしぶしぶそれを受ける。差し当たって対策をとるべきは最後の一文。『近々相手から接触してくる可能性あり』

 といってもすぐにできることはなし。当事者第三聖女茜ちゃんの礼儀作法の教育をできる限り早めようということで話はまとまってその日は寝た。


 翌日昼前、騎士団本部に白銀の聖女が訪ねてきた。先ぶれなしにいきなり本人が数人の護衛だけ連れて。

 接触があるとは言っても向こうから乗り込んでくるとは柳は思っていなかった。私も同じでてっきり茜ちゃんが教会の方に呼び出されるもんだと考えてたから話を聞いて驚いた。

 やると決めたら行動は早いタイプなんだろうか、フットワークが軽い。


 大慌てで応接間に通す。日ごろから掃除しててほんとよかった。相手の服装は略式だったので茜ちゃんも同様に普段着にケープだけ羽織って出迎える。

 会談の場には茜ちゃんと白銀の聖女、それから騎士団古参の柳、練ちゃん、萌葱ちゃん、白銀の聖女専属護衛騎士2名が集まる。聖女2人は向ってソファーに座るが、他5名はそれぞれの主の背後に立った。


「はじめまして、私は白銀の聖女、名を薄墨と申します。よろしくお願いします」

「うん、よろしく! ――じゃなくって、私は茜です。最近聖女になりました。こちらこそよろしくお願いします」

「私たちは聖女同士です。礼儀作法にこだわらず話しやすいように楽にされて構いませんよ」

「そっか、わかった、じゃあそうするね。今日は来てくれてありがと。会えるなんて思ってなかったからびっくりした」

「……ご迷惑だったでしょうか」

「ぜーんぜん、そんなことないよ。だって私、他の聖女の人と話してみたかったもん」

「何か知りたいことがあるようならおっしゃってください。私の答えられることなら答えましょう」

「うーん、そういうことじゃなくって、仲良くなりたかっただけだよ」

「そうですか……仲良く……」


 3人しかいない聖女のうち2人が相まみえての会談、緊張感あふれる静かな腹の探り合いになるかと思われたが別段そんなことはならなかった。

 なんたって片方は茜ちゃんである。そんな器用な真似なんてできようはずもないのだ。

 白銀の聖女専属護衛騎士は鍛え抜かれたエリートだけあって顔色ひとつ変えない。柳もいつもの鉄面皮で無表情。練ちゃんはもともとそういうのどうでもいいと思ってるから気にしない。萌葱ちゃん1人だけあわあわしてておもしろかったというのが練ちゃんの感想。


 小一時間にわたる聖女会談は基本的にあれがおいしい、それがかわいい、どこそこに行ったことがあるかなどという世間話に終始していたが一部だけ場に緊張が走ったところがあった。

「私は昨日、街に出ました。街は茜さまの聖女就任を祝って非常に活気に満ち溢れていました。茜さまはたくさんの人々に愛されているのですね」

「うん! みんなが喜んでくれたみたいで私もうれしかった!」

「そこで1人の女性に出会いました。年齢は20前後でしょうか、黒髪の綺麗な、とても親切な方でした。以前茜さまに助けられたことがあるそうでとても感謝していましたよ」

「……その人、おっぱい大きかった?」

「ええ、まあ、はい」

「それ、絶対、桔梗姉だよ!」

 いきなりテンションをぶち上げた茜ちゃんに、白銀の聖女もさすがに目を白黒させていたらしい。

 それだけの情報で特定してくるとは茜ちゃん、いったいどういう嗅覚をしているのか。聖女であるとかそういうとは関係なしに人間離れした直感だ。


「茜さま」

 柳があえて大仰に咳払いをする。

「桔梗は騎士団を除名されました。現在は故郷の村で平穏に農業を営んでおります。王都にいるはずがありません」

「え? そうだったっけ」

「そうです」

「あれー、絶対に桔梗姉だと思ったんだけど、じゃあ勘違いかー」

「はい。茜さまの勘違いです。絶対に桔梗ではありません、無関係な別人です」

 否定する柳が必死すぎて練ちゃんは笑いをこらえるのに大変だったという。


 話をまとめると周りの人間はずいぶんと振り回されたが、会談自体はおおむねうまくいったようだ。何か明確な取り決めがなされたとかそういうことではないが、茜ちゃんと白銀の聖女の間に友好的な関係を築くことに成功したらしい。

 何がどうしてそうなったのか当事者の1人ながらよくわかんないけど茜ちゃんはやっぱりすごいなあと思いながら私はお茶を飲んだ。


 3人の聖女のうち2人が仲良くなれば残り1人がおとなしくしているわけがないということに冷静に考えれば気づいただろうにそんなこと気にも留めていなかった。

 まあ気づいたところで特に対策がとれたわけでもなかったからいいんだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る