第5話 恋心は止められない!


 夏休みも終わり九月の中旬ごろ。真夏の暑さも過ぎ去ったかと思えば、まだ冬服を取り出すには早い残暑の季節。そろそろ秋の風景が見れるであろう予感とともに、メリーは携帯に送られてきた一つのメールに頭を抱えていた。


 『メアリー、時間があれば明日の放課後、体育館裏に来て欲しい。』


 ここここれは恋文じゃないですかぁああ!!!!


 「どどどどど、どうしよう」


 震える手で携帯を持ち、メールを覗き込む。宛名は同じクラスの『直哉』からだ。どう考えても男子が女子を体育館裏に呼ぶ理由は告白以外ありえない。そう思うとメリーは顔が熱くなるの感じた。


 自分の頬に手をおいて「えっ、えっ、えっ、本当に? 直哉が?」と信じられずに部屋の中をキョロキョロ見回してみる。でも夢ではない。気持ちが落ち着かず目が回ってしまう。


 「でもいつメアド交換したんだろう」メリーには直哉とメールアドレスを好感した覚えはなかった。どうやら記憶が飛んだ間に交換したのだろう。だとしたらその時自分がどんな会話をしたのか気になって仕方がない。


 「メリーの方からは交換なんてしないよね。だとしたら直哉から?」いつも素っ気無い態度をとる直哉が自分にどのようにメアドを聞いてきたのか。どうしてその時の記憶が飛んでしまったのか、悔しくてたまらない。


 直哉に対して今まで恋愛感情なんて考えたこともなかったけど…、メール一通のこれだけでもう頭から離れない。これってもしかしてメリーもまんざらでもないってことなのかな。あ~どうしよ、告白されたらなんていえばいいのか分からないよ。付き合ったら一緒に遊園地に行ったりするのかな?


 頭の中がいっぱいになりながらメリーは学校へ行く準備をする。しかし「おしゃれした方がいいのかな? 少し髪型変えてみる?」なんていつも通りでいいのか不安になってしまう。


 「ポニーテールにしようかな?」



~~~



 祭りのときにポニーテールにして好評だったことを思い出す。そんな時だった。


 メリーの目の前の風景は自分の部屋から学校へと変わった。メリーは自分の席に座っている。ああ、時間が飛んだのかと納得して、そのまま目線を少し上げて8時ちょうどになった時計を確認する。次に自分の席の周りにいる薫に「ねえ、今日って何日?」と確認する。

 

 「え…。ああ14日かな」

 「ありがとう!」


 まったく時間が飛ぶ現象にも慣れたものだ。なんて思いながら自分の頭を触ると、自分がすでにポニーテールであることに気が付いた。どうやらあのあと自分でポニテにしたらしい。よかった、と安心する。


 「いや、よくない!」そこでメリーはある重大なことに気が付いて立ち上がった。薫と美帆が驚いて「な、どうしたの急に」と固まっている。


 「時間が飛んじゃうよ!」メリーは薫に嘆く。


 時間が飛ぶ。それは記憶が飛んでしまうメリーから見た視点に過ぎない。しかし今日メリーはもしかしたら告白されるかもしれないという重大イベントを控えているのだ。もしそんなときの記憶が飛んだら。それは絶対に嫌だ。だからメリーは途端に焦り始めた。


 「それはいつもの事だろ」と薫。

 「で、でも今日はダメなの」とメリーはこのクラスに直哉がいることを思い出して小声になる。

 「なんでダメなの?」

 「えっとね――――」


 メリーは自分の携帯を開いて例のメールの内容を二人に見せ、説明する。直哉から告白されるかもしれないということが伝わると二人は納得して頷く。


 「なるほどね、だから髪型変えてたのか」

 「うん、だからね、今日記憶が飛ぶのは嫌なの。ねぇ、なにか記憶飛ばない方法ってないかな?」

 「そういわれても……」


 薫と美帆は互いに見つめ合って困ったように首を捻った。そして薫が口を開いた。


 「そもそも、まだ告白されると決まったわけじゃないだろ」

 「告白だよ!だって逆に聞くけどほかに体育館裏に呼ぶ理由なんてあるの?」

 「うーん、でもなあ…」


 「ねぇメリーちゃん、私も告白されるわけじゃないと思うよ」

 「え、美帆ちゃんまで」


 なんかやけに二人は消極的に感じる。それに対してメリーは「でももし告白だったらどうするの?」なんて言うが二人は受け流すように首を捻って唸る。そしてしまいには「行くのやめといた方がいいよ」なんて言いはじめた。


 「なんで?」

 「だって直哉だろ。あいつそこまでいい噂聞かないぜ。そうだろ美帆」


 「あっ、……ああうん。確かにあんまり聞かないかも」

 「そうだよ。それにあいつすでに彼女いるって聞いたことあるぜ」


 「え、それ本当?」

 「あくまで噂だけど」

 「だとしたらなんでメリーを呼んでるの?」

 「からかうために決まってるだろ」

 「…そうかな」

 「そうだよ、きっと」


 メリーには意外だった。二人はきっと前向きに相談に乗ってくれるものだと思っていたが、蓋を開けてみればその逆である。でも確かに思えば直哉は私に対して素っ気無いけれども。それでもなにか二人は私が直哉の元へ行くのを避けるようにしようとしているような気がする。


 メリーは「わかった考えとく」と返事をして話を終わらした。そしてそのままチャイムが鳴り授業が始まる。


 先生が教科書を開くように指示したり、板書を進める中でもメリーは頭の中はもやもやで一杯だった。


 直哉は告白するつもりなのかな? それとも別の用事なのかな? それとも二人の言うようにからかいたいだけなの?


 わくわく、ドキドキ、そしてもやもや。感情が複雑に絡み合っている。ちらりと直哉の方を向くが、恥ずかしくなってあんまり見ることが出来ない。



~~~



 また時間が飛んだ。1校時が終わってすぐに気づけば給食が目の前に並んでいた。机はくっついていて目の前には二人が座っている。メリーは先ほどまとめていた自分の考えを思い返しながらご飯を口に運ぶ。


 「……。」


 メリーには一つの考えがあった。


 もしかして夏祭りの花火の時、美帆が言っていた好きな人とは直哉の事なのかもしれない。それを薫が知っているからこそメリーが行くのを止めようとしているとか。そうすると朝の二人のぎこちなさも辻褄があうよね。と。


 でも、それを口に出すことはできない。確かめようにも美帆を傷つけることになるかもしれないからだ。そう悩みながらご飯をすすませる。するとその姿を心配したのか「メアリー、今日の給食全部食べれそう?」と薫がいった。


 普段メアリーと呼び慣れていないメリーは少し遅れて「……あっ、ああ大丈夫。ちょっと考え事しててね、あははは…」と誰がどう見ても悩みを抱えているのがまるわかりな返答をしながらメリーは頭をかいた。


 「………メリーちゃん?」美帆も心配そうに尋ねる。

 「もう大丈夫だってば。おかわりだって全然出来るよ!」

 「…そう」

 「………。」


 そのあとの会話が続かない。こんなに静かに食べる給食は初めてかもしれない。しかしメリーからは気まずくて話し出す勇気もなく、美帆と薫もこちらを心配そうにみるだけで楽しい会話を始める様子はない。


 そんな沈黙が訪れるとなんだかご飯がおいしく感じない。


 もしこのまま仲が悪くなったら毎日こんな感じなの? 今まで三人で過ごした楽しい時間を思い出す。記憶が飛び飛びの中でも楽しかった三人で遊んだ時間も、それもなくなってしまうかもしれない。


 そんなの絶対に嫌! でもだからといって直哉を放っておくの? きっと放っておいても友達に遠慮するみたいになっちゃう。それもきっと違う。だったらいっそのこと自分の気持ちを喋った方がいい。絶対そうだ! メリーは薫や美帆も好き。そして自分の気持ちを我慢したくない。だから。


 「ねぇ美帆ちゃん、薫ちゃん。メリーはやっぱり直哉のとこに行ってみようと思う」

 「……え」

 「だからね。朝の件。二人は行かない方がいいって言ったけれど――――――」



~~~



 「―――それでも行こうと思う」

 「へー、どこに?」

 「へ?」


 時間が飛んだ。気が付いたら理科の教室の廊下に立っている。そしてメリーは箒をもっていて、目の前には「だからどこ行くの?」と同じクラスの麻衣まいが首をかしげている。


 どうやら掃除の時間だ。ということはもう5、6校時は終わったのだろう。もう記憶が飛ぶのは慣れっこなものだが、喋ってる途中で飛ぶのは迷惑すぎる。「ちょっと記憶が飛んじゃって」と誤魔化して箒を動かす。いつもなら給食を食べれなかったと嘆くところだが今日はそんな余裕はない。あれから二人とどんな会話を交わしたか気になってしょうがない。仲が悪くなっていないか心配になる。


 「ねぇ、麻衣ちゃん。メリーなにか美帆ちゃんたちと喧嘩してなかった?」

 「え?あ、メリーちゃんが? ん~別に喧嘩なんかしてなかったと思うけど。どうして?」

 「ううん、喧嘩してなかったなら大丈夫」


 たとえ仲が悪そうでも周りからは判断できないかもしれない。そう思ってメリーは諦めて掃除を続ける。


 そして掃除の時間が終わって不安で一杯になりながら教室に戻ると、二人に話す暇もなくそのまま帰りの会が始まった。明日は全体朝会があるなんてお知らせを右から左に受け流しては、その間薫や美帆の様子を伺っていた。見た感じは何も変わってはいない。


 よかった。でもなんて会話したんだろう。と思ってると帰りの会が終わり、二人がメリーのところにやってくる。


 「帰ろうぜ」と薫。

 「私ね、帰りに寄ってみたいところあるの。行こう」と美帆。


 「……え、あ」


 違う。私が直哉のとこに行くことになってない。メリーは気が付いた。いやもしかしたら日付けが飛んでたのかもしれないと携帯を開いて確認するが日は飛んでないようだ。


 『メアリー、時間があれば明日の放課後、体育館裏に来て欲しい。』


 この話はどうなったの? 給食時間にメリーはちゃんと二人に伝えられなかったの? 疑問があふれ出てくる。しかし依然と二人は「?どうしたメアリー、早く行こうぜ」と促している。


 もしかしたら二人に説得されて私が折れたのかもしれない。でも今こんなにも直哉のとこに行きたくて仕方がないのに。そこでメリーは今更ながら自分の髪型がポニテからロングに戻っていることに気が付いた。もう、分からない。行く気がなくなってほどいたの?


 困惑している中、遠目で直哉が教室を出ていくのが見えた。


 それを見てメリーは決心する。行かなきゃ。二人に行くって言ってもきっと反対される。ならもう―――――。


 「わ、私ちょっとトイレしたいから待ってて」


 そう立ち上がって教室を出る。二人は「ああ、わかった。待っとくよ」とメリーが出ていくのを見送った。しかしメリーはトイレには向かわなかった。行き先はもちろん体育館裏である。


 「初めて二人に嘘ついちゃった…」


 後悔しながらそれでもメリーは急ぎ足で体育館裏に駆ける。


 「それでもメリーは」と自分の胸に手を当てながら向かう。


 一方、教室に残された二人はメリーの慌てた態度に疑問を感じていた。「なあ美帆、あいつ鞄持っててなかったか?」「あ、ホントだ」「なあもしかしてあいつ…」メリーが教室を出てしばらくして追うように二人も教室を出た。


 急いで体育館裏にメリーが到着すると、そこにはすでに直哉が立っていた。


 「直哉…君…」

 「……おう」


 お互いにぎこちない一言交わして沈黙が流れる。そこでメリーは思い出す。なんだかんだドタバタしていて、もし告白されたらなんて返事をしようかなんて考える暇がなかったことに。それに気が付くと突然顔が赤くなる。


 大変! ここに来ることだけ考えていたから何の心の準備が出来てない! どうしよどうしよう!


 お互い黙り込んだ時間が続いた。体育館では部活の準備をする音が聞こえ始める。じれったい時間の中、早く言うなら言ってよ恥ずかしくて我慢できないよ、と直哉を見る。しかし直哉もその一言の勇気を振り絞るのに必死なようで拳を固めている。


 沈黙の中、体育館からはボールの跳ねる音、シューズの鳴る音が聞こえてくる。まるでここの二人だけが別の空間に閉じ込められたように感じてしまう。


 「直哉!」我慢できずにメリーは声をかける。なにここまで来てためらってるのよ。もうここに呼んだ時点で心の準備しといてよね!


 メリーに言われてはっと直哉が顔を上げる。そして「お、俺さ。あの!」と声を裏返してまた声が止まる。


 そんな慌てている様子を見てメリーも告白されるのだという実感が湧き上がってきた。今まで別になんとも思わなかったのに今は目を合わせるのも恥ずかしい。これはメリーも恋をしているのかな。それともこの恋愛の場に自分も当てられているだけなのかな。


 直哉とはあまり関りが少ない。でもメリーは助けてもらった祭りのことを思い出した。迷子になったあの瞬間を。あの時直哉がいなかったら迷子のままだったのかもしれない。

 

 「あの……」


 次の言葉を待った。あわわわわわ…! 自分の心臓が跳ねるように打ち付けているのがわかる。


 だからメリーは自分の胸に両手を置き力いっぱいに制服をつかんでは、恥ずかしさを誤魔化していた。体もどことなくそわそわ勝手に動いてしまうし、顔もこわばって仕方がない。


 そんな姿はメリーらしいといえばメリーらしいものだ。


 しかし。


 そんなメリーに対して直哉は落ち着きを取り戻していった。何に気づいたのか直哉は先ほどまでの固い顔から驚きの表情に変わった。


 そして「…お前、メリーなのか」と直哉は言った。


 あまりに不自然な言葉にメリーには理解できなかった。「メリーだよ?」と返すとその回答に気に食わなかったのか「いつからメリーだ?」ともう一度質問が飛んでくる。


 「何言ってんの? メリーはずっとメリーだよ」

 「ずっと…ここにきてずっとか?」

 「あ、当たり前じゃん」


 直哉の様子が突然おかしくなる。メリーを見ては信じられないという顔をして、首を横に振る。


 「俺が呼んだのはメリー、お前じゃない」

 「はあ?なに言ってるの? 直哉がメールでここに呼んだんでしょ」

 「だからお前に対してのメールじゃない!」


 意味の分からないことを言っては急に起こり始めた。なんで怒っているか分からない。ただ一つはっきりしているのはもはや告白する雰囲気ではなくなったということだ。その理由は分からない。メリーもさっきまでの胸の高鳴りが収まり疑問で頭があふれていた。


 だから聞いた。「どういうこと?」と。


 その答えに対して直哉は叫んだ。堪忍袋の緒が切れたように怒った顔で。


 「お…俺が好きなのはメリーじゃなくてメアリーなんだよぉ!」


 ?????? 意味が分からない。??????


 「いつもそうだ。お前はいつも肝心な時に邪魔をする。迷惑になってんのわかんないのかよ!」

 「な、なに言ってるの? メアリーは私だよ?」

 「だからっ―――――――」


 その時。直哉が叫ぼうといた瞬間に、それを止めるように薫と美帆が駆けつけてきた。


 「直哉! お前何してんだ!!」と薫がものすごい剣幕で直哉を押さえつける。直哉は押さえつけられて抵抗しようともがいている。その様をただ困惑してメリーは見ていた。


 「は、放せよっ!」

 「放せすわけないでしょ!」


 なにが起きているのか分からなかった。


 でも確かに直哉の態度は急におかしくなっていた。もしかしたら二人がこの場所に行かないように言っていたのはこのことだったのかもしれない。危ないから行かないように言ってたのかもしれない。


 「そうだよね、直哉君おかしいよね」と同調を求めようと声を出したが、興奮する薫と直哉の耳には届かなかった。


 代わりに取っ組み合いをする中、薫は叫んだ。


 「皆秘密にしてんだろ!!」と。


 「ひみつ…?」メリーはぼそりと呟いた。その言葉はどうやら皆に聞こえたらしい。はっと皆が固まった。そして即座に薫が「あ、いや今のは…」と間が悪そうな顔をする。その反応は口を滑らせてしまった時と同じものだ。


 「分からないよ。何も分かんない。皆してメリーが知らない何かを隠してるの?」

 「そ、それは…」


 言いづらそうな薫の前に「もう、隠すのは無理だよ」と美帆がでてきた。


 そして―――――


 「メリーちゃん。あなたは二重人格なの」


 ―――――美帆はその秘密を喋った。


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