第4話 遊園地はぶっ飛びアットラクション!?


 夏休みといえども月のカレンダーを一枚めくれば終わりが見えるほど意外にも時間がないものであり、そんな中で思い出を作ろうとするのはきっと学生のさがに違いない。その学生の中にメリーも入っているわけで、とりわけメリーにも夏の終わりごろに薫たちと遊園地に行く予定で気持ちを高ぶらせていた。


 「遊園地!遊園地!遊園地だね!」

 「はいはい、そうだね」


 遊園地に向かう電車の中でメリーは外の景色を見ては落ち着かない様子で、その様を薫に「ちょっと周りの迷惑になるからじっとしてな」とたしなめられていた。しかしそれで興奮を抑えられるわけもなくメリーは「楽しみだな~、ね!」と薫と美帆に同調を求めていた。


 遊園地なんていつぶりだろ、もう思い出せないぐらいずっと前だよ。それも友達と一緒に行けるなんて最高! まずはジェットコースターでしょ。それから空中ブランコも乗るでしょ。お化け屋敷は怖いからスルーするとして、水しぶきのアトラクションもあったかな。


 そんな風に遊園地で何をして遊ぼうかとわくわくしていると「メリー、おいメリー。はやく降りるぞ」と薫に言われ「あ、待ってー」と急いで電車を降りる。


 「次は?」

 「ああ、あとバスに乗ったら着くな」

 「意外と遠いね」

 「そうだな」


 「メリーちゃんは遊園地行ったらまずはなんの乗り物に乗りたいの?」と美帆。

 「ジェットコースターだよ! 遊園地と言ったらそれしかないでしょ、ね」

 「えぇ…、私ジェットコースターちょっと怖いかな。ほかの乗り物からで体を慣らしてから乗りたいかも」

 「えー、でもメリーの体はジェットコースターに乗りたくて仕方ないの」


 「え、私もジェットコースターから行くつもりだったけど」

 「え~、薫までそっち側なの?」


 「じゃあ多数決で決まりだね!」

 「そんなぁ」


 楽しみで仕方ない。近所とは違った景色に心が躍らされる。自分は出かけているのだという実感と、これから遊園地が見えてきたらもっと興奮するに違いない。しかし、やはりそんな中でもメリーは時間が飛ぶことを心配していた。


 「大丈夫だよメリーちゃん」と美帆。

 「そーだよ。一日中いるんだから記憶が飛んでももう一回同じのに乗ればいいんだよ。そのための遊園地なんだから。映画館とかだったら記憶が飛んだら内容わかんなくなって楽しめないかもしれないけど、今回行くのは遊園地なんだから心配いらないって」


 心配するメリーに薫と美帆は楽観的にフォローする。確かに…メリーのために遊園地に行くって決めたもんね。本当は映画館とか洋服買いに行ったりしたかったかもしれないけど。でも遊園地より楽しい遊びってあるのかな。いや、ないよね! なんて心配より楽しさが勝つ。それが遊園地の魅力なのである。


 そしてバスから降りて少し歩いてようやく三人は遊園地に着いた。


 「ゆうえんちっ♪ ゆうえんちっ♪」

 「こらメリー。走ったら迷惑になるだろ」

 「ごめーん。でも楽しみが止まらなくてー」

 「言い訳になってない。ってか戻ってこーい!一人で行くな!」


 興奮が抑えられない。だって目に入るすべてが面白そうで仕方ないんだもん。入り口でもらったパーク内のパンフレットを見てどれから行こうかなんて悩むだけでも楽しい。なんなら全部回りたくて仕方ない。


 「はやくいこ!」

 「えーやっぱりジェットコースターからなのぉ。私は乗らなくていい?」

 「だーめ」美帆の手をメリーが引っ張る。「三人で乗るから楽しいの」

 「ぴえーん、なんつて」


 目当てのジェットコースターに向かう途中も、右を見ても左を見ても面白そうな遊具が並んでいる。汽車の乗り物は多分小さな子供用みたいだけど一回乗ってみたいな。あ、あの奥のやつが水がめっちゃかかるやつだ! メリーはキョロキョロ周りを見渡しては目を輝かせる。


 「やっぱり元気いいんだからな」と言っている薫もなんだかんだ目を輝かせている。目を輝かせていないのはこれから乗るジェットコースターに怯える美帆だけである。


 そしてジョットコースターの待機列に並び、「身長制限セーフ!」「いや全然大丈夫やんけ」なんて会話を挟む間に順番が来る。


 「わーい!次だ次!」とメリー。

 「今からでも遅くないよ、私。まだ戻れる」と美帆。

 「戻れるわけないだろ」と薫。



~~~



 「ばのびみばばあああ」


 楽しみだな。そう言ったつもりだった。しかしそんな変な声が出てしまったのは強い風がメリーに急に吹き付けてきたからだ。急に? いや違う、時間が飛んだのだ。どの瞬間に? それはジェットコースターの急降下中にである。


 気づけば自分は座っていて、気づけば自分は安全レバーに捕まっている。しかしそれは気づければの場合である。メリーにとって分かったことは急に高いところから落下しているということのみであった。


 「ぎゃあああああああああ!!!!」


 叫ぶメリー。誰だってそうだ。意図せず心の準備なしに落下する恐怖に抗えるものは存在しない。ジェットコースターとは安全レバーが下がるのを確認することによって身の安全を頭で理解してから楽しめる遊具である。しかしその工程が消し飛んだメリーにとって今はただ自分の今の状況を理解することも出来ずに死の恐怖に直面しているだけである。


 「ぎゃあああああああああ!!!」


 死ぬ死ぬ死んじゃう!!なんで???


 ジェットコースターの勢いが緩やかになってようやく「あ、じぇっとコースターに乗ってたのか…」と理解するメリー。しかし理解するころには一周が終わり、安全レバーが上がる。従業員に案内され出口へと追い出される。


 「あはははははっ、なんだかんだメリーが一番叫んでたじゃん」

 「いや、途中で記憶が飛んじゃったからだよ! もうびっくりしちゃった~。気づいたらメリー、落ちてるんだもん。本当に死ぬかと思っちゃったよ」

 「あー、そうなんだ。うーん、そりゃあ災難だったな。…それにしても記憶が飛ぶのほんの少しだけだったんだな」

 「これに関してはランダムだから仕方ないのです」


 やれやれと肩をすくめるメリー。


 「で、美帆ちゃんはどうだったの?」

 「んー、あー思ったより怖くなかったよー」

 「そう! 楽しいもんね、ジェットコースター。やっぱり一番始めに乗ってよかったでしょ!」

 「うん、まーなんていうか。怖くなかったのはメリーちゃんが叫んでたから、それ見てたらなんだか平気なっちゃたの」

 「え、メリーのおかげ?」

 「おかげっていうか…」


 「みなまで言わせんなよメリー。叫んでいる姿がみっともなくて、自分がそんなみっともない姿になりたくなかったってことだよ」

 「ちょ、ちょっと薫、私そんなつもりで言ってないよ」


 「薫ちゃんの意地悪! 普通に乗ったらメリー怖くないもんね」

 「そう? ならもっかい乗る?」

 「乗るよ!」


 体を180度回転させて歩いてきた道を戻り始める薫とメリー。


 「ちょっと二人とも、一回ほかの乗り物行こうよ。なにも連続で乗ることはないじゃないの。あとででもまた乗れるよぉ」


 足早にさっきのジェットコースターに向かう二人を美帆は追いかけた。



~~~



 で、今メリーの目の前にあるのは? スプラッシュコースター、水しぶきで爽快感マックスの乗り物。遊園地に来たのなら一度は乗っておくことをお勧めする子供から大人まで楽しめると話題のやつである。


 「メリー、ジェットコースターに並んでたのに…」メリーがぼそりと呟き、それを聞いた薫が「おお、メリーか」と記憶が飛んだことに気づく。


 「もうずっとメリーだよ。ってかジェットコースターどうなったの?」

 「ええ、あれ?」薫は少し考えるように空に目をやると顔をにやけさせ、「ああ、あれね。ジェットコースター乗ったあとお前ギャン泣きしちゃってさ。大変だったよ」

 「え?本当?」

 「ホントホント。ホントもホント」


 「おい薫ちゃん。嘘はいけないで」美帆が隣から突っ込む。


 「嘘じゃん!」

 「はは、まあまあ。とりあえず順番来るからさ」

 「まって、本当のところはどうなったの?」

 「んー?どうもなにも、ただジェットコースター乗っただけだよ」

 「やっぱりメリー叫んでなかったでしょ」

 「あー、ちょっと叫んでたかも」

 「嘘!」

 「これはホント」


 メリーは薫の言った言葉に疑いを持ちながら遊具に乗り込む。


 スプラッシュコースター。これはとても楽しかった。何より記憶が飛ぶことなく安全レバーも下ろされたからである。


 ばしゃあっ!! よりは ザバアア!!!とはじける水しぶき。多少体にかかるものの、それを防ぐシートのおかげで何とかなる。


 「きゃあああ!!」これは悲鳴ではなく歓声である。


 まさに遊園地でしか出来ない体験をして心より楽しんでいるのを実感している。



~~~



 それから何度かメリーの記憶は飛んだ。気が付けば売店にいて手元にはホットドッグを持っている。


 「なんかよくわかんないけどやった!!」とホットドッグにかぶりつくメリー。それからクレープ屋を見つけては一直線に買いに向かう。


 「あいつの食欲はどこから来てるんだ?」

 「さあ」


 と呆れる二人を尻目についでにチュロスまで買ってくると「メリー、これからまだ遊ぶんだぞ」とため息をつく。すると「うん、だからいっぱい栄養取らなくちゃ」と満面の笑みで返すメリー。


 「ダメだこりゃ」

 「ふふ、いいじゃない、今ぐらい」



~~~

 


 また時間は飛ぶ。観覧車に乗りこむ瞬間に時間が飛んで、気が付けば観覧車は一周を回ろうかというところまで来ていて「えー! もう降りるの!」と駄々をこねるメリーを「いや一周30分だから結構乗ってたぞ」と突っ込む薫。


 「でも私乗ったばっかりだったんだもん。あ、そうだ! もっかい乗ろうよ!」と提案するメリーに、「一回が長すぎるわよ」と却下する美帆。


 渋々諦めるメリー。「ちなみにてっぺんはどんなだった?」

 「あー景色よかった」と薫。

 「えっとね、歩いている人とか小さく見えてまるで自分が神になった気がしたよー、それにね。ほかの遊具も全部見渡せて本当に綺麗だったー。でもちょっと高くて怖いかな」と美帆。


 それを聞いて「……薫ちゃんは感性があまりないんだね」とやれやれと肩をすくめるメリー。

 「ほっとけ!」叫ぶ薫。



~~~



 やはり遊園地というのはよかった。たとえ時間が飛んだとしてもどの遊具で遊ぶのか理解すれば十分楽しめる。服を買いに行って記憶が飛んだらきっと選んだ覚えのない服を身に着けているに違いない。映画ならなおさらだ。


 気が付いたら乗り物に乗っていて焦ることも何度かあったが、それも少し慣れてきて、そのハプニングさえも楽しみに変えてメリーは楽しんでいた。薫と美帆には心から感謝してやまない。記憶が飛んでも二人が支えてくれるからこそなんとかなるのだ。


 あらかた満足するほどには園内を遊びつくし、歩きすぎて足も痛くなってきたころ。また記憶は飛ぶ。



~~~



 気が付いたらお土産屋さんの前にいた。そしてメリーの目の前で薫がユニコーンのキーホルダーを差し出している。


 「これ、私と美帆からのプレゼント」


 二人がメリーにプレゼントを渡している、そんな場面。きっと二人が私のために買ってきたのだろう。それに気づいた瞬間メリーは「わあ!ありがとう、とっても大事にするね!」と満面の笑みを浮かべてキーホルダーを受けとった。


 「メリーこんなに迷惑かけているのに、二人とも本当に優しい…。ありがとう、ありがとう二人ともぉ…」


 とメリーが涙ぐんでいると、薫は「やっぱりやめた」と突然メリーからキーホルダーを取り上げた。


 「ああん、どうして?」とメリーが聞くと薫は「私も同じの買おうとしてたから、メリーと同じのなんか癪だし」とそっぽを向いた。


 「ははーん、恥ずかしいんだね薫ちゃん」

 「違うし。ただ何となく嫌なだけだし」

 「私は薫ちゃんとお揃いでも構わないよ」

 「メリーちゃんが構わなくても私が構うの!」


 薫ちゃんが恥ずかしいなら仕方ない。だけれどもメリーは思う。せっかくうれしい気持ちになったのに結局もらえないのはなんだか悲しい。


 「あ、二人からのプレゼントなら美帆ちゃんにも聞かないといけないよ。ねえ美帆ちゃん、薫ちゃんのこんな暴挙許していいの?」

 「あーまあうん。いいかな」

 「いいの!?」


 意外な返事が返ってきて驚くメリー。


 「だってね。嫌がりながらあげたプレゼントってもらっても嬉しくないでしょ」

 「うーん、そうだけど」

 「でもね、薫ちゃんだって意地悪したいわけじゃないの。メリーちゃんにだってちゃんとプレゼント渡すつもりだったんだから」


 「おい!美帆!」横から薫が突っ込む。怒鳴られて慌てて「あ、あーごめんごめん」と謝る美帆。


 プレゼント渡すつもりだったなら欲しいよー、という目を薫に向けるメリー。「ねぇねぇ、薫ちゃーん」と甘えた声も出してみる。そう粘ってみると薫がため息をついて折れた。


 「あーもうわかったよ! でもこのキーホルダーはダメ。だから代わりに昼食べたクレープ奢ってやるからそれで勘弁して!」

 「クレープ……、クレープ!」


 メリーの頭の中が一瞬でクレープの事で一杯になる。昼食べたクレープ確かにおいしかったな。メリーがその時食べたのはイチゴを挟んだトッピングだったけどほかのも食べたかったんだよねー。


 「チョコのやつ食べたい!!!」メリーは叫んだ。

 「はい決まり!」と勢いよく指を掲げる薫。


 そして二人はクレープ屋へと歩いていく。その後ろ姿を「まあいいように流されてるなメリーちゃん」と呆れながらついていく美帆。


 その後クレープをもらって上機嫌になったメリー。出口へ向かっていると、今日一日の出来事を思い出して満足する。


 こんな体質でも楽しむことが出来た。それはきっと二人のおかげだ。


 「また来ようね!」


 クレープを口いっぱいに頬張りながら二人に満面の笑みを向ける。


 「うん、まあ、ふふ…そうだな」と薫。

 「ん? なんで笑ってんの?」

 「んー、秘密~」


 反対を見ると美帆もくすくす笑っている。


 「美帆ちゃんまでなんで?」

 「んー教えよっかな、どーしよっかなー」


 疑問に思いながらもクレープを食べきるメリー。


 二人が笑っているのはメリーの口にクリームが付いていたからであったが、それに気が付いたのはずいぶん後のことである。


 その時ばっかりは二人の事を尊敬する心が一瞬で崩れ去った。


 「二人のバカ!バカ!バカぁ!」


 一日の最後にメリーの声が響いた。

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