第3話 夏祭りは迷子の予感!
刺しては抜いて、もう一度刺す。手にはカッターを握り、腕を刺す。
イタイ、イタイ、イタイ、痛い、イタイ。
それでも私は刺した。教室で大きな悲鳴をあげながら、みんなの視線を浴びながら。
怖い、怖いよ、どうして私はそんなことをしているのかわからないよ。
~~~
今や夏休み、メリーのカレンダーには今日の日付に大きく花丸が書かれてある。なにせ今日は待ちに待った浦々丘の夏祭りなのだ。以前よりメリーはこの日を楽しみにしていて仕方がない。
しかし今メリーは大きなため息をついて憂鬱気分。
「さいあくだよも~、怖い夢見ちゃったよ~」
今朝メリーは悪夢を見た。何度も自分で自分を突き刺すという意味の分からない夢。前日とても楽しみにしていたばかりにこわい夢をみて気分が削がれてしまっていたのだ。
そーいえば自分が死ぬ夢って確か縁起がいいって誰かが言ってたよーな。でもそれでも祭りの日に見たい夢じゃないよまったく! どうせ記憶が飛ぶならこういう記憶こそ飛んで欲しいよ。そうでしょ神様、ちゃんと融通利かせてよね!
頭の中で白髭はやした神に説教するメリー。しかし悪夢を見たものはどうしようもなく、その記憶は消えないのだ。メリーは気分を変えようと携帯を開いてメールを見た。薫から祭りを一緒に行こうと誘われたメールを見てメリーは気分が高鳴る。
そうだ!もう気にしちゃダメダメ!今日は祭りなんだから楽しまなきゃ。あ、浴衣の準備しなきゃ。
悪夢を記憶の彼方に押しやってメリーは祭りに行く準備をする。きっと祭りは楽しいもんね。とメリーは屋台に並ぶ焼きそばや焼き鳥などを想像してよだれを垂らす。しかしそんな楽しみにすればするほどメリーには危惧するべき事案が一つあった。
でも時間が飛んじゃったらどうしよう。悪夢は飛ばさなかったのに祭りだけ楽しめなかったら今度こそ神様呪ってやるんだからね。
不安の種とは時間が飛んでしまうことである。せっかく楽しみにしていてもいつものように祭りのときに時間が飛んでしまったらせっかくの祭りが台無しだ。しかし今どんなに不安になったところでこの特異体質といえるべき現象はだれにも止めようがない。
不安を抱えたままメリーは浴衣を着て祭り会場に向かった。
祭りに向かう道中たくさんの人が歩いていた。メリーと同じように浴衣を着ている人たちもいる。メリーは周りを見渡しながら、浴衣を着た人がいることで自分の知っている街じゃないような気分になり「うわぁ~、薫ちゃんたちどんな浴衣来てるのかな?楽しみだな~」と目を輝かせながら歩いていた。本当は走りたいのだがこの下駄という動きずらい履物がスピードを制限していた。
「き~み~が~いたな~つは とおいゆ~め~のなか~あ~♪」
徒歩15分弱。歌を口ずさみながら会場の入り口に着く。「薫ちゃんたちどこかな?」とあたりをキョロキョロ探すと塀に座っている薫と美帆を見つける。
「薫ちゃああああん! 美帆ちゃあああああん!!」
叫びながら二人のもとへ駆け寄る。しかし急ぎすぎて浴衣の裾を踏んで転び、「ぷぎゃ!」と潰れた風船のような声を出すメリー。周りの人が大丈夫だろうかと横目で通り過ぎていく。「つー、痛かった~」と顔を上げたところを「大丈夫?」と美帆が手を差し伸べる。「ありがとう美帆ちゃん!」
「……メリーだよな?」立ち上がったメリーに薫は聞く。
「? そうだけどどうしたの?」
「…いや、ただ」薫はメリーをまじまじと見まわして、「うん、制服と違って浴衣が似合ってんねと思ってさ」と専門家が鑑定するかのように頷く。
「そうでしょ! メリーも似合ってると思うのです!」メリーはまとめたポニーテールを自信をもって見せつける。
「そうか。ま、いいや。ほら行くよ」
「あ、褒めて置いてそっけないよ~」
歩き出した薫の横に並ぶメリー。
「二人も浴衣可愛いね。お姫様みたい!」
「お姫様はちょっと違うだろ」
「じゃあなんていうのさ」
「……江戸の人?」
「可愛くないから却下!」
「却下ってなんだよ。お前にそんな拒否権あんのか」
「あるもん!」
「まあまあ、可愛いからなんでもいいもんね~。ね、メリーちゃん」
「うん!可愛いは正義です! さすが美帆ちゃん!」
三人並んで会場に入っていく。
「おお!!祭りだ祭りだよ! 焼きそばだよ!あれはのろしだね!」
屋台に並ぶ焼きそばや射的、そしてそこから出る煙を見てメリーの祭り気分は一気に上昇。腕をぶんぶん振りながら顔がにやけてたまらない。そんなメリーを見て「なんかいつもより上機嫌だなお前」と薫が言う。
「あったりまえだよ!だって私とっっっっっっても!楽しみにしてたんだもん!」
「楽しみに…そうか」
「うん!」
「そうね、実は私たちも祭り楽しみにしてたんだよ」横から美帆が言う。
「ホント!?」
「本当よ」
「お、おい!美帆っ!」恥ずかしいのか薫が叫ぶ。
「いいじゃない別に。祭りの日ぐらい」
「そうだよ、祭りを楽しまない人なんてこの世にいないんだからね!」
「そうよね~」
メリーと美帆は顔を合わせて笑顔になる。薫は呆れたように「そう意味じゃないって」と文句があるように唸った。
メリーは人混みで見え隠れする屋台の覗き込む。そしてどれを食べようかなんて悩む。焼きそばもいいけど今買っても歩きながら食えないよね。ならたこ焼きかな、あ、焼き鳥もいいな!
「う~ん、どうしよ」
「どうしたの? 何かお悩み?」
「うん美帆ちゃん。こんなに屋台があったら何を食べようか悩むよね」
「ああん、それなら。かき氷なんてどうかしら。私もたべよっかなって思ってるの」
「おお!夏っぽいよ美帆ちゃん! さすが美帆ちゃんだね」
「えへへ、それほどでも?」
「じゃああの屋台で買いに行こ!」
メリーは『氷』と書かれたのぼりを見つけて指を指す。そして一目散に先導して歩き出す。
「かっきごおり♪ かっきごおり♪」
~~~
「シロップは何にしようかな~。やっぱりイチゴに練乳かな。あ、そういえばシロップの味って全部一緒って聞いたけど本当かな?」
二人に意見を聞こうとメリーは振り返った。しかしそこには薫や美帆の姿は見当たらない。「あれ?」キョロキョロとあたりを見渡す。しかしいない。いや、よく見れば先ほど目指していたはずのかき氷の屋台も見当たらない。
「まさか、まさか。時間が飛んだの!?」
まさに最悪のタイミング。気づけば知らないとこに一人。せっかくの祭りなのにこんな仕打ちはあんまりだよ~。
「もう神様のバカバカバカぁ!!」
軽く地団太を踏むメリー。「いたっ」すると自分の足に痛みを感じる。裾をあげて確認するとどうやら履き慣れていない下駄で鼻緒ずれが起きたらしい。指と指の間が痛い。「もう最悪だよ~」泣きべそをかくメリー。
とりあえず携帯を開いて時間を確認する。午後8時ほど。こっちに来てから1時間と少し経ったくらいだろうか。メールしてみようとするが人が多すぎて電波が混戦しているようで送信できない。でも鞄は持ってるので財布は大丈夫そうなので、それだけでも運はよかったと頷くメリー。「でもなんで二人とはぐれてるんだろう?」首をかしげる。「はやく二人と合流しなきゃ」
今からならまだ9時に上がる花火には間に合う。それを目指してメリーは歩き始める。本当は走り回りたいところだが鼻緒ずれで痛くて仕方がない。それに人混みの中走っちゃ危ないもんね、と諦める理由を作って自分を誤魔化す。
「あ、焼きそばだ!」
屋台のご飯を見てメリーのお腹が鳴る。そういえばさっきかき氷は食えたんだろうか。「いやでもメリーは食べてないもん!」そう言いながら屋台に近づき「おじさん!焼きそば一つ!」と焼きそばを買うメリー。
満足そうに焼きそばの入ったパックを抱えるメリー。「やっぱり祭りといえばこれだよね。ね、薫ちゃん」そう言って「はっ!」と自分が一人であることを思い出す。
「違う違う、こんなことをしている場合じゃなかった。早く二人と合流しなきゃ」
「お、そこの嬢ちゃん、焼き鳥どお? おいしいよ~」
「あ、買います!」
歩き出した足をすぐに止めるメリー。残念なことに今は買いすぎを止めてくれる薫や美帆の姿はない。はやく二人と合流しなくてはいけないと思っていても目の前に食べ物があるとすぐに買ってしまう。
歩いては買い、歩いては買い、手元には焼きそばのほかにも焼き鳥、チュロス、綿あめまで抱えてメリーは歩いていた。とりあえず持ちづらいので綿あめだけでも食べながら進む。
「うっま~い。これこそ祭りだよね」一瞬おいしさで満足になりそうになり、そして「ちがう!」と頭を振る。「早く合流するんだった! 何やってんのメリー!」と自分を説教する。
だけど二人の姿は見当たらない。広い会場の中、なんのヒントもなくこんな人混みの中から二人と合流する方が難しかったのかもしれない。歩けば歩くほど気持ちがそがれてしまう。思えば朝から悪夢を見て今日は運が悪かったと思う。
「でも、それでもメリーだって祭りを楽しむ権利はあるよ!」
こんな不条理はない。そう思って諦めずに歩く。すると。
「お、メアリー」とクラスの男子、
「見てわかんないの? 私迷子中なの!もう最悪の状況~」嘆くメリー。
直哉はメリーの恰好を見る。手には綿あめ、焼きそば、焼き鳥にチュロス。とても迷子になって悲しそうにしている人の恰好には見えない。
「本当に迷子?」疑う直哉。
「ほんとよ!見ての通りでしょ」
「見てわかんないから聞いたんだよ。…てかメリーなんだな?」
「? ああそうね。浴衣姿だと誰だかわかんないでしょ」
メリーは自慢のポニーテールを見せつける。「まあ、そりゃそうだな」と直哉は若干引き気味に頷く。
「あ!そんなことしている場合じゃない!ねえ直哉。薫ちゃんと美帆ちゃん見なかった?」
「薫と美帆?…ああ、杉本と美帆か。なら多分あっちだな」
「ほんと!見たのね!」
それを聞いて嬉しそうに跳ね回るメリー。「ホントもホント。でも杉本の姿が見えただけで美帆と一緒だったかはわかん――」「んじゃありがと!」
メリーは喋っている途中の直哉を無視して教えてもらった方向へと歩き出した。
「……なんだあいつ」と呆れる直哉。
「まああいつの浴衣姿見れてよかったじゃん」と健吾。
「ば……そんなんじゃねーよ。てか俺が好きなのはあいつじゃねーよ!」
「ふ、どっちも一緒だろ」
嵐のようなメリーが去ったあと直哉と健吾はお互いにどつき合っていた。
それからメリーは教えてもらった方へ急いだ。「はやくしないと花火上がっちゃうよ」花火は一緒に見たい。道は少しではあるが人が減ったように感じる。主に花火を見るために皆移動しているからだろう。もし薫たちが私を探していたらわかりやすくなったかも。
そうメリーの思う通り、進んだ先に薫と美帆が歩いていた。お互い遠くで目を合わせ、メリーは駆けだそうとしたが指が痛くて走れない。「メアリー!」そんなメリーの元を薫と美帆が駆け寄った。「探したんだからね」と心配そうに薫が声をかける。
「わ、私も迷子になったと思って心配してたよ~」と出会えた感動でつい泣きそうになるメリー。
「……メリーなのね?」
「メリーだよぉ」泣きそうに答える。
薫はメリーの姿を見る。手元には焼きそばなどの大量の食べ物を見て呆れてため息を漏らす。「いつの間にこんなに買ったのよ」「だっておいしそうだったんだもん~、うぅ……」
そんなメリーの頭を美帆が撫でる。「ほら、もうそろそろ花火上がるから一緒に見よ?」それに対してメリーは涙を拭うと「うん!」ととびっきりの笑顔で答えた。
それからすぐに花火は上がった。
ひゅ~、ドンドンドドン!!!! と花火の音が空気を揺らす。
「わー!きれいだきれい!」手を挙げてはしゃぐメリー。
「ほんと、キレイダネー」
「こんな時まで格好つけないでよ。薫ちゃんもほら、万歳して、きれいだ!って」
「どこの宗教だよ。…本当に綺麗だなとは思ってるよ」
「わー花火ドンドンドン!ひゅ~ドン!!」
「聞けよ!」
「メリーちゃん。花火は好き?」美帆が聞く。
「うん大好き!」
「どうして?」
「だってとっても綺麗でうっさいから!」
横から「うるさいのはいいことなのか?」と薫が突っ込む。
「そう」美帆は微笑む。「…私もね、花火大好きなの」
「綺麗だもんね!」
「うん、そうね。でもね、私実はね、花火一緒に見たい人がいるのよ」
「え!」
それってもしかして好きな人ですか!という言葉を飲み込むメリー。
「おい!美帆お前!」と薫が美帆を止めようとしている。え、もしかして薫ちゃんは美帆ちゃんの好きな人知っているのかな?
「ねえねえ!薫ちゃんも知ってるならメリーにも教えてよ!美帆ちゃんの好きな人!!」
「え? …あーそうね。名前は恥ずかしくて言えないけど」
それを聞いて「あー、まったく」と頭を抱える薫。その横でメリーは「うんうん!」と目を輝かせている。
「とっても頑張り屋さんなの。勉強もたっくさんしていてね。少し不器用だから危なっかしいところもあるんだけどね。でも、確かに好きと言われたらそう、好きになるのかな。恥ずかしいけどね、ふふ」
「……。」。
「? どうしたの?」
黙っているメリーに首をかしげる美帆。メリーは「いや、聞いてたら本当にその人のこと好きなんだなーって思っちゃって。メリーあんまりそういう話聞かないからびっくりしちゃった」と自分の頭を撫でて苦笑した。
「ふふ、そう。……メリーちゃんは、好きな人いるの?」
「え、わ、わたし!? いないよいない!」
「えー、そっか。でもメリーちゃんはいなそうだよね」
「な、なにそれ!」
あざ笑うかのように笑いだす美帆。「もー馬鹿にして!」と叫ぶメリー、しかし美帆につられて結局笑いだす。そんな彼女たちを花火は照らしていた。
花火が終わるとあたりは一瞬の静寂に包まれた。しかしすぐに祭りの参加者の人たちの声であたりは騒がしくなる。「じゃあそろそろ帰ろうか」と美帆がいう。しかしメリーは「待って!」と二人を止めた。
「あ、あの、たくさん買ったから一緒に食べよ?」と焼きそばやチュロスを見せる。
薫はため息をつきながら「あーもうったく。買いすぎだよ。ほら一本頂戴」とチュロスを一つもらう。
美帆も「じゃあ私も有難くもらうわね」と焼き鳥を1本とる。
そして三人で片付けを始める祭り会場の中、帰りゆく人々を横目に食べながら会話を交わす。「下駄のせいで足痛めちゃってー」とか「どこにいったか不安だったよ~」とか、「不安ならなんでこんなに食べ物買ってんだ」と突っ込まれたり。
そうして手元に食べ物がなくなって帰ろうとしたとき「あっ!」とメリーが叫んだ。
「たこ焼き食べるの忘れてた!!」
「「もういいわ!!」」
二人に突っ込まれてしまう渋々諦めるメリー。といっても屋台はもう片付けを始めているからもう買えないけどね。
なんだかんだあった夏祭り。しかし終わりよければすべてよし。食欲も満たし友達と花火も鑑賞でき満足してメリーはご機嫌に帰り道を歩く。
「やっぱりご機嫌だねメリー」そう言われてメリーは今日一番の笑顔を見せる。
「うん!だってとっっっっっても楽しかったんだもん!!!!!」
祭りが終わった夜の浦々丘。静けさが訪れたその街にメリーの笑顔が咲き誇っていた。
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