第2話 テストを乗り越えろ!


 メリーはその日憂鬱だった。机に膝をついて頬に手を当て深いため息を吐いた。


 「そんな暗い顔してどうしたの?」と美帆に言われてメリーは「だって今日テストだもん!」と叫んだ。


 今日はテストの日。学校で数度行われるうちの期末テストである。目の前の美帆も薫も手には教科書を持って、それに目を通しながら会話をしている。


 「勉強不足なの?」

 「違うよ!美帆ちゃんわかるでしょ。メリーが悩んでるのは時間が飛んじゃうことなの」

 「そうね、それは大変だ」


 心配そうな声を出すが二人とも全然メリーの方を見ずに手に持った教科書を眺めている。テスト前だから当然といえば当然だけれども。


 「とりあえずメリーも勉強したら? 1校時目は自習だし、記憶が飛ぶ飛ばない以前に勉強はしてて損はないでしょ」と薫。

 「確かに」納得するメリー。


 メリーは国語の教科書を開く。「国語なんて勉強するとこある?」「漢字は覚えないといけないでしょ」「ああそっか」返事をしてメリーは暗記していく。まずは作者の名前、次に出てきた単語。漢字は読みは難しくはないのだが問題は書く方だ。いざ書けといわれたら確かに知っているはずなのに書けないなんてことがある。そうなると心がもやもやして次の問題でも頭の中にさっきの漢字を考えてしまって、教室に貼られた掲示物なんかを見渡してその中にその漢字がないかなんて探してしまうのだ。

 

 「慌てる、慌てる、慌てる、慌てる、慌てる…」

 「何かの呪文みたいに聞こえるよメリーちゃん」と美帆。

 「で、でもこうした方が覚えやすいんだもん」


 「アワテルアワテルアワテル~」と薫。

 「真似しないでよ薫ちゃん!」

 「いや悪い、面白かったから」

 「もう!」


 邪魔されながらも再び「慌てる、慌てる…」とその漢字の読みと書きの暗記をし始めるメリー。



~~~



 カッ、カカッ、カンッ。とシャーペンの走らせる音が聞こえる。


 「……。」


 突然周りが静かになった。それに気づいてメリーは静かにため息をつく。ああ絶対時間飛んだじゃん!と思いながら周りを見渡すと皆黙々と机に向かっている。自分の机に視線を戻すとテスト用紙が一枚ある。数学の問題だ。


 最悪! 1校時の自習の時間を飛ばしたってこと?急にテストなんて…。


 アワテル、慌てる、慌てる。メリーは頭に浮かぶ単語を振り払う。そしてとりあえず嘆いても何も始まらないので問題を読む。


 「いや、落ち着けメリー。1問ずつ解けば大丈夫。まだ何も慌てる時じゃない」


 メリーが始める時にはすでに半分ほど解かれた状態だった。どうやら記憶が飛んだ間に自分が解いていたらしい。時計を見て時間と照らし合わせてもまだ解くのは間に合いそうだ。


 「8……これはマイナス…」と一問ずつ解いていくメリー。


 数学というのが良かった。どこから解き始めても問題ないからね。これがもし国語のような読解問題だったら初めから読み直さないといけなかったから危なかった。


 メリーはそう思いながら最後の問題に手を付け始めた。最後だけあってなかなか難しい。しかし残り時間からもかなり余裕がありそうだ。時折カラン、とペンを机に転がしてもう終わった人の存在を確認できる。


 はやくメリーも終わらせなきゃ。と、メリーは問題用紙の空白部分に図をかいて考え始める。



~~~



 「うーん難しいな」切片が3になるのかな?だから…あれ?


 変わった。メリーが再び図形に数字を書きこもうとペンを用紙に置いたと思った、しかし先ほどまでの用紙とは違うものだ。


 え、え~!? うそでしょ!?


 今度は国語のテスト用紙に変わっている。周りを見渡すとやはり皆黙々とそのテストにペンを走らせている。フラグ回収もいいところ、国語のテストの時間である。


 いやまって。数学はなんとかなったけど国語はきついよ! とりあえずわかるところからやらなきゃ、漢字を終わらせましょ、って漢字はもう終わってる!


 残っている問題はあと最後の文章問題だけである。二重線の引かれた『それ』とはいったい何のことなのか、それと登場人物の心境とか、最初っから読まなければわからない。授業で読んだ物語ではあるものの、そんなすぐに回答できるはずもない。残り時間を見る。あと5分。間に合うだろうか。いや間に合うはずもない。


 もう最悪!神様のバカバカ!!


 と叫びたいところだがもはやそんな暇はない。とりあえず急いで文章を読み始める。先生が「あと5分だぞ~」と呼びかける。わかってるわよそんなこと!なんて心の中でキレる。


 えー、次のうちから選びなさい? 多分これだよね。読み返したいけどもう時間ないよー、早く早くしなきゃ。あーってかさっきの数学の最後の問題が気になる! せめて解き終わってから時間飛んで欲しかったよ!


 アワテル。アワテル。慌てる。そうしてチャイムが鳴った。回収されていく自分の回答用紙を未練たらしく手を伸ばすメリー。「待って、待ってよあ~ん」しかし無情にも回答用紙は先生の手に集まり「はい、じゃあ次のテストも頑張ってね」と教室を立ち去っていく。


 「う…うぅ~そんな~。ひどいよ~」と嘆いていると薫がやってきて頭を撫でてくれた。「あはは、その様子だと散々だったか。ドンマイ」「もう最悪だよ~」次に美帆も来て二人一緒にメリーを撫で始める。


 「ほ~らよしよし。メリーちゃん頑張ったね~」

 「うん、メリー頑張った。頑張ったよぉ~」

 「ほら泣かない泣かない~」

 「泣いてないぃ~」


 「お前はお母さんか」二人の様子を見て薫が突っ込む。


 「あそうだ!」とメリーは顔を上げる。「もうこうなったらカンニングペーパーを作るしかない!」と拳を固めるメリー。


 「いやダメだろ」

 「だめじゃない!だって私こんなにハンデあるのおかしいもん。何かしらの恩恵を受けてもいいはずだよ!」

 「だーかーら、ダメだって」


 制止しようとする薫の忠告を無視してメリーはノートをちぎってそこに歴史の人物を書き始める。「あ!ダメだって」「薫ちゃん、もはや私を止めることのできる人はいないのだよ」


 理不尽なこと受けているもん。それぐらい許してくれないと割に合わない。



~~~



 でもそんな悪いことだけ神様は見ているのだ。カンニング用紙はいつの間に消えていていつの間にか目の前には歴史のテスト用紙があった。そう、時間が飛んだのだ。


 「あ、あ、あああメリーの紙がああ!!!」つい叫んでしまうメリー。


 そして「コラ!!テスト中叫ばない!」と先生に怒られる。周りの視線が集まっているのを感じてメリーは俯きながら「ごめんなさい」と誤って目の前のテストを眺める。


 でも私のカンニングペーパーはどこにいったの?


 メリーは自分のポッケに入ってないか確認する。入ってない。机の中に手を突っ込んでみるがそれらしいものは手に当たらない。もしかして記憶が飛んでいる間に捨てちゃったのかな。


 とメリーががっかりしているとで薫がにやにやしながら後ろで手を組んでいるのが見えた。見ると手には紙を持っている。あ、あれはメリーのカンニングペーパー! 間違いない、折りたたまれているけどメリーのだ! どうやら薫が奪ってたらしい。


 メリーはカンニングペーパを見つけ欲しそうに手を伸ばす。しかし薫はそれを後ろをちらりと見てメリーが手を伸ばしているのに気づくとその紙を半分にちぎった。ビリッ、と破ける音が確かに聞こえた。


 「あああ!ひどーい!」思わず立ち上がってまた叫んでしまう。「コラ!メアリーさん!!」と再び注意されて席になおる。


 ひどいよ、薫ちゃん。確かにカンニングはいけないことだけど、だけど! 私が見てるときに破ることないじゃない。ひどいよ!


 嘆きながらも渋々問題を読み始めるメリー。今日一日嘆いてしかいない気がする。やっぱりこれも全部神様のいたずらせいよ。記憶さえ飛ばなければこんなことにはならないもん。もう初詣なんて行ってあげないよ!ふんっ!


 怒りながらも問題を解いていく。しかしたびたび時間が飛んでは集中できるものも出来ない。結局、最後まで解くことが出来ずに回答用紙はチャイムとともに回収されていった。


 「あ~ん、あと五分~」

 「目覚まし時計かよ」


 と男子に突っ込まれつつ無慈悲にも回答用紙は手元を離れる。


 「どうだったメリー」と薫が自分の犯した罪も知らず、すました顔でメリーの席に来る。

 「どうもこうもないよ! 薫ちゃんのあほ!」

 「まあまあ、そんなこと言わないでよ。だって友達がカンニングしようとしてたら普通止めるでしょ?」

 「目の前で破ることないじゃん!」

 「どっちだって一緒だよ」

 「っていうか薫ちゃんはどうなのさ!」

 「は?なにが?」

 「メリーのカンニング用紙持ってたでしょ。それ使って自分はカンニングしたんじゃないの!」

 「そんなことしねーよ」

 「じゃあ証明してよ!」

 「証明っていったって……」

 「う…うぅ…」

 「……。」


 薫はメリーの悲しそうな顔を見て「ま、ほらお前は頑張ってるよ」と頭を撫でた。「ありがとぉ…」とメリーはされるがまま撫でられる。


 そしてすぐに元気になると「うん!やっぱりそうだ!」と立ち上がった。


 「やっぱりね、私専用の時間を設けるべきだよ!」

 「は?」

 「だって急に残り時間あと5分だって言われたら理不尽でしょ! だから私だけストップウォッチもってやるの。時間飛んだから今から50分ね、って。いいアイデアでしょ、ね」

 「ね、って言われても。そんなこと出来ないでしょ」

 「…やっぱりそうだよね」


 再びしょぼんと座りこむメリー。


 「あ、今日の給食揚げパンだったよね」

 「揚げパン!!!」


 それを聞いて元気よく立ち上がるメリー。


 「ほら今週当番だろ、行ってこい」

 「うん私行ってくる~」


 と元気よくかけていくメリー。それをみて「ホント調子いいんだからな、メリーは」とため息をつく薫。


 今日こそは給食を食べるんだ!! と意気込んでメリーは動く。そして今日は時間が飛ぶこともなく何とか給食にありつくことが出来た。


 「ちょっと、メリーちゃん。急いで食べすぎよ」と美帆。

 「ふぉふぉおふんふぉ」とパンを頬張りながらメリー。

 「なんて?」と薫。


 飲み込んでメリーは「いつ時間が飛ぶかわからないから早く食ってるの!」と急いで喋るとまた口に頬張り始める。メリーの好きな揚げパンから先に食べる。「そんなに急いで食ったら詰まるよ」と薫が忠告すると同時にメリーが苦しそうにする。「だから言っただろ!」と急いで牛乳を開けて手渡す。


 「ありがと薫ちゃん、死ぬかと思ったよ」牛乳を飲み込んでなんとか落ち着くメリー、呆れる薫。


 「ホントに元気だなお前は」

 「うん、揚げパンおいしいもん」

 「回答になってねーよ」


 元気よくご飯を食べ進めるメリー。しかし「あ、メリーちゃん明日もテスト頑張ろうね」という美帆の言葉で手が止まる。


 「そっか…明日もテストだもんね」


 見てわかるようにメリーの元気がなくなっていく。(ホントこいつは感情の起伏が激しいな)と感心する薫。ただ少し経つとまた勢いよく食べ進める。


 「ああやってやりますよ!ちくしょー!やってやりますとも!」そう叫びながらがむしゃらに食らう。


 「お前は何に切れてんだ」

 「神様」

 「そりゃあ途方もない敵だな」

 

 とりあえず今日は乗り越えた。しかし明日もまたテスト三昧。薫ちゃんにはカンニングはしないよう咎められたしやはり自力でなんとかするしかない。となるとやけくそになるしかない。


 いつでもどっからでもかかってこい!! いつ記憶が飛んでもいいように対処してやる!!



~~~



 なんて思ってた。そして私は給食を食べていた。しかし今私の目の前にあるのはなんだろう。なにかの紙だ……。


 確かにいつでもって言ったけども!! 今すぐって意味じゃないのに!


 「神様このやろおおお!!」


 気づけば次の日で、テストの真っ最中。我慢ならず叫ぶメリーの声が教室で響いた。

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