第1話 かみさま!私の時間を返してよ!
早朝、朝日が照り付ける街、ここは
彼女の名はメアリー。浦々丘中学校に通う二年生の少女である。皆からは親しみを込めてメリーと呼ばれている。見た目はいたって普通の女の子。しかし彼女には日常生活に支障をきたすほどの特異体質をひとつ抱えていた。
それは『記憶が飛ぶこと』。しかし記憶喪失とはまた違ったものである。ページを飛ばし読みしたかのように時間が飛ぶ感覚に陥るのである。気が付けば時間が経っていてその間の記憶が存在しない。だからメリーはいつも困っていた。それにその症状はいつ現れるかは決まっていない。いつどの瞬間に時間が飛ぶかはランダムであり、それゆえに授業もまともに受けられないでいる。
この物語はそんな彼女が記憶が飛び飛びで困りながらもそれを乗り越える話である!!
~~~
鼻歌を歌いながらだと気分が良くなる。なんとなく足も速くなった気がする。そう思うのはメリーだけでしょうか。なんて思いながら、曲がサビに入ると鼻歌をやめて代わりに口ずさむ。
「おもい~では~ い~つ~もきれいだけど~♪」
そう気分よく口ずさんでいるとメリーの横を勢いよく車が通り過ぎる。なんとなく悔しい。「私もあれぐらい早く走れたらいいのにな」なんて思い少し駆け足になってみる。しかしすぐに車は見えないくらい遠くに行ってしまい、なんとか追いかけようとしたがすぐに疲れてしまい足を緩める。そして当たり前だが走れば汗を掻くのはこの世の心理であり、メリーが背中に流れる汗を感じると「なんて私は愚かなことをしてしまったんだ!」と軽率に走ったこと後悔する。
しかし電柱に止まるカラスが目に映ると「わー鳥さんだ!」とさっきまでの後悔を忘れて頭がカラスのことで一杯になる。そしてそのカラスが羽ばたいてどこかへ飛んで行ってしまうと、今度は「私にも翼があればいいのに!」と手を広げてパタパタ動かし始める。しかしまた疲れて動きを止める。そしてまた自分が汗をかいていることを思い出し「カラスのバカヤロー!」と空に向かって叫んだ。すると空に放った自分の声が響いて「バカヤロー!」だけがこだまする。
え、馬鹿はメリーの方だっていうの? そんなことはない。だって人間の脳とカラスの脳の大きさは全然違うもん。どれくらい違うかわからないけど、だってカラスは人の言葉を離せないしきっと簡単な計算だって出来やしない。そうでしょ?
なんてメリーは自分で放った言葉に論破した気になると、流れる汗を忘れて手を大げさに振りながらいつものように鼻歌を陽気に奏でながら歩き始める。
しばらく歩いているとメリーは友達の歩く姿を発見した。「あ!
「うん!おはよ!」
「朝っぱらから元気だねーメリーちゃんは」
「あったりまえだよ。だってね、学校楽しいだもん」
「へー。…そりゃあなんでさ?」
「だってだって、メリーが元気だとこっちまで元気になるって言われるんだもん! だからメリーは学校大好き。勉強は確かに嫌いだけど」
「ふーんそっか。…学校が楽しい、ね。」
「薫ちゃんは楽しくないの?」
「うーんやっぱり授業はあんまり楽しくないよね。特に国語とか、眠くなっちゃうもん」
そういいながら薫は「ふぁ~」とあくびを漏らす。それを見てメリーは「ならメリーの元気を分けたげる!ほら!元気になるビィィ~ム!」と手のひらを薫に向ける。
「なにそれ」
「元気になれるビーム」
「だからそれが何って」
「だから元気になるの! それで、元気出た?」
「あーはいはい、元気出た出た」
「わーい!元気いっぱい!」
(やかましいなこいつ)なんて不用意に薫は思う。しかしそれを意に介さずメリーは薫の前を走り出す。
「ねぇねぇ、学校まで競争しようよ! メリーさっきまで早くなる練習してたから強いよ!」
「汗かくから嫌」
「あ!」
薫に言われてメリーは自分が汗を掻いていること思い出す。「どうしよ、朝なのに私汗かいちゃったよ」と嘆くと「そりゃあ、そんなに暴れてたら汗かくよ」と薫が突っ込む。
「仕方ない歩いていくか」とメリーが薫の横に並ぶ。
「仕方なくない。私は走るつもりなかったんだから」
「走ると気持ちいいのに?」
「でも汗かくと気持ち悪いでしょ」
「確かに! 走ると気持ちいのに汗を掻くと気持ち悪い。これは走るうえでのパラドックスだね」
「なにがだよ。っていうか私そんなに走るの好きじゃないし」
「え!嘘!」
「嘘ではありま――――――」
~~~
くだらない会話をしている最中だった。その瞬間視界が突如として変わった。場所が変わり気づけばメリーは学校の椅子に座っていた。
「あ、あれ?」
目の前には薫と
まず時計を見る。時間は8時5分。そこでメリーは時間が飛んだことに気が付いた。次に目の前の二人に「今日って何日だっけ?」と確認する。「え?6月9日だよ」という返事を聞いてほっとする。どうやら日付けは変わってないみたい。もし急に2日や3日経っていたらと思うとぞっとする。だから毎回今日の日付から確認するのだ。
「あーもしかしてメリーちゃんか? 記憶飛んだとか?」と薫。
「あ、じゃあ登校してたら急に学校でびっくりしてるのか」と美帆。
「その通り!」と私。
理解が早くて助かります。こんな時にわかってくれる友達はうれしいよね。でもやはり時間が飛ぶのは不便だ。せめていつ時間が飛ぶか分かれば心構えが出来るのに。ばいばい、そろそろ時間飛ぶからまた後で会おうねって。そう言えたらいいのに。
メリーはたまらず「ねー」と二人に同調を求める。しかしいくら理解ある友人とはいえ心の中まで知る由もない。薫と美帆は頭にクエスチョンマークを浮かべて「なにが?」と首を傾げた。だがメリーは薫たちの質問に答えずに思い出したように「そーいえば薫ちゃん走るの嫌いってホントなの?!」と薫に問い詰める。
「それ朝の話じゃん」
「私にとっては2秒前の出来事なの! っていうか今も朝でしょ」
「もう終わった話なのに」
「勝手に終わらせないでよ!」
「いやどっちかっていうと勝手に終わったのはメリーちゃんの方だけど。それにもう汗も乾いたんだしいいでしょ」
「え、そうなの?」
メリーは自分の体を触ってみる。確かに汗を感じない。記憶が飛んでいる間に乾いたらしい。「おおー、これがマジック」と感心する。
「よかったねー」と美帆。
「いやマジックじゃなくて時間による乾き…いやもうなんでもいいや」と薫。
「そろそろチャイム鳴るから、席戻るわ」と薫と美帆が自分の席に戻っていく。
メリーは「ばいばーい」と手を振って二人を見送る。といっても視界に収まる場所に二人の席はあるわけだが。
そうしてチャイムが鳴った。朝の読書時間、この時間が果たして本当に必要なのだろうかと疑問視する人が一定数いるなかメリーは本を開く。
~~~
開いたのは本だった。それも死んだ主人公が自殺した少年の体に入って生活していくファンタジーの本だったはずだ。しかしメリーが手に持って開いていたのはくだらない数式がいくつも並ぶ数学の教科書であった。
「メアリーさん。お願いします」と先生がメリーを指名している。どうやら今度は授業中に時間が飛んでしまったらしい。先生に当てられているがメリーは訳が分からず、隣の席に困った顔を向けて助けを求める。すると「あー、今その開いてるページの右下。練習問題のところのかっこ3番ね」と教えてくれる。「ありがとう」といってメリーは教えてもらった問題を見る。『y=4x+1 x=-2のときのyの値を求めなさい』
「はい、y=-7です!」
「はい正解」
きっと当てられて時間が経っていたに違いないが先生は何も言わずに授業を再開し始める。それと同時にメリーは安堵と同時に深くため息を漏らす。
「はあーよかった。あ、奈々ちゃんありがとー」
「いえいえ」
いきなり授業中に時間が飛ぶのは結構よくあることだけど。先生に当てられている最中だったのは結構なレアだな~。嬉しくないレアものだよ。あーあ。一体どうしたらいいんだろう。時間割見る限り今は2校時だし。こんなんじゃまともに授業受けられないよ。
悩みながら手元の教科書を見る。なによりさっき読もうとしていた本が読めなかったのが悔しい。結構楽しみにしてたのに。家に持ち帰って読めばいいと言われたらそうだけど、家に帰ったら本を読む気は起きない。休み時間は薫ちゃんたちと話していたいし。やっぱり、読書時間を奪われたのは悲しい。
それからメリーは2校時、3校時は時間が飛ぶことなく順調に授業を受け、しかし4校時の前には時間は飛んでしまった。気が付けば給食の時間だった。
~~~
「メリーちゃん、今日当番でしょ?」
「ああうん!」
「はやくいこー」
と同じ給食の当番グループの人に言われてメリーは自分の与えられた役職に取り掛かる。
メリーの今日の担当は麻婆豆腐を入れる係! 二人で一緒にその麻婆の入った容器を運ぶ。そして次々と渡される皿に麻婆豆腐を入れていく。
「へいおまち!次!ほらおまち!つぎ!つぎ!つぎ!」とあたかもラーメン屋のおっさんになったつもりでお皿を渡していく。「気合入ってるねー」と薫が麻婆を受け取りながら感心する。「そりゃあ、メリーの大好物だもん」と返すと「そっか」とそっけない返事をして薫は席に戻っていった。
そりゃあずっと目の前で話していたらほかの人に迷惑になるよ。でももう少し「頑張ってね」みたいなこと言ってもいいと思うの。ね。
と思っていると次に美帆が取りに来る。そして「ふふ、頑張ってね、メリーちゃん」と言って欲しかったセリフを言って席に戻っていく。
さすがだよ!美帆ちゃん。と右手でグットを作って美帆に向ける。しかしグットの手は見てくれない。薫が美帆に「あんまりあいつを甘やかすなよ」という声が聞こえる。なんでそんなこというのさ薫ちゃん。メリーはうれしかったのに。なんてぼーっとしていると「早く入れろよ」と男子からつっこまれ「はいはーい」とグットの手を崩して皿に麻婆を入れ始める。
「へいおまち!」
「うるせーな」
どうやら私の元気は今は不評であったらしい。しかし美帆に頑張ってと言われたのだからその掛け声は辞められない。最後までラーメン屋のおっさんを貫き通して、皆の給食がそろったのを確認して席に座る。メリーの前の席には薫、横には美帆が座っている。給食時は皆各々自由席だ。
給食係の掛け声に合わせてクラス全員の「「「いっただきまーす!!」」」が響く。
「さあ早く食べよ!」
「メリーちゃんホントに嬉しそうだな。そんなに麻婆好きなの?」と薫。
「うん大好き!給食の麻婆おいしいでしょ!」
「おかわりはあるの?」と美帆。
「うん、結構残ってたよ。だから早く食べてお代わりするの!」
「ワー、ソレハスゴイ」
「薫ちゃん棒読み、棒読み」
「だって次体育でしょ。食べすぎたら動けなくなるでしょ」
「確かにそうね」
「大丈夫!その分動けばいいもん」
「それは食べて太った分動けばいいってやつな。食べてすぐに動くとキツイぞって話やぞ」
「うん!大丈夫!いただきます!」
「あーこりゃわかってないわ」
薫が呆れる中、メリーは麻婆豆腐をスプーンに掬い口に放り込む。
「うまい!!ん~」
給食の麻婆豆腐は辛くない。子供用に考えられた史上最高の麻婆。口に入れた瞬間からその豆腐に絡んだ甘みが広がって。
~~~
「ん~♪」
この麻婆はご飯ととてもよく合う。無限かと思えるほどにご飯が進む。
「ん~、ん? あれ」
急に口の中からうまみが消えた。おかしい。そう思って目を開ける。そして見えたのは見慣れた景色、学校の通学路である。
「え、あれ、え、嘘!」
隣には並んで薫が歩いている。「どうした?…もしかしてメリー?記憶飛んだ?」と薫が聞いてくる。
ああ!なんて残酷なの!あんなに楽しみにしていたのに。メリーあんなに張り切って準備したのに、ちょっと自分のだけこっそり多く入れていたのに。せっかく味わって食べてた最中だったのに!
「うぅ…、うっ、うぅ…」
「な、泣くなよ急に。何があった」
「記憶が飛んだの!」
「あー、教えてあげるよ。今は放課後で帰る途中ね」
「違うもん! そんなことじゃ、そんなことじゃないもん、うぅ…」
「じゃあなんだよ」
メリーは勢いよく薫の肩をつかんで揺らした。
「メリー麻婆食べてない!!」
「はあ? いや…食べてたぞ。お前の体だ」
「私、味わってなーい―!」
「いや、でも…。」
「食べたかったのにぃいいい!!!」
メリーの悲痛な叫びが響く。主に薫の耳元で。
「うるさああああい!!!」
「でも!」
「でもじゃなああああああい!!うるさいもんはうるさあああい!!」
言い返されてしゅんとなるメリー。うぅ…、でもメリー食べたかったのに。どうしてこんな理不尽を強いられないといけないの。メリーだって叫びたくて叫んでるわけじゃないのに。
メリーの悲しそうな顔を見てため息をつく薫。「はあ、仕方ねー。今度メリーが空いてたら一緒に麻婆豆腐食いに行くか」と、それを聞き「うん」と俯きながらつぶやくメリー。
「でも学校のが良かった」
「そー言ってもしゃーねーだろ」
「…うん」
「……ほら元気ビィィム」
「なにそれ」
「お前が朝やってたやつだろ!」
「薫ちゃんちょっと恥ずかしい」
「おま、おま。メリーお前!!!」
「ギャー逃げろー!!」
走り出すメリー。それを追いかける薫。
「待て!メリー!」
「待たないよ! 走るの苦手なんでしょ」
「誰も、はぁ、苦手なんて言ってない! ただ、はぁ…汗を掻くのが嫌だってだけ! 学校終わりの私は無敵だぁああ!!!」
「うわ! ちょっ、はやいはやい、はやいよ薫ちゃん!」
二人、帰り道を駆け抜ける。楽しい。でもこの楽しい時間のあいだにでさえ、いつ時間が飛ぶかわからない不安がよぎる。
私ことメリーは神様に伝えたい。ねぇ、かみさま。私の時間を返してよって。私の麻婆豆腐を返してよ!って、そう叫んでやりたい。
でも神様はきっとそうはしてくれない。だから私はこんな理不尽の中でとことん抗ってやるつもりだ。好きな学校を好きな友人との時間を、目一杯に楽しんでやるつもりだ。
「捕まえた!」
「あーん!痛いよー薫ちゃん!」
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