第10話

 目の前にある炎の揺らめきを見て思う。

(今日も代わり映えのしないゴミ焼却です〜)

 一つ違うこととしたら、相方がジェイではないことだ。

 今、彼は衛兵について回っている。

 毎日しごかれてヘトヘトになって帰ってきているが、あった出来事を楽しそうに話してくれるのでホッとしていた。

「本当に嫌になっちゃうわね!この大量のゴミ」

 下働きの先輩の女性が憤慨しつつ、焼却炉にゴミを追加している。

「ゴミ…」

 ユウは燃えにくいものと燃えやすいものを分別しながら言う。

「直せば、使える」

「そうよ。これなんて…ほとんど新品じゃない」

 そう言いつつも、派手な扇を火の中へくべるとそれは緑色の炎を上げた。

 グチグチと言いながら、しかしスイーツは別格だと話す彼女を適当にあしらいながら作業をしていると、宿舎の方から人がやって来るのが見えた。

「あら?追加でもあるのかしら」

 先輩が顔をしかめるが、来たのはレイリアだった。

「どうかしました?」

 わざとらしく質問するユウに少しだけ苦笑すると、レイリアは伝える。

「午後から別の手伝いが入ったの。少し面倒な掃除なのだけど…ユウ、いいかしら?」

 もちろん上司から言われれば断りようがないのだが、レイリアはいつも几帳面に丁寧に下働きの面々に接してくれる。

 隣の先輩は気の毒そうな顔をしているが、ユウにとっては待ちに待った時だった。

「分かりました」

 いつもどおり、あまり表情を変えずに頷く。

 それだけ伝えると、午後は別の人を着けるわねと先輩に話してレイリアは去っていく。

「だんだん面倒な仕事が増えてきたわねぇ」

「そうなのですか?」

 カタコトのユウに話しかける人は少ないので、あまり情報がないのだ。

「ええ!あんまり忙しくて、中級と下級の神官が過労でバタバタ倒れてるのよ!」

「ああ、なるほど…」

 聖女が旅立たないため、謁見が日に日に増えていっている。

 王太子も帰らない。しかも第二、第三王子まで来たという噂もある。

 大抵の人は野次馬で、聖女と王太子をひと目見ようと巡礼者に混じって来る有様だ。

 24時間態勢でいつ終わるか分からない仕事に、身体が音を上げたらしい。

「神官、少ない、忙しい」

「そうそう。だからユウにも回ってきたのね。真面目だし、器用だし」

「先輩は?」

 彼女は中々器量よしだ。手仕事を覚えれば、重用されそうなのに。

「私はこういう考えなくていい仕事のほうがいい…」

 先輩は火にゴミを放り込みながら笑う。

 平民向けの学校はないので、家業を引き継ぐ以外は頭を動かすよりも、手を動かす仕事が圧倒的に多い。

 だから気を遣う仕事や、丁寧さが必要な仕事は敬遠されがちだ。

 ユウは気にせず仕事を受けるので、やっと、頭がいいのだと認知されるようになった。

(力仕事はからっきしなんだけど…)

 事実、いつもはジェイが軽々と担ぐゴミ袋をここまで引っ張ってくるのにヒィヒィ言っていた。

 身体強化のスキルは付きそうもない。

 そのまま午前中いっぱい作業して食堂へ戻ると、ちょうどジェイと合流できた。

「お疲れ様」

「おーう、疲れた!!」

 珍しくジェイが半日で疲れている。

 食べながら理由を聞いてみると、塀を登らされているのだとか。

「塀???」

「そーなんだよ。色んな事を想定しての訓練なんだけど、塀だぞ!?いるのか、あの鍛錬…」

 この世界の建造物は、日本で見た建物と違い真っ平らではない。

 レンガを積み重ねた建物が多いので、きっとボルダリングをしている人なら登れるだろうな、とは思うが。

「指先、強くなる」

「まーな。剣を持ってもブレなくなったのはいいけどさ」

 落ちた時に二、三枚ほど爪を剥いでしまい、思わず叫んだと言う。ユウはその言葉に鳥肌を立てた。

「うわわわ…」

「すげー痛かったんだぜ!?治癒魔法使える人がさ、チョチョイって治してくれたけど、あれ便利だなー」

 自分でもやってみようと思ったけど、無理だったと言う。

 そして覚えてくれという無茶振りがきた。

「魔法…使う、無い…」

 教えてもらったこともないし、こちらに来て見たこともなかった。

「魔力は解るから、ユウならすぐ出来るだろ」

「簡単に、言わない」

 実を言うと試したことはある。

 しかし、呪文などが在るのかすら不明な状態だったので、手の平から何かが出ることは無かった。

「午後は?」

「鍛錬の続き〜。ユウは?」

「新しい場所、掃除」

 天然なジェイには書庫の作業の事は話していない。

 うっかり話されると身の危険があるからと、レイリアに止められた。

「へぇぇ。ま、お前なら出来るな!」

「過ぎる評価、いらない…」

 どうも自分について頭が良い以上の、優秀だという噂が立っている気がする。

(レイリアかな?)

 しかし彼女は噂話を吹聴するイメージがない。

 するとエマの侍女か、あの腐ってなさそうな衛兵だろうかとも思う。

「お、レイリア来たぞ。案内じゃね?」

 ジェイの指差す方向を見ると、レイリアが微笑んでいた。

 慌てて食事を終えると、ジェイと拳を付き合わせてから彼女の元へ向かう。

「そんなに慌てなくて大丈夫よ」

「ええと…すごく嬉しい」

「そうね。少し時間が掛かってごめんなさいね」

 ユウはふるふると首を振る。それはレイリアのせいではない。

 しかしここ数日、焦る気持ちを押さえながらずっと仕事をしていた。

 あれから5日も経っているし、エマのことが心配でしょうがない。

 林の向こうにある建物に向かいながら、レイリアは話してくれる。

「聖女様はとても元気よ」

「…それは、嬉しいです」

 ニヤリと笑う。

 聞けば、あの日から聖女の態度はガラリと変わり、神官長以下の命令に従わなくなったのだそう。

 レイリアは言葉を濁して”命令”ではなく”お願い”と言ったが。

 しかし侍女の言葉には耳を傾け、勉強は続けているらしい。

(敵を知るには己からって言うしね)

「その急変は、あなたが聖女様に呪いをかけたからでは?という意見もあったわ」

「バカバカしい」

 確証もないことを匂わせて、何が変わるのか。

 よってたかってエマを弱らせたのは自分たちだというのに。

「その言葉に聖女様は不快を表され、二度とユウを蔑むことを言わないように、と告げたそうよ」

「おお、強くなった」

「ええ。本当に何を言ったのかしら?」

「なにも。自由、言っただけ」

 ふふ、とレイリアは微笑む。

 エマは孤軍奮闘しているようで、ユウに合わせてくれないと祈りも謁見もしないと閉じこもり…とうとう神官たちが折れて、近々にまた呼ばれるはずよ、と教えてくれる。

「ありがとうございます」

「いえいえ、私は仕事をしているだけよ?」

「そうですね!」

 二人して黒い笑みを浮かべつつ、廊下の奥にあった書庫へ到着する。

「ここはそれほど広くないの。でも貴重なものもあるから、触れないように掃除をして下さい、とのことよ」

「触れない…?」

 トンチか!と思いつつレイリアが開けてくれた中を見る。

 小さなスペースにテーブルと椅子が2脚あり、その奥にユウの背の高さほどの小さめな本棚が所狭しと並んでいた。

 カビの匂いが鼻をつき、扉を開けただけでホコリが宙を舞っている。

 思わず顔をしかめた。

 二人とも入りかけた足を引いて廊下へ出る。

「全く、掃除、無い!」

「…前任が手を付けていなかったようね。今は掃除する手も無いから、たずねたら直ぐにこちらへ回ってきたのよ…」

「なるほど」

(猫の手も借りたい所につけ込んだのか)

 とは言わない。

「分かりました。午後、書庫を、掃除する」

「ええ。数日はかけてもいいわ。流石にこの様子は…酷いわ。掃除もそうなのだけれど…誰も使用していないなんて」

 レイリアも手つかずの書庫に少し不機嫌そうだ。

 前任は中級神官らしいが、今はどこにいるのやら。

「鍵を預けるわね」

「え?いいのです?」

「ええ。魔法が掛かっているから、複製もできないし持ち出すこともできないのよ」

「わかりました」

 レイリアの手から、小さな…それでいて精密な模様が彫られた鍵を受け取ると、その紐を首にかける。

 ちなみに今日の出で立ちは、先日の若草色のローブだ。

 灰色のローブで貴賓棟をうろつくなという事で、一式が貸与されていた。

「それでは、お願いね」

「了解しました!」

 ビシッと敬礼してレイリアを見送る。

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