第9話
『エマは、どうやってこっちに?』
「ええと…学校に行く途中で水たまりが光って…気が付いたらこっちにいたの」
その後はやはり、おっさんどもがみんな自分を見ていて怖かったと言った。
(神官は半分くらい女性にするべきだな!)
そんなどうでもいい事を考えつつ、先を聞く。
豪奢な部屋に案内されて、聖女だと説明を受けて…初めは日本の漫画みたいだと思ったらしい。
『漫画読むんだ?』
「お兄ちゃんが大好きで、家にたくさんあるの」
『ん?しかも異世界転移モノ…まさかオタク?』
「そう!オタクなの!!」
そう言って彼女は笑う。
自分も懐かしい言葉にちょっと笑ってしまった。
「でも、毎日お祈りをさせられるし…周りはおじさんばかりで…」
謁見、お茶会、諸々の教育で休まる時もないとか。
「歩き方も、話し方も直そうとしてくるし…」
『分かる。おっさんたち煩いんだよね!淑女がどーのって…』
「それ言われた!!」
粛々とした態度と言われても、酒を飲む生臭坊主に言われたくないと思ったユウだ。
同じ事をエマも考えたらしい。
『…ん?てことは未成年に酒とか!!』
酔わせてどうするつもりだ!と憤慨したところ、お酒は一切手を付けてないと彼女は話した。
やはり、見知らぬ世界で知らんおっさんに出された酒を飲むのは怖かったらしい。
「ユウは外に出られるの?」
『うんまぁ。周りに大した町はないけどもね』
しかしエマはいいなぁ、と呟く。
外は危険だと言い、絶対に出してもらえないらしい。
(おかしいな…そのうち瘴穴を塞ぐためにここを出なくちゃいけないのに?)
ふと窓の外を見る。
『そこは?』
目の前の、ガラス窓を隔てた向こうを指差すと首を振った。
『塀に囲まれた庭も駄目なのか…』
噴水に来る鳥を毎日見ていると聞いて、泣きそうになってきたユウだ。
「それに…夜は何か物音がするの」
天井や、床からも。
攫われそうになったのは3度ほどあるらしい。
『警備がザルだな…』
「でしょう?お金でも掴まされてるのよね、きっと!」
エマは愚痴をこぼして元気になってきたのか、怒るまでになってきた。
(良かった。自我はしっかりしてる)
しかし手首が細いし、血色が悪い。
あまり食べてないのかと聞いてみる。
『ご飯は食べれてる?』
するとエマの目から涙がスルスルと溢れた。
(おわ、地雷!???)
『ご飯、合わない?』
しかしエマは頭を振る。
「…ママの、ご飯が…食べたい」
『そっか、そうだよね…』
これは旅ではないのだ。
一方的に連れてこられて、文化も食事も違う。
楽しむどころではないだろう。
「ママのところへ…家へ帰りたい…」
『うん…』
しばらく肩を優しく叩きながら彼女が泣き止むのを待つ。
エマに言うわけでもなく、空中に向かって話した。
『この世界には君を呼んだ理由は確かにあるけれども、君はそれに準ずる…おとなしく従う必要はないと、私は思ってる』
返事はないが、ユウは続ける。
『自分の意志を尊重していいんだ。だいたい…勝手に呼び出されたんだから、こっちも勝手にする権利がある』
持論だが、自分で言ってて最もだと思う。
いくらこの世界が大変だとしても、勝手に呼び出されて人権が無いように扱われるのはたまらない。
しかも自分もエマも、種類は違えど労働させられるのだ。
対価があって然るべきだろう。
エマは泣き濡れた顔を上げる。
『ん?』
目が合うと、恥ずかしそうに微笑んだ。
(ふおぉぉぉ…美少女…!!)
なかなかどうして、破壊力が抜群であった。
おっさん共もこれにやられたに違いない。
いやそもそも見たことが無いかもしれない、とユウは照れる頭で考える。
「私、頑張る!」
そう決心されてユウは返って心配になった。
『無理しなくてもいい』
「ううん、違うの」
ユウの髪色と目の色は、ママと同じなの、と彼女は呟く。
「ママはとても強くて…あ、私はパパとおばあちゃん似で…いつも励ましてくれるママが大好きで!」
一生懸命伝えようとする彼女の手を取る。
「だから、私もママのように強くならなくっちゃって。…おっさんに負けていられない!」
聖女に神官をおっさんと呼ばせてしまったが、キラキラとした金緑の瞳に頷く。
『そうだね。君は君らしく。…頑張ろう』
「うん!」
そこまで話したところで、会話を聞いていたかのようなタイミングでノックの音がする。
またもや勝手に入ってくる…今度は神官だ。それも上級の。帯は赤だ。
エマの傍らには、落ち着いた年配の侍女が寄り添う。
表情はとても心配そうで母親のような接し方だ。
(お、味方いるな)
そう思った束の間、上級神官はユウの方をチラリと一瞥し、まるで汚らわしいものを聖女から剥がすように、引き連れてきた衛兵の一人へ指示して腕を取り立ち上がらせる。
エマはその様子に一瞬ムッとしたようだが、彼女が余裕しゃくしゃくなのを見て何か勉強したらしい。
「お待ちください」
彼女は立ち上がり、ユウへ笑顔を向けた。
侍女、そして神官や衛兵は初めて見たのかもしれない、エマの美しい笑顔に見惚れている。
「また来て下さいね」
「ええ、もちろん、です」
私も笑顔で大げさにお辞儀をする。
二人の気安い様子と、"次"を取り付けたユウに神官が慌てて叫んだ。
「ええい、早く立ち退かせろ!」
そこに敢えて日本語でぶちこむ。
『これだから余裕のないオッサンは嫌われるんだ…』
「ぷっっ!」
エマは吹き出し、ユウは彼女に向かって手を振って退室した。
背後で閉まった扉の前で、衛兵が小さな声で伝える。
「…ありがとうございました」
「え?」
「あの方が笑ったのは、初めてです…」
安堵したような表情だ。
ずっとエマの泣き顔を見てきたのだろう。
「これから、エマ…変わる」
廊下の奥からレイリアが迎えに来るのを確認しつつ、彼を見上げてニッと笑うと頷いた。
「承知しました」
(うむ、良い返事だ。まずは味方が二人目)
「エマを、護る、下さい」
「心得てます」
前を見たまま彼は呟く。
ユウはその答えに満足して頷くと、レイリアに連れられて貴賓室を後にした。
(全くこの世界はどうかしてる…)
身内がいない自分は良いが、なぜ両親も兄も祖母も…愛してくれている家族がいる少女を攫ってくるのか。
(これは調べる必要があるなぁ)
エマはまた呼んでくれる。
神官たちが邪魔をしても絶対に会えるだろう。
なにせ彼女はこの世界唯一の聖女なのだから。
(たしか、この建物には書庫もあるよな…まずはそこに入れるようにするか)
虎の威を借るなんとやらだが、そうでもしないとこの建物には入り込めない。
エマのためにも、なんとか彼女を帰す方法がないか調べたい。
(言葉もそこそこ覚えたしね)
先程の部屋はおそらく、会話が筒抜けなのだろう。
ボキャブラリーの問題を解決するために日本語を使ったが、彼女をけしかける自分の言葉は神官たちには分からない。
そして神官は、やはり自分が言葉に不自由なのだと思ったことだろう。
ニヤリと笑うとちょうどレイリアが振り返ったところだった。
「…危険なことはおやめなさいね?」
黒い笑みをたしなめる。
危険なことでなければいいようだ。
「もちろん。掃除したい、です」
「あら、どこを?」
「書庫」
「……。そうねぇ…最近、中級神官は忙しくてろくに掃除をしていないでしょうし…異世界から来たあなたなら、文字も読めなさそうだし、適任かしらね?」
「はい、そうです、レイリア」
わざとらしく、よりカタコトで言うと彼女は吹き出した。
「分かったわ。後で推薦してみます」
「ハイ、よろしくおねがいします」
またもやカタコトで言うと、彼女は少しだけ真顔になった。
「本当に、何故…この世界の人ではないのでしょうね…」
彼女も聖女が異世界人であることに違和感を覚えているようだ。
「同意、です」
自分と、エマと。
エマは聖女だが、一体自分は何なのか。
ようやく知るべき時が来たのだと、これは心して調べねばとユウは決意したのだった。
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