第8話
聖女が召喚されて3週間後、相変わらず聖女は出立せず、当初よりは落ち着いたものの客の多い状態は続いていた。
朝礼の後にレイリアに呼び出されたユウは、仕事のため解散する仲間を見送りながら彼女に近寄る。
ジェイは少し心配そうな顔で背後に控えた。
「ユウ、あなたに頼みたいことがあるの」
「聖女?」
そう言うとレイリアは苦笑する。
「そうよ」
レイリアは周囲に人が居ないことを確認すると、ユウに聖女の状態を伝える。
「どうやら、ホームシックらしいの」
「当然、です」
地球でもないこんな場所に連れてこられて、見ず知らずの大人に囲まれて。
帰りたいと思うのは当然だ。
後ろでジェイもウンウンと頷いている。
「16歳の女の子よ」
その言葉を聞いただけで、ユウの口元がへの字口になりムスっとした顔になった。
そんな子を攫いやがって!とでも言いたそうな顔だがこらえている。
「あなたが彼女と近しい場所から来たのかは分からないけども、神官長が合わせてみろと言うの」
「む…はい」
(あのおっさん、大概勝手だな)
神官長の命令はムカつくが、聖女にされてしまった女の子が気になる。
「…分かりました。話をする」
しかしジェイは一緒には行けないと聞いて、ユウは少し不安になる。
こちらへ来てからはいつでも一緒で、そこそこ腕っぷしの強いジェイがいないとなると、昨日のようなイジメにあった時に助けてもらえない。
「大丈夫よ。私も部屋の前までは、なんとか着いていくから」
「なんとか…。よろしくお願いします」
ジェイからは頑張れ、気を抜くなと応援されて見送られ、連れて行かれた部屋でいつもの灰色のローブを着替えさせられた。
用意されていた若草色のローブに「これは何?」と聞くと、この世界にはジリアン神以外にも崇められている神様がいて、その神様たちを信仰する人たち用の色だそうだ。
土着の信仰者が客として来た時に着用してもらう色、ということか。帯もいつもと違う白だ。
(…まぁ、自分は異端っちゃ異端ですな)
若干やさぐれながらいつもの服よりも数段よい肌触りのローブへ腕を通し、身につける。ズボンはそのままだ。
髪もレイリアが櫛で梳いてくれて、ほつれないように編み込みにしてくれた。
「うん、似合うわ」
母親のように微笑まれ、若干照れてしまう。
「ジェイは心配しないで。衛兵と一緒に森の巡回に行ってもらうから」
「!…ありがとうございます」
「いいのよ。あの子を一人で放置するより、気が楽だわ」
自分といつも一緒に居る彼を蔑まない衛兵ならば、一緒に居ても気疲れしないし、誰からも何も言われないだろう。
渡り廊下で林を突っ切って、神殿の裏にある大きな建物に入る。
すれ違う上級・中級神官がチラリとこちらを見てわざとらしく不快そうに眉を潜めていたが、ユウはそれを気にせず…更にはレイリアの圧力のある笑顔で、なんとか聖女の居る居室まで彼女とともに案内してもらえた。
扉を守っていた兵がノックをしても、中から返事はない。
(こりゃあ重症だ)
ユウとレイリアは顔を見合わせる。レイリアなどは痛ましい、という表情だ。
レイリアに一つ頷くと、勝手に扉を開いた兵にお辞儀をして中に入る。
「失礼します」
「…」
相変わらず返事はないが、背後で扉は締められた。
ここからは自分でなんとかせい、という丸投げ方式らしい。
それほどに、ここの神官どもは聖女である少女の信用を失ったようだ。
(広いな〜)
豪奢な室内は、いつだかテレビで見た本物の城の内装のようだ。
天蓋付きのフカフカなベッドに、白地に金の装飾が入ったソファセット。
薄いピンクの花が描かれた絨毯は彼女のために作られたのだろうか、と思いつつ歩みを進める。
そこら中に贈り物の箱やぬいぐるみ、ドレスが並べられていたが手はつけられた様子はない。
(中に何が入ってるか分からんもんね)
様子を探りつつ歩いていると、か細い声が聞こえた。
「…誰?」
声のしたほうを見ると、大きなベッドの奥に誰か居るようだ。
近寄って見ると、窓に近い床に、ベッドに背を預けるようにして…一人の少女が薄桃色のレースが幾重にも巻いてあるドレスの上から膝を抱えて座っていた。
「!」
赤みがかったふわふわの茶色の髪に、緑と金の瞳。
お人形さんのような、可愛いと美しいの間の少女がこちらを驚いた顔で見ていた。
目の下にはクマがくっきりと浮かび上がっている。
頬も腫れているので、ずっと泣いているのかもしれない。
「あなたは?」
声が聞こえた。
やっぱり聖女は言葉には困らないらしい。
(なら、話しやすい言葉のほうがいい)
『お嬢さんの前にこっちに攫われた、んーと…地球の、日本人の、おばさんだよ。名前はユウ』
「!!!」
彼女の目が更に驚きに見開かれる。
どうやら日本語が通じたらしい。
『君は?』
隣に座り聞いてみると、嬉しそうに答えてくれる。
「フランスから来た、エマです」
『あー、だからその色か』
顔立ちは日本人とは程遠く彫りもある。
「はい!ユウさんは、黒い。日本人ですものね!!」
『そう。出身は東京だよ』
自分の髪にそっと触れて、懐かしそうな目をした彼女の目に涙が浮かぶ。
(口元は日本語じゃない。かといってこっちの言葉でもない。彼女が話してるのはきっとフランス語だ)
「トーキョー…良かった、本物…」
もしかしたら、同郷と嘘をついた人間が来たのだろうか。
地名が言えないとアウトだと思うが。
『本物だよ。最初はボブカットだったんだけどねぇ。…あ、敬語はいらないよ』
「え、でも…」
最初におばさんと言ったのがまずかったか。
『26歳だけど気にしないで。お母さんのほうが近いだろうし…お母さんには敬語じゃないよね?』
そう言うと彼女の目から涙が溢れた。
(やべ、ホームシックだった)
失敗した、申し訳ない、と思いつつ彼女の肩をそっと抱くと素直に身を寄せてきた。
この世界で誰かにもたれて泣いたことが無かったのかもしれない。
しばらくの間そうして、次に顔を上げた彼女は少しだけスッキリとした表情になっていた。
「ごめんなさい」
『いいよいいよ。泣きたい時は泣けばいい』
自分は感情の起伏があまりないので、たまにしか涙が出ない。
しかし、泣けばスッキリするのは同じだ。
まだ話せない様子に、自分の事を話してみる。
『…私はさ、職場のエレベーター乗ったら床が光ってこっちに来てたよ』
エマは驚く。
「えっ…それはカメラに…?」
『どうだろうね?映ってたら凄い騒がれたと思うよ』
こちらに来て少し落ち着いてから考えた事だ。
誕生日だというのに深夜に仕事を終えて、帰ろうとした時の出来事。
きっと神隠しとか言われただろうなぁ…と思っている。
『言葉が通じなくって、変な服着たおっさんどもはいるしで、日本じゃないな、とは思った』
「えっ言葉が?」
『そーなの。ここの言葉、全然違うんだよ。私は今、日本語で話してる。でも君は分かるでしょう?』
「はい」
『それは言語超越って言って、聖女の力の一つらしいんだ』
「!!」
エマは困惑した表情だ。
『だから、私は聖女ではないと言われて、ここで働きながら生活して言葉や習慣を教えてもらったんだよ。そこから1年…経ったかなぁ?』
「1年…も…」
彼女は俯いた。
歓迎され言葉も不自由がない自分は、やはり聖女なのだと思ったらしい。
抱いたままの肩を優しく撫でる。
『…聖女ってのはさ、この世界の人が…神官が言ってるだけ。私は君を聖女だとは思ってないよ。…地球の、フランスに生まれた、普通の可愛い女の子だよ』
ガバっとエマが顔を上げる。
ニッと笑うと、彼女も釣られて笑ってくれた。
(やっと笑顔…可愛いなぁ)
さすが聖女として呼ばれただけはある。モデルや女優になれそうな顔立ちだ。
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