第7話

 二手に別れ、ユウは灯りが纏めて置いてある小部屋へ向かう。

 今は19時くらいまで日が残り明るいが、その後は真の暗闇だ。

 神殿の方からは灯りが絶えずに漏れているが、宿舎の裏の林にある焼却炉付近は真っ暗になる。

 ジェイは暗視スキルがあるが自分が見えない。

 一度真っ暗になってしまいおぶわれて帰ったのだが、年下におんぶしてもらうのはかなり恥ずかしかった。

 彼は軽いと言って気にしなかったが、そこじゃない。

(大人になっておんぶはちょっとね…)

 カンテラは金属で出来ていてかなり重たい。

 四方をガラスで閉じられた箱の真ん中には、半透明のオレンジ色の石が入っていて、スイッチをひねるとそれが輝く。

 原理は分からないが、そこそこ明るく暖かい光が好きだった。

 棚からあまり大きくないカンテラを選ぶと、腰にぶら下げて部屋を出ようとした。

「ん?」

 外開きのドアのはずだが、開かない。

(久々だなぁ…)

 外でクスクスという忍び笑いが聞こえる。

 レイリアに師事するようになってからはこういう事は減っていたし、真面目に仕事をするユウを見て下働きの者はくだらないイジメをやめた。

 これはレイリアに可愛がられているユウを気に入らない、下級神官かもしれない。激務の憂さ晴らしに来たのだろうか。

(さて、どうしよう)

 小部屋には、かなり上の壁に四角い小さな穴があるだけだ。

 放っておけばジェイが来てしまう。

 彼はユウがこういう目に合うのを我慢出来ず、手を出してしまう。

(あれ、行った…かな?)

 声は聞こえなくなったし、気配もしない。きっと相手もジェイが来ることを恐れたのだろう。

 ホッとしつつドアを開けようとするが、肩を入れて押しても開かない。

『重いものでも置かれたかなぁ』

 すると、ズルズルという音が聞こえ、ドアが開いた。

「ユウ!大丈夫か!?」

 ジェイだ。

「ぐぇっ!…うん。大丈夫」

 今回は閉じ込められただけだ。

 ぎゅうぎゅう抱きしめてくるジェイの背中をぽんぽんと叩く。

「こういう事、まだあるのかしら?」

「!…レイリア」

 ジェイの後ろに居たのは、不機嫌そうなレイリアだった。

「ルカスに聞いて飛んできたんだ。今日は喧嘩しなかったぞ!」

 まるで褒めてくれと言わんばかりに尻尾を振っている。

 自分が喧嘩するのをユウが嫌がるから、レイリアを呼んできたらしい。

「えらい、えらい。ありがとう」

 頭の上は届かないので、耳後ろあたりのうなじを撫でて褒めると彼は照れ笑いをした。

「まーな!!」

 小部屋の外へ出ると、周囲には何もない。

 あれ?と思っていると、レイリアが言った。

「置いてあった大きなゴミ入りの袋は、当事者にお持ち帰り頂いたわ」

「半泣きだったぞ!」

 してやったり、とジェイは笑う。

「レイリア、お手数おかけします」

「…いいのよ、これくらい。全く…どんな試験を通過してきたのかしら!」

 やはり下級神官の仕業だったようだ。

 レイリアは少し、いやかなり怒っている。

 それもそのはず、神官になるには専用の国家試験と面談が課せられる。

 給料の良い職種に群がる人をふるい落とすためだ。

 しかし昨今では貴族が金に物を言わせて、嫡子以外の子を厄介払いすることが多かった。

「怪我してない、大丈夫」

 レイリアは悲しそうにユウを抱きしめる。

「…心も怪我をするのよ。何かあればすぐにおっしゃいなさい」

「うん」

 ユウは面倒事を嫌うし、小中学生のいじめのようなくだらない遊びに付き合うほど子供でもないので、他に迷惑がかからない限りあまり言わないのだ。

「レイリア、オレが言うから」

「そうね。頼んだわ、ジェイ」

「おう!任せろ」

「ええ…」

 困ったように見上げるユウをレイリアはもう一度優しく抱きしめると、行ってらっしゃいと送り出す。

 釈然としないまま、行ってきますと告げて再び林の奥にある焼却炉へと向かった。

 魔道具で火を起こし、ゴミを火に焚べながら言う。

「ルカス、お礼言う」

「こういう事は、もちつもたれつ?だから、気にすんなって言ってたぞ」

「そう…」

 ルカスは少し足が不自由な青年で、ユウが来るまではいじめの格好の的だったらしい。

 ユウが来て自分へのいじめは減ったが、他人事とは思えないのだろう。

 もちろん、ルカスがそういう目に合っている時はジェイとユウが助ける。

「なんか、神官が…変なんだよな」

「変?」

「ルカスも言ってたけどさ、ここ10年でけっこう入れ替わったし…前の奴等のほうがマシだった」

 神官の質が落ちていると、下働きの面々は考えているらしい。

 ユウはこちらへ来てからずっとこの調子なので、以前からそうだと思っていたが違うようだ。

「ま、レイリアが居るから、オレらはなんとかなるけどな」

「うん。助かる」

 居なかったら、もっと早くここを出て行っただろうな、と彼は言う。

「ジェイ、いない、困る」

「ん?ああ、出るのはユウと一緒だぞ!」

「へっ」

「あの日もさ、出ていっちまおうかなーってウロウロしてて…召喚の間で何かやってたから覗いたんだよ」

 召喚の間は天井だけ開いている。

 よじ登って中を見たら、魔法陣の中央に、魔族のような黒髪を持ち仁王立ちして神官長を睨みつけるユウが見れたという。

「に、睨む??」

 睨んだ覚えはない。

 ただ、足元の光が眩しくて「何?なんなの?」と人影を見た記憶はあるが。

「そう!そんで神官長が怯えててさ、面白かった」

(いや、私は全く面白くもなかったけど…)

 不機嫌そうな、明らかに肝臓を患ってそうな青黒い顔色のおっさんに腕を捕まれ、綺羅びやかな廊下を引きずるように歩かされて、下働きの宿舎に…レイリアの前に連れて行かれた。

 その時のレイリアは、神官長だけを問うように見ていた。

 ジェイは林をショートカットしてレイリアの元へ行って、先に報告したらしい。

(だからレイリアは驚いてなかったんだ…)

 すれ違う人皆、暗い色を持つユウを見てヒッと飛び退っていた。

 が、レイリアは静かな様子で神官長を見ていただけ。

 今なら分かるが、あれは相当怒っている時のレイリアだ。

「それを見た時に…ユウと一緒にここを出ようって思ったんだよ」

「そ、そうなんだ」

 どういう心境か、全く分からない。

 結果的に助かっているからいいのだが。

「だから、も少ししたら、ここ出ような!」

「んー…うん」

 いずれは出るつもりだし、聖女が現れたのなら経済が活発になる今がチャンスかもしれない。

 金があり余裕もある人ならば、暗色の人がいても神官のようにそこまで毛嫌いしないだろう。

「決まりな!!」

「うん。だから、仕事、やる」

「おう、じゃんじゃん燃やすぞ!!」

「煤出る!!」

 結局、全てを燃やし終えた頃には、20時を回っていた。

(カンテラ持ってきてよかった…)

 仄かな灯りだが真っ暗闇に良く映える。

 ユウが転ばないように手を繋いでくれたジェイの導きを頼りに宿舎へ戻り、食事を済ませると、さっさと部屋へ戻る。

 身体を拭いて、疲れたのかすぐ寝てしまったジェイの寝顔を見て思う。

(もうちょっと、私がしっかりしないとなぁ)

 今日の閉じ込めも、事前に周囲に人が…神官が居るか確認しておけば起きなかったかもしれない。

(ま、それは明日からでいい。慌てるのが一番良くない)

 天然で猪突猛進なジェイに、こんな世界に突然連れてこられて騒ぎもしない私。

 ちょうどいい塩梅だと考えたかどうかは分からないが、だからこそ、ジェイが自分の面倒をみると言ったのをレイリアは許可したのかな、と今さらながらに思う。

(なんとかお金を貯めて、早い所ジェイを広い場所に連れて行かないと)

 本人が聞いたら犬じゃない!と憤慨しそうな台詞だが、たまに夜中に森の中へ走り込みに行っているジェイを知ってるからこその考えだ。

 二段ベッドの上に上がり、薄い布団をかきこむ。

(ここはジェイには狭すぎる。…自分にも)

 少しくらいなら金は貯まっているし、見切り発車で出ていくことも考えたが、世間知らずな二人という事で今まで躊躇していたのだ。

(うーーーん。あちこちから人が来ているし…誰か引き抜いてくれないかな?)

 中級・下級神官で、最近お世話をした方にそのままお持ち帰りされるという素敵な案件も発生している。

 お持ち帰りと行っても仕事ぶりや姿を見て気に入った、という事だ。

 それならば自分たちにもチャンスが在るかもしれないと思う。

 問題は自分の色だが。

(ま、なるようになれ。ならなければ、チマチマ金を貯めるだけかな)

 とりあえずは、今の忙しい状況を乗り越えるだけだ。

 聖女は今は勉強中で、そのうちここを離れて瘴穴を浄化するため旅に出る。

 そうすれば、元通り…よりは少し忙しい程度の仕事量になるだろう。

 同じ下働きの仲間の負担も減らせる。

(うん、そうしよう)

 ユウはまぶたを閉じると、あっという間に眠りの淵にいざなわれた。

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