第6話

「一気に入れたら駄目か?」

「駄目。煤出る」

 巡礼の民も多いが、聖女がいる上に賓客が来ているのだ。

 時間がかかってもいいから、なるべく煤を出さないでとレイリアにお願いされていた。

「つーか多くね?」

「うん。お客、多いため」

 神殿の裏にある賓客用の客間はいっぱいで、彼らの従者の一部は下働きの者たちの宿舎に泊まっている。

 二人がいる部屋は狭すぎて使われないが、ようやく一人部屋になった先輩が追い出されたと愚痴っていた。

「ん…?下着?」

「だなぁ。洗わねーのかな」

 ユウがトングでつまみ上げたのは、男性物の下着だ。

 自分たちが身につけている物のように、何度も洗われ布地が傷んだ様子もない。

 旅行中に使った下着を使い捨てにするとは、さすがは貴族だ。

「無駄遣い…」

「これ洗って使ったら怒ら」

「怒る!…知らないおっさん、下着嫌だ」

 ちぇ〜と口を尖らす彼に苦笑しつつ、炎に下着を放り込むユウ。

 ちなみにこの仕事は、信用出来る者にしかレイリアは任せない。

 ジェイは怪しいが、ユウは絶対にネコババしたり変なものを見つけても無言で炎に放り込みそう、と言われて任された。

(信用は嬉しいけども、いったい私はどう見えてるんだ)

 レイリアは50歳くらいの、ユウからしたらお母さんのような年代の優しげな顔をした女性だ。

 そのせいもあってすぐに懐いたし、彼女も色々と世話を焼き仕事を教えてくれる。

 なんとなくだが、他の下働きには教えないような事を、ユウとジェイには話している気がした。

「レイリア、忙しそうだよなぁ」

「うん。無理な仕事、多い」

 今日の朝礼で会ったレイリアは、そこそこ疲れた様子だった。

 連日に渡り、入れ代わり立ち代わり来る使者たちの従者の世話でこれである。

 林の向こうの貴賓室がある建物で、来客の世話をする下級と中級神官たちは、きっと地獄だろうな、とも思った。

 しかしそんな地獄の日々でも、楽しみはある。

「今日のオヤツ、何だ?」

「貴族が多いって聞いたし、王都のスイーツとかな!」

「クリーム、食べたい」

「なんだそれ?」

(うむむ…)

 説明が難しすぎる。単語がわからない。

「牛乳…振る、美味いクリーム、する」

「???」

 ジェイは想像できないのか、首を傾げてしまった。

(ですよねー!とほほ…)

 クリームと言うと、女性が肌につける肌荒れ防止のクリームを思い出すのだろう。

 聖女はもちろん女性ということもあって、ドレスや貴金属、化粧道具の他に甘味を持ってくる使者が多い。

 しかも毎日山程来る上に、保冷魔法が掛けてあっても保存料など入っていないから、賞味期限はとてつもなく短い。

 上級神官は食べ飽きているし、中級・下級神官でも消費しきれない。とくれば、一番数が多い下働きの者たちに密かに振る舞われる事になったのだ。

 さすがの神官長も頂きものを捨てろとは言えず、また下男下女が食べてますとも言えず、日々内密で処理されている。

 至福のスイーツタイムが無くなるのは嫌なので、下働きの皆は口が固かった。

「もしクリームある、コレ!言う」

「おう。俺はどっちかというと、肉のほうがいいけどな」

 もちろん肉や魚の保存食も持ち込まれているが、それは食事として提供されているのでジェイは気が付いていない。

 ジャーキーなどは量が多くないので、喧嘩にならないようにスープのダシに使っていると、ユウは料理長からこっそり聞いていた。

「これ、あとどれくらいかかるんだ?」

 今は14時半過ぎだ。朝早くから午前中いっぱいかかっても終わらなかった。

 焼却物が入った袋はまだこんもりしている。

「うーーん。オヤツ食べて、また来る。19時…かかる」

 最初は次から次へと運び込まれていたが、それだと際限なく徹夜になってしまうので一日の量が決められた。

 しかし、ゴミは日に日に増えていくので、一日にこなす作業がかなり多くなっている。

「一度終わらす、残り、オヤツの後?」

「おう!!!もう、鼻がいてぇよ」

 ユウは分からないが、様々なものを燃やしているので匂いがキツイらしい。

 炎の色が変わったりもするので、金属も含まれているようだ。

 二人はいったん火を消すと、焼却物を鍵付きの倉庫へしまい宿舎へ戻る。

 今のゴミは泥棒するだけの価値はあるのだ。

 水場へ行き、煤で汚れた手や顔を拭くと、食堂へ行く。

「ん?」

 甘い匂いがすぐに漂ってきた。

(チョコ!?)

 懐かしい匂いだ。こっちに来てからというもの、嗅いだことのない甘い香り。

「なんだこれ、えらい黒いな?」

 匂いにつられてさっさとカウンターへ行ったジェイが、二人分のスイーツを持って戻ってくる。

 ユウはハーブティーをコップに入れて持ってくると、席についた。

「これなんだ?」

 不安そうにジェイが袋から出したのは、ツヤツヤのチョコレートが掛けられた手のひらサイズのケーキ。

 下働き一人に三つとは、よほどの数を持ってきたらしい。

 感慨深げにユウが呟く。

「ニホン、ある」

「だから、これなんだ?」

「チョコレート。溶ける」

「げ!?ホントだ!!」

 ジェイの手のひらには、べっとりとチョコがついていた。

 恐る恐る舌で舐め取る彼に笑う。

「だいじょう…あっ!?…ニホン、犬、チョコレート駄目。ジェイ、お腹、平気か?」

「犬じゃねーし。あめぇなコレ」

「うん。…身体は、人間、大丈夫…?」

 手についたチョコをベロベロと舐めているジェイは、特になんともなさそうだ。

 そもそも二足歩行で歩く狼頭の人間である。元の世界の犬とは根本的に違うのかもしれない。

「いただきます」

 両手で持ってパクリとかぶりつくと、想定よりは固めだったが中身はジャムが挟んであるケーキだ。バターの香りもする。

(オレンジマーマレードかな?)

 甘さ控えめで中々美味しい。これがどこから運ばれてきたのか、是非に知りたい所だった。

「ウマい!!」

 目の前ではジェイが美味いを連発しながら食べている。

 周囲の人たちもその声に笑っていたが、皆口元にチョコを付けて楽しそうだ。

 こんなお相伴にあずかれるなら、来賓があるのも悪くない、と思ってしまうほど。

 現に仕事は普段の3倍程度忙しかったが、あまり愚痴を言う者も居なかった。

(休憩ってやっぱ大事だよなぁ)

 取り入れてくれたレイリアには感謝しかない。

「残り、頑張ろう!」

「おー!」

 オヤツを食べ終えると再び焼却炉へ行こうとして、思いつく。

「カンテラ、持ってくる」

「え?そんなにかかるかぁ?」

「たぶん。待ってて」

「急ぐなよ!オレはゴミを出しに行くから」

「うん」

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