第2話
「1年か…よく覚えたよな、ユウ」
「はに?」
リスのように頬を膨らませたユウが聞き返す。
「こっち来てからだよ。言葉を覚えんのはえーし。下級もいけんじゃね?」
今では拙いながらも言葉も絵も書ける。
頼まれて、巡礼者に配る地図を描き写したりもしている。
「嫌。衣食住ある。時折、街に行ける。神官、ならない」
ブルブルと首を横に振った。
「あっちの奴って頭いいのか?」
「…ここ、人より、頭いい」
「だよなぁ…学校か…」
召喚という言葉を使わないように話すジェイ。
レイリアがそうしなさいと、ユウを守るためだと彼に言ったからだ。
上級神官たちとレイリアだけが、彼女が異世界から来たということを知っているため、下手に吹聴すると攫われたり下級や中級神官に出世のための駒にされる可能性があるためだ。
「スキル、そのうち見たいな」
「うん」
この世界にはスキルがある。
個人が持つ技能のことだ。
しかし、表の神殿に行かないと個々のスキルは分からない。
神官長や上級神官は見た目だけで判断し、ユウのスキルを測ろうとしなかった。
「そうだ、今度ギルド行ってみねぇ?」
「ギルド?」
「冒険者ギルドだよ」
「あー」
以前、そういうところがあると教えてもらった。
本当に漫画や小説のような世界だ、とユウは思っている。
「そうそう。そこにもスキル計測器があるからさ。お金貯めたらここ出て、一緒に冒険者やろうぜ」
「うーん」
ジェイは小さい頃に故郷の森で攫われ奴隷商に売られたが、持ち前の力と素早さを生かして売られた先から脱走し、ここへ逃げこんだ経緯がある。
だから外に、自由に対する憧れが強いのだ。
本人曰く今はまだ成長段階で、大人しくしているだけらしい。
「衛兵に色々教えてもらったし、頃合いだと思うんだよな」
人懐っこく武器の扱いを覚えるのが早い彼は、衛兵には好かれている。
剣技も槍技も体術も会得して、もう少し大きくなったら衛兵になれよとまで言われていた。
「どうやって、金…お金、貯まる?」
「そこが問題なんだよなぁ」
「おい!」
ジェイは考えるのが苦手だ。そこは世界が違うけども学業を修めた自分が牽引しなければ、とユウは思っているのだが…下働きには衣食住が提供される代わり、給金は雀の涙だ。
それも週に一回だけ開かれる町のマーケットで買い食いする際に消える。
お金を貯めるにはそういう気晴らしを我慢しないといけないが、ジェイにそれが出来ると思えなかった。
「うーん…」
ここスーベニアは王都から遠く南に離れた自然豊かな場所で、神殿がメインの土地だ。
他の領地と違い貴族は治めていない。王の直轄地でもあるが管理は神官が行っている。
そのため他の領地の経済状況とは程遠く、他に四つある都市に比べたら、かなり素朴な町や村が細い街道沿いに点在しているのみ。
この神殿の近くの町も、町というほどの大きさもなくマーケット以外はさして楽しい施設もない。
巡礼者用の簡素な宿ばかりで、掛け持ちバイト出来るような小洒落た飲食店も洋品店もなかった。
(だいたいジェイは良くても、私は雇ってもらえない)
国として暗色をもつ者が…獣人ではいるが、人間では限りなく少ない。
人の国がある大陸とは別の大陸…魔大陸に住む魔族ならありきたりな色だが、1000年以上前から不可侵条約を結んでいて国交もない。
そのため、暗色を持って生まれると大抵は魔力や物理的な力が強いので、幼い頃に船で捨てられるという話を聞いた。
(そんなおっかない…人っぽいものを雇ってくれるような普通の人はいないだろうな)
人の姿をした悪魔め、と上級神官に言われたことがあるからだ。
上級神官は貴族で構成されており、昔からある魔族に対する差別が酷いガチガチの保守派だ。
未だに魔族は残忍な悪い心を持ち、人間は彼らの食事だと思っている。
その保守派の者たちは、ユウが召喚された事は神官長の虚言だと騒いでいた。
(神官長が平民だからなぁ。そもそも信用されてない)
事実、この世界で唯一召喚を行える神官長は、別の都市の片田舎から来た農民の青年だった。
手の甲に召喚士の印を携えた青年を、貴族の神官共は苦虫を噛み潰すような顔で出迎えた、という噂話があるほど。
だからユウは、魔族で魔大陸から提供されたのでは?神官長は魔族と通じているのでは?という根も葉もない噂が上級神官の間では流れていた。
その魔族疑惑の自分とジェイが居ることで、密かにジェイも警戒されている事に、ユウは気が付いている。
バカバカしいとは思うが、本当の事を言っても嘘だと言われるだろう。
(…ジェイを巻き込んだ金策はやめよう。私が稼ぐしか無い)
幸い、中級神官のレイリアは自分に対しての差別がない。むしろ、真実を知っているせいか守ってくれている。
だから計算や清書などの仕事を与えてくれるし、少ないとはいえ手当も貰っているのだ。
ゆくゆくは、このトラウマの源になりそうな場所から巣立ってほしい、と応援されているのは明白だった。
下働きは奴隷ではないので、仕事を覚え神殿を出て他領に行くことも可能なのだ。
「なにか思いついたか?」
「レイリアの、持ってくる仕事、稼ぐ」
「オレは?」
「…体鍛える。まだ、大きくなる?」
質問すると、彼はローブの袖から腕を出して力こぶを作る。
けっこうな大きさだと思うが、前に話した時は足りないと言っていた。本当の銀狼はこれの3倍はあるらしい。
「そうだなぁ…あとこれ一つと半分ってとこかなぁ」
「良かった。あと、隠密、覚える」
自分がここに存在する理由を考えると、引き止められる可能性がある。
その場合は夜逃げをしようと思っているためだ。
「あれ、苦手なんだけど…」
猫じゃないし、とも言う。
「私は出来る、銀狼のジェイ、すぐ覚える」
自分は足音を立てずに近寄るのは割と得意だ。きっとスキルとしては取得済みだと思う。
銀狼の身体能力は人の数倍だというから、本気を出せばすぐに取得出来る筈だ。
「かくれんぼ、だよ」
補足するように言うと、ジェイは渋〜い顔をして頷いた。
「…分かった」
こちらでも"かくれんぼ"という、子供の遊びがあるのでイメージしやすいだろう。
…実を言うと、ジェイは森でかくれんぼをしていた所で亜人の密猟者に攫われたのだが。
(やるしかねーか…)
それを克服、リベンジするためにも必要な技能だろう。
「すぐ、覚えられる」
「おう。やってやんよ!」
ちなみにユウが行っていた方法は、神官の前を気付かれずに通り過ぎるという、シンプルな行動。
最初はすぐに見つかり嫌な顔をされていたが、いつの間にかフードを外して黒髪を晒しても、彼らの目に留まることが無くなっていた。
(不思議だよね、スキルって)
下働きにも多くのスキルがある。
掃除、洗濯、炊事…覚えれば作業は徐々に手早く出来るようになる。
自分でも掃き掃除をしていて、覚えたて当初に比べれると驚異のスピードだな、と思っていたが、言葉を理解できるようになり、スキルの存在を聞いた時は驚いた。
元の世界では覚えたとしても、作業を継続しないと頭も体も忘れてしまう。
この世界ではそれがない。
だからユウは、何でもいいから覚えたほうがいいじゃん、と様々な事に手を伸ばし、覚えていった。
(聖女もきっと何かのスキル…この世界にはないスキルを持ってるんだろうな)
そうでなければ呼び出す意味がない。
しかしなぜ異世界からなんだ、とも思う。
「ところで、なぜ、聖女を召喚する?」
何気なく聞くと、ジェイが目を見開き口をあんぐりと開けた。
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