第17話 4−4 勇者快進撃

 それから僕たちは世界中を巡った。大森林、大湿原。バカみたいに広い洞窟や、十層もある地下神殿。


 誰もがもっと強くなろうとして、様々な物を揃えて。転移者はだんだん減っていって。パーティーの仲は、まあ良い意味で大変で。皆肉食なのはもう慣れたけど。そして誰一人として、パーティーは増えなかった。


 魔王軍に大きな動きはなかったけど、嫌がらせのような、小さい襲撃は何度も受けた。すごく強い敵がくるわけじゃないから毎回追い返せてはいるけど、偵察をされているようで不快だ。


 魔装具に乗って空を飛んで、天空島に行った。天空島に居座る、ケツァル・コアトルを名乗る翼の生えた大蛇を倒して、天空の剣を手に入れた。僕の剣は師匠から譲ってもらったものだけど、それ以上の耐久性があったから、この翡翠の剣を使うことにした。


 これまた魔装具を使って、海底神殿へ行った。正確には海に沈んだ昔の都だったようだけど、そこにも魔王城へ繋がる魔法陣があった。それを壊して、魔王城の結界を解除した。八個あった魔法陣の内、七個は僕たちが破壊した。もう一個は他の誰かが壊してくれたみたいだけど、魔王城の結界を破壊してすぐ、残っていた転移者の最後の一人が死んだ。


 彼女にも、冥福を祈ろう。


 結局僕は、他の転移者に会うことはなかった。ようがんまじんの言葉が残っているからか、見つかったら協力しようと思っていた。魔王を討伐した者へのご褒美とかは二の次で、魔王を倒すことそのことが大事だと思うから。


 けどもう、叶わない。僕たちで、決着をつけるしかない。


 王都に一度戻って、装備を整えて、まずは亡国となった元帝国へ向かった。魔王軍の唯一の進軍で失われた場所だ。魔王軍はそこを拠点にすることなく、襲うだけ襲ってそのまま放置している。でも国は徹底的に破壊されたし、そんなところで商いや農業をやろうとする者もおらず、スラム街になっているとか。


 スラム街は治安が良くないからあまり近寄りたくもないけど、魔王城に一番近い人類圏の街だ。情報が欲しい場合、あそこへ寄るしかない。


 元帝国は想像以上に荒れていた。歩いている人々の目に生気が宿っていない。いつ死んでもいいかのような目だ。一応前線基地が有志によって組まれているようなので、そこで話を聞きに行った。


 魔王軍はやはり、大規模な行動に出ていないようだ。そして同じようなことを聞いてきた勇者一行が数日前に出発したということも聞いた。それが転移者のパーティーだったんだろう。そして彼女たちも全滅しているだろう。転移者は一番の実力者のはずだ。そんな彼女が死んでいるんだから。


 僕たちは元帝国の外でテントを張って夜を過ごした後、魔王城に向かって出発した。元帝国の砦を迂回するように移動して、直接魔王城に向かうことにした。無駄に戦いを行う必要はない。


 三日ほど経った頃、前方から煙が上がっている村があった。こんな場所に村があったことにも驚いたけど、煙が出ているということは今襲われているということだ。


「皆、急ごう!」


 走って村へ向かうと、黒いゴーレムが複数いた。奴らが村を襲ったのか!僕たちはすぐに戦闘に移行した。


 ゴーレム系は物理防御が高いから接近戦で倒すのは骨が折れる。けど、今まで戦ってきたボスに比べればそこまで強くないはず。


 その考えが当たっていたのか、僕の剣で腕を切り落とせた。ティーナの拳も効いているようだった。相手はそこまで強くないみたいだ。


「このまま一気に殲滅する!」


 流れるように剣を振るって、続々撃破していく。初めて見るゴーレムだったけど、強くなった僕たちには敵じゃない!


 戦闘を初めて十分。ゴーレムは動かなくなった。村を見てみるけど、他に魔物はいないみたいだ。


「それにしても酷いですわ……」


 小さな村が、壊滅している。無事な家がちょっとあるだけで、ほぼ壊滅だ。井戸も木もめちゃくちゃに壊されて、火まで放たれている。その火は順次消火していったけど、生き残りはいなさそうだ。色鮮やかな髪色をしている死体が、そこら中に転がっている。


「まさか、ハーフエルフの村……?」


「ハーフエルフ?エルフには会ったけど、ハーフエルフは初めて見るかも。耳が人間と変わらないんだね」


「まあ、忌み子だからなあ」


 ハーフエルフはファンタジー世界で結構迫害されがちな種族だけど、ここでもそうなのか。


 皆の説明で、元帝国から逃げ出したハーフエルフの村だったのかもしれないと把握した。元帝国はエルフを奴隷にしていて、しかもこの世界ではハーフエルフは災厄の象徴という噂話まで流されているという。寿命も魔法の才能もエルフと大差ないので、おそらくデマだろうというのが皆の意見だった。


 ハーフエルフが迫害される理由って、人間側からしたら見た目がそこまで変わらないのに寿命がすごく長いからで、エルフ側からしたら精霊の声を聞けないから、らしい。この世界の精霊とエルフの関係もややこしいけど、結局ハーフエルフが迫害される意味はあまりわからなかった。


 とにかくハーフエルフはエルフとも人間とも同じコミニティーに居られないから、こうやって独自の生活をしているのだとか。


「ナー」


「黒猫?」


 村を見て回ると、黒猫が生きていた。その猫は、一つの建物の中に入っていく。そこは若干崩れているけど、レンガの家の原型は保っていた。ついていくと、猫の隣に青髪の少女が倒れていた。とても綺麗な少女だ。十代半ばくらいで、エルフの血が確かに存在するように、美しい少女だった。


 僕とラミューで確認してみると、気を失っているが息はあった。唯一の生存者だ。回復魔法を使って、彼女を治す。


「う……?」


「気がついたかい?」


「……あなたたちは?」


「魔王を倒そうと思っているパーティーだ。魔王城に向かう途中でこの村が襲われているのに気付いて、急いで来た。けど、ごめん。村は……」


「!みんなは⁉︎」


 少女は黒猫を携えて家の外に出る。僕たちもついていくけど、その少女は村を一望しただけで気付いてしまった。


「ナー」


「……そんな」


「ごめん。僕たちがもう少し早く着いていればこんなことには」


「……いえ。これが定めだったのでしょう。人間からもエルフからも隠れようと思って、魔王城の近くに村を作ったんですから。いつかは、こうなっていたんです」


 諦観するような声色。そんな彼女を慰めるかのように黒猫が彼女の頬にひっつく。悲しげな表情を隠さないまま、彼女は黒猫を抱えていた。


「きゃああああ⁉︎」


「な、キャサリン!」


 村のどこからか、キャサリンとティーナの叫び声が聞こえる。村の中を巡回していたはずだ。僕とラミューも走って声がした方に向かったが、その途中で激しい爆発音がした。


 出せる最大の速度で音がした方へ向かったが、ティーナがキャサリンを抱きかかえている様子が目に入ってすぐに回復魔法を用いていた。腕が変な方向に曲がっている。こんな一瞬で、一体何が。


「キャサリン、しっかりしろ!キャサリン!」


「ティーナ、一体何が⁉︎」


「地面に一体、さっきのゴーレムが隠れてたんだよ!そいつがキャサリンにひっついて、自爆しやがった!」


「自爆……⁉︎禁止魔法じゃないか!」


「んなもん、魔物には関係ないんだろ!」


 追いついたラミューも、回復魔法を使う。けど、すぐに魔法を使うのはやめてしまった。


「ラミュー、どうして!」


「……ユメシロ様。気付いていらっしゃるでしょう?キャサリンさんは、もう……」


「……クソーっ!」


 僕の脳裏に、彼女の笑顔がちらつく。一緒に師匠の元で研鑽を積んでいた日々。旅に出てから体力がなくて大変そうにしていたこと。師匠に一番の弟子だと認められて嬉しそうにしていたこと。


 僕に好きだと言ってくれたこと。話すのはあまり得意じゃなかったけど、ベッドではとても柔らかい笑顔を見せてくれたこと。


 それを思い出して、僕は泣き崩れた。











 それから僕たちはキャサリンの遺体を埋葬して、助けた少女、イーユの家に泊まらせてもらうことになった。イーユも遺体が残っていた村の人々を埋葬していた。きちんと埋葬しないとアンデッドになってしまうからだ。


 イーユは助けてもらったお礼ということで、ご飯も作ってくれた。その料理はポトフのようなもので、とても美味しかった。


「イーユさん。色々ありがとうございます」


「いえ。助けてもらったのはわたしの方ですから。……皆さんはこれから、魔王城へ向かうんですよね?」


「うん。僕たちしか、魔王を倒せる勇者はいないんだ。キャサリンはいなくなっちゃったけど、僕たちが最後の希望なんだ。ここでやめるわけにはいかない」


 生存者は彼女と、その猫だけ。それ以外のハーフエルフは皆あのゴーレムにやられてしまったらしい。


「あのゴーレムは突然村に来たのか?」


「そうですね……。気付いたら村の近くにあの大群がいました。最初は魔法で抗ったんですが……」


「魔法が効かなかったのですか?」


「わたしたちハーフエルフは隠れることを選択した種族ですから。最低限の狩りのための技量は身につけていましたが、戦うための力ではありません。魔法も人間よりは適正があるでしょうけど、鍛えようとは思っていませんでしたから」


「じゃあハーフエルフは、まともな抵抗もできなかったのか?」


「わたし以外は、そうですね」


 イーユは食事用の木器を持ちながら影を落とす。そんな主人を慰めるかのように、黒猫は主人の頬を舐めていた。


「はは。くすぐったいですよ、クーちゃん」


「ん?イーユは抵抗できたの?」


「はい。村一番の魔法使いですから。才能があったのか、攻撃魔法も回復魔法も一通り使えますよ。ハーフエルフが忌み子と呼ばれるわけですね」


「どういうことですの?」


「わたし、修行とか神への信仰とか捧げたことないんです。才能だけで上級魔法を使えるんですから」


「そんな……。あなたは、無神論者なのですか?」


「そうなりますね。神様がおられるのなら、わたしたちハーフエルフは世界に見放されなかったでしょうから」


 確かにそれはありえない。回復魔法に限っては、主なる神へ祈りを捧げることで魔法が発動する。才能があっても、魔力があっても、祈りがなければ発動しないはずなのに。


 それを才能だけでどうにかしているなんて、この世界からしたらあり得ない事実だ。


「エルフは自然を愛し、人間は神を信仰する。……狭間であるわたしたちは、そこの境界を曖昧にして術式にアクセスするんです。だからほとんどの者が無神論者なのに、回復魔法も攻撃魔法も使えます。魔法を学ばなくても、なんとなくわかってしまうんです。それで長生きだから、人間には恐れられて、エルフは人間との異物なので嫌われる。ハーフエルフ独自の里があるのも当然の帰結です」


「魔王は、そんなハーフエルフを恐れたんだろうか……?」


「それはないと思いますよ?ユメシロさん。ハーフエルフが修行をしなくても魔法が使える程度では、討伐の対象になりません。魔物はもっと理不尽ですし、現にこうやって滅ぼされる程度の戦力しかなかったんです。ただ近くに人間種の村があった。襲われた理由はそれだけでしょう」


「……そうなのか」


 あのゴーレムたちはそこまで強くなかった。僕たちで簡単に倒せるほどだ。自爆が厄介だったけど、それ以外では全く相手にならない。


 つまりハーフエルフは、その程度の力しかなかった。村が襲われた理由も、イーユが言うようにただ目についたからだろう。


 魔物の行動理由として、人類が敵だという本能があること。魔王軍かどうかは関係なく、それが魔物の本性だ。それにどの魔物が魔王軍の魔物なのか判別がつかない。


 あのゴーレムたちは魔王軍の魔物ではなく、はぐれの魔物だったのかもしれない。それなら、襲われる可能性もあるし、魔王城の近くにあんな弱い魔物がいるとも思えない。


 それなら辻褄が合う。


「才能があっても、それを活かすかどうかは本人たち次第ですから。わたしたちはただ静かに暮らしたかった。だからまともに魔法を鍛えようとはしませんでした。だって、必要のないことですから」


「おいおい。魔王軍に襲われるっていう想定はしてなかったのかよ?こんな魔王城の近くで」


「ええ、していませんでした。魔王軍は誠実です。理由もなく村を襲ったりしませんでしたよ。この二百年の間。だからわたしたちが警戒していたのは人間の襲撃です。人間はハーフエルフを見ると襲ってきますから。こんな場所に村を作っていたので、今までありませんでしたけど」


「魔王軍が誠実ねえ……。でも二百年もの間、一回も襲撃されなかったらそうなるのか?」


 ティーナが疑問符を浮かべながら、呟く。二百年。想像もつかない長い年月だ。ここから魔王城は、三日もかからない場所にあるのに、それでも一度も襲われなかったのなら、魔王軍は無駄な殺生をしないのかもしれない。


 帝国襲撃以外、魔王軍の動きは静かなものだ。静かすぎて恐ろしいくらいだけど。


「イーユさん。これからどうされるのですか?」


「どう、とは?」


「あなた一人でここで過ごすというのは不可能でしょう。近くにハーフエルフの里はあるのですか?」


「ないですね。……あなたがたに聞きたいのですが。魔王を倒せば、世界は平和になると思いますか?わたしのような被害者をなくせますか?」


「もちろんだ。魔王軍がなくなれば、魔物の動きは緩やかになるだろう。君のように魔物に襲われる人は減るはずだ」


「……そうですか」


 イーユは深く考え込む。木器を置いて、黒猫を抱いたまま。彼女は僕たちに向かって頭を下げた。


「お願いします。わたしも連れて行ってください」


「魔王退治に、か?」


「はい。迷惑はかけません。わたし一人じゃ他の里に行くこともままなりませんから。だからあなた方についていって、平和になった世界であなたたちを護衛にして他の里に行きます。護衛料は魔王討伐の協力。いかがですか?」


「……魔法で、戦えるんだね?」


「はい。接近戦はあのゴーレムにやられちゃうほどですけど、魔法なら任せてください」


「わかった。その契約、受けるよ」


 僕が手を差し出すと、イーユも握ってくれた。キャサリンの抜けた穴もある。それを彼女が埋めてくれるというのなら。


 それでも、彼女が死んだというのは堪えた。だから僕たちは、その悲しみを埋めるように肌を重ねる。後の二人は絶対に失わないようにと、強く心に誓った。











「仮にもわたしの家なんだけど。……不潔」


「ナー」

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