第18話 4−5 勇者快進撃

 イーユのことを知るために、魔王城に向かってすぐの夜、二人きりで話した。ティーナもラミューもまだキャサリンの死から立ち直れていない。だからまずは僕が、ということで。


「イーユはいつからあの村に?」


「物心着いた頃にはすでに。捨てられたハーフエルフを、ハーフエルフが拾うなんて日常茶飯事ですからね」


「……そこまでハーフエルフの事情は切迫してるんだね。じゃあ、イーユはご両親のこと……」


「顔も名前も知りません。赤子の時、捨てられたようです」


「……ごめん」


 イーユはなんでもないことのように話すが、それはとても辛いことだ。それが常識になっているというのは、悲しすぎる。


「別に、ユメシロさんが悲しむことはないですよ?それがハーフエルフの常識ですから。親の顔を知っているハーフエルフなんて一割もいないんじゃないでしょうか。知っていてもエルフの片親だけ。もしくは両親がハーフエルフの場合のみです」


「人間の親の顔は、わからないのかい?」


「エルフと人間で恋をして産まれる、なんて話聞いたことないですね。エルフは綺麗好きで、人間を汚い種族としているんですよ?そんな種族と子を為そうなんて考えませんよ」


「じゃあ君達はどうやって……?」


「え?もちろん望まぬ子として、ですよ?母親がエルフの場合がほとんどです。父親がエルフなんて、絶滅危惧種じゃないですかね」


 彼女の瞳に生気がなかった。諦めているかのような目だ。


 この世界がそんな後ろ暗いものだなんて。彼女に会うまで知らなかった。僕がいた日本とはだいぶ常識が異なっている。


 この世界から魔王という驚異がなくなっても、やることはいっぱいありそうだ。


 だから僕は宣言のつもりで、彼女の小さな手を握る。手を握られたことがないのか、彼女はとても驚いていた。


「イーユ。君たちが悲しまないように、僕も頑張るから」


「……ありがとうございます。ふふ、そうですね。ユメシロさんは魔王を倒したら真の勇者になるんですから。わたしたちの闇を、終わらせてください」


「ああ、必ず」


 それから眠くなるまで、彼女と他愛ない話を続けた。彼女は少し心に影があるだけで、普通の女の子だ。そんな子が苦しんでいるのは僕としても見逃せない。


 なんたって僕は、真の勇者になるんだから。


 魔王城に着くまで、イーユの実力は十分把握できた。下手したらキャサリンよりも魔法の実力は高かった。殲滅力というか、魔法の規模がとにかく多い。防衛線には向かないけど、殲滅にはかなりの戦力となった。そして回復魔法もラミューに匹敵する。魔力量も二人を足したくらいあった。


 これがただの才能なのだとしたら、確かにハーフエルフは危険視されるかもしれない。それほどまでに実力がありすぎた。僕たちパーティーとしてはありがたかったけど。


 魔王城には、正面から侵入した。というか、正面しか扉がなかった。入り込んだ先は魔物の巣窟。かなりの数が攻めてきて、全員を相手にしている暇はなかった。


「シークレット・クラウド!」


 イーユが姿を隠してくれる雲を魔法で作ってくれたことで魔物の目をやり過ごして、どんどん進んでいった。魔物とはある程度戦えるんだけど、数が多すぎる。それにやっぱり魔王城にいる魔物だからか、強い。


 イーユの魔法がなければ、とっくに死んでいたかもしれない。三人じゃ絶対に魔王城攻略なんてできなかっただろう。


 魔王城には毒の床、爆発する術式、飛び出てくる槍など様々なギミックがあった。それに魔王の扉を開くには地下にある祭壇に火を灯さなければならないようで、地下に向かう。どうやら魔法で扉が固定されているようで、その魔法を解除するには祭壇へ火を灯せと看板に書いてあった。せっかく三階まで登ったのに。


 階段を一気に駆け抜けて地下へ。そこにあったのは魔王を讃えるかのような、大きな祭壇。周りには人間や動物の頭蓋骨が並べられて、趣味が悪いとしか言えなかった。


 その中央には、大きな献火台が。


「これに火を注げばいいのかな?」


「そうですわね……。この祭壇が魔王城の魔力伝達の中心なのですわ。ですから、これを動かせば魔力的な仕掛けは解除できそうです」


「そうなんだ。イーユ、お願い」


「はい。炎よ、ファイア」


 下級魔法で炎を注ぐと、献火台は猛々しく炎を上げて、魔力が魔王城へ伝達される。これであの魔王の扉にも魔力が流れただろう。


「よし、じゃあ行こう」


 いつも通り、僕を先頭にして続いてラミュー、イーユ、ティーナの順番で縦一列になって進む。前後どちらから魔物が来ても対処できるようにという配置だ。


 地上へ続く階段を登っている最中、その悲劇は起こった。


 イーユが地上階へ足が触れた瞬間、階段がいきなり崩れたのだ。一番後ろにいたティーナは崩壊に巻き込まれたし、鉄格子のようなものが降りてきて、僕たちが引き返すことができなかった。


「ティーナ!くそ!」


 僕が剣で斬りつけても、イーユが魔法を使おうが、鉄格子は破壊できなかった。どんな材質をしているんだ、この鉄格子は!


「ティーナ!無事⁉︎」


「……無事だけどよ、魔物が集まって来やがったし、そっちに戻る手段が見当たんねえや」


「諦めないでよ!」


「諦めねえよ!だから、カナタ!魔王をちゃっちゃと倒して、あたしを助けに来てくれ」


「……絶対だ。待っててくれ!」


「おう!」


 僕たちは階段を駆け上がる。一刻も早く、彼女を助けるために。


 一気に三階分駆け上がって、大きな扉の前に辿り着いた。さっきはうんともすんとも言わなかった扉だけど、魔力が通っているからか、簡単に開きそうだった。

 僕が一気に開こうと、扉に手をかけた瞬間だった。


「ラミューさん、避けて!」


「え?」


 ズブリ。そう、聞いたこともないような音が聞こえた。僕が咄嗟に振り返ると、悪魔の形をした影が腕を刃のようにして、ラミューの胸を引き裂いていた。


「セイクリッド・ブレス!」


「があああああ!」


 イーユが放った魔法で、その影は消えていった。僕はすぐにラミューを抱き上げて、回復魔法を使う。


「ラミュー、頑張れ!一緒に魔王を倒すんだろ⁉︎」


「カナタ、さま……。ごめんな、さい……。あなたの顔も、もう……」


「イーユ、重ねがけで回復魔法を!」


「……無理です。ラミューさんは生命力を二分していたんです。それでこの致命傷は、治せません……」


「生命力を二分?どうして!」


「お腹に、赤子がいるからです」


 イーユの言葉で、ラミューの方を見ると、隠し事がバレたかのようにラミューは小さく笑った。


「もう……。この旅が、終わってから、言うつもりでした、のに……」


「ラミュー!ダメだ、行くな!」


「愛して、おりますわ……」


 ラミューの腕が、だらりと落ちた。それを見て、目を伏せるイーユ。


「ラミューぅぅぅううぅぅ‼︎」


 僕の声だけが、その場で響き渡った。

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