第14話 4−1 勇者快進撃

 僕は選ばれた人間だ。


 幼少期から様々な才能を発揮してきた。勉強にスポーツ、学びごと。できないことなんてなかっただろう。


 いつでも一番で。いつでも親の期待を超えて行って。高校まで順調に進んで行って。


 ただ一つ。とことん運だけはなかった。


 確率が挟まらないことならなんだってできた。だけど世の中確率──運だらけだ。不確定要素だけはどうにもできない。それ以外だったらなんだってできるのに、確率が多分に絡まる出来事に僕は何もできなかった。


 高校卒業直前に、家族が事故死をした。高齢者が運転する自動車と家族が乗っていた自動車が正面衝突をして、近くの建物に突っ込んだ。そのまま家族も、事故を引き起こした相手も帰らぬ人となった。


 親の遺産で大学には通えた。大学生活でも、優秀な、ありきたりの生活をしてきただろう。


 そのまま就職をして初年度から優秀な成績を残してきて──人間関係に恵まれなかった。


 会社そのものはホワイト企業だった。福利厚生もしっかりしていて休みもしっかりあって、給料も普通の会社よりもよっぽど高かった。だけど、上司が、ダメだった。


 僕の成績に恨みを抱いて、自分の失敗を僕に押し付けてくるような人だった。それも対処してどうにか過ごそうとしてきたというのに──僕を階段から突き落としたのだ。


 僕は受け身を取ることができず、左足と右腕、それと手首に鼻の骨を折る大怪我。入院をして、その上司も逮捕されたが、僕が任されていたプロジェクトをめちゃくちゃにして、大きな損失を会社に与えていた。僕は階段から落ちた際、意識を失っていたようだし、一週間ほど目を覚まさなかったらしい。


 僕のプロジェクトは上司が捕まるまでに改竄されて進行してしまい、会社は倒産の危機に陥ってしまった。そこそこの会社だったのに、経営が成り立たなくなるほどの大損失を出したのだと、入院している僕に知らされた。


 改竄されたとはいえ、僕の名前が使われたプロジェクトだ。僕は会社を辞めざるを得なくなっていた。


 最悪、今までの給料や親の遺産で十数年は生活できた。それでもこの挫折は心に来た。退院したその日、次の職を探す気が失せていた。


 ──そんな時、天使様に会ったんだ。



────



 転移して初めてやったことは、レベル上げ。魔王を倒すにしても、仲間を集めるにしても、冒険をするにしても、まずはある程度の地力がないとダメだ。だから近くの街へ向かった。その途中で十番目の少女が死んでしまったことを知った。おそらく彼女は最初の街にも辿り着けずに死んでしまったのだろう。


 日本にいた時のように、胸の前で十字架を指で切って冥福を祈った。彼女も転移を選んでしまうような人生を歩んできた、辛い道のりだったのだろう。その辛さは共感できないが、来て早々に脱落してしまうだなんて運のない。彼女の魂が報われるように、天におわします神様と天使様に祈った。


 そうして始まりの街、キッコに着いて、武器や防具を揃える。ギルドへ行き食事をしつつ街の情報を集めて、治安の良い街、国であると知る。幸先が良い。臨時のパーティーメンバーを集めているパーティーに加わって、魔物狩りに勤しんだ。レベル上げと資金集めに勤しむ。お金はどこの世界に行っても、貨幣制度がある限り必要だ。


 魔物を狩り、徐々に自分の力が上昇していることを実感して。ギルドで大きな街には適正職を見極めてくれる占い師がいると知った。だから僕はある程度レベル上げをすると、近隣で一番大きな街へ向かった。街を行き来するための馬車が出ているらしい。結構な額だったけど、一人で行くには不安だったから馬車を利用する。


 その途中で五番目の男性が亡くなったと知る。最初の少女のように、冥福を祈った。


 最初の国の王都、プリンシバルに着いてすぐ有名な占い師と呼ばれる方にお会いした。そしてその人が僕を見ると、驚愕の表情を浮かべた。


「そなたはこの世界に舞い降りた勇者じゃ……!全ての職業に適正がある!あらゆる武器を使いこなすバトルマスター、魔法使いの最高職と呼ばれるグランドソーサラー。それに回復職にも適正がある!全てを極めし者じゃ!」


 老婆はそう言い、才能を活かすためにと、この国一番の魔法使いと戦士を紹介してくれた。そこでの修行の日々が始まり、数々の魔法や武器の扱い方を教わった。その途中で二番目の青年が亡くなった。冥福を祈ろう。


 魔法の習得には時間がかかったけど、武器の扱いには早々に慣れた。近距離武器だろうが遠距離武器だろうが、なんてことなく習得していく。武芸百般だったらしい。


 武器を使えるようになってからは、王都の近くで魔物を倒すということも日課に加わった。やはり魔物を倒すと成長を実感できる。どんどん身体のキレが良くなっていく。そんな日課を過ごしていると、とうとう上級魔法も使えるようになった。数はそこまで撃てないけど、上級魔法は使える人間も少ない、希少な攻撃手段みたいだ。


 もう魔法で教えることはないからと、僧侶の方に回復魔法や聖属性魔法、そして支援魔法を教わった。状況に応じて適切な行動をする。そして全ての者を引っ張る勇者。そのためには魔法の伝授もそうだけど、どういった場面で使うべきかという座学も多かった。戦術の指導も入り、身体で覚えるために王国兵とパーティーを組んで司令塔の立ち位置も勉強した。


 そして、あの魔の宣言がされたんだ。


『通達する。人類よ、傾聴せよ。我は魔王軍を統べる者。貴様らの言葉に則るのであれば、魔王と呼ばれる存在だ』


 それは突如として聞こえてきた。王国から遠い帝国での出来事だったけど、テレポートを使えば行けないこともない。すぐに救援に向かうべきだと、僕は進言した。


 だけど。


「ダメじゃ。そなたは人類の希望。帝国は運がなかったと思って、見捨てるしかあるまい」


「そんな!この襲撃でたくさんの人が死ぬんですよ⁉︎」


「だが、ここでお前を失ったらそれこそ魔王に世界は滅ぼされてしまう。……我慢してくれ。そして牙を磨くのだ。確実に魔王を倒せるようになる、その時まで」


「クッ!」


 僕は強くなっていた。師匠たちが同時に攻めてきたって、五対一なら僕が勝てた。それだけの実力をつけたのに、無残に人々が殺されるのを見過ごせというのか。


 魔王の実力もわからない。魔王軍がどれだけの軍勢かもわからない。だけど、師匠たちが許可をくれない。


 もしかしたら転移者も複数人死んでしまうかもしれない。僕が行けばある程度の人間を救えるかもしれないのに。


「……魔王の復活か。信じたくはなかったがな」


 そんな、バトルマスターの師匠のつぶやきが嫌に耳に残った。


 その日、転移者二人が死亡し、帝国は事実上、亡国となった。








 僕はそれからも修行を続けた。僕の選択が正しかったかわからない。一人で修行をするのではなく、転移者を探し出して結託すべきだったんじゃないかと。徐々に転移者は人を減らしている。この前の戦争でとうとう数が半分になってしまったのだ。冥福を祈る。


 そして全て、やれることを成した僕は王城に呼ばれていた。


「現代の勇者、ユメシロよ。王国で最高の者たちを探し出した。この者たちと共に、魔王を倒してほしい」


「はい、必ずや」


 紹介されたのはモンクである引き締まった身体をした女性、ティーナ。魔法の師匠の高弟で、見たまんま魔法使いという格好をしている少女キャサリン。そして第二王女であるラミューだった。


「王女殿下を私の旅に加えるのですか?」


「ああ。娘の頼みだ。そして娘はイズミャーユ教の熱心な教徒でな。国一番の回復魔法使いなのだ」


 それから説明されて、結局ラミューも連れていくことに。女性ばかりのパーティーだな。でも王様がこんなことで嘘をつくわけがないし、本当に国一番の実力者なんだろう。


 師匠たちは年でそこまで前線で活躍できず長旅も不可能。そして国を守るので、若者に魔王を倒して欲しいと願っての選抜だという。


「というわけで自己紹介をしようか。ユメシロ・カナタだ。ユメシロが苗字で、名前がカナタになる。珍しいけど、そういう風習で」


「じゃあ次あたしな!モンクのティーナ・ロウファン・ブルングルだ。国で一番の道場、ロウファンで皆伝を貰った天才とはあたしのことだ!見ての通り接近戦は任せてくれ。あたしに壊せないものはない!」


 とても元気な、褐色肌の女性だった。パーティーでムードメーカーになってくれるような、太陽のような存在だろう。僕と一緒に前線を維持するから、必然的に肩を並べる回数が多そうだ。


「わ、私キャサリン・スピネルです。魔法が得意ですけど、それしかできないので……。接近戦とか無理です、はい」


「キャサリン。君はあの師匠の高弟なんだ。自信を持っていい」


「ユメシロさんにそう言われても、自信持てないよ……」


 この中で一番小柄な少女、キャサリン。魔法の師匠の所に通っている際、何回か話したことがある。師匠も一番優秀な弟子だって褒めてたし。何度か魔法を見せてもらったからその実力は疑っていない。


「では。わたくし、ラミュー・エラ・キューズ・マンバラウスですわ。ユメシロ様と同行し、魔王を一緒に倒せる喜びを甘受しております」


「王女殿下に様と言われるのは申し訳ないというか……」


「これからは旅の仲間でしょう?皆様も、敬意は不要ですからね?」


「あー、姫さん?姫さんが敬語なのは……」


「これは癖のようなものですわ。今更抜けません」


 ティーナが質問したが、肩をがっくりと落としていた。要求には答えようと思うけど、向こうは敬語でこっちは敬語じゃダメというのは難しい。


 ラミューは王女らしく、気品のある人だ。真紅の髪が鮮やかだし、同じ色の瞳も綺麗だ。顔立ちも綺麗で回復魔法も国で一番というのは凄いなあ。


「えーっと、移動は徒歩を考えてるんだけどラミューとキャサリンは大丈夫?馬車だと目立って仕方がないから歩きが基本だって師匠に言われて」


「速度を私に合わせてくれれば、それで」


「バッチコイですわ!僧侶はただ祈り、学ぶだけではなれませんもの。相応の体力はあるつもりです」


 となると、一番体力がないのはキャサリンかな。魔法使いはとにかく勉強と、あとは魔力のコントロールばかりやってる印象だ。師匠の教えを学んでいる時、他の弟子たちがそんな感じだったし。年齢的にも一番下っぽいから、気を付けないと。


 ラミューは逆に安心した。僧侶って何故かモーニングスターをぶん回すイメージがある。……いや、実際にぶん回してたっけ。棍棒で殴ったり聖書で殴ったり。聖書のページを引き抜いて、相手に飛ばして魔法を行使する姿とかカッコ良かったんだけどなあ。


「戦い方は外で確認しようか。買う物とか準備いい?」


「ああ。いつでもいいぜ。準備できてなかったらノコノコと王城に来れねーよ」


「大丈夫。調合道具とかも持ってきてる」


「わたくしも大丈夫ですわ。すぐに出発いたしましょう」


「よし。じゃあ行こう。まず目指すのはグンナール火山。そこに魔王城へ繋がる何かがあると占い師の大婆様が助言を下さった。何があるかわからないけど、張り切って行こう」


 それからの旅は騒がしくもあり、大変でもあり。


 僕もそうだけど旅の常識がないから旅をするだけで大変だったり。ラミューは王族としての生活が多かったから、この世界の常識も結構抜けていて。


 街に着いたら個人部屋をとろうと思ったけど、予算の関係で四人部屋をとったり、二人部屋をとったりして恥ずかしかったり。


 襲ってくる魔物を倒してレベルアップを実感したり。こんな時勢だというのに、人間同士の衝突が起きて初めて人を殺して、嫌悪感で戻してしまったり。


 途中でまた一人転移者が脱落してしまった。選んだ加護は「性転換」と「魔法力増加」という、やはり一つ加護を無駄にしているような人だった。いや、彼もきっと女性になりたかったのだろう。冥福を祈る。


 しかしこれで、残りの転移者は四人しかおらず、僕以外の三人が魔王退治に真剣に当たってくれるかわからなくなった。他の国の情報も集めているけど、最近台頭し始めた勇者の名前なんて聞かない。おそらく女性二人がいるはずだけど、全く話を聞かないのは心配になる。異世界に来ることだけが目的だったら、もう望みは叶っている。


 そうすると、魔王の脅威に晒されながらも動いてくれないかもしれない。たとえいつかは魔王に滅ぼされることになっても、それで良しとしてしまっているのかもしれない。


 なら、なおさら頑張らないと。この世界の住民が僕は好きだ。魔王のような、人間に仇なす存在は許せない。


 だから転移者で立ち上がるのは僕一人だとしても。僕は歩みを止めない。僕が必ず、魔王を倒してみせる。

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