第13話 3−4 帝国襲撃編
「いやー、残り四人か。順調じゃないか、アユ」
「乙女の寝室に入ってくる天使とか、貞淑はどうしたの?クンティス」
「乙女?ここは魔王の寝室なんだろう?」
今日の業務も終わり。お風呂も入ったし寝ようと思ったら、寝室にクンティスがプカプカと浮かんでやがった。眠らせてよ。人の睡眠まで奪うつもりか。
いくらわたしにしか見えないからって、好き勝手しすぎだろう。
それとわたしが乙女じゃないだって?サキュバスの皆から貰った化粧品の数々が目に入らないのか!こんなに肌とか髪の毛とか気にしたの、人生で初だぞ!
それに雄の魔物からの献上品がある!そんなもの貰うのは乙女だって言って良いはず。
まあ、言わないけど。
部屋とか日本にいた時以上に可愛いんだけどなあ。おかしいなあ。向こうにいる時は部屋をコーディネイトする余裕がなかったとか、そういう事実の指摘はいらない。
「……ここまでやるとは思わなかった?」
「うん。あなたは存外やる気があったようだ。他の天使たちは途中で投げ出すと思っていたらしい。エルフにも寛大だし、ハーフエルフの保護も行った。魔王軍での指示も問題なし。立派な魔王だよ」
「はいはい。ありがと」
そっけなく言いながらベッドに座る。クンティス来るの久しぶりだなぁ。顔も見たくないけど。
あら、クロが威嚇してる。そういえば前からクロはクンティスを警戒してたっけ。主人のわたしに似ちゃったかな。
「相変わらずだねえ。あなたも使い魔も」
「まあね。っていうかクンティス。転移者ってバカばっかりなの?容姿だったり、モテモテフェロモンだったり、性転換だったり。貴重な二つの加護だったんじゃないの?」
「前の二つはこの世界の魔法や魔装具でもどうにかなったからバカだろうね。でも性転換はこの世界では無理だ。必死に加護を選んだ彼をバカにするなよー」
「女性が一人多いとは思ったけどさあ。っていうか、その物言い、クンティスだってバカにしてんじゃん」
口調が軽い。いつもそうだけど、今のは一層軽かった。クンティスがバカにしてるのに、わたしがバカにしちゃいけない理由なんてないでしょ。バカにはバカって言ってやる。
「僕たちは面白ければなんでも良いのさ。天使それぞれが思う面白い人間を選んでいる。本気で勝ちにくる天使もいるけど、大半は愉快犯だ。この
「クンティスがわたしを選んだ時点で分かり切ってるよ。そんなこと」
ファンタジー世界について無知なわたしを選んでる時点でクンティスたち天使が愉快犯だなんて容易にわかる。
で、今まで倒してきた転移者の加護を聞いてほとんどがふざけ倒してるのもわかる。真面目に選んでないぞ、あの天使ども。
「負けた天使たちは今頃泣きながらお酒を飲んでるよ。余裕があるのはこうして選んだ人間が残っている者だけ。でも、あと残っているのはガチな加護を選んだ人間ばかりだよ?」
「それは言って良いんだ?」
「内容までは言ってないからね。実質加護なしのあなたは良くやっている」
「あなたに褒められてもなあ。優秀なのは魔物だったりエルフだったりで、わたしじゃないし」
「ふむ。確かに。いつからこの世界はこんなに成長していたんだか」
「……おい、待て?もしかしなくてもこの世界の管理サボってたって言った?」
「………………テヘペロッ☆」
まっっっったく可愛くねええ!ちょっと美形だと思って、何やっても許されると思ってる?確かに美少年っぽい顔はしてるけど、邪悪な内面知ってるせいで可愛いなんて微塵も思わないね!
職務怠慢だ!神様に仕える天使が酒飲んだり、仕事サボったり、こうして人間をからかったり!それでこいつらに選ばれたわたしは前の世界と変わらず魔王軍で社畜してるってのに!
お金のこと考えなくなったから心労はだいぶなくなったけどさあ!世界ってこうやってできてんだね!くたばれ!
「管理する世界はここだけじゃないからさ。それに時間の流れも適当に弄ってるからね。いくら悠久の存在とはいえ、こんなありきたりの世界をずっと眺めていたら飽きる。そのための刺激があなたたちだし、こっちとしてはあなたたちの希望を叶えてるだけなんだけどなあ」
「わたし強制だったじゃん」
「でも、お金のことも考えなくていい。煩わしい孤児院のことも今や忘却の彼方。これはあなたの望んだ世界では?」
「…………それは、そうだけど」
認めたくはないけど、それは事実。お金のことも孤児院のことも考えなくていい世界。それをわたしは望んでいた。
その結果、わたしはここにいる。それは確かに、わたしが選んだ結果だ。自暴自棄だったけど。
「ま、僕たちはこのまま行く末を見守るだけさ。しっかし意外だねえ。まだ最後の一人が見つかってないだなんて」
「そうだね。まさかこれだけ魔物を動員して見つけられないなんて思わなかった。それだけ姿を隠すのがうまいのか、それともこの世界に来られただけで満足しているのか」
「どうだろうね。彼が選んだ加護は魔王を倒すことを想定していたと思うけど」
「ふうん?……まだ女性二人とも残ってるんだよなあ。それだけガチ勢だったってことだね」
「うん。あとはいわゆるガチ勢しか残っていない。これからの手腕を楽しみにしているよ。それと、あの余興は素晴らしかった。とても良い酒の肴になったよ」
お前らを喜ばすためにやったわけじゃないっての。クンティスは手を振りながら光に包まれて消えて行く。あーもう。睡眠邪魔された。明日も休みじゃないから朝早いのに。ミューズが起こしてくれるとは思うけど。
もうすることもないなと思って明かりを消そうとする。魔装具で、ツマミを弄るだけで光の調節ができるという代物。魔装具売り出して商売やったらそれだけで生活できるんじゃない?魔物の闘争本能は解消できないけど。
ツマミに触れようと思ったら、ドアをノックする音が。えー、寝ようと思ったのに。
「どうぞー」
入ってきたのはリッチーのエインケルさん。この前の戦争でハーデスさんの副官をやっていた魔物だ。生前は優秀な魔法使いだったらしいけど、人間に裏切られて殺された恨みからアンデッドとして生き返った魔物。うーん、ファンタジー。
「申し訳ありません、アユ様。夜遅くに」
「寝てなかったから大丈夫ですよ。どうかしましたか?」
「こちら、溶岩魔神様から通信が届いております」
「溶岩魔神さんから?」
珍しい。向こうからの連絡は初めてじゃないだろうか。差し出された通信機を受け取って久しぶりの会話をする。
「もしもし?溶岩魔神さん、どうかされましたか?」
「魔王、久しぶりの連絡で恐縮だ。一つ連絡をせねばならなくてな」
「はい。なんでしょう」
「魔王城の結界を担っていた魔法陣、破壊された」
「……はい?」
えー。溶岩魔神さんが?ぶっちゃけドラっちさんよりも強い疑惑のある溶岩魔神さんが、人間相手に不覚を取ったってこと?魔物のステータスを見れるようになったのは溶岩魔神さんに会った後だから詳しいのは知らないけど、ドラっちさんが唯一勝てない相手として名前を挙げたのが溶岩魔神さんだ。
ドラっちさんのステータスは知っているし、他の辺境の魔物たちにも会ったからどれくらいの強さかなんとなく把握しているけど、それでも唯一、絶対にドラっちさんが勝てないって言ったのは溶岩魔神さんだけ。
「えーっと、一応確認しますけど、溶岩魔神さんが負けるほど強かったわけじゃないんですよね?」
「ああ。強さはそうでもなかった。だが、攻撃が紙一重で躱される気味の悪さ。そして魔法陣だけを破壊し、撤退する器量。中々に面倒だったぞ」
「皆さんは無事ですか?被害は出ていませんか?」
「負傷者は若干数出ているが、回復魔法で回復可能だ。命に関わる者はいない」
「良かったです……」
それは本当に良かった。溶岩魔神さんも元気そうだし、魔法陣が破壊されたくらい大きな問題じゃないだろう。
でも初めて魔法陣が壊されたのが溶岩魔神さんの所とは意外だ。グンナール火山は辺境も辺境。何か特別なものがあるわけでもなく、本当に火山があるだけ。人間が立ち寄るような場所でもない。
いや、そういう場所にこそ何かあるって勘付く転移者もいるか。
「頼んでおいた、襲撃者の映像って撮ってくれました?」
「ああ。後でそちらに送らせよう。良かったな、魔王よ。最後の一人が見つかったぞ」
「はい?」
「転移者、だったか。あれはそういう者だ。天使の加護と呼ばれるような歪さがあった。人間特有の力ではあるまい。それにその加護とやらも見当がついた。若干厄介なくらいだろう」
「ちょ、ちょっと待ってください」
え、溶岩魔神さんに後の一人見つかってないって言ったっけ?定時連絡はしてるけど、それにしたって一回戦っただけで天使の加護を見抜いたの?
溶岩魔神さん、有能すぎない?
エインケルさんと魔王城の通信部屋に向かった。そこなら映像とか送ってもらえるので、映像を確認しながら溶岩魔神さんに質問ができる。移動している間に溶岩魔神さんの部下に映像を送ってもらった。ファルボロスさんたち三体も呼ぶ。
そして、送られてきた映像を見る。茶髪で腰の辺りまで伸ばした長髪。そして平べったい醤油顔。
うん、日本人だね。しかも諜報部隊が見つけてない顔だ。
「では説明に入ろう。この男の力とは──」
溶岩魔神さんからもらった情報で、全ての情報が集まりきった。
あとはこっちから、攻め込むだけだ。
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