第12話 3−3 帝国襲撃編
魔王軍の襲撃に晒されたアンドラシア帝国は無理くりな前線を組み上げていた。帝国の固有戦力である帝国騎士団と、ギルドにいた冒険者、街にいた傭兵。本来であれば足並みを揃えることのない面々で首都を守りきらなければならなかった。
しかも数的にも魔王軍に劣る。いくらこの首都に大魔法使いモーランとその高弟二人がいて、剣帝バルファロウと騎士長クリアランスという剣の達人、そして世界最大宗教イズミャーユ教教主のトランクリッドがいても、質の面で敵うかどうか。
それだけ魔物というのは一体一体が強く、そこが人間の限界とも言える。この戦力でもし魔王軍と拮抗できるほどの
魔王の宣言があって、戦線は開かれた。帝国騎士団は半分の戦力を前線に向けて、二割の戦力を常時魔法使いで編成された部隊の守護。残りを予備戦力としていた。傭兵も最初は予備戦力にして、冒険者たちは最前線で戦う。
そんな中、転移者であるアサカに近く影が。黒髪で黒目の、女性を五人侍らせている大剣を持った男だった。
「やあ、アサカ君。ここは共闘を組まないかい?」
「誰だ、あんた」
近づいてきた男はアサカの肩に腕を回して、耳元で囁く。あまり周りの人間に話を聞かれないために。
「君、転移者だろう?俺と同じ」
「……まあ、髪の色とか顔でわかるよな」
黒髪の人間で、日本人のような平べったい顔であればだいたいわかってしまう。茶髪だって、暗めの色ならだいたい日本人だ。この世界の住民の茶髪は結構明るめの色だからだ。
「こんなところで強制イベントになるなんて思わなくてね。流石にここで魔王を打ち取れるとは思っていない。だから生き延びるための共闘だ。良いね?」
「ああ。……あと、そのフェロモン戦闘中はどうにかできねえのか?臭い」
「おや、同性の君が……。ああいや、そういう加護だね?すまない、まだ制御できていないんだ」
「……邪魔はするなよ」
「それで結構だ。俺の名前はクサナギ。7番だ」
「俺は6番だよ」
「並び数字とは縁のある」
その協定によって、アサカのバランスの取れたパーティー(男女比においても、役職的にも)と、クサナギの確実に趣味でしかないパーティー(女性しかおらず、役職も被りまくり)は肩を並べて戦うことになる。
だが、何故か。クサナギが大剣を振り回し、女性たちが支援魔法や攻撃魔法を繰り返すだけで魔物を撤退へ導いていた。支援魔法の重ねがけにも限界はあるのだが、数々の魔法のおかげで一線級の実力を仮初めとはいえ獲得し、クサナギを守ろうとする魔法が牽制になって決定打を打たれる前に対処していた。
その様子を見たアサカは。
「なんだあれ。地道に鍛えてる俺が馬鹿みてえじゃねえか……」
「フハハハハ!見たか、俺の力を!」
「いや、支援魔法ありきだし……」
驕っているクサナギを見て呆れていた。要するにあれは、支援魔法が尽きるまでの夢だ。つまりシンデレラ状態。そのシンデレラの力を得たのも、天使の加護による、異性を虜にするチートのおかげ。だから無理をしようとしたらパーティーメンバーの目をハートマークにした女が支援するし、たとえ彼女たちが間に合わなくても、偶然近くにいた女性がその力に充てられて助ける。
今も人間の倍ほど身長のあるボーンナイトがクサナギに剣を振り下ろしたが、近くにいた女性弓兵が矢を放って顔面に当てて、攻撃をキャンセルさせていた。
「おおっ!すまない、助かった!」
「ふ、ふんっ!それだけ大立ち回りしてる奴が倒れたら戦線が崩壊するからよ!勘違いしないでよねっ!」
「ではこの戦いが終わったらお礼をしたい。首都を案内して欲しいな」
「良いわよ!いくらでもやってあげる!」
(うわぁ……。加護ってすげえ。心が一瞬で書き換えられていった。しかもあのクサナギってやつ、計算尽くめだ。天然じゃなくて、計算して女を増やしてやがる)
パーティーメンバーと各々の適した仕事をこなしながら、ちょっと余裕があった時に読心術を使ってクサナギと助けた弓兵の心を読んでいたのだが、一瞬にしてクサナギのことしか考えられなくなっていた。
マインドコントロールだし、それで信者を増やしているとなると。
(なるほど。俺と同じタイプのクズだな)
だからこそ共闘してしまっているのかもしれない。
それからも彼らは相手が獣タイプの魔物になっても奮闘を続けていく。生き残ることが優先だったので消費アイテムは惜しみなく使った。使わずに死ぬよりは、使って生き残るべきだ。そのためのアイテムだ。
回復ポーションはもちろん、魔力を回復させるマナポーション。そして薬草などもどんどん使う。
何時間戦ったか、周りでも被害が増え始めた時に、他のパーティーがやってくる。
「一旦下がれ!そんで後ろからポーションとかもらって状況を立て直せ!それまでは俺たちが場を凌いでやる!」
「任せた!」
判断は早かった。武器とかの摩耗も始まっていたので、体力的にもアイテム的にも一旦休憩が欲しかった。アサカとクサナギのパーティーは全員下がって、帝国から支給されているポーションなどを使っていく。
その際、アサカはさっきまでの戦闘で気になったことをパーティーメンバーに確認する。
「なあ。誰か一体でも魔物を完全に倒したか?」
「いいや。止めを刺す前に他の奴が間に入ってきて、止めを刺せてないな」
「私も……。魔法で倒そうと思っても、傷負った奴ってスタコラ逃げちゃうんだよね」
「あたしもそんな感じだった」
「全員……?」
そのことが変に思えて、アサカには何かが引っかかっていた。これだけの大軍と戦うことが初めてということもあるし、これだけ統率された敵と戦うことも初めてだ。
今まで散発的に会った魔物しか、倒していなかった。もしこれが初めての戦争じゃなければ気付いたかもしれなかった。
相手が強いから。それでも疑問は残っていた。だが、言葉にできない。
そんな不安を抱えながら、それでもまた戦場に戻るために軽く食事を摂る。
戦場に戻った時は虫系の魔物ばかりが襲ってきたが、彼らは結局生き残るために必死で答えは出なかった。
レベルアップをさせないために、逆転の目が芽生えないように、そして何より魔物に死んで欲しくなかったために。傷付いたら撤退というアユの
「エルフの回収率八割を超えましたか。というか、酷いですね。奴隷とはいえ国に貢献してきた人たちを見捨てて、自分たちだけ逃げるなんて」
「人間とはそういうものです。アユ様」
セラさんの声が低い。まあ、そんな事実を知ったら怒りたくもなるよね。セラさんもミューゼも目つきが鋭い。いや、扱い酷くてわたしも怒ったよ?だってあんな宣言したのに、牢屋で鎖に繋がれたままのエルフがどれだけいたことか。でも周りにもっと怒ったり感情が爆発している人を見ると冷静になった。
首輪の魔装具についても、魔王軍が開発したアンチ・マジック・ローちゃんのおかげで簡単に外せた。ケルベロスのローちゃんのおかげで完成したからね。仕方がないね。
「アユ様。未確認の情報ですが、一応報告させていただきます。確証が取れていないため、すぐに確認したいところですが……」
「戦闘中ですからね。確認しましょう」
小悪魔であるインプさんが持ってきてくれた紙の報告書。そこへ目を通して、絶句した。
ひとまず、戦場に関係しないことだったから、戦場で何かしようってことにならなかった。だからこのまま、戦場はハーデスさんに任せる。でも、回収できたエルフからの証言で、これは動かざるを得ない。
「エルフの国にはしばらく、この情報を伏せていただけますか?確証が取れていないのでしょう?」
「はい。ですが、この者たちを見つけてくれないと動かないと言うエルフもいまして」
「魔王の名の下に、必ず証拠を見つけると伝えなさい。今はあの場から連れ出すのが優先です」
「かしこまりました」
セラさんたちに聞かれないように小声で話す。そのままインプさんを見送るが、こっちでも動かないといけない。
ファンタジー世界って言っても、結局人間の性質は変わらないんだなあ……。
「二人とも。ちょっと魔王城へ連絡を入れるので、そのまま確認をお願いします。何かあったら連絡室まで呼びに来てください」
「はい」
司令室から出て連絡室へ。司令室って言ってもモニターばかりで、通信機もハーデスさんに通じるものしか置いてないし。
通信室はそれこそ、通信用の魔装具がたくさん。それで連絡係をしてくれている魔物たちもいっぱい。
「アユ様。魔王城へ、ですか?」
「はい。借りますね」
オークさんから通信機を受け取って魔王城へ通信を。ファルボロスさんが出てくれるはず。
コールをしてすぐ出てくれた。向こうも警戒はしてくれていたんだろう。
「アユ様。緊急事態ですか?」
「戦場のことについてではないですけどね。今魔王城で動かせる諜報部隊はいますか?」
「諜報部隊は……いえ、全てそちらか世界中に配置していて、手が空いている者はいません」
「そうですか。では鼻が利く部隊を二中隊ほどこちらに送ってほしいです。あと魔法の感知にも優れている魔物も。エルフはダメです」
「……エルフが裏切りましたか?」
「なんでそんな突飛な考えが思いつくんですか。ハーフエルフの捜索を行います」
ファルボロスさんって頭が良いけど、斜め上の発言をすることもしばしば。頭が良すぎるからちょっとの言葉で色んな可能性が浮かぶんだろうなあ。それで、わたしとか魔王軍を優先的にするから、そんな発想になっちゃう。
それくらいの頭脳欲しいけど、頭でっかちにはなりたくないな。ファルボロスさんももう少し柔らかく、それでもってエルフを信じて欲しいけど。
「忌み子を、ですか?」
「はい。助け出したエルフの中には、性奴隷にされて仕方がなく産んだハーフエルフが多いようです。そのハーフエルフを見つけないと動かないというエルフもいるので、救助を優先するために口約束をしました。そのため、捜索をします。約束や契約には煩いあなたたち悪魔の上司ですから、わたしも煩いですよ?」
「それは悪魔としても誉れ高い。帝国にはいないのですね?」
「おそらく。ハーフエルフが奴隷にされているのであれば、エルフの国で既に知っているでしょうから。ですが捨てるのであれば遠くに捨てるのは面倒ですし、エルフの国方面へ捨てればエルフに露見される。探す場所も限られていると思います」
「ハーフエルフもエルフと違わず生命力が高く、自然には愛されています。自然多い、近くの場所を探すよう指示を出しましょう」
「お願いします。こちらでも動けるだけ動いてみますので」
「ええ。では早速部隊編成を行います」
「はい。切りますね」
というわけでファルボロスさんには以上。お願いすれば完璧にやってくれる悪魔。それがファルボロスさんだ。天使どものこと散々悪魔って呼んでたけど、最近は悪魔に失礼だと思って天使の野郎どもって貶すことにした。だって悪魔の皆、仕事にすっごく熱心なんだよ?あの野郎どもとは比べるのも烏滸がましい。
で、次は帝国で活動している諜報部隊だ。サキュバスのグーニャさんに連絡をすれば良いだろう。インキュバス部隊よりはサキュバス部隊だろうなあ。
「アユ様。もしや例のエルフの件ですか?」
「話が早いですね。国の上層部、特にエルフ関係の男とか確認できますか?いたらどんな方法でも良いので、ハーフエルフを捨てたとされる場所を聞き出してください」
「どんな手段でも、良いんですね?」
「もちろんです。殺そうが精神的にボロボロにしようが。情報さえ得られれば何をしても」
「了解いたしました。それを優先事項にして良いのですね?」
「はい。エルフの捜索はインキュバス部隊と、手の空いている救出部隊に任せます。その旨を伝えてもらって良いですか?」
「わかりましたわ」
ひとまずこっちはこれで良いかな。人間が真っ黒でびっくりだよ。ファンタジー世界だから、法治国家じゃないのかもしれない。いやいや、ある程度の法はあるんだろうけど、日本と比べたらユルユルなんだろうな。
法治国家の日本だってまともじゃなかったか。わたしも親に捨てられてるじゃん。
司令室に戻ると、立ち上がったセラさんが、通信機を持っている。
「丁度良かった。アユ様、ハーデス様から通信です」
「ハーデスさんから?」
前線で何かあっただろうか。急いで受け取る。
「もしもし、ハーデスさん?何かありましたか?」
「いえ、順調ではあります。ただ、一つ提案がありまして」
「そうでしたか。なんでしょう?」
「そこそこの実力者である人間をアンデッド化させて、我が方に引き込むというものです。相手の戦力を減らし、戦力を増やす。効果的な作戦だと進言いたします」
「……却下します。確かに効率的でしょう。ですが、帝国の人間は一人もいりません」
これが帝国相手じゃなければ、ハーデスさんの意見も良いものだったんでしょう。ですが、ここまで見てきたものを知ってしまって、どのような形であれ、帝国の人間は要らないという結論に至った。
これはわたしのワガママだ。人間から魔物になるという過程もあることは知っている。けど、生理的に無理だ。
「ごめんなさい。効率を見れば、確かにとても良い案です。ですが、今回ばかりはダメです。その国の人間は、一人たりとも部下にしたくありません」
「そうでしたか。後でその理由は伺わせていただきますが、今は殲滅に意識を割きます」
「そうしていただけるとありがたいです。理由は簡単に言ってしまえば、エルフのためです」
「……なるほど。必ずや勝利を、捧げてみせましょう」
ハーデスさんはそれで納得したのか、通信を切った。セラさんたちがいるから、具体的なことは言えなかった。
二人には怪訝な顔をされたが、わたしは戦場へ意識を割く。そうして。
『No.7の男性が死亡しました。選んだ加護は「敵感知」と「異性にモテモテになるフェロモン」です。死因は魔王軍による襲撃。残りは六人です』
……転移者ってバカばっかりなんじゃないかなって思うのはわたしだけだろうか。
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