第11話 3−2 帝国襲撃編

「こんな感じでどうですかね?ハーデスさん」


「完璧ですな。しかし私に攻め入るための将軍を任せてくださるとは。恐悦至極」


「わたしが来るまでずっと魔王城の地下にいたんでしょう?なら地上も経験してみないと。どうせ今回のことは失敗してもいいんですから。失敗が起こり得ないようにしましたけど」


「私のためにそこまで骨を折っていただき、感謝しかありません」


「いえいえ」


 魔装具の機能を切って、ヴァルランチの様子を映写機のような魔装具で眺める。アンドラシア帝国の砦を再利用して魔王軍の臨時拠点にさせてもらっている。今回攻め入る将軍はやったことのないハーデスさんにしたけど、ドラゴン部隊には休暇と、もしもの時のために魔王城で待機してもらっている。


 ファルボロスさんは世界中の様子の観測をお願いした。さっきの宣言は世界中に流したから、これで転移者たちがどう動くか。他の国々がどういう選択をするのか。これに乗じて攻めて来るなら予備戦力を出さなくちゃいけないので、それを見極めてもらっている。


 それで、今回の作戦において失敗条件なんて奴隷になっているエルフを殺すことだ。救援部隊を三個中隊で編成しているし、エルフの皆も協力してくれているから、本当に戦うだけでいい。逃げ出した人間を追わせることはないし。


 逃げたという事実は重くのしかかる。国の上層部の人間や、力のある人間であれば逃げ出したことを疎まれる。お前たちのせいでたくさんの人が死んだとか、民を見捨てたのかとか言われるだろう。そうしたらもう勇者にも偉い立場にもなれない。生きるだけならできるかもしれないけど、生きるだけだ。


 国の機能を潰せるだけの戦力を用意して。逃げる時間をあまり与えなかった時点でこうもなるだろう。それでも逃げ出したら、まあ見捨てたとか言われる。


 転移者なんて基本この世界で成り上がろうとしている人たちばっかりだ。進んでこういうファンタジーの世界を望んだんだから。魔王を倒そうと躍起立っている人たちはそのちっぽけな自尊心を傷つけられないようにと、逃げるという選択ができない。


 ここで逃げたら、勇者なんて名乗れなくなるから。たとえ魔王を倒したとしても、完璧な、世界を救った勇者とは認められないから。


 この世界なら、加護があれば自分はできる。なんでもできるって思ってる人ばっかだろうし。加護で浮かれてるとも言えるかもしれない。そんな人たちが、前の世界のようにまた失敗する、なんてこと認められるはずがない。


 だってそれを認められたら、あの天使あくまたちの甘言に引っかかるわけがないんだから。


 すでに判別している転移者二人の姿を確認する。やっぱり戦うみたい。転移者のステータスも確認できるけど、加護まではわからなくても身体のステータスはわかる。うん、高くない。念には念を押すけど。


「ハーデスさん。やりたいようにやっちゃってください。わたしは観戦しつつ、世界の状況も見ておきますから」


「何か注文はありますかな?」


「うーん。エルフの救助活動が誤魔化せるくらい、それこそ世界に届かせるくらい派手に、ですかねえ。時間もいっぱいかけてください。短すぎるとエルフを助けられませんから」


「如何様にも」


 ハーデスさんが胸に手を当ててお辞儀をして、戦場へ向かう。顔は隠すために魔法で誤魔化すんだって。素顔のまま行けばいいのに。どうせわたしは表舞台に出ないんだからさ。


 さて。今回の件で最後の一人がわかればいいんだけど。というか何で女の人一人増えてるの?まさか見えてなかっただけで女の人はわたし以外に三人いたんだろうか。謎だ。


「あ。セラさんもミューズも飲み物でも飲みながら観戦しましょう。でも一応いろんなモニターを見ていてくださいね。わたしも見逃しちゃうかもしれないので」


「はい」


「アユ様が見逃したりするでしょうか……?」


「ほら。ハーデスさんが派手なパフォーマンスをしてそっちに注目しちゃうかもしれませんし。他の魔物にも見てもらってますけど、念のためですよ」


 さて。初めてこの世界の人間たちの戦いをみる。わたしが知っている戦いっていうのは科学兵器、軍事兵器が用いられた戦争しか知らない。それだってそういうものを使って昔戦争をしていたってだけで、間近で見たわけでもなし。


 だからわたしの常識なんて通じないんだろうな。なればこそ、ハーデスさんの手腕から戦い方を学ぼうってだけ。次があるかわからないけど。


 魔法があるけど、武器については銃やミサイルがあるわけでもなし。魔装具による兵器とかも確認できていない。この戦いは、魔法がある以外は昔の殴り合いのような戦いだ。罠とかもあっても、勝負の付け方は接近戦が主流になる。


 戦国時代かな?


 前にファルボロスさんの最強魔法を見せてもらったから魔法の怖さはわかっているつもり。だって平原に馬鹿でかいクレーターを開けるような魔法だったんだよ?そんなものを遠くから使われたらと思うと、そりゃあ怖い。


 けどファルボロスさんや、魔法が得意なエルフの人曰く、同じ魔法は人間では無理なのだとか。まず魔力が全く足りないこと。ファルボロスさんほどの魔力じゃないと使えず、習得に百年以上かかったために、寿命の観点から人間には無理。ファルボロスさんの魔力Sの最高値だから、そんな人間がホイホイいるとは思わないけど。


 エルフも自然を愛するという種族柄、強力な攻撃魔法は覚えないのだとか。エルフと人間のハーフたるハーフエルフはその矜持を守らず、寿命の問題も解決しているが、魔族に伝聞される魔法だから習得なんて無理らしい。


 魔法を覚えるにはかなりのプロセスを踏まないといけないようで、人間側に残っている魔法はエルフが教えたものばかりらしい。エルフ以外では魔法の才能がある者は少なく、長年の研鑽が物を言うので、寿命という利点から魔族に敵う魔法使いはごく少数なのだとか。


 そういうのを解決しちゃうのが天使の加護なんだよなあ。それに、魔王軍がこれだけ強いとなると人間側にも逆転の手段があるかもしれない。慢心ダメ、絶対。


「そういえば二人とも。ハーフエルフの見分け方ってあるんですか?エルフは耳を見ればわかりますけど」


「ハーフエルフは色鮮やかな髪をしていて、人間の耳をしていればまずハーフエルフですね。人間の髪の色は金・茶・白がほとんどで、たまに黒がいるくらいです。それ以外の鮮やかな色の髪だと、ハーフエルフであることが多いです」


「……髪を染めてしまったらわからないのでは?」


「え?染めるだなんて、ペンキでも被るんですか?」


 あー。染髪なんて発想がまずないのか。髪や爪塗るなんて、普通思いつかないよなあ。ウンウン、現代知識が邪魔になることもあるのね。特にエルフだと自然そのままを愛するから、生まれ持った物を変えようとするのは禁忌なのかもしれない。


「いや、ほら。変装の魔法とかあるでしょう?」


「なるほど。確かにミラージュの魔法がありました。でもエルフほどの感性があれば、誤魔化しているとわかります。魔法も長時間保てないと思いますし」


「潜入とか誤魔化しで使っても、いっときの誤魔化しにしかならないんですね。うーん。魔法の数が多すぎる」


「そうなんですよ!私たちエルフの魔法をよくわからない風にこねくり回して、何に使うのっていう魔法が多いんです!人間って無駄なこと好きだなって思いますよ!」


 お、おう。元人間の身からしたら耳が痛いよ、ミューズ。


 でもそういうのって研究の過程で生み出された魔法だろうし。実用性があるかどうかもわからないまま生まれた魔法もあるんだと思うよ。魔王軍でもそういう魔法を偶然でも結構生み出してるって言ってた。


 特にサキュバスたちが、区分けの難しい魔法をいくつも作るから細分化がめんどくさいって研究職の魔物が言ってたっけ。


「魔物のものは実用的。エルフのものは生活的。人間は雑多。そんな感じですからね。ある程度共通点も見えますが、同じ雷系統の魔法でも名称がいくつもあったりして覚えられないんですよね。威力以外何が違うのかもわかりませんし」


「効率化とか、詠唱の短さとか差も色々あるらしいですけど、私も全部は覚えていないです……」


「私もそこまで詳しくありません。申し訳ありません」


「大丈夫ですよ。魔法を使おうとしたら察知できますし、即死魔法とかがあるわけでもないですし」


 魔力の流れが見えるようになったから、魔法を使おうとしたら黄緑の粒子がその人に集まるからすぐわかる。ファンタジー世界ってすごいなあと思うよ。もう人間なんて名乗れないね。立ってる時は常時浮いてる奴が人間なわけない。どこの猫型ロボットだって話。


「あ、始まるみたいですね。……戦力比、3:2ですか」


 3が魔王軍で、2が人類。数でも勝っちゃったかー。ハーデスさんにはできたら数で負けるけど、質で勝るっていう戦い方をするところを見せてほしかったのに。目論見がズレてしまった。


 さあ、人類。今まで戦ってきた魔物とは違う、先鋭たちとの戦争だ。どうやって格上に勝つつもりか、見せて欲しい。その戦い方で、問題点を学ばせてもらうから。












「では、アユ様。開戦の口上を」


「わかりました。ご活躍を、ハーデスさん」


「ええ。素晴らしき余興となるよう務めます」


 通信でアユ様にお願いをして、先ほどのように世界全域へ音が伝わる。私の声で、アユ様が宣言を為す。


『では、時間だ。互いの奮戦を心待ちにしよう。──魔王軍、進め』


「ウオオオオオオオオ!」


 その叫び声と共にアンデッド部隊が前線へ駆ける。骨の戦士ボーンナイト、ドラゴンの骨アンデッドドラゴンがまずは突っ込んでいった。第一陣は回復がしやすいアンデッド部隊に任せていたが、それでもアンデッド部隊の半分しか送っていない。


 まずは様子見も兼ねている。


 アンデッドは聖属性の魔法に弱いが、それ以外の魔法耐性は高い。物理防御も高いので突っ込ませるには良い種族だった。ボーンナイトもアンデッドドラゴンも地を駆ける。とにかく突っ込み、魔法や弓矢を避け、最前線へ到達した。


「オアアアアアアッ!」


「うわっ⁉︎」


 ボーンナイトの部隊が持っていた剣で切り裂き、アンデッドドラゴンがその巨体で蹂躙する。聖属性の魔法を使う僧侶も姿が見えるが、数が不足しているな。エルフであれば聖属性も使えただろうに、戦場には引っ張り出していないと見える。もしくはエルフがその系統の魔法が使えると知らぬのか?


 諜報部隊の調査結果から、人類側で警戒しなければならないのはテンイシャ二人と、名の知れた剣士が二人、高名な魔法使いが三人、人間側の宗教の教主が一人いること。それ以外に強者という強者はいないと言っていたが。アユ様が観戦していらっしゃるのだ。無様な戦いなど見せられぬ。油断して兵を損耗させるわけにはいかぬ。アユ様は余興だと口にしていたが、完全なる勝利を捧げねばならぬ。


 これの目的は魔王軍の力を世界に知らしめることだ。そして捕らわれたエルフを救い出すことだ。エルフを一人でも失ってはならぬ、その上で魔王軍の損耗も少なくしなければならぬ。難しいが、それができる布陣と場を整えていただいた。これでできなければ、幹部の中でも上に立っている私の面目が潰れる。


「しかし、これが本当に人類で最大の国なのか……?」


 疑問が浮かんでしまう。兵力、人口、生産性の観点から間違いなく最上の国だという。世界最大宗教の総本山もあるということで、悪魔などに有効な聖属性の魔法が使える者も他の場所に比べたら多いと聞いている。だから手早くこの国を落とそうと思っているのに。


 たとえ能力があっても、戦いには不慣れだったか?まともな陣形も作れず、崩壊している。いや、この国固有の戦力はまだ崩壊していないな。そうなると崩壊しているのは冒険者や傭兵などの、普段は集団で動かない連中か。


 少数の単位で動くことが主であるため、こういった集団戦に慣れていないと見える。戦局を変えられる強力な個が、それこそドラっちやドラゴン部隊の面々がいれば向こうもやりようはあるのだろうが。それだけ突出した個はいないようだ。人間は土壇場でありえない力を発揮することもあるから気を抜くなとアユ様には言われている。


 さすが、人間の御姿のためか、人間にも詳しい。


 隣の副官であるリッチーが報告にやってくる。


「ハーデス様。敵戦力の一割を間引きました。特に僧侶と思われる存在を優先的に撃破しております」


「もうか?……エルフの救出も恙なく行わなければならない。スモールデビル部隊と、リザード部隊を投入してアンデッド部隊を下がらせろ。リザード部隊に前線維持を。スモールデビル部隊に嫌がらせをさせろ。回復をさせても構わん。強者には必ず数の優位で手数を多くさせることを忘れるな」


「そのように通達いたします」


 小さい悪魔たちで構成されたスモールデビル部隊がひっそりと前線へ向かい、デザートアリゲーターやジャイアントボア、ヨロイネズミといったような獣系統で組織されたリザード部隊が堂々と前線へ向かった。それと入れ替わるようにアンデッド部隊が下がりだす。リザード部隊なら聖属性の魔法は絶対の効果を発揮せぬ。それに俊敏性も高いから攻撃を喰らわずに戦況を掻き乱してくれるだろう。


 スモールデビル部隊はアイテムを盗んだり魔法を一時的に使えなくしたり、足場を崩したりといったような嫌がらせに特化した部隊だ。それを嘲笑って糧とする、悪魔らしい者たち。


 遠見の魔法で戦場を俯瞰するが、どこも大きな損害など出ていない。むしろ我々が終始押している。テンイシャと思われる黒髪の男二人よりも、よっぽど中年に差し掛かった金髪の剣士や、遠くで黒いローブを身に纏った老人が放つ魔法の方が厄介である。


 魔法使いが厄介なのでそちらを潰すように指示を出すが、護衛の数が多くすぐにはたどり着きそうにない。


「私が魔法を放ちますか?」


「それは最終手段だ。これは魔王軍にとっても戦争経験を積ませるためのものだ。魔物とばかり訓練をしていたために実力を理解していない魔物が多い。自信をつけさせるためにも、彼らだけにまずはやらせる。それでも被害が出そうになったら介入しようとは考えている」


「人間にもやる者は少なからずいますが、あのテンイシャは本当にアユ様が恐れるほどの人物なのでしょうか……?」


「わからん。諜報部隊が間違えたのか、諜報部隊でも掴めない秘密の力があるのか。仮にも天使とやらの加護を受けているはずだが」


 アユ様ほどの力を感じないのは事実だ。いや、確かに不快な何かを感じる。運命を弄られているような、本人の素質ではなく、どこか身体そのものを組み替えられている不快感は覚えている。


 それが脅威かどうか判断はつかなかったが、アユ様ほどではないと感じる。あの方ほどの力を感じない。それはあの方と異なり、借り物の力だからだろうか。それとも、奴らがあくまで人間の範疇に収まっているからか。


 判断がつかないが、戦場を注視する。もし得体のしれない力を使うとなれば、全力で阻止しなければならないからだ。


「アンデッド部隊の回復はどうなっている?」


「ほとんどの者が完了しております。死者なし」


「元々死んでいるではないか」


「……我々もそうですな。ああ、今ばかりは生の肉体がある他の魔物たちが羨ましい。アユ様と生の実感を共有できる。飲食や睡眠などを共にできる。ふふ、我らも初心に帰って生者を恨みますか?」


「恨みに脳を支配されたら、軍としての行動に支障をきたすな。無しである」


「ですな」


 リッチーとそんな、小粋なジョークを交わしながらも、緊張感は保ったまま戦場の様子を把握する。戦士や剣士はまだ前線で頑張っていたが、魔法使いたちは魔力がなくなったのか、肩で息をする者が多かった。人間の魔力の絶対量は、魔物の魔法が扱える者と比べると少ない。人類の頂点と魔物やエルフの頂点で比べたら、人間は絶対に下になる。


 先ほどから大きく派手な魔法を使ってはいたが、それで限界なのかと思ってしまう。


 人間という器をなくせば、そんなところで躓きはしないのに。


「アユ様へ連絡をしたい」


「はっ。どのような案件ですか?」


「なに。戦力増強の提案である」

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