第9話 2−4 世界旅行編
いやあ、最近順調だねえ。エルフの国で想定外の出来事はあったけど、なんかわたしが精霊の加護を得てるからかわかんないけど、魔王だって正体言ったのに同盟組んでくれたし。エルフのお偉いさんと交渉っぽいことをしようとしても、「あなた様に誓います」みたいなことばっかり言われるし。
いやいや、何が琴線に触れたのか知らないけど、絶対それ勘違いだから。わたしただのクソザコ元日本人だから。結局二回目の会合でも魔王軍が提示した条件をほぼほぼ無条件で頷いてくれた。それでいいのか、エルフの国。
変な加護いっぱいもらったけど、使えそうな奴ないじゃん。色んな人のステータスが見えるくらい?
そのステータスって言っても、細かい数字が見えるわけじゃなくて。筋力がAとか、スピードがSとか、そういう大雑把なランクが見えるだけ。だから同じアルファベットだとどっちが強いかわかんないんだよね。とりあえず最低値がFで最高値がS、準最高値がAだということは分かった。
筋力とか魔力とかもわかるけど、内政とか書類仕事とか、トラップ作成とかそういういわゆる戦闘以外の能力もランク付けされていることに気付いて。若干の部署移動を行ったりもした。けど全員のステータスを見れたわけでもないので、一日の半分ぐらいの仕事は魔物との面接だったりする。
他の人にはステータスが見えないらしい。あ、レベルも見えるけど、あんまり頼りにならないというか。レベル高いのは純粋にどれだけ相手を倒してきたかっていう、キルスコアのようなものでめっちゃステータス高いのにレベルが低い幹部とかもいた。
んで、ドラゴン部隊はレベルが狂ってた。どんだけ倒したのかわかんないけど、ファルボロスさんが82なのに、ドラゴン部隊は三桁が基本。ドラっちさんに至っては四桁行ってた。ステータスもバカみたいに高かったけど、初手でドラっちさんを人間の国に送ればそれだけで転移者全員消し飛ばせたと思う。
まあ、人間殺しすぎたら世界のバランス崩れるみたいだから、わたしはできないんだけど。転移者を殺しつつ、生物のバランスを取るなんて大変だなあ。
そんな考え事をしながらも今日の魔物との面接も終わる。書式を決めておいて、そこで読み取った情報を書いていくだけだから簡単なんだけど、とにかく数が多い。わたしと話せるのが嬉しいのか、面接ついでに環境とか仕事の状況とか、他の魔物との交流を聞いたりするから長くなっちゃうんだけど。
魔王軍全部を面接するのは無理だね。だからできるだけ幹部の方で目星をつけて面接の数を絞ってもらってる。でも面接をやってみたら魔物の私生活とか見えてくるし、意外な向き不向きが見つかって面白い。種族だけで得意なこととか別れるのは人間を見てたからわかるけど。スポーツ選手と科学者は得意分野とかまるっきり被ってないし。
仕事は他にもあったけど、今日はもうオフ。魔王城のトラップの視察もしたし、人間の情勢も確認したし、結構仕事したでしょ。というわけで最近の癒しである存在へ手を伸ばす。
「クロー。癒して〜」
「ウナー(しょうがないな〜)」
机の上で寝っ転がってたわたしの護衛兼使い魔の黒猫、クロだ。見た目まんま丸っとした黒猫なのに、案外優秀というか、テレポートという瞬間移動の魔法を覚えた、逃げるのにうってつけの魔物だ。魔物要素見当たらないけど。尻尾とか体毛とか色とか普通だし。
クロのステータスは見えないんだよね。まあ、最弱だろう。今わたしの腕の中で好き勝手されてお腹を見せてるような子だし。いやー、モフモフだしかなり懐いてくれてるし、言うことなし。
ペットって飼ってみたかったけど、余裕もお金もなかったし。仕事に行ってる間に死んじゃってたらどうしようって思って買う勇気がなかった。今はそんなこと一切気にしなくていいから思う存分甘やかす。癒される。
アニマルセラピーって本当にあったんだなあ。愛い奴め。
「セラさん、ミューズ。終わった?」
「もう少しですので、クロ様とお待ちください」
「はーい」
この部屋には二人、エルフの女性がいる。エルフの国からわたしに仕えるために出向してきた子たちだ。今ではわたしの秘書まがいのことをやってくれている。さっきまでの面接の紙を纏めてくれている。助かるー。全部わたしがやってたら涙目になってたし、魔物は基本戦ったり魔装具を開発したりやることが多いからね。
こんな雑用任せるわけにはいかなかった。
セラさんはめっちゃスタイルの良い綺麗なお姉さん。ボンキュッボンッ!という言葉が似合いすぎる、青髪青目のエルフ。見た目はわたしよりちょっと年上かなって思うくらいだけど、エルフって何百年って生きるらしいから実年齢は聞かないことにしている。地雷かもしれないし。お姉さんで良いんだよ。
ミューズはもうね、年下にしか見えない。十代前半から半ばくらい。幼いって言っても良いけど、エルフの長老がめっちゃ推薦してきたからわたしの側で働いてもらっている。年相応の体つきをしている。フッ、勝ったな。いや、バランスはすごく良いし、腰とか脚とかめっちゃ細くて羨ましいけど。
ミューズは薄緑色の髪と瞳をしている。結構エルフって髪とか目とかカラフルなんだよね。ただの人間はそこまでカラフルな色をしてないんだけど、エルフは色鮮やか。ミューズの年齢を知らないけど、呼び捨てにしちゃってる。子どもにしか見えないんだよね。実年齢は地雷かも以下略。
クロと戯れていると、二人の整理が終わったみたい。
「よし。じゃあお風呂一緒に行こうか」
「一緒に、ですか?」
「同じ女なんだし、裸の付き合いも大事だよ。魔王軍ってどうしても女性というか、メスが少ないからね。同性は大事だよー」
ちゅうこって三人と一匹で大浴場に向かう。ファルボロスさんには今日の仕事が終わりだと伝えて、魔王城の地下へ。
なんで魔王城には大浴場なんてものがあるのかって?そりゃあインキュバスさんとサキュバスさんたちの美容のためだよ。彼らが美しくなかったら誘惑とかできないからね。
大浴場に向かっていたサキュバスのグーニャさんも合流して一緒に入ることになる。背中に悪魔の羽、お尻からはクローバーのような先端がついた尻尾がついてること以外は人間にしか見えない悪魔。いやでもそのスタイルからしてボオン!キュ、ボオン!というセラさんをも遥かに超えるスタイルを見ちゃったら人間じゃないかもって思う。
詳しい仕事内容は聞いてないけど、彼女たちも諜報部隊に分類されるんだとか。諜報部隊も結構情報を色々集めてくれるからありがたい。
最初セラさんもミューズも、サキュバスの皆さんもわたしと一緒のお風呂とか恐れ多いとか言ってたけど、バカ広いお風呂に一人っていうのは嫌なんだよ。寂しい。
ゆっくり肩までお風呂に浸かるんだから、楽しく過ごしたいじゃない?
・
私たち、エルフの運命が変わったのはこの時だろう。あの方がエルフの国の近くへ来られたこと。最初、周辺監視をしていた人たちがドラゴンの群れを見つけて国の終わりを察知し、絶望の淵に落ちた後。ドラゴンの群れの中に、あり得ない感覚を掴んだ。
私たちエルフは、自然に敏感だ。雨など天気の移ろいを把握できるし、大地の声を聞くことができる。
その特徴的な耳が、肌が。今はお隠れになった精霊の感覚を掴んだ。エルフでも精霊の力を宿しているけど、そんな欠片の話ではなく、精霊そのもののような感覚。おかしな気配も混ざっていたけど、間違いなく精霊の気配だった。
ドラゴンの群れの中にいることは誰もがわかった。だけど、精霊様がドラゴンに囚われているのであれば、救い出すのがエルフとしての最後の使命ではないか。そういった大多数の意見によって、選抜隊が組まれ、そこに私は入っていた。そして、死を覚悟してドラゴンの群れへ近寄った。
周りにいたドラゴンは、伝承で聞くような屈強なドラゴンばかり。エルフなんて簡単に踏み潰せそうな巨体。一飲みにできそうな強大な口。鋭い爪や牙に、エルフでも感じられる、無尽蔵かと思うほどの魔力。
エルフの国でも先鋭だからこそ、わかってしまった。戦いを挑めば絶対に死ぬことを。だから死んででも精霊様を奪還するという計画は一瞬で崩壊した。できっこないとわかってしまったために。
だから、作戦なんて捨てて特攻をしようと思った時に、精霊の力を持つ方の姿を見つけた。
美しい、人間だった。
ドラゴンたちに囲まれながらも、朗らかに笑う年若き少女。その少女の内側から感じる、わたしたちとは全く異なる大きさの精霊の力。まるで精霊の性質を持ちながら、さらに加護まで戴いておられるような、それほどの濃さ。
欠片ではなく、塊。大部分を占めるその在り方に私たちは戦慄した。そんな存在は見たことがなかった。伝承にも残っていなかった。完璧なる精霊としての性質を持った方を。
もう、作戦なんてなかった。奪還という二文字も忘れた。ただ全員で武装を外して彼女の前に行って、深く頭を下げていた。
この方が私たちの王でなくて、他の誰が王を名乗れるのか。
最初は困惑されていたが、クロを護衛としてエルフの国に招待できた。駆け寄ってきた子どもが無礼にも気安く話しかけてしまったが、アユ様は。
「子どもは好きなので、大丈夫ですよ。人間の姿をしているから珍しかったのでは?あなたたちも物々しい表情をされていますし」
子どもたちの頭を撫でてから、そうおっしゃってくださった。まだ三十歳にもなっていない子どもたちは頭を撫でられたことでアユ様の正体に気づき、後から恐れ慄いていた。アユ様が気にしていないことを伝えてことなきを得たが。
それから、アユ様の事情を聞いた。こちらの事情も包み隠さず話した。
今は魔王軍を率いていること。この世界のバランスを崩しかねないテンイシャと呼ばれる、人間が九人もこの世界を訪れて世界の危機であること。そのテンイシャに対抗するために、ドラゴンたちと方々を駆け巡っていること。
人間たちの様子も確認したかったので、人間の国も巡っていたこと。エルフの国も外から確認しようとしていたこと。襲うつもりはなかったこと。エルフの事情については詳しくなかったこと。
わたしたちも、話をした。アンドラシアという大国に囚われたエルフがたくさんいること。そこにいるエルフの扱い。エルフという種族について。そして人間へ復讐をしようとしていること。魔物は襲われない限り倒していないこと。
最後については、魔王とはいえ魔王軍じゃない魔物については管轄外だったから気にしなくていいと笑われてしまった。この方でも、魔物の全てを手中に収めていないことに驚いた。
いや、不慣れな魔王なんていう役職についているのだ。なぜ魔物たちがこの方を主人と認めているのかわからないが、それは
それからはテンイシャを排除するために手を組もうという話になり、アユ様の配下になるのであれば魔物に頭を下げるのも厭わないと思ったが、アユ様から対等にしましょうという話になった。異種族同士だからこそ、上下関係を作りたくないと。組織をできるだけ一律化して、権限なども同じようにしましょうと。
ただ一つだけ。エルフの国をそれまで治めていた国王については、アユ様と同等など耐えられないといい、国王を辞した。国王という立場ではなく、あくまでエルフ側の代表ということに落ち着く。
それからはトントン拍子で様々なことが魔王軍とエルフで取り決められていき、魔王軍からの提供で生活の向上、軍備の増強など目に見えて変化があった。あの方が魔王だとしても、私たちにとっては救世主だ。今では子どもも含めて、あの方を崇めない方はいない。
そんな中、魔王城に出向として送り出す人員を選出する際に、私がセラさんと二人でアユ様の事務作業を手伝うメンバーとして選ばれた。そういう作業は確かに得意で、また将来性もあるということで二人の内の一人になれた。
他にも戦士団の優良株だったり、研究職や生産職に就いていたエルフも選ばれて、魔王城で様々なことを習っているらしい。とてもためになるという話を聞くが、それはそうだろう。魔王軍の組織体系はしっかりしているし、私たちエルフよりも長生きで知力も高い。そんな存在が時間をかけて研究したりノウハウを纏めたりしているんだから。
事務作業をやってみてわかった。魔王軍には大量の資料がある。その資料を纏めるための魔物もいるが、数が数だ。それにエルフが加わったことで資料や作業が増えた。その分を補うのが私とセラさんだ。
アユ様のお姿を側で拝謁できるし、どんな方にもさん付けするアユ様が、私だけ呼び捨てにするのだ。そ、そういうことでいいんですよね?まだ床には呼ばれていませんけど、私は特別ってことですよね?同性だなんて関係ないです。ご寵愛を頂けるのなら。
ただ、他にも呼び捨てなのがクロ。使い魔だし、猫だから仕方がないのかもしれないけど、私だけの特権が……。覚えてなさいよ。
そして今日。なんと湯浴みに誘われてしまった。恐れ多いことだけど、これはチャンス。セラさんとクロがいるのが計算外だけど。
あ、サキュバスのグーニャも増えた。なんですか、その大きすぎる胸とお尻は。下品すぎるでしょう。もっとアユ様や私のような、慎ましやかな黄金比を保ちなさい。まあ、その性質上無理かもしれませんけど。
「アユ様、かゆいところはございませんか?」
「大丈夫〜。悪いねえ、ミューズに背中洗ってもらっちゃって」
「いえいえ。このくらい」
というかもっと!もっといろいろな場所触らせてくださいまし!これが男だったらこんな場面に遭遇できなかったかと思うと!ああ、アユ様肌が白すぎですぅ!全身からいい匂いがします〜!肌柔らかすぎですっ!いつまでも洗っていたい〜。ずっとお風呂でイチャイチャしていたい〜。
大事な場所とか見えちゃってます!でもどこだって形が良くて、見たいような不敬という思いもやってきて!こんな幸せな苦痛があるなんて、知らなかった!
「クロ様、大丈夫ですか?」
「ナー」
クロをセラさんに押し付けて良かった!セラさん、あなたが仕事のパートナーで良かったです!私はアユ様と公私共々パートナーになりますからぁ!
はっ。猫には桶によるお湯責めがお似合いよ。ちょっと可愛がられてるからって何よ。私なんてアユ様の隅々まで洗えちゃうんだから!
「この洗剤、凄く香りが良いですね。肌にも優しいのか、泡も柔らかいですし」
「サキュバスの皆さんで、研究部隊に無理言って作らせたんでしたっけ?」
「そうですよ。私たちの武器と言ったら外見ですから。しっかりと淫夢を見せるには視覚情報で魅了させるのが手っ取り早いです」
「サキュバスの皆さん、綺麗ですしスタイル良いですよね〜」
「みなに伝えておきます。喜びますよ」
チィ!パスを出してしまった!いや、アユ様は全員に分け隔てなくお優しいだけ!特別なのは私だけですよねぇ⁉︎
そうですよね、アユ様っ‼︎
いつまでも洗い続けていると不審に思われかねないので、適度に済ませて自分の身体も洗う。もしかしたら今夜寝室に呼ばれるのかもしれないんだから、綺麗にしなくっちゃ。
「そういえばグーニャさん。頼んでおいたアンドラシア帝国に関する調査は終わったんですよね?」
「はい。資料で提出した通りに」
「完璧に、ですね?」
「はい。一切の抜かりなく」
アユ様もグーニャも、悪い笑顔をされる。ああ、そんな悪の横顔もステキ……。
それにしても、アンドラシア帝国。魔王城から最も近くて、一番大きな人間の国だけど。エルフの敵だ。そこへ調査をさせていた?
「えっと、アユ様。何かなさるのですか?」
「はい。やりますよ。威圧行為は目立った方がいいんです。それに転移者の場所も、人物の予測もある程度できましたから」
「アユ様、もしや……」
「セラさんが考えている通りです。アンドラシア帝国に攻め入ります。エルフの奪還作戦も同時決行ですね。あちらに残りたいという酔狂な方以外を全員救出します。にっくき奴隷の証たる魔装具の解除方法にも目処が立ちましたし」
ああ、やはりこの方は我らの王だ。こんなに私たちのことを考えてくださっている。
この方に一生ついていこう。そう誓った瞬間でもあった。
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