第8話 2−3 世界旅行編

「皆さん、ただいま帰りました〜」


 世界を回りきって、ホクホク顔で魔王城に帰ると門の先には皆さんが勢揃いしてました。うひゃー、千体を超える魔物が集合しているのは圧巻ですねえ。


「お帰りなさいませ、アユ様。そのご様子ですと、収穫はあったようですね」


「はい、ファルボロスさん。ハーデスさんもわたしの留守を任せてすみませんでした。皆さんも魔王城の守護、お疲れ様です」


 そう言うと、忠誠心高い魔物は頭を下げたり、頭がなかったり騒ぎたい系の魔物はうえーいと喜んだり。上司の言葉がそんなに嬉しいのかい?労いの言葉くらいいくらでもあげるぞ。それくらいしかできないし。


「一応通信で状況は聞いてますけど、こっちには特に問題なかったんですね?」


「はい。それと連絡網の構築と、諜報部隊が集めた情報を纏めてあります」


「ありがとうございます。今の所結界を維持する魔法陣は一個も壊されていないみたいですけど、何か緊急の用件はありますか?」


「テンイシャと思われる人間を三人、補足しました。現在地も大まかな目的も割り出しています」


「三人ですか……。残り四人が不明というのは数的にどうなんでしょうね」


「すぐに増員して情報の把握をいたします」


「あ、いえいえ。大丈夫ですよ。転移者もバカではありません。下手したらわたしよりも知識があるんです。きっとこの世界の情報収集をしつつ、牙を砥いでるんだと思いますよ。目立つと敵を作るってわかってるんです。だから大きな動きをしないと、見つかりませんよ。焦っちゃダメです。安全に、慎重に行きましょう」


 ファルボロスさんは頭良いし、忠誠心もたぶん高いんだろうけど、焦っちゃうのが玉に瑕。あれか?今までは実質トップだったのに、わたしがトップになっちゃったから思うようにいかなくて困ってるだとかだろうか。


 方針とかももう一度聞きなおそう。


「ドラゴン部隊のおかげで、色々できるようになりましたよ。あと、エルフの集落というか国を落としてきました。あ、落とすは正しくないですね。同盟です、同盟」


「⁉︎いつの間に……」


 報連相は大事だけど、サプライズも大事だよね。皆驚いてくれて良かった。


 ドラゴン部隊にも、箝口令を敷いておいて良かった。ウンウン。その顔見たかったよ。


「同盟、ですかな?隷属ではなく」


「はい。ハーデスさん、同盟です。対等な条件にしたので、これ以降エルフの国に攻め込むのは禁止です。周辺の部隊にはすでに通達を出したので大丈夫だと思いますが」


「力で制圧したので?」


「いーや、してねえよ。オレもちゃんと見てねーけど、魔王様がちゃっちゃと乗り込んだら魔王様が同盟組んだって突然」


「ドラっち!お前たちは護衛として行ったのだろう!何をしている⁉︎」


「まあまあ、ファルボロスさん。わたしもこうして無事ですから」


「しかし!」


 ちょっと融通効かないところも玉に瑕かな。ファルボロスさん激おこ。ドラっちさんが悪いわけじゃないんだけど。


「ちゃんと護衛はつけてましたよ。それは後で紹介します。それで同盟にしたわけですけど。エルフって人間には奴隷として囚われるようで」


「はて?森妖精とまで言われる、あのエルフがですか?」


「精霊と人間種の交ざり物、らしいですね。そのエルフですが、魔法をうまく使えること。寿命が長いこと。遠距離武器の扱いがうまいことなどから幼少期に攫われて、隷属の首輪という魔装具をつけられて強制的に奴隷にされるらしいです。魔法にも詳しいので、研究職の奴隷も多いのだとか」


「なるほど。人間の戦力増強を防ぐためですな?」


 ハーデスさんの言葉に頷く。まあ、人道的に許せないっていう思いもあるけど。エルフって皆美人さんなんだよね。それが首輪つけられて強制的に虐げられながら働かされるって許せないというか。


 エルフの姿って人間寄りではあるんだけど、憎しみでいっぱい。人間同士でも争いって起こるからなあ。異種族だと余計過敏になっちゃうのかも。


「隷属を嫌っている方たちに隷属を強制したら人間と同じになりますし。そう見られるのは、魔王軍の皆さんは嫌でしょう?」


「断固拒否します。我々を慮っての同盟でしたか」


「理由の一つですねー。食糧事情もあります。彼らは菜食主義で、狩りで手に入れた獣の肉を人間に輸出していたそうですが、人間への悪感情で交流の断絶。けど獣は一定数狩らないと生活を脅かされて、在庫が増えるばかり。なら魔王城で育てた野菜と物々交換をすれば良いんじゃないかなって。魔法の実験で野菜とか余ってましたよね?」


「魔物は雑食ではありますが、大半が肉食ですからね。肉の方がありがたいでしょう」


「人間への戦力も増えて、娯楽と生活に直結するお肉を貰える。それにエルフの魔法は人間よりも凄いですから。仲間に加えても問題ないかなと」


 わたしの言葉に考え始める首脳陣。まあ、反対されても決定だから覆らないんだ。


 ごめんね。


「それに人間向けの前線基地、必要じゃないですか?砦を作るにも時間かかりますし。この魔王城も他の支部も基本人間の国とは離れていますから。ああ、アデッジ王国は前線基地がありましたか。でもそれ以外はないでしょう?」


「エルフの国を拠点として活動しても、もし敗走しても我々は撤退すれば良いだけ。なるほど、コストパフォーマンスがいい」


「でしょう?」


 そんなことにならないようにするけど。美男美女、美男子美少女の命を無作為に摘むような真似はしないよ。


 今話している内容はあくまで、魔王軍の皆を納得させるための言い訳。これすぐ話してたら頭良いファルボロスさんに反対されかねないもん。だからない頭絞って理由をいくつも考えてきた。考える時間が欲しかったんだよね。


 なんかこの感じ、ファルボロスさんが親で、わたしが欲しいものをせびる駄々っ子みたいだ。


「同盟とは言葉上なってますけど、あちらは属国のつもりみたいですし、彼らは裏切ったりしないと思います。魔王軍の力を知っていますし、いざとなればドラゴン部隊で焼ける戦力ですし」


「危険要素は少ないと。では問題は、我々がどれだけ情報を共有するかですね。保険はかけておくべきですし、全ての情報を渡すべきではないでしょう」


「そうですね。それも精査しましょう。それと森と相性の良い魔物の部隊を援軍として送ろうと思います。せっかくの場所を、人間に渡すつもりはありませんから」


「植物系の魔物で纏まった中隊がいるので、その部隊を送れば良いかと。幹部と中隊を送れば当面戦力は十分でしょう」


「じゃあその方針で」


 細かいことは中で、資料を見ながら話した方がいいよね。


 今日はお休みにするぞー!久しぶりのベッドだし、ドラゴン部隊に休暇をあげるならトップのわたしが積極的に休まないと。ドラゴン部隊はわたしの護衛と運送をやってくれたんだから、ドカッと休みを与える。ドラっちさんには悪いけど、彼は幹部だから会議には参加してもらう。ごめんね。それ以外は休んでいいから。



 また例によって三幹部は集まっていた。ドラっちから直接の報告を聞くためだ。アユのずっとそばにいたのだから、通信で聞いていたこと以上の詳細な報告が聞けると思っていた。


 ハーデスが内容を聞きながら、紙に記していく。アユ自身から受けた報告と合わせて、この旅で何があったのか三体が共有していた。


「なるほど。宝箱を開ける際に黒い光か」


「ああ。危険かとも思ったが、アユ様に何か不調があったようには見えない。それに何かしらの力を得ていたようだ。時には魔族からも力を得ていたようだぜ」


「報告では聞いていたが。宝箱の中に、何かしらの存在が力を結晶化させた宝石か。精霊、大地、世界、動物、天空、魔族、海洋。遥か太古に世界から去った、精霊の力……」


「その精霊の、唯一の子孫と言われるエルフとの同盟か。どうしてそのような運びになったのだ?」


 気になるワードはいくつもあるが、エルフの国はあくまで視察で済ませる予定だったはずだ。どちらの味方になるかわからない存在。分類上は人間種に値するのに、人間と枝を分かった存在。


 人間とは異なる長寿という特性を得て、自然の防人となった存在だが。


「視察してて、もちろんオレも近くにいたんだけど遠視かなんかでアユ様見つかって。丸腰のエルフが走ってきて、アユ様に平伏してたんだよ。まるで魔物が魔王の存在に気付いたように。オレたちだってアユ様が現れた瞬間、あの方を魔王だと認識しただろ?」


「そうだね。これは我々に備え付けられた本能だろう。魔王の才ある者への、絶対忠誠。見た目が人間であることなど瑣末なことだと言い切れる、絶対の理性だ」


「同じ感覚を、エルフは感じ取ったのかもしれない。エルフは平伏しながら『お待ちしておりました。我らが王よ』って言ってきてよ」


「エルフが、アユ様を王と認めた?あの方は魔王であり、エルフの長ではなかろう」


「ああ。最初はアユ様も困惑してたぜ。勘違いじゃありませんかって」


 ドラっちは今でも困惑している。アユから感じる力、カリスマは確実に魔王としてのもの。魔物や魔族と呼ばれる存在と類似したオーラがある。ある種同種の気配だからドラっちたちはアユを魔王と認めた。そして逆らおうという思いすら抱いていない。


 同じような感覚をエルフが掴んだのだろうと思うが、なぜという疑問は解決しない。


「そしたらよ。エルフの長老っぽい奴が『いいえ、間違いありません。あなた様は精霊を統べる御方だ』って言い出して」


「精霊を統べる。本来の精霊は隠れてしまったから、今や残っているのはエルフくらいだろうが……。エルフ側に精霊に関する何かが残っていると見るべきか?」


「そうだな。幾人かは魔王城で働かせるのだ。それにエルフがどういう思考をしているのか確認するために交渉の場を設けるとアユ様はおっしゃった。同盟を結んだと言えど、詳細は詰めねばならん。その辺りも聞くべきだな」


「……もしかして、アユ様ってエルフの血が流れてるってことか?耳は人間のように見えるけど」


「いいや、それではエルフの王だと言うだろう。だが、わざわざ見えない存在の精霊を名指しした。それにエルフは人間以上に血統を重視する種族だ。エルフの血が流れていても、たとえ王族のものであろうと。エルフの見た目をしていないアユ様を選ぶとは思えない」


「では何か?アユ様は精霊の血を引いていると?」


 ハーデスの確認に、ファルボロスは頷く。それしかエルフの従う理由がわからないのだ。


 だが逆に言ってしまえば。精霊の関係者なら精霊や大地、天空、海洋、動物や世界に認められて加護を得られるだろう。全て、精霊の隣人なのだから。精霊とは、世界が産み出した神秘なのだから。


 しかしこうなると。逆に魔王としての資質。そして魔族からの加護が矛盾する。魔王としての力も確かなのに、精霊の関係者。


 魔物と精霊など、接点がなかった。精霊の姿を見たことがある魔物も魔族もいなかった。エルフ以上の長寿を誇る魔物でもそうなのだから、誰が姿を見たことがあるだろうか。


 だから、突飛な考えに至ってしまう。


「可能性の話だが。アユ様は魔族と精霊の間に産まれた存在なのかもしれない」


「ハァ⁉︎……いや、そうなるしかないのか?でも、人間の見た目をしていることは?」


「そんな存在だと知られぬため、であろう。精霊ということを知られたら人間はどうする?奴らは精霊を信仰する宗教があるのだぞ?」


「かといって、魔族の姿をしていたらエルフは、たとえ精霊の血が流れていても近寄れなかっただろう。エルフは人間種とされている。近しい見た目にすべきだ。そして魔族や魔物にはカリスマがあればいい。圧倒的な力を見せつければ外見など些事だ。これだけの種類の存在が魔物や魔族で一括りにされている。今更姿など誰が気にする」


 そう。彼らは。多数の可能性に行き着いてしまうためにこういう結論が出てしまう。


 未知と無知をどうにかあり得る既知に変えようと、強引にしてしまうとこうなってしまった。


 アユが自身も転移者だと告げていないばっかりに。


「そして実際、アユ様は最後の精霊の末裔へ慈悲をかけられた。我々と同等としたのだ。それは両者を均等に愛しているということ。人間の姿をしているのに人間には容赦がない。であるならば。二つの血が流れているのだろう」


「クックック……。ハハハハハハッ!やはりあの御方は全てを統べるべき御方だ!精霊と魔族の混血児などどこにいた!あれほどの御力を持ち、知略を持ち!世界に認められた方がどこにおられた⁉︎ああ、まさしく!世界があの御方を祝福されておられる‼︎あの方こそ、神を引き摺り下ろす真の支配者となるだろう!」


 ファルボロスの笑いに同調するように、ハーデスもドラっちも笑みを深めた。


 今の神など怖くない。まさしく神を超える存在が自分たちの上にいるのだから。


 そうして彼らは、珍しく酒を用いて乾杯をする。素晴らしき御方のために。部下となれた喜びに。世界を献上できる誇らしさに。


 なお、ハーデスは飲食できないため、形だけであったことをここに記す。

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