第4話 1−2 魔王軍始動

 幹部の三体が出て行った後、執務室の椅子に座ったままのわたしは大きく溜息をつく。


「いるんでしょ?クンティス」


「もちろんだとも」


 そう言ってスィーという音を出しながら現れるクソ天使。ずっと視線を感じるとは思ってたけど、マジでいるとは。


「わたしに関わってると、公平性がなくなるんじゃない?」


「そうでもないさ。転移者のバランスを考えればあなたが圧倒的に不利だからね。それにあなたはこういうRPGやファンタジーの基本がわかっていないだろう?そういう知識面の差異を埋めると思えばそこまで外れた行為でもない」


「RPGって、何?」


「そこからか……。ロールプレイングゲーム。こういうファンタジーの世界を冒険するゲームだよ」


「なるほど。つまりわたしはそこら辺の知識が一切なくて、相手はそういうお約束がわかってると」


「そうだね。だからこそ、君がさっきやっていたことは効果的だ。辺境の海やら火山には強力な魔物と特別な宝があるはずなんだ。それがスカだったり、存在してなかったら慌てるだろうねえ」


 うわー、良い笑顔。天使にしては嗜虐心溢れる顔をしていらっしゃる。本当に神様に仕える存在なのか?こいつ。


 でもそうか。そういう嫌がらせはどんどんやって良いのか。向こうの常識をどんどん壊して良いのか。一対九だからね、しょうがないね。


 お約束って破るためのものだよね。向こうに有利になることを見逃してたまるか。徹底的にいじわるしてやる。


「そういうことってどんどんやって良いんでしょ?」


「もちろん。好きにやってくれたまえ。天界ではすごく好評だよ?籠城作戦を行おうとしているあなたは。今回の参加者はバカばっかりで面白い」


「わたしの方策バカって言われた?それは聞き捨てならないんですけど」


「いやいや。それが人としてのあなたの当たり前だ。プッ。誰が魔物に休暇と給金を与えるかな……!」


 あ、バカにしてるのはそこか。だってこの魔王軍を一企業だとすると、わたしが社長で他の皆は社員だぞ。それにどんな身体してたって休みは必要だ。ずっと働き続けろって、そんな畜生なこと言えない。


「アンデッドって肉体的疲労がないからずっと働き続けられるんだよ?」


「え。そうなの?」


「元から死んでるんだし。かと言ってアンデッドだけ働き詰めにしたら不満が出る。無知で良かったじゃないか」


「はあ……。そういう種族的差別はなしの方向で行くから」


「ウンウン。それはそれで面白い。あなたらしい魔王としての在り方を見せてくれ」


「そうするよ。あと。籠城作戦するって言った?」


「うん?戦力をここに集めてるんだろう?」


「こっちから攻めたって良いんでしょう?」


 そう言うと、クンティスは目を大きくして丸めていた。何その予想外って顔。あんたたちを笑わすために話してるんじゃないんだけど。


 そう視線で伝えると、クンティスはお腹を押さえて笑い始めた。大爆笑だ。


「あははははは⁉︎え、なに?あなた攻め込むつもりだったの⁉︎」


「そうだけど、悪い?」


「悪くない!最高だとも!いやいや、あなたを見誤っていた。これは謝罪しよう。あの命題を乗り越えて、魔物を、転移者以外の人間を殺してしまうかもしれないのに攻める気だったんだ⁉︎」


「城内の様子を見たらわかるだろうけど、魔王が現れたことで士気がすっごく高いんだよね。だから、近いうちに攻めるけど、もちろん魔王城を空にはできない。世界の状況を把握したら、一回は攻めるよ」


「良いことを聞いた!来た甲斐があったよ!」


 本当にいい表情するなあ。天使の微笑みとか絵画にできそうだけど、本性知ってるから良いものとは思えない。だって悪魔がいじめっ子にいたずらする前の顔でしょ?それ。


 他の天使たちも、送った転移者をストーカーしたりしてるんだろうか。


「わたしの情報って、他の転移者に漏れてないんだよね?」


「それはもちろんだとも。あなたを倒そうと思っている者、この世界である程度の地位に収まろうとしている者、すでに満足している者。それぞれだけど、あなたがNo.10の少女だと思っていないし、そんな存在が魔王になっていて、魔王城にいるなんて知らないとも。今の時点で魔王城の場所を誰も把握していないよ」


「それを教えちゃうのは良いの?」


「良いことを聞いたお礼さ。他の天使たちはあなたのことを言わないよ。それではゲームがつまらなくなる」


 どうだか。他の天使の性格なんて知らないけど、クンティスがこんなに口が軽いとなると、他の天使だってわからない。こいつらの言う公平性っていうのはわたしたちにとっての公平性ではなく、天使たちにとっての公平性だ。


 わたしに情報を与え過ぎたら他の転移者に情報を与えるかもしれない。聞き出すのも自重しないと。


「あなたたちは今回のことをただ楽しんでいるの?それとも賭けとかしてるの?」


「賭けをしているよ。雑務をやるということを賭けている。しかし与えた加護で選択肢が限られていてねえ。賭けは三強状態だよ」


「ふうん?あなたは誰が勝つことに賭けたの?」


「もちろん君に」


「……雑務やるようになっても恨まないでよ?」


「恨まないとも。それに人を見る目はあるつもりだよ?」


「わたしが攻めることも見抜けなかったくせに?」


「おや。これは一本取られた」


 こいつの言葉、本当にアテにならないな。平気で嘘つきやがって。こんなファンタジー世界の基本の「き」の字も知らない小娘に賭けるバカがどこにいるんだ。


 それからもなんとなく話は続いたけど、有益なことはなかった。どうやらクンティスの姿は魔物には見えないらしい。つまりこうして話している時に誰かが入って来たら不審に思われるわけだ。


 本当にこいつら迷惑だな。





「いやー、魔王様やる気あるじゃねえか。力の振るい甲斐があるってもんだぜ」


「ドラっち。その気安い感じはどうにかならないのか?アユ様に失礼だろう」


「いくらアユ様が不機嫌になっておられないとはいえ、気にすべきだ」


 アユの部屋を出て廊下を歩きながら三幹部は話しながら仕事場に向かう。


 突如として現れた、魔王の資格を持つ者。今までこの魔王城は魔王が不在で、魔王軍もなし崩し的に活動してきた。そしてとうとう、仕えるべき御方が現れたのだ。


 人間の姿をしているとか、そういうことはどうでも良かった。魔王として君臨することに疑問はなく、人間と敵対する。その意思がはっきりとしていて実際に行動に移っている。重要なのはその事実だ。


 どういう素性の方であっても、そこは関係ない。本能が彼女を魔王だと認識していた。


 魔王がいない中、魔王城や魔王軍の維持がなぜできたのかと言われたら、そうすることが魔物たちにとって都合が良かったからだ。架空の存在であっても、そういう土俵があれば統率がしやすかった。人間を襲うことも都合が良かった。連絡などが取りやすく、魔物同士の領分を犯すことなく生活しやすかったのだ。


 そんな中現れた絶対なる御方。力こそないとは本人談だが、その奥にある存在そのものに刻まれた確かな力を、魔物たちが見逃すはずがない。彼女は魔物を従える力を持っている。その声は魔物を鼓舞する、いわゆるバフをかけられる心地の良い波長をしている。しかも、魔王城の仕掛けが彼女に反応しているのだ。ここの主人は彼女だと認めるように。


 これだけの証拠があったら、彼女を魔王だと認めないものはいない。それはたとえ、魔王軍に属していない魔物であっても、彼女を一目見れば理解するだろう。


「しかし、アユ様の着眼点は素晴らしい。人間に渡すぐらいなら邪魔をすべきだと数々の魔物を配置したが、確かにこれでは無駄が多い」


「うむ。組織を動かすには正確な情報が必要というのも最もだ。諜報部隊がありながら、例の宝箱のことも、人間の国のことも、全てを知っているかと言われたら違うとしか言いようがあらぬ」


「適当に火を吹けば終わりだと思って重要視してなかったからな。魔王様が現れて勇者どもが出てくるなら、警戒したほうがいい。魔王様みたいな連中が敵に何人もいるなら、オレたちだって苦戦するだろうしな」


 三体は今までなあなあの常識に囚われて行動していたと反省していた。アユの考えは最もだったため、これでは幹部として恥ずかしいと己の今までの行動を深く反省していたところだ。


 ファルボロスは人間を警戒し過ぎて固い頭をしていたのではないかと思い知らされた。ハーデスは地獄の門番として役目を全うしてきて他のことをないがしろにしていた。ドラっちはそれこそ圧倒的な力があったので慢心していたとも言える。


 それぞれに反省すべき場所があったと思い、これからはそんなことがないようにと万全にことをなそうと襟を正していた。


「ハーデス、魔王城にいる者たちも慢心しないように訓練の時間を増やさないか?」


「それはいい。向上心は常に持つべきだ。それに力が全てではないだろう。トラップや連携なども考えなくてはな」


「ん?それって遠回しにオレをバカにしてる?」


「まさか。お主の単純火力は我々の中でもトップ。火力で倒せない相手の対策をしなければならん。火力で押せる時はお主に頼らざるを得ないからな」


 要は割り当ての問題だ。得意不得意、向き不向きの話。ドラゴンであるドラっちにトラップの作成など頼んでも効果は薄いだろうし、ハーデスが大火力の攻撃をしようものなら、数発魔法を撃って魔力が尽きる。強者との長期戦は向いていない。


 そういった特性の問題だ。できないことは補い合えばいい。


「ハーデスの意見も最もだが、何かあれば意見は積極的に聞こう。今回のことで専門のことでも固定観念に囚われるということがわかったからね。どんなことでも、外の目線は必要ということだ。中には鱗の落ちるような意見があるかもしれん」


「逆鱗はやらんぞ?」


「アユ様に計上すればよかろう?」


「ば、ばっかお前!なんで魔王様に求婚しないといけないんだよ!種族が異なるだろうが!」


「うん?種族が同じだったら求婚していたのかい?」


 いいことを聞いたとばかりに、口角を上げながらファルボロスはドラっちに問いかける。いきなり慌てだしたドラっちが産む感情は極上のものだった。


 悪魔に感情を偽ることはできない。完全に照れ隠しの感情だった。


 ドラゴンの雄が逆鱗を削ぎ、雌に渡すというのは求婚行為だ。そんなもの、魔王軍では常識である。


「んなもしも、存在しないだろ!魔王様は魔王様じゃねえか!」


「いや、わからぬ。この世界を制覇した者は一つ、天よりの祝福が贈られるという。そんなものを我ら魔王軍が真と信じるとは一笑に伏すべき案件だが、アユ様は降臨なされた。天ではなく、この世界の総意がそうさせるのだとしたら?」


「随分とスケールの大きな話だね、ハーデス。だが、その話は遥かなる太古から言い伝えとして残っている。人間の愚かな伝承とも思ったが、我ら魔王軍、そして地獄の支配者たる君まで知っているというのはいささか奇妙な話だ。まるで、どのような存在でも把握していて欲しいかのような」


「世界の総意ってもんが存在して、それが誘導してるってか?眉唾の神が実在してるとでも?」


「推測だ。だが、アユ様のような強大な存在が、確実に九人現れた。これは何かあると考えた方が辻褄が合う」


 この世界には人間も魔物も関係なく、いくつかの噂話が残っている。それがいつからあるものなのか、誰にもわからない。真偽不明の話がぽんぽん湧いてくるのだ。


 それを奇妙と思っても、調べる存在は極少数。今までは物好きしか考察しようと思わなかったが、アユのような存在を知ってしまった以上、御伽噺では済まないかもしれないと三体は考えていた。


「これはもしや、神の代理戦争なのではないかな?勝った側を祝福──つまり、神の座に迎え入れると」


「アユ様が神になられると?」


「可能性の話だよ。だが、この突飛な事態は何かしらの思惑があると思った方がいい。そして仮説が正しかった場合、アユ様が神になるわけだが」


「めでてえことだろ?」


「いや?我らが頂点はあの方だけでいい。神という上位の存在も、同格も必要ない」


「ッ!そういうことかよ……!」


「なんということだ……。つまりこれは、前哨戦か」


 そう。これを決めたのが神という自称世界を動かしている存在であるとしたら。それが魔王であるアユを神として招致したとすると。


 魔王に並ぶ存在が、他にもいることとなる。そして、今も見下しているわけだ。


 そして忠誠心の高い彼らは頂点が複数存在するなんて認められない。実質、高みの見学をしていただけの存在が、急に頂点に君臨するのだ。アユのように、実際に統べてもいないのに。


 そんなこと、我慢できる魔王軍ではない。


「つまりだ。人間に勝った後、その神がいるのだとしたら」


「ああ。神を殺す。アユ様だけが頂にいればいい。あの方が全てを統べればいい。あの方が神として君臨すればいい」


「へへっ。神殺しか。燃えてきたぜ」


「この仮定が事実であった場合、人間を屈服させた後に、更なる強大な敵と戦うことになるだろう。つまり、人間との戦いは余裕を持って勝たなければならない。そして、更なる力も必要だ」


「ハーデスの言う通り、これは前哨戦か。ようは、人間を倒しながら神を殺す準備をすればいいというわけか」


「そうなる。これを見越してアユ様は会議を定期的に行うと。我ら三体では意見に行き詰まるとも思って、他の者の徴収も述べたのだろう」


「ここまで見越して……。アユ様の頭脳はどうなっておられるのだ?それなら各地から強力な魔物を呼び寄せることもわかる。神との戦いを想定した場合、麾下の者どもで連携を高めた方がいい。そして情報収集も密にするようにお達しを出された」


「ひゃー。これが神に選ばれた方ってことか?」


 ある意味天使に選ばれているので、間違っていないかもしれない。


 だが、アユの頭はそこまで働いていない。天使と、魔物の力を借りて戦争をしようなんて微塵も考えていないのだから。


「アユ様のお考えに報いるためにも、早急に動きましょう。神に関する情報も密に。天使の加護というのも、神が与えた力かもしれない。天使という存在は神に仕える者という意味のようだからね。神との戦いで、その天使も相手にしなければならない可能性もある」


「とんだインチキを渡した連中か。ああ、こりゃあ本気で動かねえとマズイな!」


 そうして三体はまだ見ぬ脅威に向けて準備を始める。これをアユも見たが、皆仕事熱心だなと思っただけ。端から見ればアユの指令を実行しているだけなのだから。


 戦う想定の相手が異なっているだけで、やっていることが変わらないのがタチが悪い。

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