第3話 1−1 魔王軍始動

 そういうわけでわたしの異世界生活が始まった。まずやったのはこの城と世界、そして魔物の把握だ。そのために言葉が通じる魔物を招集する。


 場所は最初に飛ばされてきた大広間──通称魔王の間──ではなく、わたしが空いている部屋を改造した執務室だ。そこに三体の魔物が集まっていた。


 一体目は上位悪魔のフォルボロスさん。知力が高くて悪魔部隊の長らしい。そういう部隊編成もある程度は出来上がっているそうな。悪魔のイメージである先割れスプーンのようなもの、三叉鉾?とやらを持ってないのかって聞いたら、どうやら魔法とか使うタイプの魔物らしい。ファンタジーだけあって魔法も当然のようにあるらしい。


 全身紫の体表に黒の燕尾服のようなものを着ている。できる執事さんって感じ。顔は、イケメンなんだろうか?魔物のイケてる、イケてないはわからない。


 二体目は地獄の門番ハーデスさん。何と地獄というものは本当にあるようで、地上と地続きらしい。その地獄への扉の門番をやってくれているらしいんだけど、今は魔王軍の一員なのだとか。何でも地獄の門を開くかどうかは魔王の権限らしい。何のこっちゃ。閻魔大王とかいらっしゃらないのだろうか。


 ハーデスさんは頭が馬のような頭蓋骨。そう、骨。全身は違うらしいんだけど、手と頭は骨。手はちゃんと五本あるんだけど、頭は馬っぽい。肉は必要ないとか。


 三体目はドラゴンデビルという種族のドラっちさん。いきなり渾名っぽくなったな。でもドラゴン部隊という魔王軍最強の部隊を率いている部隊長さんらしい。めっちゃ威張ってた。ドラゴンって確かに強いらしいとは聞くけど、現実にはいなかったからわかんない。身体は西洋のドラゴンみたいでオレンジ色なんだけど、羽だけ悪魔っぽく紫。


 この三体の中で一番気安い。ま、お飾りの魔王だから仕方がないけど。


「集まってくれてありがとう。こんなわたしについてきてくれてありがとうね」


「何をおっしゃいます、アユ様。我らが王よ。王のために手下が働くのは当たり前のこと。その度に謝辞など申されては、あなた様の言葉が軽くなります」


「あー、うん。次から気を付けるよ。でも、感謝する時はちゃんと口にするからね?」


「はい。畏まりました」


 うーん。フォルボロスさんはこういう形式を気にする人なんだろうか。こんなクソザコナメクジのわたしが魔王で文句とかないのかな?君たちに謀反起こされたら死ぬか弱い存在なんだけど。


 なんちゃって社会人だったからこういう礼節がわかんない。魔王軍が何を気にしてるんだって話だけど。


「それで早速確認したいんだけど、魔王軍って今どれだけいるの?」


「はい。こちらをご覧ください」


 ハーデスさんから紙を手渡される。良かった、ちゃんと日本語になってるから読める。わたしのために資料用意してくれたとか、それだけで涙が出てきそうだ。わたし、誰かに何かやってもらったことなんてほぼないからなあ。


 でもここでお礼を言ったらまた話が止まっちゃう。難しいなあ。感謝してるのは本当なのに。


「まず魔王城には幹部が二十体。その幹部一体につき三個中隊がいます。ドラゴン部隊だけは異なりますが。ドラゴン部隊は一つしかないので、総勢五十八の中隊が。その総員数は千八百を超えます」


「千八百……?そんなにいるんですか?」


「いえいえ。こんなものではありませんよ。世界の方々には魔王麾下に入っていないはぐれも多数。麾下にも約八万。重要な地点には特殊な魔物も四十体以上。細かい数字は出きっていませんが、軍だけでも八万を超える、小国家分の数はいます」


 そうなんだ。いや、戦力とか数とか言われても戦争経験したことないし、ゲームもやったことないからわかんないんだけど。大きい街の住民丸々戦力だって考えると、かなり多い気がする。


 しかもそれはあくまで魔王軍にいる戦力とのこと。はぐれの魔物たちも結構いるみたい。


 そう考えていたら、ハーデスさんがまだ言うことがあるみたいで言葉を続けた。


「地獄の門を開けばまだまだ戦力は増やせますぞ。あまりオススメはできませぬが」


「まだ増やせるんですか?」


「ええ。地獄というのは死霊が集まる場所。そこでアンデッドと化した者も多いのです。そうなってしまえば魔物に変わりありませぬ。あとはマユ様がお力を使えば、配下になることでしょう」


「お力、かあ」


 わたしはそんな力を使った覚えはない。転移してきたら皆配下ですって傅いてるんだもん。これと言って何かやったわけでもないし、自分が向こうにいた時と何か変わったとも感じていなかった。


 立場だけはまるで変わっちゃったけど。


「数はそんなもんで。オレからは実質的な戦力の質についてだ。魔王城の外にいる連中はピンからキリまで。計算はしづらいが、平均を考えると大国の兵士三人と野良の魔物が一匹で釣り合うってところか。強者──いわゆる名前が有名な奴だと一対一が精々か。魔王様の言うテンイシャって奴の、天使の加護がどれだけのものかわからないからそこは不鮮明。それは魔王様もわからねえんだよな?」


「うん。不老になったりすっごく強い力を持ったりしてるみたい。最大二つだけど、わたしそういう力っていうのに詳しくないからどれだけ強いかわからないんだよね」


 ゲームとか漫画とかほとんど知らないし。わたしの知ってる魔法は皆を笑顔にするっていう子どもの魔法使いが使っていた魔法だけ。女児向けのアニメで見た魔法くらいしか知らないから、戦いで使われる魔法とやらは全然ピンと来ない。


 天使の加護による凄い力とやらも全く。凄いっていう言葉が曖昧すぎる。


 でも、ドラっちさんの話を聞く限り魔物ってかなり強そうなんだけど。バカなことをしなければ人間に質で勝ってるから、数では負けていても世界のバランスは取れていたのかな。


「聞いた感じ、魔物の皆って強くない?幹部の皆はもっと強いんでしょ?」


「そりゃあまあ。ここは魔王城ですし、魔物の中でも先鋭が集まってますから。幹部連中なんてやろうと思えば一体で小国を滅ぼせますぜ?オレたちドラゴン部隊なんて、部隊を引っ張れば大国でも吹き飛ばせますが」


 戦力過多じゃない?それで今まで人間と魔物のバランスが拮抗していたとは思えない。


 だからきっと、変化があったのはわたしのせいだ。わたしが魔王として就任して、組織として本格的に動こうとしたからこうなっている。今まで魔王城の戦力は積極的に動かなかったらしい。お互いの領分を守っていたわけだ。


 けどわたしが生きることを選択してしまったから。そして異世界の人間が来てしまったから。このバランスが崩れた。


 本当にあの天使どもめ。あいつらが余計なことをしなければ平和だった世界が。


 そんな平和が気に入らなくてこんなお遊びを始めたんだろうけど。


「じゃあ、重要な地点にいる特殊な魔物っていうのは?随分と散り散りにいるみたいだけど」


「それはいわゆる、魔王城への結界を守っている門番です。結界を守っている者もいれば、人間には過ぎた宝物を管理している者もいます。戦う力がない者もいれば、我ら幹部を超える者も。全員等しく何かしらの使命を帯びています」


「それ、必要?魔王城の結界ってどうやって管理してるの?」


「魔物特有の魔力ですな。人間の魔力とはちょっと異なりまして、それで維持しております。一度発動させてしまえば半永久的に発動しています」


「ずっとそこにいる意味はない?」


「ありませんな」


 ハーデスさんの言葉を聞いて、そんな結界の門番なんていらないんじゃないかと思った。各個撃破されるくらいなら、魔王城に戻したほうがいいんじゃないかと思う。


 この辺りはこの三体に聞いてみないと。


「いる?その門番」


「その地形を好む者、動けない者もいます。火山が好きな溶岩魔神、その土地を触媒に生み出されたゴーレムなど。その場に留まることを望む者は引き剥がせませんな」


「ああ、そっか。海でないと生きていけない魔物とかもいるんだもんね。じゃあ動かしていい門番は?」


「この三体です」


 ファルボロスさんが羽根ペンで地図に丸をつけていく。結界の源は八箇所。動かせるのはたった三体。


 どうしたものか。


「この三体って魔王城に戻しても大丈夫?」


「問題ないでしょう。そこに到達されたら人間でも結界の魔法陣は破壊できます。その場所で人間を拒む理由も、ありません」


「じゃあこの門番と、従ってる魔物たちも撤退させて。そうしたらもぬけの殻になっちゃう?」


「野良の魔物が住むので問題ないかと。人間に協力する魔物などおりませんから」


「そっか」


 ファルボロスさんの言葉で、わたしは正真正銘人間として扱われていないことがわかった。彼らにとってわたしはここの城主。魔王なんだ。


 あんな天使に魂を売った時点で、人間ではなくなったらしい。


「この人間には過ぎた宝物って何?」


「我々魔物が扱えぬ、しかし人間に利する武器であったり、精霊の加護が具現化した物であったり。あとは魔物が開けられぬ宝箱だったり。人間に与えるのは癪だということで、魔物の部隊に守護をさせております」


「それってわたしなら開けられるかな?」


「アユ様は人間のお姿そっくりですからなあ。可能性はあります」


 可能性がある程度なんだ。じゃあそれも調べてみよう。ただそこに戦力を置くのはどうなんだろう。これも戦力を分断させている要因の一つなんだもんね。


 これなら人間襲撃の最前線部隊に送りたい。辺境に強い個がいる意義を感じない。


「じゃあこれをわたしが開けられたり使えたら、その場から魔物を引き上げます。使えなくても……トラップとかで妨害するだけじゃダメですかね?」


「この宝物。人間が手にすると脅威になるような代物ばかりです。そこを手薄にするのは……」


「絶対に取られちゃダメなものってわかります?そこだけ魔物による防衛網を強固にしましょう。逆にそこ以外はトラップ満載にして、強い魔物じゃなくて嫌がらせができる魔物に守らせましょう。直接的な戦力はこんなところに置いたら無駄だと思います」


「ではそのように。こちらでも宝物の詳細は調べますが、アユ様にしか開けられない宝箱もあると考えると……」


「わたしが直接確認したほうがいいんだろうね。じゃあ順次当たってみようか。わたしがいない間は誰が魔王城を指揮する?」


「ドラっちにはあなたを乗せて移動していただきますので、ファルボロスが適任かと」


「そうですか。じゃあファルボロスさんお願いしますね。ハーデスさんも補佐お願いします」


「「かしこまりました、我が主人よ」」


 二体が恭しく頭を下げる。うーん、この敬われる感じ、慣れない。頭も弱いなんちゃって魔王なんですけど。こんなのがトップで、ラスボスでいいのかなあ。こんなのを倒すために必死になってる人間たち、ざまあ。努力なんてしなくても、わたしがフラッと街中行ったらそれだけでゲームクリアだよ。


「それと、人間の国に送る諜報部隊。転移者の情報は必須だからね。とんでもない力を持ってるかもしれないし、その人たちが唆したら魔王城に総力をあげて襲ってくるかもしれない。そういう部隊っているんだっけ?」


「ミラージュスライムのゲルダが指揮する部隊は諜報部隊ですな。幻術、変装、情報収集のスペシャリストが集まっております」


「そうそう!そういう部隊求めてた!できるだけ情報は欲しいから、とにかく世界中に散らばって情報集めしてくれる?生存、情報集めが最優先で危険があったらすぐ撤退させていいから」


「かしこまりました。この会議が終わったらすぐにでも」


 いやー、魔物って本能で動くばっかの脳筋かと思ってたけど、ちゃんとした部隊あるじゃん!しかも組織図もしっかりしてるし、ちゃんと用途ごとに纏まってるし!いろんな種類の魔物がいるからやりたいことがすっごくできる。


 これで戦力としては人間側と拮抗してるって本当?そんなに加護ってやばいのか、人間って成長したら魔物と戦えちゃうくらいになるのか。わかんないなあ。


「ドラっちさん。後で色んなところ回るからその工程表作って?効率よく、無駄なく行ってさっさとここに戻ってくるから」


「りょうかーい。ウチのドラゴン部隊が魔王様を安全に空輸してみせますぜ」


「ドラゴン部隊全部使うの?戦力過剰じゃない?」


「何をおっしゃいます!我らがアユ様に何かあったらその時点で魔王軍は終わり!むしろ戦力は増やしたいほどです!」


「いやいや。魔王城を手薄にするわけにもいかないから。ドラゴン部隊で基本空を行くんでしょ?なら人間には手を出せないって」


「それはそうですが……」


 飛行機とかヘリコプターとかないらしいし。空飛べる方法は人間にあるんだろうか。でもなんでもありのファンタジー世界みたいだからなあ。空飛ぶ魔法なんてありきたりかも。


 ま、ドラゴンには勝てないんじゃないかな!うん!でもファルボロスさんも心配してくれてありがとね。


「うーんと、あと決めること……。そう、お給料と休み!魔王軍ってそこのところどうなってるの?」


「お給料と休み?存在しませんが?」


「……ドブラック企業じゃん!ダメダメ!お給料とお休みは絶対作るからね!わたしも休むし、貰うもの貰うから、皆にも徹底させるから!じゃないとわたしが休みにくい!」


「いえ。アユ様は存分にお休みください。我々下々が働きますので」


 ああああもう!そういう話じゃないんだよハーデスさん!というか、わたしがいる場所をドブラックにしたくないの!


 自分だってそんな境遇だったのに、上に立った瞬間部下にそういうことする屑だったのかなんて、わたしに残った最後の良心が痛むんだよぉ!そんでわたしだけベッドでぬくぬく休む?


 君たちの命預かって、戦いを任せるのにそんなことできるわけないじゃん!


「休みは絶対、週に一日以上!お給料は……貨幣文化とかある?」


「魔王軍にはありませんな。即物的な部分が多いので、幹部には城の中の大きい部屋を与えられたり、食事が上質だったり。いい武器や防具が与えられたり。そんな感じですな。求めるものも種族によって異なりますし」


「じゃあお金って文化作っても無駄か。ちなみに皆だと何が欲しいの?」


「私ですと、今の設備で満足していますから。強いて言えば地獄への訪問の許可、でしょうか?」


「それって難しいことなの?ハーデスさん」


「アユ様が許可されれば特に問題は。ただ何をするのか問い質す必要があります」


「なに。悪魔としての知的好奇心ですよ。死んだ人間は何が一番苦痛だったのか。人間の悪感情というのは悪魔にとって最高の馳走ですので。我々悪魔にとってご褒美のデザートと思ってください」


「そうなんだ?他の悪魔たちもそれさせてくれたら嬉しい?」


「もちろんです」


「じゃあハーデスさん、許可してあげて。ハーデスさんに負担かかっちゃう?」


「いえ、それほどではありませぬ。問題ないでしょう」


 じゃあいっか。デザート我慢してとも言えないし。死んだ人間の魂にそうすることと、生きてる人間に拷問をすることで得る感情、どっちがいいんだろ。


 うーん。どんどんわたしがヒトデナシになっていく。


「ハーデスさんは?」


「そうですね。ケルベロスと相談して眷属を増やせたらなと。これには魔王城の広さにも限界がありますので、アユ様の裁量次第かと」


「じゃあそれは今度相談して。大丈夫そうだったら許可するから」


「ありがたき幸せ」


「ドラっちさんは?」


「肉!とにかく肉だ!どんな肉でもいい!」


「考えておきます」


 即物的ってこういうことね。これが八万……。あれ。相当大変じゃない?


「全員に何が良いかアンケート取っておいて。そこから給料として配分するから」


「はい。やることは山積みですな」


 ホントにね。


「まだまだ噴出すると思うから、定期的にこの会議開こうか。それに他にも参加させるべき魔物がいたら参加させていいから、声かけておいて。わたしも探すけど」


「御意」


 まだ初日だしね。動いてみて問題点が出てくるなんてこともあるだろうし。最初っから全部うまく行くはずがない。


 もしそうだったら、わたしのあっちの世界での生活、もっと楽だっただろうし。

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