二十九歩目.寝床にて、少女は苦悩する



 これからをどうするのかは、さして問題ではない。

 ……いや、問題であることには違いないのだが、私が思いつかないからと言って、このことを取り上げる前に解決せねばならぬことがある。


 そしてその問題をどうするかによって、これからのことが問題では無くなる可能性が高い。



 曰く。

 リーの助けるタイミングをいつにするか問題。



 私個人としては、早くリーに会いに行きたいと思っている。

 思うというよりかは、望んでいると表現すべきか。


 だって今の段階でリーを助けるということは、すなわち私の目標にリーを巻き込むことと同値なワケで。

 私のせいで捕らえられた彼女を、さらに傷付けることになるかもしれないのが、多分、怖いんだと、思う。



 リーを助けることで得られることが、私の欲望以外にもう一つある。


 それは、思考の幅を広げられるだろうということ。

 私では思いつきそうもない今後についての相談が出来る。

 元々はそうでなくとも、今の彼女は論理的な思考を得意とするのだ、私一人でうじうじと考え込むより良い案が出てくるに違いないだろう。


 だからと言って、それを理由に助ける選択をするのは、いけない気がする。


 私に、これ以上リーを傷付ける資格なんて、無いから。



「一の魔法師様」


「……任務か?」

 声をかけられ跳ねる心を隠すよう、出来るだけ声の平坦さを保つ。

 窓に目をやると、なるほど、確かに相当な時間が経っていたようだ。

 ベッドに入った時には朝焼けを見せていた太陽が、今では空の頂上近くに位置している。


 動くなら、何かを起こすなら、今からの任務中が一番良い。


 遅くなればなるほど、私の中から彼女を消されてしまう可能性が高くなっていく。

 眠気にもきっと耐えられなくなる。


 今でさえ体は悲鳴を上げているのだ。


 もし、どこかのタイミングで寝落ちてしまったら。


 その隙に、記憶を消されたら。


 多分それは、私の中の想いすら消されてしまうことと同じだから。



「久しぶりだな、一の魔法師。今日の補佐は俺がつくことになった。いつも通り車椅子ごと任務地へ転移させるから、早く座ってくれ」


 今日は、三の魔法師なのか。


 ……逃げ出せる、のか?

 少なくともリーは、三の魔法師は本気の――傷を負った私に対抗出来る力を持っていると、夜逃げのいつかに言っていた。


「どうしたんだ? 今日は一段と隈がひどいようだが、辛いなら俺が運ぶぞ?」


 動かなければ。


 不審に思われて私が消される前に、行動しなければ。


 とりあえずは今日を乗り切って、それからどうするかを考えよう――なんて。

 そんな暇が無いことは、重々承知していた。



 深呼吸を挟む。


 もし、私がリーを助けずに行動を起こしたとして。


 これまで王宮に抗いその全てで失敗してきた私一人で、今度は成功を掴めるのだろうか。


 一度の失敗が記憶消去に繋がる恐れもある中で、綱渡りを成功させられるのか?

 正直なところ、渡る綱を考え出せるかどうかすら危ういというのに。


 挑んで、それで、……失敗したら。


 リーは何を思うのだろう。


「一の魔法師? 動かないのなら有無を聞かずに運んでしまうが、いいか?」



 ふと、深夜に過去を語っていた彼女の姿が脳裏に過ぎる。



 私の笑顔を見たいと言ってくれたリー。



 もし、もしも私とリーが反対の立ち位置にいたとして。


 リーが私を助けるという選択肢を取らず、一人で王宮に挑み、失敗したら。


 私は――どう、思う?



「なら運ぶぞ?」



「……嫌だ」



 それは嫌だ。


 なんで言ってくれなかったのだと悲しくなる。


 オマエの中で私とは、そこまで信用ならない存在なのかと、信用もしてくれない存在なんだなと、枯れ落ちた花びらよりも乾いた声音で笑ってしまうかもしれない。



「だったら早く座ってくれないか」


 三の魔法師の催促が鼓膜を打つ。

 そろそろ、タイムリミットだ。


 答えを出さねばならない。


「すまない、少し考え事をしていた」


「そうか。とにかく今は時間がないんだ。早く座ってくれ」


 この思考が自惚れなのかどうかまでは、実際のところはリー本人に聞いてみなければ分からない。

 当たり前だ。

 どれだけ親しい仲だろうと、他人の心は覗けないのだから。


 それでもあの時の、牢屋の中で滔々と語るリーの姿は、――かつての私のように現実を悲観しているような気がしたのだ。


 牢屋で会話をする前まで、リーも私のことを道具としてしか見ていないのではないかと、疑っていたように。

 それこそ、もしここで私がリーを助けずに失敗……いや、成功したとしても。


 いくら私が「オマエに救われた」と伝えたところで。


 信じてはもらないだろうことは想像に難くない。


 だって私がそうだったから。



 ……そんな、世界。


「そうだな、すぐに座るよ」



 きっとリーは、心の底から笑えない。



 だったら今助け出す他に、選択肢はないということで。



 車椅子に乗り込む。


 景色が切り替わる。



 目の前に広がった、もう既に化け物を生み出している捻れの空間。



 早急な対処が必要とされている光景。


 ――かちり、魔封じの枷の外れる音がした。



「生まれろォッ‼︎‼︎‼︎」



 静止する暇は与えない。



 右手に生まれた僅かな魔力をそのまま塊にしたナイフを、そして私は腹に刺す。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る