二十八歩目.寝床にて、少女は歯を食いしばる



 あの後自室に戻らされた私は、すぐさまベッドに入り瞼を閉ざした。

 休息は大切だ。

 時として睡眠は、己の昂った感情を収め冷静な思考をもたらしてくれる。


 翌日、今度は叩き起こされることで目が覚めた。

 つまり、目を覚まさせられた。


 理由はやはり任務が下ったからで、当たり前の如く私には拒否権などないまま任務の地へと連れてかれた。

 流石に私も、傷に痛みを伴う魔法を使っている最中に他のことを考えることなど出来ない。

 ……いや、正確には出来なくもないんだが、私の魔法を使う時の特性上、考えている内容を全て口にしてしまう。


 要は、王宮に抗う為の計画を練るには不適な時間であるということだ。


 そうして朝っぱらから任務をこなし、自室に舞い戻ってきた。

 部屋に一人残されている訳ではないが、寝ているフリをして思考すれば良い。

 幸いにも魔法を使っている時以外なら、無言でも頭を回転させられる。

 というか、今のように何もしなくて良い時間を逃したら、ただ任務に忙殺され時だけが流れ過ぎてしまう。


 だって私は決めたのだ。


 リーも私も笑える世界を作る為に抗い切ると、道を定めたのだ。


 なればこそチンタラしている暇など無い。



「…………ふぅ」

 一つ息を吐き、己を切り替える。


 しかし、どうしたものか。


 簡単に王宮に歯向かうと言っても、現実問題私の手は自由に動かせない。

 なんなら魔法も使えない。

 というか足が片方無いせいで移動することすらままならない。



 ……詰んでないか? 私。


 …………え。


 ぁ、いや。


 どしよ。


 割とガチで何をすれば良いんだ⁇



 というかまず、リーと私の笑える世界とは、一体全体どんな世界なのだ?


 リーも私も笑える……――私がリーと夜逃げをしていた頃が当たり前となるような世界?


 うむ、ざっくりとし過ぎてはいるが、一応目指す世界としては正しいな。


 すると、リーのことはどこかのタイミングで解放せねばならんのか。

 ……どこだ?

 どのタイミングなら、なんか色々上手くいく?


 ぐるぐると頭が熱くなってくる。

 そもそもがほぼ徹夜明けの脳みそで、何か考え事をしようとしたことが間違っている気もする。なんなら横になっているのも、上手く思考が纏まらない原因の一つなのではなかろうか。

 知恵熱であろう熱さにやられ出した今の私じゃ、何かを考えつく前に気絶してしまいそうだった。



 ……とりあえず、寝るか。


 体も頭も疲労にまみれた状態では、まともに考え事も出来ないことを知れただけ良かったと思うしかない。

 自然と目が覚めた時ならば、もしかすると澄み渡った思考を手にしているかもしれないのだ。


 少なくとも私から彼女の記憶が失くなる前に、何かしらの事を起こさねば――





 ――待て。


 もしここで寝てしまって、次起きた時にはもう彼女の事を、リーの事を覚えていないだなんて羽目には、ならないよな……?



 いや。


 そんな羽目は無いと、言い切ることは出来ない。


 だって王宮だぞ?

 いくら辛い苦しいと泣き喚いたところで、実際の任務に支障さえなければ無視して見過ごすヤツらだぞ⁇



 と、すると。


 どうやら私には、睡眠すら許されない状況下らしい。


 体力と精神力を鑑みると、本当の本当にゆっくりしている時間は無い。




「……ふぅ」

 現状を整理しよう。


 まず、今の私は身動きの取れない状態だ。

 手は魔封じの枷が掛けられているし、右足を失っていることによって自力で立ち上がることも出来ない。

 ついでに魔法も使えない。


 正直、ここまで酷い条件で何かを起こすなど無理だ。


 魔封じの枷さえどうにかなれば――魔法さえ使えれば、まだどうにかしようもあるというものだが……。

 手首から感知出来る限り、この魔封じの枷を壊そうもんには相当量の傷が必要だと見込まれる。下手すると、左足を引きちぎる程度では済まないかもしれない。


 故、魔封じの枷を無理矢理破壊するのは現実的ではない。



 しかし、ならばどうすれば良いというのか。


 魔法の使える状況といえば、任務の際に魔封じの枷を外される時くらいしかない……




 ……――いや、逆に考えろ。


 任務地では、魔封じの枷を外される。


 そして私の頭には、テンプレート王国全土の地図が入っている。


 何かしらの目印――例えば町や村の名前が書かれた標識や、結構広めな周辺の地理情報などがあれば、現在地を特定することも可能だ。


 現在地が分かれば、王宮へ転移することも出来る。


 魔法の使える状態なら、地下牢に囚われているリーを助けることだって叶う。



「……(スゥ、……ふぅ…………)」



 理論上、特に不備は見当たらない。

 上手くやれれば、捻れから出てくる敵を滅しながら逃亡することだって出来るだろう。



 問題は、それらを成し遂げる為には、私が傷を負うことが必須であるということ。



 ひくりと痙攣するようにして持ち上がった右の肩と二の腕を、己の体とベッドで挟んで押さえ付ける。

 今日もいつもと同じくらいの敵に見舞われたというのに、何故だか……多分、リーと会話が出来たから、傷は少なめで済んだ。

 そのおかげか、新しい傷は全て治されている。痛みも少ない。



 私は、……私は。


 私が私の意志で、私自身に傷を作れるのだろうか。



 少し想像しただけで、震えが止まらなくなる。

 落ち着け、落ち着くんだ。

 今ここで下手な行動を見せたら、王宮のヤツらに不審がられる。



 リーとの想い出を、失うのだぞ。



「――――…………、…………?」



 小刻みに震えていた体を抑えようと深呼吸をして、気付く。


 私の体は、いつの間に


 さっきまでは、恐怖に歯がカチカチと鳴ってしまいそうな程、寒気立っていたというのに。




「――……ぁ」



 そうか。


 気付けば、こんなにも。


 私はリーに、救われていたのか。



 これまで王宮に命じられ、たとえ拒否し嫌がり暴れようとも傷を負わせられ続けた私の過去でさえ――トラウマでさえ。


 リーとの想い出に塗り替えられていく。


 彼女の為ならば、きっと私はなんだって出来る。


 そう思える。

 想えてしまう。



「……」


 けれど本当に?


 私は私を傷付けられるのか⁇



 ……疑問に思うのなら、試せば良い話だ。


 ほら。


 今の私には、強くベッドに擦り付ければ開く傷が、いくらでもあるだろう?



「…………」


 怖かった。


 恐かった。


 命じられているワケでも無いのに、何故苦しまなければならないのだ。


 他に方法なんてないことは分かっているのに。


 別に今じゃなくても――それこそ必要になってからで良いのではないかと、心が弱音を吐いている。



「………………、それでも」


 私は決めた。


 私は選んだ。


 私だけの道を進むことを、定めたのだ。


 社会を生きるには苦しむことが当然だという三の魔法師の言葉が嘘でないとしても。


 これからは、他より強いられたから――ではなく。


 私自身が負うと決めた苦しみの方が、何倍も何百倍も何万倍も、良い。


 その苦しみは、むしろ己は進めているという実感にも、繋がるやもしれんから。



「――、」


 歯を食いしばれ。


 痛みで、声が洩れないように。


 この行動が怪しく思われ、私から彼女を失わせない為に。



「――――――――ッ」




 ――そしてベッドに鮮血が散る。


 痛い。


 けれど、辛さは苦しみは、普段よりもずっと小さい気がした。



 傷の痛みによって発生した魔力が、魔封じの枷に吸い込まれていく。

 実際に何か事を起こす際には、枷が嵌められているが故の魔力を持たぬ状態から転移やらなんやらを使えるだけの魔力を得ねばならぬだから、より痛みを必要とする。



 出来るのかではなく、やってのける。

 そう、決めたのだから。



 ……うむ。

 ならば、大丈夫だ。




 あと一つの問題さえ、どうにかなれば。


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