二十七歩目.地下にて、少女は選ぶ



 あれは、普段通りの任務が終わった後のことだったという。

「王宮へ転移して、その足でレヴィは自室へ戻るよう指示してきた使用人の言葉を無視して謁見の前へ向かいましたね。

 覚えておりますわ。本当の本当に偶然、ワタクシがレヴィにつけられていて、幸いにも貴女の後を追い直近で貴女の様子を見ることができたんですもの」


 ワタクシ、とっても衝撃を受けたんですからね。

 縛られたリーアの両手が、震える体を隠すように胸元でぎゅっと握られる。


「あの子はただ従順に、王宮に従っているだけだと思っていましたから。ワタクシが王宮に反感の意を覚えることは許されないものだと諦めかけておりましたのよ。

 ワタクシよりも苦しんでいるあの子がまさか、王宮に歯向かうだなんて、考えてすらいなかった」


 一の魔法師になる前の己の思惑は、今も覚えている。


「かつての私は、国直属の魔法師の中でも一番になってからならば、王宮も言い分を聞いてくれるものだと。そう考えていたからな」

「知っております。夜逃げする前の任務の際に、雑談として聞きましたわ。

 たしか、まだ国直属の魔法師になったばかりで何度か意見したことがあったけれど、何も聞き入れてくれなかった――と」

「オマエの言う通りだよ。

 だが結局、何も変わることなんてなかったんだけどな」


 夜逃げをする前に必死こいて叫び続けたことも。


 夜逃げをして、リーアと一緒に世界を変えようとしたことも。


 私のやってきたことは、全て無駄で――



「そんなこと、おっしゃらないでッ」



 リーアの言葉が、鋭く地下牢の壁を突き刺す。


「少なくともワタクシは救われた。

 貴女のおかげで、ワタクシは変われた。

 一の魔法師になり力を持っている貴女が、ワタクシよりも傷ついていた貴女が、王宮は間違っていると言ってくれたから!」



 ――むだ、では……なかっ、た…………?



 真っ直ぐなリーアの瞳からは、嘘を感じることが出来なかった。


「ワタクシは救われた。

 このままずるずると苦しまなきゃいけないって自分に言い聞かせないで生きていてもいいんだって、自分の本当の気持ちを許すことができましたのっ」


 私のやってきたことは。


「真っ暗な人生を生きていたワタクシの、希望の光に映ったんですから」


 本当の、……本当に。


 無駄ではなかったのだろうか。



「自分を信じて諦めず生きていけば、いつか世界は変えられると、言われているようでもありました」


 それからワタクシは、目標を持てるようにもなりましたの。


「まずは貴女に追いつくために。

 同時に、ワタクシの言葉がより上層部に届くようにと、一番早く二の魔法師になるための計画を練りました。

 治癒系の魔法を伸ばすと決めた理由は、当時からその系統の魔法師が足りていないよう感じていたからです。だって数字を冠してすらいなかったワタクシでさえ、一の魔法師の補佐に選ばれることが何度かあったくらいですもの。

 得意にしていたこともあって、狙い目だと、考えましたわ」


 結果として、リーアは二の魔法師まで上り詰めた。

 とにかく必死だったと、彼女は肩をすくめた。

「あとは密かな目標でもあった、レヴィの専属になることも叶えることが出来ましたわ。まぁこちらは、王宮からハッキリと言われたわけではなかったのですけれどね」


「……何故、私の専属になりたかったのだ?」


「憧れの人の近くで在りたいと思うことは自然なことでしょう?」



 私は。


 リーアの憧れに、なれていた――らしい。


 それが何故なのかは、聞く必要もなかった。



「でもね、レヴィ」

「なんだ……?」


「貴女の近くにいたいと頑張った理由は、もう一つありますの」

 リーアは、ふと顔を暗くしたかと思ったら、そのまま視線を床に落とした。



「――レヴィを、救いたかった」



 吐き出された言葉は、これまでの告白の中で一等小さな、それこそ淡い雪のように消え入ってしまいそうなほど、ひどく弱いものだった。


「調子に乗っていたんです。

 計画を立てるようになって、多かった失敗も徐々に少なくなっていって。二の魔法師となる頃には、取った行動に対し最低限の見返りを手にできるようになってきていたものですから。

 ワタクシなら、ずっと痛みに苦しみながら一の魔法師に縛られているあの子を救いだすことができるんじゃないかと。……考えて、しまって」


 私を……救いたかった?


 救ったところで利益がないことくらい、論理的に物事を捉えるリーアは理解しているはず――いや。



 本当にリーアは、元から論理的に物事を考えていた人間だったのか?



 少なくとも今の話を聞いている限り、論理的な思考回路は己の目的を果たすために身につけた思考法のように思えてしまう。

 もしかしなくとも、論理的で洗練された、無駄のない彼女は、見せかけに過ぎない表面的なものなのではないか、と。



 なら、ならば。


「なぁ」

 リーアは、何故、私を救いたいと想ってくれたのだろうか。


「オマエは何故、私を救いたかったのだ?」


 返答は、まるで彼女の中では当たり前に存在しているかの如く、放り出されたものが自由に落下していくよりも自然に紡ぎ出された。




「貴女の笑顔が見たかったの」



「私の?」


「えぇそうよ。レヴィが苦しむことなく、心から笑って過ごせるようになってほしかった。

 ……ワタクシも、貴女と話しているときは、自然と笑えていたから」



 リーアの言葉に、ああそうかと心が納得する。


 夜逃げをする前より心が苦しくなっている理由に、ようやく思い至ることが出来た。



 ……最近の私は、笑っていない。


 リーアと。


 



「でもね、もういいの。

 最近のレヴィが前よりも苦しんでいると、王宮の人から聞いたわ。

 前よりもってことは、ワタクシが夜逃げに誘ったことも要因の一つになっていると言うことでしょう?」


 そうじゃないと反論することは、今の私には出来なかった。


 リーと共に過ごした時間がどれほどかけがえのないものであったのかを、理解してしまったから。


「だからね、レヴィ。

 貴女にとってワタクシの存在が重荷になっているのなら、どうかワタクシのことは忘れて欲しいの。

 魔法を使ったっていい。王宮に望めば、きっとその願いは聞き届けてくれる。

 もしかすると、この話を聞いて、王宮はレヴィからワタクシを忘れさせてしまうのかもしれない」


 忘れる。


 リーのことを、忘れる――。



 それは嫌だと、心が返してきた。




「――さて、これでワタクシのお話はおしまいですわ。

 レヴィの顔つきもちょっとは良くなったように見えますし、何より王宮は欲しかった情報を手に入れられたはず」



 私から視線を外し、先ほどまでとは打って変わった軽快な口調で語り出したリーの言葉は、やはり先までとは違い空気を上滑りしているように聞こえた。


 よく見れば、両手が白くなるほどに握り締められている。



「レヴィもちょっとは苦しさから解放されて、以前までと同じような力を振るえるようになる。

 そのための情報は、ちゃんと提供しましたわよ。

 ね? 王宮に仕える使用人さん?」



 ……なるほど。


 そういう、ことだったのか。


 王宮が急に私をリーと会わせた理由がようやく読み解けた。


 王宮は、私が夜逃げ前までと同等の条件で同等の力を使えるようになることを望んでいる。

 治すのが大変になるからか私の体そのものが壊れやすくなるのを厭ってかは知らんが、前と同じ量の傷で任務をこなせるようになることを求めているのだ。


 だから、私をリーに会わせた。


 恐らくは、リーから私の状態を元に戻す為の情報を口にする条件として、提示されたのだろう。

 本当のところは、分からないけれど。



 それでも。


 今にも倒れてしまいそうなほどに真っ青なリーの様子から、彼女が自身の想いを犠牲にしていることは、分かった。




 ――だったら。


「何言ってるんだ? 別にオマエとの記憶を消さなくとも、私はやっていけるさ」


 リーは私に救われた言っていた。


 私が国直属の魔法師を解放せんと立ち上がったことに救われたと言っていた。


「久しぶりにと話せて、私は嬉しかったよ」

「……ッ⁉︎」


 でもそんなの、ただの結果論だ。


 だって私は、自分の為に動いていた。

 ……リーは勝手に救われただけ。


 少なくとも当時の私は、リーを救う為に動いていたワケではない。

 確かにもっと職場環境を良くするべきだとは主張していたけれど、結局のところは自分の置かれている状況を変えたかったことが一番の理由だったのだから。



 それでもリーは、そんな私利私欲に塗れた私の行動に救われたのだと言っていた。


 言ってくれた。


 私の在り方がリーの世界を変えたのだと、はっきり断言してくれた。



「本当さ。リーが王宮に掛け合ってくれたのかは分からぬが、心が軽くなったことは事実さ。

 これまでの不調が嘘みたいにな」



 私がしてきたこれまでのことは、無駄になど、なっていなかったのだ。



「……そう、言っていただけると、嬉しいですわ」


「うむ。ありがとな」



 忘れさせない。


 私の中から、これ以上、私を奪わせない。



「だから、リーとの記憶を消されなくとも、私はやっていけるぞ?」

 きっと王宮は、結果を見せなければ信用してくれないだろうが。


 夜逃げ前と同じように振る舞えるか、正直なところは不安だが、そこはやってみるしかない――





 ――…………いや。


 もう一つだけ、取れる手段が、ある。


 王宮から私の記憶を守るだけでなく、リーのことまで救い出せる方法が。


「ですけどそれでレヴィが苦しむのなら……レヴィ?」


 胸がドクドクと音を立てている。苦しいのではない。

 痛みに体が悲鳴を上げているからでもない。


 心が、高揚しているからだ。


「あのレヴィ、どうなさったの?」



 ……出来るのか?


 私がリーを救うことは。


 出来るのか⁇



「違うな」


「え?」


 救うことが出来るのか、ではない。



 救うのだ。


 たとえ無理だとしても、やり遂げるのだ。



「いや、大丈夫だ。

 これからしっかりと気を入れ直さねばと、考え事をしていただけさ」

「そう? でしたら、いいのですけれど」


 リーが心配そうに吐いた言葉。

 私の後ろで、誰かが蠢く気配がする。


「一の魔法師様もお疲れになられる時間でしょう。そろそろ終わりとさせていただいてもよろしいですね」


 使用人は疑問形ではなく命令として、口を動かした。


「ワタクシは構いませんわ。レヴィは」

「私も大丈夫だ。

 いや、本音を言えば、前のようにこのままリーが私の補佐をしてくれると嬉しいのだがな」


 でもそれ以上に、叶えたい想いがここにある。


「申し訳ありませんが、それは」

「分かっておる。

 ほれ、どうせすぐ任務が始まるのだろう? 少しは眠りたいから、自室へ行くことが許されるのなら、さっさと連れて行け」


 だから今は、その想いを成し遂げる為に動くのだ。

 まずは、休息をしっかりと取るところから。


「畏まりました。動きますので、ご注意ください」

、リー」


 車椅子が動かされる気配に、私はひとときの別れの言葉を告げる。


「……えぇ。頑張ってくださいまし」

「ああ、頑張るよ」



 やりたいことを、もう一度。


 無駄ではなかったと、リーが言ってくれたなら。


 きっと無駄にはならないから。



 車椅子に揺られながら、そっと、息を吸い込む。

 肺の震える感覚に、体も痛みを主張していた。


 正直、今でも辛い。

 だって動くたびに傷はひりつくし、疲れは溜まっているし、何より身動き一つ取ることすら大変な労力を必要とする。


 やりたいことをやろうと動く為には、一体どれほどの苦しさが伴うのか。



 ――それ、でも。


 リーが私を救う為だけに動いてくれたように。




 今度は私が、リーを救いたいから。




 リーと私、どちらもが笑える世界を、作る為に。


 もう一度。

 今度は何がなんでも私の夢を叶え切れるまで。


 抗おう。


「抗い切るのだ、絶対に」



 誰にも聞こえぬよう、されど己には届くよう、想いを音に乗せた。声に出すだけで、心が現実味を帯びるような気がする。

 ふと感じた明るさに横を向くと、地下から出た先、窓の奥から朝日が顔を出すのが伺えた。




 そして私は選択する。



 今この場所から、もう一度。

 私だけの生きる道を、歩むことを。








――――――――――――

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます!


 もし、

・おお! レヴィいっちまぇ!!!

・リー安心して、レヴィがどうにかしてくれる!

・ふたりとも幸せに生きてくれ……!

・なんかめちゃくちゃ面白くなりそうじゃん!?

・続きはよよこせや!

 と思ってくださったら、

 ★評価やコメントを!

(作者たる私はめちゃくちゃ飛び跳ねて宇宙突き抜けるくらいに喜びます)



 ところで。

 一日一話投稿と二話投稿、どちらのがいいでしょうか……?

(特にご意見がなければ、このまま一話投稿で行きます)

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