二十六歩目.地下にて、少女は告白を受ける



 両手に枷を掛けられ、両足にも鎖が付けられている。

 リーアの入れられている地下牢には窓格子すらなく、朝になっても日差しを拝むことすら出来ない場所。

 そのことも一つの要因となっているのか、使用人が持っているものと壁に取り付けられた灯りに揺れるリーアの顔は、どことなくやつれているようにも見えた。


 リーアは、私よりもずっと厳しい状態で捕らえられている。


 私が、……私が、止めなかったから。


「レヴィは元気にしておりましたか?」


 なぁリーア。


 何故オマエは、それほどまでに酷い状態でいながら、私の心配が出来るのだ?


 私のミスが、オマエの捕縛に繋がった――オマエの夢を叶えられなくしてしまった、というのに。


「……オマエは、恨んでいないのか?」

「恨む、ですの?」


「だってオマエは、私のせいで――ッ」



 かつて私は、主張した。

 国直属の魔法師の待遇について、もっと良くするようにと望んだ。



 ――だというのに私は。


 私の行動そのものが、国直属の魔法師でもある二の魔法師の待遇を、悪くした。



「何をおっしゃっておりまして?」


 なのに。


「ワタクシがレヴィを恨むだなんて、そんなこと」


 優しく目を細めて。


「するはずがないじゃありませんか」


 彼女はふわりと笑っている。



 ワケが分からなかった。

「どうして、オマエは笑えるのだ? だってオマエは私のせいで捕まったのだぞ⁉︎ 私がヘマをしたせいで……いやそもそも私がオマエを止めれば、少なくとも王宮からは今も変わらぬ待遇を受けていたはずなのに――」



「それは違うわ、レヴィ」



 私の言葉を遮り、リーアは私の瞳を射止める。

「貴女はワタクシに逆らえなかったわ。だって隷属されていたんだもの。貴女が気負う必要はないの。

 貴女が嫌がったとしても、ワタクシは隷属の力を用いて貴女を牢屋から引きずりだしていたでしょうし」


 だから、レヴィは何も悪くない。


「むしろ、右足を失った状態の貴女を夜逃げに連れ出して、結局は捕まってしまって。

 ……もしレヴィがあれから大人しく王宮に従っていたら、今頃右足を治癒させるように指示が下っていたかもしれませんのに。少なくとも、今のレヴィみたく、貴女が両手を縛られ暮らさなくてはならない状況からは脱却できていたはずでしてよ」

 だからね、悪いのは、ワタクシよ。


 リーアは、悔やむように、顔を歪ませる。


「全部全部、ワタクシが悪いの。

 貴女に与えられるすべてに対して勝手に気を揉んで、心配して、ワタクシが救わなくてはと馬鹿げた妄想に酔って」


 なにをいい気になっていたのでしょうね、と彼女は肩を震わせた。



 ……何故。


 何故リーアは、私にそこまで気をかける?


 私など、所詮は傷を付けて使うことでしか利を得ることの出来ない、単なる道具のような存在に過ぎないというのに。



「一つ、聞かせてくれ」



 だって私など、所詮は単なる庶民の生まれでしかない。


 家族が家族を大切に思うことがあるのは、分かる。

 今はもう記憶のカケラすら残ってはいぬだろうが、それでも幼き頃の私を、私の親は大切に慈しんで育ててくれていた思い出は、私の中に残っているから。


 三の魔法師が妹と未だ行動を共にしているのも、きっとそういった理由も少しは含まれているからなのだろう。



 けれどリーアは、違う。


 リーアと私は、ただ国直属の魔法師として、王宮から下った命令の元、共に任務をこなしていただけの関係で。



「何故オマエは、私をそこまで――己が傷付いてことすら厭わずに、気に掛けられる?」



 特に庶民とは価値観の違う貴族出のリーアが、私を大切に思うことなどあるワケがない。

 ――ない、はずなのだ。



 けれどもリーアは、私の姿を見て、笑った。


 恐らくは、私を安心させようと、微笑んだ。


 少なくとも先ほど、リーアの今の状況は私のせいではないと断言した。



 果たして。


 リーアにとっての『レヴィーディス』の価値とは、一体全体、どこに存在するというのか。



 何かを悩む素振りを見せたリーアは、息を吸い、吐くと同時に一度閉ざしていた瞼を再び開いた。

 私の横に視線を送ったのは、私についている使用人の様子を確かめる為なのか。

 小さく動いた唇から洩れたのは、どうせ王宮は知っているワタクシの過去に過ぎませんものという、私への解答とはズレた言葉だった。



「少しばかり恥ずかしいのですけれど、ワタクシの身の上話をいたしましょう。

 なぜワタクシがこれほどまでに貴女に入れ込んでいるのか、少しはご理解いただけるかと思いますわ」


 国直属の魔法師となった直後のワタクシ、今とは比べ物にならないくらいにやさぐれていましたの。

 リーアはそう言って、照れ笑いを浮かべた。

「だってもしワタクシに才能がなければ、貴族の娘として、それなりには裕福で安泰な人生が約束されていましたから。才能なんてなければ良かったのにと、何度ため息を吐いたことか」


 才能が、なければ――。


「それとね、実は昔のワタクシ、レヴィのことがあまり気に入っておりませんでしたの」

「私のことが?」

「ええ。

 だってレヴィは平民出身。

 それもワタクシより後に国直属の魔法師となったと言いますのに、ワタクシよりもずっと早いスピードでより高い地位へと上り詰めていきましたから。

 なんで庶民なんかが――なんて思ってもいましたわ。

 それに当時のワタクシは、ただ才覚があると見出されていただけでして。

 数字を冠しているわけでもなかったので、貴族出身で本来なら多少はもてはやされるはずだったワタクシでさえも他の魔法師たちと同じ扱いを受けておりましたの。当時から忙しかったことは覚えておりますわ」


 そのことを恥ずかしながら同じ貴族出身である三の魔法師に荒れた口調で愚痴ってみたら、そこまでして見栄を張る必要はないだろうと言われたのですけれどね、とリーアは言う。



 しかし、そうか。


 リーアも私のことを、最初からプラスの意味で気に掛けていたワケではないのだな。



 ならば一体何が原因で、昔のリーアは今のリーアに変わったというのだろうか。


 疑念を積もらせる私を見てか否か、続きを語らんと鎖に手も足も繋がれた少女は口を開いた。

「でもそれは、ある日を境に百八十度変わりました」


 覚えておりますか? とリーア。



「ワタクシは、はっきりと覚えております。

 ある日、レヴィと初めて任務をこなした日のことは」



 レヴィと初めて――つまり、私に初めてリーアがつけられた日、ということか。

 何か特別なことでもあっただろうかと、記憶を掘り返してみる。

 けれど、思い至るものは一つもなかった。


 流石の私とて、常とは異なる何かがあれば覚えているはず。


「……このような状況下で申し訳ないのだが、少なくとも私からすると、特段変わったことはなかったと記憶しているのだが」

「わかっています。

 レヴィにとっては当たり前の日常であることは、その後ワタクシが貴女の専属に近しい形で付き添うようになってから、嫌と言うほど思い知らされましたから。

 ですからこれは、当たり前を繰り返していただけのレヴィに言葉を失ったという、単なるワタクシの思い出に過ぎません」


 庶民出身ではなく貴族出身だから驚いた――と簡潔にまとめられるほど、きっとこの驚愕は小さくないでしょう。



「貴女の治癒役を命じられ、捻れの空間の前へ転移した先。

 先日ようやく数字を冠した魔法師になったというワタクシと同年代の少女は、苦しみに顔を歪めながら自らの腹にナイフを突き立てました」



 まさかここまでとは思ってもいなかったと、リーアは告げる。

「レヴィの才能については、兼ねてより耳にしておりました。それでもせいぜいが皮膚を切り裂く程度の、一瞬の痛みを我慢すれさえすれば乗り越えられるものだと考えていましたわ。

 いくら貴族関係なしに無給同然でこき使う王宮だからといって、十代前半の子どもに自ら腹を刺す真似をさせるだなんて、思ってもいませんでした」


 確かに、当時の私はほぼ毎回の任務で大きな傷を負わねば敵を蹴散らせなかった。

 魔力の制御能力も今よりずっと劣っていたものだから、膨大な魔力量で押し切る他に選択肢がなかったのだ。



 だが、やはりそうだったのか。


 当時から、私の置かれていた状況は常識からは離れたものだったのか。


 リーアの言葉を信じるのなら、かつての私の所作に驚いたということは、すなわち王宮の命じていたことが普通ではあり得ないことだったからだと考えられるから。



 王宮が――間違っていると、リーアも感じていたのだろうか。



「ワタクシが妬んでいた少女は、ワタクシよりもずっと辛く苦しい立場にいた。

 たかだか忙しくさせられているだけで文句を言っていたワタクシはワタクシ自身が恥ずかしかったですわ。貴女がもしワタクシよりずっと歳上の存在だったなら、まだ言い訳もできた。

 でも貴女は、ワタクシと同じくらいの、見た目はただの女の子だったんですもの」


 そんな子が現実を悲観して愚痴を吐いていないのに、いったいワタクシは何をしているのか。


「なんて思ってしまって、だからそれ以降は王宮に文句を言うのも控えていましたの。

 なんとなく、王宮に歯向かうことがいけないことのように感じてしまって。あの子が何も言わずに王宮に従っているのは、王宮が正しいからなんじゃないかって」



 でも、だからこそ。


「一の魔法師になった貴女が、ワタクシたち国直属の魔法師の待遇がおかしいと立ち上がったことに」


 とても、救われましたのよ。



 そう言ったリーアの頬は、暗がりでも分かるほどに仄かな朱色に染まっていた。


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