二十五歩目.地下にて、少女は震える
不規則に寝ては、叩き起こされ、極稀に何の拍子も無く目が覚める。そんな生活が続いている。
日付の間隔どころか、今が何時であるのかすらよく分からない。
身動きを取ろうとする余力も残っていなかった。
あれから、何日が過ぎたのか。
少なくとも、必要以外の時間を寝て過ごせば幾らかは考え事に耽り苦しむ時間が減ることは、学ぶことが出来るくらいには時が流れている。
傷は――以前より、増えた。
絶えず体は痛んでいる。
苦しいと思う心に無理矢理蓋を被せ知らぬフリを突き通すという方法も、身に付けた。
時々、それでも無視できない痛みに苦しみを増大させてしまうこともあるけれど。
幸いなのは、極稀に三の魔法師が遣わせられるようになったこと。
何も聞いていないと耳を閉ざしてきたからか、最近は言葉一つ交わすことも無くなった。
今では彼でも癒し切れない傷を抱えている私だが、それでも他の魔法師と比べると直せる絶対量が違うのだ。
三の魔法師が担当になった後すぐの睡眠は、ほんの少しだけ、辛さが軽減される。
ジクジクと痛むたびに生まれ出でる魔力が、魔封じの枷で打ち消されていく。
瞼を開いてたところで何も見えない。
どうやら今は夜らしい。
リーアは今、何をしているのだろう。
私の知らぬところで、二の魔法師として働かされているのだろうか。
それとも、実はまだ牢屋に繋がれていて、ただただ無為に日々を送っているのかもしれない。
苦しみが無い分、そちらの方が幸せなんだろうな。
だって、今の私は、痛みと苦しみと辛さに溺れてばかりいる。
生きる意味だって、分からないのに。
リーアが捕まることになった要因を作った私に、そんなことを思う権利なんて、無いんだろうけれど。
……控え目に扉が叩かれる音が、静かに鼓膜を揺らした。
軋む音を立てながら、開かれる。外の灯りの中に浮かぶ人影。
ああ、また、任務か。
小さく洩れた溜息が、冷えた夜の空気に
部屋の暗がりから使用人が顔を出す。
いつもの革靴の底が立てているかつりとした足音を極力殺すようにして歩いているのは、……何故だ?
私の他にも、この部屋で寝ているヤツがいるのか?
扉奥の光に揺蕩う二人。
何とは無しに見ていたら、私の部屋にいた使用人がついとこちらに目を向けた。
視線が、ぶつかる。
使用人が、今度はあまり足音を殺さずに私の方へ歩いてきた。
「一の魔法師様、お目覚めになられましたか」
……何か、違う気がする。
いつも、そう任務に駆り出される時は、こちらの様子などお構いなしに支度をするよう要求してくる。
と言うより、整った支度でもって、転移させられる。
一応こちらに伺い立てはするが、確認ではなく一連の流れとして形だけ尋ねているに過ぎない。
私の目が覚めたかなんて、聞かれたこと、これまでに無かったのに。
「何用だ」
訝しく思いつつ問いかける。
しかし使用人は何かを答えることなく、扉の方へ戻っていってしまった。
しばらくして、使用人が再び私の近くへ来た。車椅子を座りやすいように置き換え、口を開く。
「一の魔法師様、こちらへおかけください」
何故車椅子に座らねばならぬのかは――聞いたところで、答えてくれるか分かんないもんな。
傷に痛む体を引き摺り、車椅子に腰を下ろした。
込み上げてきた欠伸を、俯いた状態で噛み殺す。まだ少しだけ眠気が残っていた。
私を乗せた車椅子を引いて、使用人は部屋を出る。任務ならば自室から転移の魔法を使うはず。
……まぁ、わざわざ考えずとも、目的地につけば分かることだ。
それまでは車椅子に揺られながら、瞼を閉じていることにした。
あれからどれくらいの距離を進んだのか。
一時間とか二時間は経過していない、とは思う。
移動が止まり目を開いた先に映ったのは、どこか見覚えのある場所。
アーチ状にくり抜かれた空間と、嵌められた鉄格子の扉。
両脇にはそれぞれ一つずつ計二つの灯りが閑静な様子で佇んでいる。
灯りの前には兵士が一人ずつ立っていた。
彼らの表情は、暗すぎるせいで伺うことが出来なかったけれど。
その、真ん中。
格子の先。
僅かな灯りで見える、いや、見えなくとも、分かる。
ここは――
「何故、
「上から命じられたことです、一の魔法師様。
魔法で車椅子ごと浮かせますので、体勢を崩さぬよう、お気をつけください」
使用人の言葉が終わるや否や、体が物理的に揺れた。
兵士によって開かれた扉の先に続く階段を、浮いた状態で降ろされていく。
下へ行くほど空気は冷えいった。
私は、何も出来ぬまま、ただ椅子に座っている。
最近、傷がより多くなっているからだろうか。
これ以上は使い物にならないと、王宮が判断したのだろうか。
けれどなら、王宮はすぐさま私のことを殺すはずだ。
だって殺すタイミングはいくらでもあった。魔法が使えない状態で寝ている時など、格好のチャンスではないか。
わざわざ王宮が、深夜に、車椅子を浮かせるという魔法を使ってまで、私を地下牢へ連れていくメリットがあるとは思えない。
そもそもが、軟禁のような状態だったのだし。
一体、何が目的なんだ……?
やがて、階段が終わり平坦な床になったからなのか、車椅子の足が地面を叩く音が響いた。
冷えた空気に心臓が震えた。お構い無しに、車椅子は前へ前へと押されていくけれど。
岩壁に囲まれた地下の空間は、カラカラと車椅子の車輪が回る音すら増大して木霊しているようだった。
「一の魔法師様、到着しました」
使用人の声を聞き、私は息を吐き出した。
いつまでも俯いてばかりはいられない。
キュッと唇を噛み締め、勢いよく私は顔を上げた。
…………、――っ?
「な、ぜ……」
何が目的かは、まだはっきりとは分からない。
王宮が私に何かをさせたいのかもしれないし、そうでは無いのかもしれない。
安心していい段階では無いことだけは、よくよく理解出来ている、はず、なのに。
「……ッ」
何故、私の瞳からは、暖かい涙がこぼれ落ちそうなのだろう。
――地下牢の中で、人影が身動きをする。
「ごきげんよう、レヴィ」
照らされた彼女の顔は、酷く辛苦な隈で覆われているというのに。
前と同じ優しさで、リーアは笑った。
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