二十四歩目.果ての地にて、少女は解を得る



 まず、と三の魔法師は語る。

「俺と妹は双子として生まれた。だからこそ魔力の質がほぼ同じで、今のように一の魔法師の真似ができるのだがな」


 魔力補給機としての妹。魔力を操る兄。

 だが彼は私と違って、魔力の操作能力は上がっていないはずだ。もしくは、多量の魔力をしっかりと制御し切れるように訓練を積んできて、その成果が実っているのかもしれない。


「昔、俺と妹が六歳になる前のことだ」


 俺たちはことになっていた。


「殺され、る?」

「ああ。テンプロート王国の法律で二人以上の子どもを作ってはならないというものがあることは知っているだろう? 庶民は法律を違反することを恐れ、二人以上作る人間はほぼいないと聞いたことがあるがな。

 ――貴族は、違うんだ」


 貴族とは、暮らすことに困っていない人々で作られている。

 庶民よりも娯楽に使える時間が多く取れるのだという。


「ゆえに、庶民には馴染みのない遊びもいくらかはあるんだけどな。なかには、性欲を満たすことを嗜好の一種とする人間もいる。

 避妊具も開発はされているが、俺の父と母は使っていなかった、ということなんだろうな」

「でなければ、オマエらは生まれていないから、か?」

「その通りだ。俺は上から四番目の子ども。妹は五番目の子ども。

 ……まぁ、今さら責め立てるつもりはない。俺の親も、責任を取るつもりはなかっただろうし、責めたところで無駄だ。王宮に対しても、何かを責めるつもりはないし」


 三人以上の子どもを産んでしまった場合、その子は親から隔離されて育てられるらしい。

 親が子に情を抱かぬように。


「殺されることになっていた、と言っていたな」

「そうだな」


「だがオマエも妹も、今、生きている」

「ああ。生きているぞ」


 何故、殺されるはずの存在が殺されずに見逃されているのか。

 理由は一つしか考えられなかった。



「オマエらには才覚があった。だから、殺されなかった?」



「あたりだ」

 三の魔法師はちらり、妹の方に視線を向けた。

「六歳になって検査を受け、それでも俺たちには才能があるとはされなかった。だから、殺されることになっていたんだ。六歳の検査で才能が見つからなかった人間に才能が後から発覚することもあるが、本当に稀なことだからな。

 そのためだけに現在ギリギリで供給できている農作物を使う必要性もない」


「農作物?」

「二人以上の子どもを作ってはいけないという法律が作られた理由だ。

 捻れの空間に閉じ込められた国土で人口が増えすぎたら、いずれ食糧が足りなくなることは明白だろ?」

「ま、まぁ……そう、だな」


 法律の作られた理由など、これまで考えたこともなかった。

 初等学校に通っている頃は勉学よりも遊ぶことばかりに頭を使っていたし、才能が見つけられ王宮に連れて行かれた後も、今度は法律ばかりに頭を割いていられないほどに魔法関連の学ぶべきとされた事が多かったからな。

 考える暇も無かったと言うべきなのかもしれない。



 しかし、ならば何故三の魔法師と妹は生きて――、……そういえば妹の方の特殊能力は、恐怖の感情が魔力に変換されるものだったよな。


「殺される直前に、発覚したのか?」


「正確には、当時俺以外と話したこともなかった妹が、俺と離されることを嫌がったんだ。

 俺たちは殺されることが前提で生きさせられてきたから、少なくとも俺は、死ぬことに恐怖など感じなかった。

 ……運がよかったんだろうな。

 妹もおそらくは死ぬことに対する恐怖を持っていなかったが、たまたま俺たちを殺す奴の説明が妹の恐怖に触れたのだからな」


 恐怖を覚えた妹は、六歳児の平均を軽く上回る魔力を一瞬にして生成してみせた。

 『才覚がある』と、証明してしまった。


「俺が殺されなかったのは、妹の恐怖を抑えられる人間が、当時、俺しかいなかったからだ。

 妹には才能がある。けれど、兄には才能がない。だから、妹の物心がついて恐怖を抑えられるようになったら、兄――俺は、殺されることになっていた」



 ……ああ。


 なるほど、そういうことか。



「努力をする才能があると、証明したのか」



 一般的に六歳の子どもは、興味を示す対象の移り変わりが激しいとされる。

 それは十歳になっても変わらないことではあるが、故にこそ一つのことに向けて努力をし続ける忍耐力を持つことが出来ないのだ。

 何か特別な才能が無いものかと憧れを抱いていた初等学校に通っていた頃の私もそうだった。



 けれども、三の魔法師は違った。


 でなければ、非常な王宮が、殺すはずだった一人の人間を生かすはずがないから。



「当時は必死だったさ。

 それに妹も、恐怖によって魔力が増大するからな。恐怖によってまともに考えることすらできない状態でどう魔法を使えばいいのかは、結局見つけられなかった。

 今から思い返してみればではあるが、俺がやらなければ、妹はただ魔力が多いだけの使えないゴミとして廃棄されていたかもな」


 話を続けつつも治癒の魔法で私の体を癒していく三の魔法師。

 暴発はしないと言っていたが、ほぼ使っていないというのも事実なのだろう。

 魔法は使えば使うほど慣れていく。逆に、使わなければ慣れない――時間も多くかかってしまう。


 また慣れていないということは、慣れている人と比べると多く魔力も消費してしまうということでもある。

 故にか、魔力を搾り取られている妹は、兄が過去を語っている間もずっと笑い続けている。



「さて、アンタはなぜ俺が王宮に従うのかと問うていたな」


 答えは単純だと、彼は目を細める。

「そうでなければ殺されるからだ。

 特に俺は、努力の末にたまたま発覚した『妹の魔力を使うことのできる能力』のおかげで、今も生きていられる。つまり、妹がいなければすぐさま殺される。

 俺一人でも殺されないようにするためには、平凡な才能を必死に磨くしか方法がない」


「ならば殺されぬよう、王宮の制度を変えて仕舞えば良いではないか」

「よく考えろ、一の魔法師。俺を死に追いやろうとしている法律がなければ、きっと今頃捻れの空間だけではない理由で国そのものが瀕死状態になっている可能性もあるんだぞ」

「それは、……そう、だが」

「言っただろう。今さら王宮を責めるつもりはない、と。王宮の取っている方針は間違っていない。正しい王宮の制度のなかで生き残るために、俺は王宮に従っているんだ」



 王宮は、間違っていない――……

「国直属の魔法師が辛くとも、王宮は間違っていないといえるのか?」


「言える」

 私の問いに対し、三の魔法師は即断言した。


「たかが一人の魔法師の気持ちばかりを重んじて、そのせいで捻れへの対処が遅れたらどう責任を取るつもりなんだ?

 そもそも、社会とは、誰もが我慢をしながら生きていく場所だろ」


 そして、当たり前を当たり前として語るようにして言ってのけた。


「誰もが、我慢をして……」

「そうだ。俺は六歳の頃からずっと、我慢に我慢を重ねて生きてきた。

 我慢しなければ殺されると理解していたから」


 迷いのない言葉に、きっと、嘘は無い。


「だから、一の魔法師。

 もしアンタが死にたくないなら、これまで通り王宮に従え。

 死んでもいいと言うのなら、俺に一の魔法師という地位をよこせ。

 俺が生きるためには、もっと上の地位を目指し続ける必要があるのだ。少なくとも、俺単体で唯一無二と王宮が判断するまでは」


「……お前が私に憧れを抱いているという公言も、王宮からの目を欺くためなのか」

「話を変えたな。まぁいいか。

 俺がアンタに憧れているというのは嘘じゃない。傷を負うという代償はあるものの、アンタは全ての方面への魔法を使えると聞いているからな」


 三の魔法師によって癒やされているお陰で、だいぶ痛みがマシになってきた。

 表面の傷は、今回の任務で負ったものも含め全て治されている。

 あとは、内出血など体内の損傷で残っているところを治すだけだ。


「すると、どちらかといえば憧れてというよりかは目指している、と表現したほうがわかりやすいか?」

「私が唯一無二の存在だと認められているから?」


 その通りだと、三の魔法師は答える。

「でなければ、王宮から逃げだした段階で、アンタは反逆者として殺されている。俺という三の魔法師を使ってまでアンタを捕らえようとしたことからも、王宮からするアンタへの評価が読み取れるもんだ」


 今回にしたってそうだろ。

「傷を負い精神の疲弊で壊れそうになっているからと、またもや俺が引っ張りだされてきた。もしアンタが替えのきく存在なら、放置されているに違いない」



 気付けば、体から痛みは全て引いていた。



「……何故、私なのだ?」

「アンタが才能を持っていたからだろ」


「才能があるから、苦しまなくてはならないのか?」

「才能の有無に関係なく、社会とはそういうものなのだ」


「だが私に才能が無かったら、一庶民として、平和に暮らせていたっ」

「さぁ、どうだか。才能のなかったアンタは、案外、もっと才能があれば楽に暮らせていたと嘆いているのかもしれないぞ」



 ――本当に。


 本当の本当の本当の本当に、王宮は、間違っていないのか?


 社会とは絶えず苦しまなくてはならないものなのか?


 私には、平和に暮らすことの出来る選択肢は用意されていないのか?


 無いから、私は今も、両手を枷で縛られているのだろうか。


 他人から、己で己を傷付けることを強要されているのだろうか。



「…………私、は」

 脳みそにぐるぐるぐると熱が飽和しては、火に炙られた氷のように溶かし尽くしてしまいそうだ。



「何も変わらないでいることが望まれている、のか」



 傷を呑み込み、才覚を十分に発揮し、この国を守る為に生きることこそが私の義務なのか。



「ああ、そうだ。アンタは一の魔法師としてあることが望まれている。

 王宮からも、そして目指す指標として俺からも、あとはアンタを希望の星として掲げている庶民たちからも、望まれている。

 だからアンタには、一の魔法師として生きていく他に道は無いのさ」



 いつか、三の魔法師の妹が言っていたことが脳裏を過ぎる。


 縛られて生きることは、何ら悪いことでは無いのだということ。


 己の行く先が己以外の誰かによって定められたとして、むしろ幸せなことではないかと、彼女は笑っていた。




 じゃあ私は、どう生きればいいというのだ?




「治癒も終わったし、そろそろ帰還するぞ。

 一応言っておくが、今日のことは王宮の奴たちには話すなよ。いやまぁ、話しても構わないには構わないけれどな。どうせ信じられないだろうし」


 頬を冷えた雫が伝う。


 あと少ししたら、雨すら届かない場所へ、私は戻らされる。


 今の苦しみを剥ぎ取りたいのなら、生きる権利すら砕かれるのだという。


 生きる権利を手にしていたいのなら、今の苦しみに押し潰され続けなくてはならないのだという。




 ああだから、やはり何も変わらないのだ。


 私が己の道を――己が生きていく為の道を定めることは、今も昔も出来やしない。


 あの日々のどこかで世界を変える為に動いていたリーアと一緒に王宮の手の届かないどこかへ逃げ出していたとして、その先に苦しみが待ち受けていないとは限らない。



 だったら、いっそのこと生きる権利も苦しみと一緒に投げ出してしまった方が、楽なのかもしれない。


 そうすれば、もう、苦しまなくて良い。


 三の魔法師だって、一の魔法師の地位を手に出来たと喜ぶに違いない。



 ――などと考えたところで、己の意志で己に傷一つ付けられやしない私に死ぬ覚悟なぞ、出来るワケがないのに。




 視界が切り替わる。


 二粒目の雫が降ってくる前に、私は自室に帰ってきた。

 私に都合の良いこれからの行く末も、降ってくることは無い。


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