二十三歩目.果ての地にて、少女は問いを吐く



 三の魔法師がやってきた。今回の任務は三の魔法師が私の補佐につくらしい。

 彼の背後に目をやると、無感情ながらの笑顔を携え、三の魔法師の妹が立っている。ドアの近くには使用人が色を宿さない瞳で佇んでいた。


「一の魔法師と共に任務をこなすのは初めてだな。楽しみだ。さて、王宮の者から今の一の魔法師は車椅子もしくは抱えての移動だと聞いていたが、どちらを所望する?」

「好きにしろ」

「ふむ、では車椅子での移動にしようか。自分の力で座ることはできると聞いているが」


 そう三の魔法師が言い終わる前に、私はどうにか勢いをつけて上体を起こした。

 幸い、車椅子はベッドのすぐ横につけられている。体を引き摺り移動させれば、自分の力で座れないことはない。

 擦れる痛みに、高低差のあるところへ体を落とす際の衝撃。体内で高まった魔力は、すぐさま魔封じの枷によって打ち消されていった。


「おお、さすがは一の魔法師。右足がなく両手も縛られた状態だというのに、動くことができるのか。

 さて、今日の任務地はすでに知らされている。王国内の地形についてはある程度覚えているから、すぐ向かえる。ほら、前に一の魔法師が王宮から追われていた時があっただろう? その際に叩き込んだんだ。さすがに全てを覚えることはできなかったが、だいたいの町や森の位置は把握している」


 三の魔法師の言葉が、脳内を通り抜けていく。

 彼はこれまで、転移役として使われたことがあまりなかったのだろうか。一番の攻撃職でもあるはずの私ですら、転移の為にとテンプロート王国全土にあるありとあらゆる地名をねじこまれたというのに。


 或いは、他に理由があるのか。

 元々貴族だったらしい、とはいつかのリーアが言っていたこと。貴族と平民で扱いが違う――などということがあるとは思えないが。


「妹、俺の手を掴め。一の魔法師はそのまま座っていてくれ。今回は車椅子ごと転移する。そう、王宮から指示が下っているからな。

 それと、任務が終わってから一の魔法師の傷を全て癒すようにも言われている。

 すごいだろう、俺。憧れたるアンタに近づくために治癒魔法も使えるようになったんだ」


 魔法とは関係のないことをとうとうと語っている三の魔法師。

 彼は、他の魔法師らと同じで、魔法の構築をわざわざ口に出さなくとも魔法を練ることが出来るのだろう。



 三の魔法師はよく言っている。

 私に憧れていると、口にする。


 彼は、私の弱点はマネをしないのだな。


 攻撃魔法に加え治癒魔法を使えるという私の長所、特段たる利益も不利益ももたらさない私の口調。

 魔法の概要を思わずして音に乗せてしまうということは、多分、マイナスな要素に値するのだろうから。


 口に出して魔法を構築しようがしまいが、ある程度の成熟度を持った人からすると魔法の威力は変わらない。

 なら、特に魔法の概要を耳にして対策を練ることの出来る思考能力を持った人間相手には不利に傾ける要因になるのだろう。

 基本的に、というか夜逃げをして王宮に追われた時以外で対人という状況で魔法を使ったことが無かったから正確にそうなのかどうかは分からないが。



 して、憧れの存在を目指す――とは、その人の全てを真似する態度を見せてもおかしくはないのではないか、と思う。

 これも十歳の頃王宮に来てから行われた学習期間の合間を縫って読んだ物語を元にしているから、誰しもがそうであるとは限らんのだけれど。



 そしてやはり、三の魔法師は声に出さずとも魔法を使えるらしい。

 その証拠に、思案に耽っている私の視界が唐突に切り替わったのだから。


「一の魔法師、今日の任務の攻撃役は原則アンタが担うことになっている」


 車椅子に座った状態のまま、手枷が外される。

「妹のことは気にしなくていい。俺と妹の身は俺が守るからな。それと、今回は俺の転移能力が足りていたこともあって車椅子ごとアンタを運んできたが、もし動きたかったら自由に動いてもよいとのことだ。

 逃げだしたり俺らに被害を加えること以外なら、アンタは思うままに行動する権利が与えられているからな」


 説明を受けつつ、私は手渡されたナイフを構える。

 何かを考える暇を与えぬよう、己の左腕の皮膚を切り裂いた。


「周囲の広さから、把握するべき空間を仮定。敵は捻れからやってくるのだし……これくらいで良いか。増えた魔力を用いて、瞬時に空間察知の魔法を構築。魔力の量は、流石に足りるな。

 にしても、今日はまた一段と魔力消費量が多い。普段の三倍以上使っているんじゃないか?

 ……とりあえず、魔法を発動させて――敵の位置は把握出来たな」


「……ぃひ、……ふ、へへ…………」

「一の魔法師、こちらの防御魔法は発動済みだ。だから気にせず戦ってくれ」


 鼓膜に触れる、三の魔法師の報告とその妹が虚ろに笑う音。

 へばりついてきそうなそれらに、私は幾度か頭を横に振った。


 集中、しなくては。


「敵の総数を確認。……ん? 捻れの空間から生み出されようとしている、ということは……今回は長くなりそうだ。ならばこそ、しっかりと気持ちを切り替えて臨まねばならんな」

 これから負う痛みを想像するだけで、どうにかなってしまいそうだ。


 ふぅ、と息を吐き出す。

 それから再度、今度はより深く己を傷付ける為に、切先の尖ったナイフを構えた。






 ☆☆☆






「――……これで、最後か」


 今回は攻撃役が私であると事前に言っていた通り、三の魔法師が捻れから生まれた化け物に対して何かをすることはなかった。

 魔法の質自体も、想像通りのものだけで済んだ。


 傷は、いつもより多かった。

 ここ最近で一番の量だ。

 痛みに耐え切れず、呼吸が荒くなってしまうくらいには、辛い。


「終わった」

「ちょっと待ってろ、今確認する。……しばらくは大丈夫そうだな。


 一の魔法師、傷の手当てを始めるぞ」


「……ここで、やるのか?」

「ああ、ここでやる」


 流れるようにして三の魔法師の口にした内容に驚きを覚える。

 これまで治癒の使える魔法師はつけられてきたが、それはあくまで万が一に備えてだった。任務として命じられた化け物らの退治が追われたばすぐ帰還する、という一連の流れで動いてきたのだ。


 三の魔法師だから、なのだろうか。

 攻撃も捕縛も出来るから、捻れの空間から急に化け物が現れた万が一も、私が外せるはずもない魔封じの枷を何かしらの要因で外せてしまって逃げ出す万が一も、対処出来るから、と。

 だからと言って、わざわざ王宮外で治癒をするメリットなど無いはずだが……。


「何故、ここで?」


 答えてくれるかは分からない。

 それでもあまりに不可解に感じてしまったが故に、尋ねてしまった。


 果たして三の魔法師は、未だ笑い続ける妹に一瞥を送り、答える。


「俺が、そうせねばならないと考えたからだ。

 もちろん王宮からも許可を取っている。俺が普段治癒の魔法をほぼ使わないこと。ゆえに任務前でなお傷の多かった一の魔法師を治癒しきるには魔法が暴発する可能性。ついでに一の魔法師にリフレッシュを与えて、崩れかけている彼女の心を癒すのはどうかという提案。以上三つを理由にしたら、渋ってはいたが最終的には許してくれた」


「待て。

 心を癒す、だと?」


「王宮側の望みは、アンタが以前までと同じように力を振るえるようになることだ。そして魔法というものは案外、使用者の心が反映されて威力が上下する。さすがの王宮も、アンタの精神が参っていることには気づいていたようだがな」

「しかし、何故急に」

「まぁ、どちらかというと魔法の暴発のほうを恐れていたようにうかがえたがな。

 全く、これでも『一の魔法師に憧れている』ことを掲げているのだから、暴発などしないよう、修練を積んでいるというのに」


 話しながら、三の魔法師は私の両手首に魔封じの枷を掛けた。

 瞬間、魔力を根こそぎ見失うかのような感覚に襲われる。己を支えるものが一つ消えるようで、何度も何度も繰り返されているはずのそれに、未だ慣れることは出来ない。

 三の魔法師の妹が笑い続けている声が鼓膜を震わせた。

 彼女は己が苦しみに、慣れているのだろうか。



 ヒヤリとした風が頬を撫でる。

「なぁ、三の魔法師」


「どうした? 俺に許されている範囲でなら、答えてやれるぞ」


 私の口調をなぞるようにして告げられた言葉に、迷いが生じる。

 いや、迷い自体は元々心に在った。だって、答えてくれるかどうか、分からないから。


 思えばリーアにも聞いたことの無かった問いだ。聞ける時間はあったのに聞けなかったのは、聞こうと思える心情ではなかったからなのかもしれない。夜逃げをしている間は、彼女と他愛の無い話をしている方が良かった――のだろうか。


 上空、敷き詰められた灰色の雲が流れていく。

 空気に雨の匂いを感じた。



「オマエは何故、王宮に従っているんだ?」



 ずっと、疑問だった。


 よくよく考えてみれば、私ら国直属の魔法師をを仕切っている王宮の連中は特段優れた魔法の使い手では無いのだ。


 そして国直属の魔法師、特に数字を冠している魔法師がどれだけ酷い環境で任務を与えられ続けているのかは、実体験としてよくよく理解している。

 任務に支障さえでなければ、荒れた精神すら放っておかれるような環境なのだ、ここは。


 なればこそ、手を組み王宮に歯向かえば、何かを変えることくらいは出来たやもしれん。


 しかし、私以外で王宮に対する文句を叫んでいる人がいるとは、ついぞ耳にしたことが無かった。



「なぜ、従っているか――か」


 三の魔法師は私に手のひらを向けた。

 じんわり感知した魔法が、私の皮膚にへばりついた傷を綺麗に消去していく。


「似たようなことを話そうとは考えていたし、別に構わないか。いいだろう、答えてやる」


 そう言って三の魔法師は、ついと私から視線を外す。

 次に感じたのは、探知の魔法だった。

 先ほど化け物はいないと調べたはずだが、一体何を調べているのだろうか?

 調べるとして、この森にいる獣……には、防御の魔法で対処出来ているだろうし。

 他に誰か人間がいないかどうか、くらいか?

 理由は見当も付かないけれど。



 一通り確認して満足したらしい。

 三の魔法師は再び私に注意を向ける。



「ひとつ、昔話をしようか」

「昔話?」

「ああ。十年ほど前のお話だ。俺と、それから妹の、な」



 アンタの問いに答えるのにも必要なことだと告げる彼の背後。

 私の治癒の為に今もなお魔力を搾り出されている妹の虚ろな笑いが木霊していた。


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