二十二歩目.自室にて、少女は痛みに悲観する

遅くなりました……!

ごめんなさい!!


―――――――――――――――――



 前方へ半円を描くようにして魔法を発動させる。

 最近、前よりも傷を負わねばアヤツらを倒せるだけの魔法が使えないようになっていた。

 そのせいで傷が増え、ついこの前は数字を冠さない魔法師だけでは治しきれなかったくらいだ。

 だからといって数字を冠している魔法師の中で治癒を使えるのはリーアと後一人か二人くらいしかいないこともあり、自然治癒に任せるよう命じられた。


 王宮から、自らの傷を癒すことは極力やらないようにと言明されている。

 理由は単純で、痛みが強い方が魔法の威力が上がるから。


「……これで、全部か」


 今日も今日とて体全体がじくじくと痛んでいる。

 いっそのこと慣れてしまえば楽になれるのに。それとも、慣れたら慣れたでより大きな傷を負う必要が出てくるのだろうか。

 もしそうなら、慣れずにいた方が良いのかもしれない。


 立ち上がることもなく終わったと報告をし、王宮に戻る。

 右足を失ってからこれで十何度目かの任務になる。

 マイナスな思考に浸ってばかりいる自分に嫌気が差して、最近だと無理矢理に考える方向を変えるようにもしていた。今のように外にいる時だと、痛みから目を背ける為に捻れの空間の外側がどうなっているのかを想像してみたり、など。

 それにしても、結局捻れの空間の外に広がっている世界すら調べることが出来ずに捕まってしまったのか、と思うのも、これで何度目になるのか。



 もし、もしも。


 リーアと一緒に夜逃げしていた頃に、外へと逃げていれば。


 外が危険かどうかなど気にせずに、なりふり構わず捻れを乗り越えていれば。



 私はどうなっていたのだろうか。


 リーアは、どうなっていたのだろうか。


 ……なぜだか以前よりも苦しさを覚えるこの生活は、送らずに済んだのだろう。

 捻れの空間にあった防壁の外にも捻れが広がっていたら、より苦しさを覚えていたのかもしれない。


 ないしは、実のところはそこまで辛くなかったのかもしれない。



 リーアがいない今の生活は、なぜだか、苦しい。


 だから、リーアがいれば、夜逃げの時みたく話せる相手がいれば……なんて、幻想に過ぎぬな。


 あの時に急ぎで捻れを、そして防壁を越えようと思ったら、傷を負わねばならなかった。

 リーアと一緒に王宮から逃げている間は痛みの伴わぬ魔法ばかりを使っていたのだ。たとえリーアがいようといまいと、傷を持てば私は心を苦しませる。

 リーアなんて、関係無い。


 関係、無いのだ。



「一の魔法師様、帰還の準備はよろしいですか?」

「……好きにしろ」


 ならこれほどまでに荒んだ心は、一体なんだと云うのだろうか。


 単なる代償なのだろうか。

 自由を知ってしまったからより感じてしまっているだけなのだろうか。



 ぼんやりと考え事をしていると、ふと景色が入れ替わった。

 王宮の自室。

 最近、私には行き帰りの転移専用の魔法師がつけられようになったのだ。

 何故かは聞かされていない。

 癒えきれない私を心配してなのか、或いは精神状態の落ちている私が逃げ出すことを警戒してか。


 私の自室で控えていた使用人に抱えられる。

 転移の精度があまり良くないのか、ベッドの上へ直接転移させることは出来ないらしい。


「……ッ」


 降ろされた衝撃で傷が痛んだ。今日もこれから手当が始まるのだろう。

 治癒の魔法も使うとは思うが、それでは足りん分は魔法を使わない原始的な手当となる。だが原始的な手当では傷の跡も残ってしまうし、何より痛みが絶えず続いてしまう。

 魔法なら一瞬で済むところが、大きい傷だとおおよそ一ヶ月か二ヶ月くらいかかると、王宮のヤツらが言っていた。


 消毒液に傷口が染みる。

 痛みが傷口から広がっていく。

 やがては心にまで到達し、それは苦しみへと姿を変える。


 さっさと寝てしまおうか。


 寝てしまえば、少なくとも寝ている間は、痛みも苦しみも感じないから。



 最近は夢すら見ることも無くなった。


 ……もう、寝よう。






 ☆☆☆






 目が覚める。

 窓の外は夕方に差し掛かった昼の色をしていた。

 今日は珍しく、叩き起こされること無く自然に起きれたのか。

 昨日寝たのが一体何時頃だったのか、全く覚えちゃいない。外を気にする間もなく眠りに落ちたのだろう。


 何もやることが無い。

 昔のように、もっと自由をと叫ぶことへの意欲は持てない。

 そもそも、右足が無く手の縛られた今の私には、自由に動くことが物理的に出来ない。


 体を動かすと鈍い痛みがじわりと襲ってきた。

 その横で、陽が、傾いていく。



 コンコンと、扉が叩かれた。


 ああ。

 今日も来たのか。

 それとも、時間を持て余して負に傾いた思考に割く時間が無くなったからと喜ぶべきなのか?


「一の魔法師」


 声が、した。


「久しぶりという程ではないが、随分と傷を負っているではないか。そうだよな、一の魔法師は傷つくことで俺よりも強い魔法を使う。前に捻れの外でも最強の立場を作りに行くのかと聞いたことがあったが、しかしながらやはりアンタは、少なくともここテンプロート王国で最強の存在だと聞いている。さすがだな、やはり。俺も負けてはいられない」


「……オマエ、は」

「三の魔法師だ。今日は俺が一の魔法師の付き添いをする」



 視線だけを横に倒した先、かつて夜逃げの際に妹を抱え追ってきた、この国で三番目に強い魔法師が立っていた。


 何故いつものように数字を冠さない魔法師ではないのかは、きっと、聞いても教えてはくれないのだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る