二十一歩目.自室にて、少女は横になる
あれから自室に放り込まれた私は、ベッドの上で横になって過ごすことが多くなった。
立ち上がろうにも、両手にひたりと魔封じの枷をつけられた状態では、魔法を使うどころか手で杖を持つことすら叶いっこない。ベッドの上から動けないのだ、上体を起こして座るか、上体すら起こさずに寝転がっているか、である。
移動は車椅子を使うようになる、らしい。
らしい、というのは、部屋での待機を命じられてからまだ一度たりとてどこかへ移動することがないため。
それと、車椅子を動かすための人が常時部屋の中で待機するようにもなった。
夜逃げをする前よりも、ずっと、自由が減った――の、だろう。
正直今も昔も制限ばかりで生きてきたから、多少自由が減ったところで結局何も変わらないんじゃないかと思いたい自分は、確かに、いるけれども。
それでもなお私に庶民とは不釣り合いなほどに高級な一人部屋が与えられているのは、私が一の魔法師という地位に就いているから。
二の魔法師であったリーアならともかく、数字を冠さない魔法師では疲労を取ることまでは出来ない。王宮側も、わざわざ疲労を魔法で回復させる気は無いらしい。
だから、それなりに休息の取れる施設を与えているのだと思う。
以前までリーアがほぼ専属に近しい形で私につけられていたのもこれが理由だ、ということは彼女から聞いていた。
私に自由時間はほぼ無い。それは昔からずっと変わらないことだ。
睡眠も、酷い時では一時間とて無いことだってあった。
夜逃げをした私らが捕まってから、一日も経過していない。
恐らくは、経っていて半日程度。
下手すると、それ以下の時間すら過ぎ去ってはいないのかもしれない。
リーアがどうなっているのかを確かめようにも、もし――という疑念が脳裏を通り抜けては尋ねることもままならなかった。
時間だけが、卑しくも嘲笑うようにしてただゆたゆたと流れている。
もし、もしも。
リーア、が……………………、
…………やめよう。
下手なことを考え、己からマイナスの思考をしなくたって良いではないか。
そう、自分に言い聞かせる。
「何も変わっちゃいない。変わっちゃ、いないんだ」
私はこれまでもこれからも人権と尊厳を丸ごと度外視した環境で生きていくのだし、リーアとて、きっと、私の預かり知らぬどこかで生きていくに違いない。
だって、あの王宮が、リーアほどの使い手をみすみす手放すワケが、ないのだから。
もし王宮がリーアを殺すつもりで追いかけていたのなら、私らを囲んだあの場で命を奪っていた。
『絶対に逃げることなど出来ない』と、私を躾ける為に。
私が一の魔法師という呪縛からは逃れられないのだと、思い知らせる為に。
ああ。
それにしても――何も変わらない、か。
何も変わらないだなんて、そんなワケ、ないのに。
だってこれからは、恐らく、リーアと一緒にはいられない。
これからのリーアのことなんて私には伝えられないだろうけど、それでもきっと、王宮は二度と私にリーアを治癒役としてでさえつけてはくれない。
これから私は、私だけで、王宮の任務に耐えなければならないのだ。
何が、変わらない、だ。
何故私は、あの時、リーアの手を取ってしまったのだ。
リーアの手を取らなければ、少なくとも変わらぬ日々を過ごせていたかもしれないのに。
私が行くと立ち上がらなれば、リーアだって諦めたかもしれないのに。
リーアが捕まることとてなかったかもしれない。
右足を失くした私を、彼女が支えてくれる、そんな日常が待っていたかもしれない。
それもこれも、今更後悔したところで取り返しのつかない現実にしかならないという。
……やはり私には、己のことすらをも定めることの出来る力を持ち得ていないのだろうな。
いや、持ち得ていないだろう――ではなく、持ち得ていない――か。
所詮どのような形で抗おうが、全ては無駄に帰すのだから。
幼少期の、何にも縛られず無邪気に生きれた頃に戻りたい。
あの日々を当たり前として享受出来ていた自分に。
「一の魔法師様」
唐突に声をかけられ、私は上体を起こした。
視線を向けると、車椅子をベッドにつけた使用人が表情の奥に感情を覗かせることなく立っている。
「上より任務が下りました。こちらへお掛けください」
必要とあらばご助力いたしますが、と続ける使用人の声を無視し、腕の力と残った左の足を使って自身を車椅子の上に移動させる。
倒れるような形になってしまったのは、右足が無いからだけではない。
両手が、きっかりと、縛られているから。
「姿勢の方は大丈夫でしょうか?」
「……大丈夫だ」
「かしこまりました。それでは動かしますので、お気をつけください」
始まる。
一度途切れたはずの生活が。
傷と辛さと苦しみに塗れた、戦いの日々が。
☆☆☆
「……ッ」
解放された右手を使い、左腕にナイフを突き立てた。
痛い。
痛い痛い痛い。
左手の先から寒気が降りてくる。
このまま全身が冷たくなってしまえば、楽になれるのだろうか――……なんて、ふと過ぎった思考にすらかつての痛みを伴って抑圧されるのだから、たまったもんじゃない。
あの日々にはリーアがいた。夜逃げをする前の当たり前には、リーアが含まれていた。
だから、ごく稀に死にかけた私は今を生きていられる。
死にかけの寒さは覚えている。
二度も味わいたくない、味わい続けてすらいたくない恐怖だ、あれは。
それでも心が折れなかったのは、二の魔法師という絶対的な治癒を施してくれる存在がいたから。
今の私に、支えとなるほどの治癒の使い手は、いない。
ああそうなのだ。
故にこそ、私はこのまま冷たく朽ち果てる選択肢を、自ら選ぶことなど出来ないのだ。
だって、どうしようもなく、怖いから。
「切り替えろ、今はそんなことを考えている暇はないのだ。今は、……今は、迫り来る敵の対処をしなくては」
刺したナイフと裂かれた皮膚の隙間から、一筋、赤色の液が零れ落ちる。
「敵数は二十三。その内接触不可のものが十三、まずはそちらから対処していく。
打ち損じ回避の為、使用する魔法の形態は追尾を付与しかつ一体一体を狙い撃ちするもので行こうか。アヤツらの動力源たる核を砕けば良いから、これは普段と同じく圧力で潰す方向で。
魔法の構成に伴った魔力の変換……問題はない。
あとは魔法の発動を」
敵の動きに合わせ適した場所を自動で見つけ出すよう組んだ魔法は、透明不可視のまま、ただただがしゃりと音を残して消えていく。
常時発動中の空間を把握する魔法から十三の敵が消えたと読み取れたことから、無事討伐出来ていることが分かる。
「次に、実態のある敵への対処を行う。こちらも魔法の形態は狙い撃ちを用いるが、質量が先よりある分、押し潰すよりも書くとなっている部分を狙い切り裂く方法を採用する。
それで、魔力の量は――ああ、足りんか」
実体のある敵は、わざわざ魔法師が対応しなくとも良いのに。
チラリ横を伺うも、そこにいるのは王国の誇る騎士や兵士らではなく、治癒を特化として碌な攻撃魔法も持っていない王宮所属の数字すら持たない魔法師しかいない。
そうか、そうか。
そう、なら、出来るだけ痛くならないよう、済ませたいところだな。
右手にナイフを握り、左の手のひらを返す。
「……っ、ぃ、」
なぞるように刃を走らせれば、ゆっくりと滲み出てくる赤色の液体。これを人は、血と呼ぶ。
「…………これで、足りる。蹴散らせば、部屋に、戻れる。苦しみから、解放される……」
集中しろ。
「魔法を構築。形態は先ほどと同様に、出力の形を変えて――うむ、これで良さそうだ。
すると後は、魔法への変換を行い発動出来れば――……あれ?」
なぜ。
なぜ、何故だ。
「魔力が、足りない……?」
おかしい。
あるワケがない。
だってこれまでは、ここを傷付けるだけで十分量の魔力が取れていた。
今回だって、同じくらいの量は取れている。
使う魔法とて、この量の魔力で足りるはずで。
「……迷っている暇は無い、足りないなら補給すれば良いのだ。もう一本、傷を付ければ、足りる。
ぃつ、ああほら、足りた。むしろ余っているくらいじゃないか。まぁ多少残っていても……いや、枷を嵌められれば、残っていようがなかろうが関係ない、な。
とにかく、今は敵を倒さねば」
構築した型に合わせ、魔力を魔法に変換していく。
「変換効率、少し落ちたか……? なんだか上手くいかないことばかりだな、今日は」
とはいえ、あまり気に掛ける時間も無い。
首を一振りし悪い方向ばかりに落ちていく思考回路を取っ払うと、グッと拳を握り締めるようにして魔法を発動させた。
再度察知の魔法で辺り一体を調べると、構築通り敵を全て討伐できていることを読み取ることが出来た。
捻れの空間の方は、私が一掃した敵どもを吐き出したせいか、今は大人しい風貌を見せている。
今日の任務はこれにて終了としても良さそうだ。
「終わったぞ」
「畏まりました、少々お待ちください……確認が取れました。それでは帰還いたしましょう」
側に立っていた万が一の時の治癒を施してくれる魔法師に声を掛けると、恐らくは空間を調べる系の魔法か魔法具かを使って周囲を確認したのだろう。
私の両手首に動きを封じる為だけの枷を掛けながら、小さく頷いた。
その後、転移の魔法を用いて王宮に戻ると、今度は魔封じの枷を着けられる。
……争って逃げたところで、どうせ捕まるのだ。大人しくしておいた方が楽であることには違いない。
魔法で支えていた体が傾き倒れそうになるのを、転移先で構えていた使用人が支えた。そのまま車椅子に導かれる。
付き添っていた魔法師は私に治癒の魔法を掛けていた。
表面上の傷が消えたところで、魔法は止められたのだけれど。
ようやく自室に戻ってきた私は、手を貸そうとしてきた使用人を断り、自力でベッドに体を横たわらせる。
まだ、痛みが残っている。
恐らく、内部の傷が癒えきっていないのだろう。
ああそうか。
私はついに、王宮内でもこの苦しみを抱えて生きていかねばならなくなったというのか。
ぎゅっと締まった心臓の奥深くにリーアの顔が過ぎったのは、きっと気のせいだったのだろう。
……そうに違いないのだ。
絶対に。
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