二十歩目.逃亡先にて、少女は想起する



 どうすれば良いのだろうか。

 ……私は。


「逃げ、てッ」


 ――逃げる。


 リーアの言葉に、停止していた思考が再び巡り出した。

 今は戦闘中。

 呆けている暇などない。


「ひとまず、風の魔法を応用させ体を支えて、……リー?」

「レヴィ! お願いします、できるだけ遠くに……っ」


 ゴリ押しで自身の体をさらに上空へと押し上げると、人のいない場所に足をつける。

 、私は現実に目を向けた。


 察知の魔法によると、どうやら王宮の魔法師らのほぼ全員が一箇所に集まっているとのこと。

 妹を抱えた三の魔法師も例外ではないようで、先ほどまで私を背負いながらリーアの立っていたところに、今度は彼らがいる。


「なん、で」



 リーアはその下で、枷をつけられ押さえ付けられていた。



「おかしい、おかしいよ、アンタ。アンタは一の魔法師として最強の地位を未だ有しているが、憎たらしいことにコイツも二の魔法師という俺よりも上の地位を所持している。


 機を見て捕らえるという自然な行為に不自然さを問うアンタは、おかしい。


 しかしこの状況もおかしいよな、やっぱりおかしい。俺は今日もアンタを追い、アンタに縋り、その結果アンタと話す機会をも手にしてしまうなんて。運がいいのか? それとも俺はもう死んでいて、だからこそ夢を見ているのか?

 ……ああ、けど。妹はここにいる、か」



 当然……そう、だよな。


 私が追われているのも勿論その通りではあるが、リーアとてここテンプロート王国では二番目に力を持つとされる地位にいたのだから。


 隙を見せれば捕まってしまう、なんてこと。

 当たり前だ。


 ……例えそれが、私を守り庇い傷付かぬようにと逃すために身を挺した結果だとしても。


 捕らえる側からしてみれば、私らの状況なんぞ関係ない。


 リーアの元にいない魔法師が、徐々に私へ向けて包囲網を縮めているのを、魔法で察知する。

 依然として私を狙う魔法は飛んでくる。その一つひとつに対応しざるを得ない状況下で、恐らくは枷の効果で魔法を封じられているであろうリーアを掻っ攫い転移で逃げるなどという偉業を成し遂げることは、多分、今の私では不可能だ。


 ――いや、傷さえ負えば、可能にはなるのか。



「逃げて! 早くっ」


 杖を握る手の力をぐッと強くする。

 私のためにリーアが捕まった状況で、しかしなお私は、己を傷付けることが何よりも怖いようだ。


「レヴィッ‼︎」


 ……そう、そうだ。


 リーアは逃げろと言っている。


 なら別に、逃げたって良いんじゃないか?


 私の瞳と、それから魔法が告げる限り、リーアに固まっている魔法師と兵士が十二人、三の魔法師の妹を含めると十三人。

 私の周囲を取り囲んでいる魔法師やら兵士が少ないのは、三人という少人数でも対応出来ると踏んでいるからか?


 ……いや、もしやすると、リーアが隠している力に警戒してかもしれない。

 傷を用いない私の実力は王宮のヤツらも知っているだろうし、ならば私が脱獄出来た理由をリーアに見るのもおかしくはないだろう。

 治癒系のみで二の魔法師の地位にのし上がってきたリーアだ。万が一攻撃系、もしくは枷などを解除する系の魔法を有していた場合に備えている可能性はある。


「擬似的に魔法を構築。

 ……うむ、この人数なら、今の私でも転移の魔法を用意しながら対処することは可能だ。むしろ三人だけ――正確にはリーの周りの魔法師も助太刀はしているが、それでも先と比べれば一気に力の落ちたこのタイミングを逃すことの方がマズい気もする」


 リーアを見捨てて逃げるのは、正直心が進まない。


 だが、私まで捕まってしまっては、リーアの夢を叶える為に進んできたこれまでの全てが水泡と化し瞬く間に散ってしまう。


 それに、私だけでも逃げ切れれば、いつかはリーアを助け出せるやもしれんのだ。


 何らかで前と同じように魔法の使えないという私の不調状態も、時間が流れれば回復するだろう。

 さすれば、リーアの救出も夢ではなくなる。



「……すまない、リー」


 再び、瞼を閉ざす。息を吸い込み、逃亡の為の魔力を練り始めた。

 ……いつか、いつかは助け出すから、だから今は……




「――――ヒァ――ッ‼︎⁉︎⁉︎」




 直後、耳を穿った、少女の悲鳴。


 ハッとして思わず見開いた視界の中心に、ざっくり傷を負い緋色の液体をドクドク流すリーアの姿があった。


「っ、あ、」


 脳みそが揺れた。


 何故、リーアは深々とした傷を腹に抱えているのか。


 ……答えは、考える間も無く容易に繰り返された。


「ぃ――ッ!」


 次にリーアに与えられたのは、左足をぐちゃりと潰される苦痛。

 与えたのは、リーアの真横に立つ三の魔法師。別段変わったことはないと言わんばかりの、澄ました表情を保っていた。


「多少の荒療治は許可されてるんだ、恨むなら王宮を恨めよ二の魔法師。

 俺からすると二の魔法師という地位を涼しい顔して所有しているアンタのことはあまり好きじゃなかったからな、アンタが痛がる姿を見ても心は痛まん。さすがに憧れをぶちのめせと命令されたら辛いが……まぁ今回は特に命じられなかったし、仮定のことを気にする必要はない」


 リーアほどの論理的思考回路を有していない私にすら分かる。


 きっとこれは、私を捕まえるための罠だ。


「リー……」


 私は私が傷付く痛みを知っている。


 だから、目前で痛めつけられているリーアの苦しみすら、分かってしまう。


「ダメだ」


 血を流すことは、痛いことなのだ。


 例えそれが、どれだけ小さなものであったとしても。


「やめろ、やめるんだ」


 痛い。


 苦しい。


 ……寒い。


「分かった、分かったからっ」


 人の身では受け止めることの出来ない量の傷を抱えた体は、本来ならば備わっているはずの治癒能力では追いつかない量のそれらに匙を投げて、代わりに尋常ではない程の凍えを残していく。


 その冷たさは、死へと向かう恐怖に等しい。


 ――私が死ななかったのは、かつて二の魔法師として同行していた彼女の助けがあったからだ。


「分かったから、これまでのようにオマエらに従うっ。だから、だから頼む。リーを解放してくれ……ッ」

「れ……ゔぃ……⁉︎ だ、め……あなた、まで、」

「頼む、お願いだ。私の代わりに、リーに痛みを与えるのは止めてくれ……」


 杖を手放し、その場にうずくまり、動かなくなった私の姿を見てか、次にリーアを傷付ける音はしなかった。


「おかしい、なぜ俺の憧れである一の魔法師が俺に対して頭を下げているんだ? そんなにコイツのことが大事なのか? 憧れが気に配るほどの存在なのか、二の魔法師は。

 しかし問答なら一の魔法師が王宮に帰ってきてくだされば、後ででもできるからな。

 先に王宮からの言いつけを守ることとしよう」


 三の魔法師がリーアから離れたことを察知の魔法から知る。

 どうやら彼は、リーアから離れてくれたようだった。


 暫くして、両腕を後ろに回され無理矢理上体を起こされる。


 後ろに回された両手首に、ヒヤリ、冷たい触感。


 戦闘が始まって以来常時発動していた空間を察知する魔法が強引に切られた。

 何にも縛られていない時とは打って変わって重くなったこの感覚を、私は知っている。


「……結局、変われないのか」

「なんだ一の魔法師。俺でよければいくらでも話し相手になってやるぞ」

「…………いい」

「そうか。話したいときはいつでも言ってくれ。憧れと話す時間を取るくらいなら、王宮も許してくれるだろうからな。

 ――ほら、オマエたち。一の魔法師を運んでやれ」


 三の魔法師の号令で担ぎ上げられる。


「リー、は」


「解放するわけがないだろ?

 俺にとっては遺憾だが、アイツもアイツで捻れの空間に対する重要な戦力なんだ。そう俺としてはさっさと逃して追い詰められてのたれ死んでもらった方が地位も上がるし一の魔法師たるアンタに近付けるしでいいことづくめだが、王宮がそれを許さないなら仕方がない」


「……っ、はは」

 そうだよな。何バカなこと言っているんだ私は。


 いくら私の望みを声高に叫んだところで、王宮が聞き入れたことなど、これまで、一度たりとてなかったというのに。



 魔封じの枷を嵌められ、魔法師とは違い力に長けた兵士に抱えられて為す術も無くただ揺られている私に、あの日、不当にも断罪され右足を失った後に放り込まれた牢屋での思考が蘇る。


 無理、なのだ。


 私は逃げられない。


 才能があるからという理由だけで嵌められた枷を外すことなど、到底叶わぬ現実なのだから。




 ヒタリ、頬を雫が伝う。


 それが曇天からもたらされた自然現象なのか、はたまた別の何処かから生じた涙なのかは、両手すらも自由の利かない私には探れようがなかった。







――――――――――――

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!!


もし、

・レヴィお前が諦めちゃ……!!

・三の魔法師さん!?

・リーもレヴィも幸せになって……!

・いや普通に面白いし早く続き読みたいんだが!?

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