十八歩目.逃亡先にて、少女は思考に浸る
「……レヴィ、大丈夫――では、ありまんわね」
リーアが差し出してくれた手に、縋り付くようにして体重を預ける。
「そのまま体重を預けたままで構いません。寝床にできそうな場所を探しましょう」
「……ん、なら、探索の魔法を」
「今は休んでいてくださいまし。レヴィの魔法と比べ相当精度は落ちてしまいますが、ワタクシにも探索の魔法は使えます。
魔力をだいぶ持っていかれますし、レヴィの方が魔力の回復速度も段違いに速いですから、ワタクシが使うメリットは一つもないと思い、言っておりませんでしたが」
「そ、っか。だが、やはり私がやった方が、確実ではないか?」
「ですから!」
「それに、今はちょっと別のことに没頭したい気分なんだ。
……少なくとも、魔法を使っている間は、魔法のことだけを考えておれる」
逃げであることは承知している。
効率だけを考えるのなら、悩み事にはさっさと向き合って解決した方が良いことも、分かっている。
ちんたらしている暇がない現状だって、しっかりと把握しているのだ。
だのに私は、……私は。
「……そう、ですか。でしたら、お願いしてもよろしいですか?」
「うむ。ありがとな」
「ふふっ、やっていただくのはワタクシの方ですから、レヴィがお礼を言うのはおかしいですわ」
「ん、いやだが」
「レヴィの言いたいことも理解しておりましてよ。ささ、また逃げるだなんて羽目になる前に、お願いします」
なぜ、と思ってしまう。なぜリーアは、ここまで優しくいられるのか。そもそも、リーアは私を、どう、捉えて…………駄目だな。
やはり今の私は、どうしても思考が後ろ向きになってしまっている。
「……魔法の構築を形成。普段と同じもので良いよな。だが距離は念の為、広めに取っておこうか。どうせ寝る時はリーの魔法で気配ごと消すんだ、多少なら魔力を多く消費しても大丈夫だろう。完全に魔力が底をついたところで、一晩寝れば完全回復するからな。どうせ今の量だと、新たにストックを作れる程でもないんだ。流石にイレギュラーな事が起こった以上、安全性に力を入れるべきであることは違いない、はず。
すると、現在の魔力量から探索できる最大距離を算出して……だいたいいつもの三倍くらいか。
……む? 消費魔力量が三倍じゃないのは――あれか。起動するのにも割と魔力を食うからか。とはいえ、この段階を放置することはできんからな。ひとまずはこのまま発動させて――リー、結果が出たぞ」
閉じていた瞼を開く。
「探知範囲内に私ら以外の人間はいない。恐らく三の魔法師の妹は、前回の探知範囲外に待機していた誰かを頼ったか、何らかの魔道具を使用して王宮かどこかへ戻ったんだろうな」
「でしょうね。転移魔法は使えなかったはずですから。
それに、彼女単体の実力では、通常時のレヴィにすら勝てませんもの。さっさと王宮という一番安全な場所に戻すことで、現状王宮で一番強い三の魔法師の力を削ぐ可能性は排除したい、と考えるのが普通ですわ」
にしても、今回は念入りに行いましたのね。
軽口気味に、リーアは肩をすくませた。
「念には念を入れて、と捉えておいてくれると、助かる」
「その面があることは事実でしょう?」
「ぅ、まぁ、事実ではあるが」
考えたくないことから逃げられる時間を増やしたかった、というのもまた、事実だから。
「して、先の探知で寝床になりそうな場所も見つけたぞ。
ここからおおよそ五分程度の、倒れた大木が風化して出来た空洞だ。雨を凌ぐことは出来そうであるし、二人が寝転べるスペースもある。多少手狭になりそうではあるが」
「構いませんわ。むしろいい方ではありませんこと?」
「まぁ、二人が折り重なる形で睡眠を取ることも、多々あったからな。……今更、どこかの町の宿屋に行ける程の勇気が出ないのもあるが」
「危険すぎますわよ、さすがに。民衆に知らせてはいないのでしょうが、どこで王宮の見張りがいるかなんて分かりませんもの。
長いこと村にすら立ち寄らなくなったことで見つかりにくくしているのはいいんですけど、王宮の様子を世間話程度でも伺えなくなったことは痛手ですわね」
「だな」
ダダダダダダダダダダッ――、と雨粒が頭上に張られた透明な板を叩く。
なけなしの魔力を集めて張られたそれも、使い方次第では傘代わりに出来るのだから、やはり魔法は便利なのだろう。この板そのままの性能で三の魔法師のとの戦闘で使おうもんなら、彼の魔法が掠っただけで破壊されてしまうことは明瞭たる事実ではあるが。
結局のところ、物事というのは全て、どう捉えるかによって全く違って見えるということなのだ。
薄すぎる防御壁も、雨傘として使えば相当に使える。
魔法の代替品として使うにはあまりに燃費が悪いとされている魔力をそのまま塊にすることとて、魔力を外部に溜めておくという用途ならばむしろ一番良い方法とも言える。
王宮に縛られて生きていくことを自由が無いとするならば苦しく感じるも、自由による責任が無いとするならばむしろ幸せだと感じる――らしい、から。
「確か、この辺りでして?」
「……、……ぁ、ああ、合ってるぞ。えと、あれじゃないか? そこから入れそうだ」
「そのようですわね。
……ぅう、微妙に寒いです。嵐の夜ですし、仕方のないことではありますが」
どうせなら持ち運びのできる掛け毛布を持ってくればよかった、とリーアはぼやく。
リーアが先に入り、私はリーアの手を借りつつ、大木の空洞に身を滑り込ませた。
じめっとした大気が肌に触れたが、雨の直撃を受けながら寝るよりかはマシかと頭を振る。
広さはちょうど二人が並んで寝られるくらいにはあるのだから、雨と、それから風も出入り口から吹き込んでくるもの以外は避けられることを鑑みると、これ以上贅沢も言ってられない。
……ああ、けれど。
私がもしリーアに連れ出されるがままに夜逃げをしなかったら、今も王城の私の部屋に備え付けてある柔らかなベッドで、雨風に晒されることなど全くもってない屋根も壁もある場所で、眠れていたのだろうか。
…………眠れていたの、だろうな。
あの部屋は。
私の待遇は。
テンプロート王国の城は。
才能故に縛られることを厭わないのなら、快適な生活を送れる場所なのだから。
才能故に与えられていた場所は、少なくとも幼少期の生活よりかは裕福であったのだから。
「レヴィ? そろそろ寝ますわよ」
「……ぁ、うむ。寝ようか。早う寝て魔力を回復させなばならんものな」
「ええ、その通りですわ」
「…………ん? どうした」
寝ようと思い、上手く杖を使って地に腰掛けた私を、しかしリーアはただ膝立ちしたままに見ているままだった。
「寝ないのか?」
「寝ますわ、もちろん寝ますとも。ワタクシとて疲れておりますからね」
そう言って、リーアは私の隣に座る。そのまま横になるリーアに倣い、私も横たわった。
……むむ、ちょっと湿っているな。
とはいえ、夜逃げしてからはお風呂に入ってすらいないのだから、今更多少汚れたところで、とも思わなくはないが。
「ねぇレヴィ」
「なんだ?」
空洞となった大木の外は、相も変わらず嵐が続いているようで、静かに就寝するには大きすぎる音が絶え間なく鼓膜を穿ってくる。
「――いえ、ゆっくりとお休みになさって、と言いたかっただけですわ。……三の魔法師の妹と言葉を交わしてから、ずっと、思い悩んでいらしたようですし」
リーアの手が、私の頬を優しく撫でた。
「夜はどうしても気が重くなってしまう時間帯です。
それに今のレヴィは魔力もほとんど使い果たして、疲れきっていますもの。まずはゆっくりと睡眠をとりましょう。考え事をするのは疲れを取ってからでもいいのではないでしょうか。
元気であるときの方が、よりよい考えも思いつくってことでしてよ」
リーアの手は、冷え切っていた。
だというのに暖かいように感じてしまったのだから、きっと私はリーアの言う通り、疲労が溜まりに溜まってしまっている状態なのだろう。
――今日はもう、寝なくてはならんようだ。
「うむ、そうだな。おやすみ、リー」
「おやすみなさい、レヴィ」
外を支配する嵐は、未だ止みそうになかった。
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