十七歩目.逃亡先にて、少女は嵐に遭う
着いたのは、テンプロート王国にいくつかある崖の下に流れる川の岸。
転移痕を隠蔽できたと頷いたリーアを見て、ようやく一息つくことが出来た。
「今回も、どうにか逃げ切ることができましたわね」
「ああ、本当にな。だがこれも、あちらが本気を出し始めたら終わってしまう。リーの言う三の魔法師の実力を十全に出されしまったら、逃げる暇さえなく捕らえられてしまうことは違いないからな」
だいたい、と思いながら、ついボヤいてしまう。
「何故三の魔法師は本気を出さないのだ? 王宮側からすれば、私らなぞ、死にさえしなければ良いはずだろう?」
「ワタクシだけなら、そうかもしれませんわね」
「リーだけなら?」
私の疑念に、リーアはえぇ、と先を告げる。
「レヴィを傷つけてしまったら、回収することがもっと大変になりますもの。ワタクシなら、できる限りレヴィのことを傷つけないようにして回収しようとしますわね。……たとえあちらに、傷を負ったレヴィと同等の力があったとしても」
「しかし同等の力があるなら、さっさとそれを行使してしまった方が早いのではないか?」
「あら、本当にそうでしょうか。王宮からしますと、レヴィが暴れて損害が出る可能性だって捨てきれないはずでしてよ?」
「ん……まぁ、それもそうか」
だからといって、警戒するに越したことはないから、リーアはわざわざ三の魔法師とその妹について私に伝えたのだとは思うが。
万が一の際に、事前情報があるのとないのとでは、やはり対応の速度が大きく変わってくるからな。
「……ワタクシ的にはそれだけが理由じゃない気もしてるんですけれどね」
「ん?」
それは、いったい。
「どういうことだ?」
「単なるワタクシの推測でしかありませんわ。けれど、あの男ならこんな理由があってもおかしくないような気がするんですの」
どこか遠い昔を思い返しているのか、私ではない明後日の方向に視線を送りつつ、リーアは続けた。
「あの男、三の魔法師は、レヴィ、一の魔法師という存在に酷く固執しておりましたから。何がきっかけでそうなったのかはワタクシも知りませんけれど、彼はレヴィに強い憧れを抱き、同時に強烈な闘争心を燃やしてもおりましたわ。
……ワタクシがレヴィ付きの任務を多く受けるようになってからは、会う度に尋ねられましたの。今回の一の魔法師はどのような勇士を誇っていたのか、と」
それこそ耳にタコができてしまうくらいにですわ、とリーアは困ったような笑いを洩らした。
「ですからワタクシは、こうも考えてしまうのです。
三の魔法師は、本気の貴女と戦いたいがゆえにわざと手加減をしているのではないかと。切羽詰まって自ら傷を負い、刃向かってくるレヴィと手合わせをしたいのではないか、と」
「私と戦いたい……それもリーの話を聞く限り、自身の意思で戦う私と、か」
「そんな感じです」
国に属する魔法師として、互いに争い合うことは禁じられている。
捻れに対応することばかりで手一杯な現状において、これ以上、揉め事を増やすことは人類の滅亡に繋がっているとされているからだ。
だが確かに、今の状況を利用すれば、私と戦うこともできなくはないのか。
「……ならば、三の魔法師が王宮からの命令に背いて本気を出していないという可能性も捨てきれない、というワケだな」
「ワタクシ個人の見解では、まだ王宮からも本気を出すなと言われているような気がしなくもないんですけどね。
ですけど、そろそろなりふり構ってもいられなくなってきているはずです」
「と、いうと?」
「王宮側からしてみますと、主戦力の二人、回復役のワタクシも含めるなら三人が、一気に対捻れとの戦闘から抜けてしまった状況ですもの。
正直、王宮を夜逃げする前の体制はレヴィ一人にほとんどの重荷を乗せていたようなものでしたから、今の状況も王宮がレヴィ任せにして残していた余力全てを尽くせばいくらかは保たせることもできるのでしょうが……やはりどこかで限界が来てもおかしくはありません」
なるほど、確かにリーアの言い分には納得ができる。
……してしかし、私がまだ王宮にいた頃は、あやつらは余力を残していたというのか。……今更王宮の横暴さに難癖をつける気もないが、ならば私はもう少し心情的に楽な生活を送ることができたとも言えなくはないよな……。
ともかく、今は三の魔法師についての情報共有を進めねばならん、か。
「すると、一番良いのは三の魔法師が本気を出さねばならぬと王宮から強く圧力をかけられる前に準備を終わらせてしまうことになるな」
「そりゃぁそうに決まっているじゃあありませんこと。
それでレヴィ? 体外に溜めている魔力の塊はいかほどでして?」
「ん、ちょっと待っとれ、今見てみる……うむ、あと四分の一くらいだ」
「なるほど。
……本当に、三の魔法師が本気を出せと命じられる前に、全てを終わらせてしまいたいですわね」
そう言ってリーアは、小さく息を吐き出した。
☆☆☆
「こんにちは。一の魔法師様、二の魔法師様」
にっこりと、満面でいてどこか無機質な笑顔を浮かべた存在は、吹き荒れる嵐をものともせずに、ぺこり、頭を下げる。
私もリーアも、警戒と懐疑ともしやの焦燥から口を開くことが出来なかった。
「そう固くおなりにならないでください。今回はあたくし一人です。他の方々に一の魔法師様たちを探すお手伝いはしてもらいましたが、ここにいるのはあたくし一人です。もちろん、兄上様もいません」
三の魔法師の妹。
彼女が単独で私の探索範囲内に入っていることを知った時には、まず魔法が返してきた結果を疑ったものだ。
魔力を溜めなければならない状況下において、さすがに常時探索の魔法を使っている余裕は無い。だからこそ、間隔を決めて周囲の様子を探っているようにしている。
何度か三の魔法師に見つかってしまったことは、そういった事情があるからだ。
つまり、私らが相手の接近に気付かず許してしまっていたからで、逆に迫り来る三の魔法師を目で見る前に発見し逃れた例は何度もある。
だが三の魔法師の妹がたったの一人で私らに接近していた例は、これまで一度もなかった。
「まぁ、警戒されるのも当然でしょうし、このまま話を進めますね」
要件を端的に言いますと、あたくしは王宮様からの伝言をお伝えに参りました。
にっこり無色の笑顔のまま、三の魔法師の妹は続けた。
「王宮様は、一の魔法師様と二の魔法師様のお二方が早急に王宮へお戻りになられることを強く望んでおります。今なら、任務を放り出し王宮から逃亡した罪を全く問わないという王宮様は判断をお下しになられました。
あたくし個人からしましても、今のうちにお戻りになられることを強く推奨いたします」
「あら? 嫌に決まっておりましてよ」
何も言えないまま突っ立っていた私の隣で、リーアが普段と同じ口調で言い放つ。
「だいたい、伝言なら、三の魔法師と共に伝えに来ても良くなくって? むしろ無名の魔法師さんが一人でワタクシたちの前に姿を現すより、ずっと安全だと思いますわ」
おそらくは、三の魔法師の妹が単独で出現したことに対する戸惑い等の感情を知らせないためにわざと声のトーンを作っているのだろう。
そう考えられるくらいには、私も落ち着いてきているようだった。
「あたくしは王宮様から命じられた通りに任務をこなしているだけです。そして王宮様の判断が正しいことは、あたくしが傷ひとつない身でお二方の真前に立てている現状が何よりの証拠となっていますよね?
王宮様は、あたくしがお二方に傷つけられないと理解していて、だからこそ一番の適任者としてあたくしを選んでくださったんです」
ふと、少女の笑みに何か色が混じった気がした。
「ところで一の魔法師様。テンプロート王国の現状をご存知ですか?」
「……どういう意味だ」
唐突に私個人に向けて問うてきた三の魔法師の妹に、警戒心を引き上げつつ聞き返す。
「要件が済んだのなら、さっさと帰った方が良いのではないか? オマエを守ってくれるオマエの兄は、いないのだろう?」
「はい。でも一の魔法師様はあたくしを殺したりはしませんよね?」
「それ、は」
「でなければ、もっと早くに王宮様からお逃げになっていたはずです。今回一の魔法師様が王宮様の元をお離れになったのは、そちらの二の魔法師様に誘われたから。
一の魔法師様は、一の魔法師という地位に相応しいほどの力を持っているがために、自分の待遇にどれだけ納得がいっていなくとも、受け入れてしまっていた。もし任務を放り出したら、誰かが死んでしまうかもしれないと、お考えになさっておられたのでしょう?」
知らない人のために命を賭けられる一の魔法師様が、まさかあたくしのことを殺すだなんて、あたくし、考えられません。
言葉に詰まった私を嘲笑うこともなく、三の魔法師の妹は変わらぬ笑みで淡々と告げた。
時折襲いくる暴風に雨粒が混じっている。魔法である程度は遮っているはずだというのに、鋭い針が絶え間なく肌の表面を突き刺しているようで、思わず私は身震いをしてしまった。
「でも一の魔法師様。あたくしからしますと、一の魔法師様のお考えこそが一番納得のいかないことなんですよ?」
「――用が済んだのなら早くお帰りなさってくださいまし。いくらレヴィが貴女を傷つけないからといって、ワタクシも同じだとはお考えにならない方がいいですわよ?」
「二の魔法師様が一の魔法師様の前で一の魔法師様に嫌われるかもしれない行動を起こすことは無いと思いますので、特段心配はしておりません。
それに今は一の魔法師様と会話をしておりますので、少々お待ちください」
「……貴女、ワタクシには滅法厳しい対応をお取りになりますのね」
「あたくし、二の魔法師様のことをあまり好ましくは思っておりませんので」
「そう。ワタクシは、王宮に大人しく従っている貴女の方がイカれていると思うわ」
嵐に負けないほどの威勢を見せるリーアの言葉を聞き、知らず私は、内心頷いてしまった。
夜逃げをしてから三の魔法師と遭遇したことは幾度となくあるが、その内の一回も三の魔法師の妹が正気を保っていた様子を見たことはない。
だというのに、この少女は、王宮での待遇が気に入らないという私の考えに、納得がいっていない?
「オマエは、自身の待遇に不満を持っていないというのか? 言うなれば、三の魔法師の魔力タンクとしてのみ使われているというのに」
私の問いに、果たして三の魔法師の妹は、人権を無視してほぼ道具として使われている少女は、目を瞬かせた。
「やはり一の魔法師様はおかしなことを仰りますね。この国一番の才能を持ってらっしゃるのに、それを活かすことすらしないだなんて」
「才能の有無は関係ないだろう?」
「いえ、関係ありますよ」
いいですか、と三の魔法師の妹は一息挟んで続ける。
「あくまであたくしの話になってしまいますけれどね。
魔力タンクとしてでも使ってくださっているということは、あたくしには、自分で考えなくても生きていけるだけの才能があるってことなんです。世の中には、必死に考えて、必死に努力しないと生きていけない人がたっくさんいるのに、あたくしはただ今のまま在るだけでいいんですよ?」
「だからといって、己の意志全てが無視されるような、縛られた生き方なぞ――ッ」
「縛られる……?」
三の魔法師の妹の囁いた声が、ひどい嵐の中であるにも関わらず、微かに聞こえた。
ここにきて初めて、少女は明確に感情が有ると判ぜる笑みを浮かべた。
「えへ、それってとぉってもいいじゃないですか至高じゃないですか最高じゃないですか!
縛られて生きるのって、何も考えなくていいんですよ? 言われた通りにさえしていれば、どんな失敗したって、責任を負わなくていい。
それこそが、あたくしたちは、誰かに指図されて生きていけるに足る、そう、誰かが指図したいと願いたくなるだけの才能を持って、生まれてきたという証!
自らが責任を負わなくてもいいなら、あたくしは自由になる権限なんてもの、いりませんっ。
あたくし、責任とか大っ嫌いなので!」
強く風の吹き荒れる嵐の中、ただ一つ、少女のドレスだけが舞い上がらずただその形を保っていた。
数字を持たない魔法師たる彼女の信じる、未来永劫、死ぬまで誰かに寄りかかって生きていけるという安心感を体現しているようにも見えた。
「責任を、負わずに……」
ああ、けれど、そうなのか。
少女からすれば、縛られて生きることは、なんら不利益もない、選択肢なのか。
己の意志を持たずに生きることは、悪いことではないのか。
「……ま、どう考えるかは結局のところ一の魔法師様次第です。ひとまず用は済んだので、お暇させていただきますね?
そろそろ体も冷たくなって参りましたし、体調を崩すことは許されていないので」
ではでは、今後のご邂逅の際にも、是非ともまた任務をこなせるよう、よろしくお願いしますね? と少女は笑った。
いつぞやに見た虚さからは遠くかけ離れた、無邪気で自信に溢れた笑みだった。
「あ、そうそう。最後にひとつだけ」
三の魔法師の少女は、元の無機質な笑顔に戻って小さく首を傾げる。
「一の魔法師様方が対捻れの体制から抜けられたことによる限界が、もうすぐそこまで迫ってきておりますこと、お忘れになさらないようにしてくださいね?」
…………そして今こうやって話している間にも、どこかで誰かが死んでしまうかもしれないのだという。
私が、逃げ出したせいで。
何も言えない私を置いて、三の魔法師の妹は重苦しいドレスを意に介せず、足早に立ち去っていった。
――――――――――――
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!!!
もし、
・なんかヤバい奴キタァ――!
・妹さん!??
・レヴィ!!
・リーちゃん、アンタしかおらんでしょほら頑張れっ!
・……いいから早く続きをぉ……!!
と思ってくださったら、
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(作者は嬉しさのあまり、限界突破しちまいます)
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