十六歩目.逃亡先にて、少女は提案する
「レヴィは何か提案、ありまして?」
「む、そうだな」
思考を巡らせつつ、リーアからの質問に答える。
「一つだけならあるぞ。ただ、あまり現実味は無い」
「構いません。お願いします」
「わかった」
崖に近い岩壁と岩壁の間をすり抜けていく風は、空虚な軽さがあった。そこらに転がっている乾き切った小石がカラカラと音を立てている。
地図上でこの場所があることは知っていたも初めて来た場所であるここに、どことなく寂しい面持ちを覚えた。
「一度捻れた空間を抜けて、外の世界を見に行ってはどうだろうか。誰かが意図的に作った空間の捻れ自体は一定範囲で終わっているが、さらに外側に捻れが広がっている可能性が否定できない以上、確かめておかなければならないと思うんだ。
まぁ、さすがにこの展開はそうそう無い気もするがな。ならなんでわざわざ捻れで王国を更に囲ったのだという話になるし」
「万が一の場合の確認、ということですか。それに、空間の捻れの外に人の住める場所があるかの確認もできますわね」
「だな。
あともう一つ、仮定として外で人が生きているとして、テンプロート王国にヘイトを向けている可能性はある。何らかの原因でもって王国を閉じ込めた、というルートは十分に考えられる故、外の情勢を調べるのにも一役買うんじゃなかろうか」
「ですわね。それで、レヴィの言う現実味が無いとは? ガードが調査だけでなく誰かが通り抜けるのにもかかっていたとかでして?」
首を傾げたリーアに、私は大振りに頷く。
「うむ、物理的な障壁も張ってあったな。これは、先のルートを提示した根拠でもある。何をしてでもこの国の民を他の国へ入れたくなかったかのように感じられた」
「外が王国と敵対している場合、その対策もある程度は練る必要がありますものね……」
「外が全て敵であっても、私ら二人だけなら、どうにでもなるからな。リーの隠密は数字を冠する魔法師レベルにあるし、私とて、傷さえ負えばこの王国で一番の魔法師となれるだけの力を持っている。外がどれほどかはわからんが、それでも全く対策が練れないということはないはずだから。
……ただ、一つだけ、気になる点があるんだ」
「何でしょう?」
不明なところが多い中、正直ここが、一番不審な点だったかもしれない。
「物理的な侵入を拒むガードだけ、魔力の質が違ったんだ。
それも、大人数で作ったかのような形跡が残されていた」
空間の捻れと調査をできなくする妨害は同じ魔力、つまり同じ人が作ったものだったのに、なぜか物理のこれだけはその他大勢によって作成されたものだった。
「元から複数人による計画だったのやもしれんが、にしてもおかしいように思う。単に一人では手が足りんくて、とかが理由なら良いんだが……ならば他の部分も力を合わせた方がより強固なものが仕上がるはずだろう?」
疑念点を残したまま、決行したら覆すことがほぼ不可能な捻れた空間を壊すことはやりたくないから。
……いや、傷さえ負えば捻れは作れるだろうから、ほぼも何もないのか。
効率だけを考えるのなら、外に魔力を貯めといて、その上で致命傷一歩手前の痛みでもって捻れを蹴破れば良いのだ。
時間さえあれば捻れの防護も貫けるに違いないし、保険で体外に魔力を抱えておけば、捻れの外に何か問題があっても対処できる。
「リーは、」
「なんでしょう?」
「私に傷を与えようとする気は、ないのか?」
「ありません。どうしようもなくなった時の最終手段としか考えておりませんわ。そして、最終手段を取らざるを得なくなる前に全ての事を片付けるつもりです」
「……そうか」
リーアの気持ちを、そして私自身の傷を負いたくないと思う感情を鑑みるなら、やはり一度、外の世界の情勢を確かめに行くべきだろう。
「なら、次の予定として捻れの外へ行ってみることを強く推奨する。実現の可否についても、とりあえず魔力量の問題だけなら、前に使っていた杖のように私の魔力を外に出して貯蓄しておけば足りると思う。
……いや、そもそもガードを壊さずにすり抜ける方法を使えば、もっと簡単に済むやもしれんな。誤魔化し等の構造の一部にリーの手を借りることになるだろうが」
「ワタクシに手伝えることでしたら、何だってやりますわ。ですけど、ワタクシが手伝うのだとしましても、いくらかの時間はかかりそうですわね」
ふぅ、と一つ息を吐き、リーアは頷いた。
「とはいえ、ワタクシに他の良い案があるわけではありません。レヴィの案を採用しましょうか」
☆☆☆
「――リーッ!」
「わかっておりますわよッ。ったく、ウザったいったらありゃしない!」
「左斜め前方向、防壁準備完了」
頬にあたる風圧を感じながらも魔力を繰り、攻撃を防ぐ為の盾を作る。
避けきれないものはこうやって攻撃自体が私らに届く前に止めるしかない。
リーアは私を担いで駆けている。
それこれも、今の私じゃ満足に走ることすらできないのが悪い。さすがに十数日程度じゃ、杖有りで歩けるようにはなれたも、早く歩くことすらまともにできやしない。
絶えず魔法で周囲を探り、リーアに命令を下す。
「もっとスピードを上げるんだ! 後ろから挟み込むように火の弾が追ってきてる」
「もう十分に走ってますわよぉッ。これ以上どうやって……っ」
「私が後ろから押すから、バランスを取ってほしい」
「……魔法だけでは手狭だからと、運動にも力入れといて良かったですわ。ええ本当にッ」
一際強く地面を蹴ったリーアの動きに合わせ、魔法を発動させた。
髪がより強くなびきだす。
後ろの青年からは、相も変わらずぶつぶつとした呟く音が聞こえてくる。少女は脇に抱えられているらしい。
「なぁ、なんで逃げるんだ。一の魔法師の持っている崇高たる理念は、きちんと話せば王宮にも納得してもらえるに違いない。なのになぜ、逃げるのだ。逃げる必要などなかろう」
「………………ふへっ、は、おへへ」
「ここからは俺の勝手な望みになってしまうが、どうか一の魔法師の生き行く道を俺にも見せてはくれないだろうか。まずはテンプロート王国の全ての頂点に立ってから、それから世界を手にしに行く一の魔法師の姿を、是非とも近くで見ていたい。なぁ頼むよ、そうでなければ、俺は一の魔法師を越えようとすることすら叶わなくなるではないか」
「ひぃぃ、はぁ、へ、……っへ、」
「……ああけれど、こうして逃げまとう一の魔法師を追うのも良いかもしれんな。もし捕まえることができようもんなら、一度だけ、一の魔法師に手が届いたものとして、将来名を残せるかもしれない」
「いひひひ、――げひっ…………、ほ、……きひぃ」
「皆が望む俺に、もっと近づけるかもしれない」
――本当に。
聞いているだけで、頭の中がごちゃごちゃに混ぜられている気がしてならない。
襲いくる攻撃と真剣に向かい合ねば、逃げることすら危ういというのに!
「レヴィ、まだ準備は整いませんの!?」
「後は隙を見て逃げ出すだけだっ。その隙も必死に探している!」
「そうですわよね、知っておりますわよそんなことぉ! だってさっきから全くおんなじ状況ですものね!??」
三の魔法師は、やはり私らに対して本気を出していないのか、余裕な声音を保って私らを追ってくる。
油断しているのからなのか別の理由があるからなのかは分からぬが、少なくともまだ私が傷を負わなくとも逃げれる内は隙を見て逃げ出した方が良い。
「……、ん」
ふと、頬に触れる風の当たりが変わる。
おそらく、風向きが変化したことによる……なら。
「後方右斜め三十度方向、並びに七十五度方向。リー! 五秒後にスピードを一気に落としてくれ!」
「はいはい、わかりましたわよッ、と」
ガクリ内臓に僅かな衝撃が走る。唐突にリーが減速したことによる、ほんのちっぽけな代償だ。
私らの両脇を掠めるようにして、猛烈な速度の小石が駆け抜けていく。
「座標を固定――転移発動」
小さな対価で、私らの視界に映る景色が切り替わった。
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