十三歩目.王国の端っこにて、少女は瞼を閉ざす
「にしても、さすがはリーだな。杖での行動ばかりは慣れるしかないが、にしても動きやすい格好だ。見栄えも良いし」
「ふふふっ、喜んでいただけて嬉しい限りですわ」
あれからリーアは一時間足らずで私の服と杖を揃えてしまった。
服に至っては二十分もかかっていないというのだから、オシャレの何たるかを微塵もしらない私からしてみると、異次元の行為を見ているようでもあった。
……ま、まぁ、一の魔法師だった頃は王宮の侍女から渡された服で事足りていたし、いくらこだわって着ようとも、任務を受ければすぐに破けてしまうから、わざわざ時間とお金をかけようという気にもならなかったのだ。
「次は、宿だったよな?」
「はい。また案内を頼んでもよろしくって?」
「うむ、もちろんだ」
ウォルンシス町は割と大きな町で、その為、宿は三ヶ所と町にしては多く存在している。
低賃金者を相手にしているものと、高収入者を相手にしているもの、あとその間を相手にしているものだ。
「予算はいくら程度か、聞いても良いか?」
「あまり目立たず、かつ鍵のしっかりとかかる宿だとどちらになりまして?」
「すると、一つに絞れるな。庶民向けだが、良いか?」
「大丈夫です。庶民向けでしたら、そこまで値段も高くはないでしょうし」
「了解した」
リーアの要望を叶える宿は、中間層を相手にしているところとなる。
無論、高所得者を相手にしているところの方がセキュリティーの面ではずっと良いのだが、入る時にどうしても目立つことは避けられないし、中間層向けの宿が一番大きくて客数も多かったはずだ。
ここがもし街や王都だったりするのなら、話は変わってくるのだが、ウォルンシス町はあくまで町であり、単に宿が他の町よりかは多いといったくらいのものなのだ。
その宿は、えっと、一番通りにあったよな。今向かっているのが二番通りだから、さらに三十分足らずを歩く必要があるのか。
……ああ、しかし、一番通りと二番通りの境辺りには、確か。
「なぁリー、迂回して行くのはダメか?」
「レヴィの店を避ける目的以外でしたら良いですわよ」
「む。即答だな」
「あら、この町でレヴィがなよなよすることと言えば、レヴィの家族関連しかないじゃありませんこと?」
……リーアもよく私という存在を理解してらっしゃることで。
「ならば、迂回せずに行こうか」
「ええ、そうしてください。ところでレヴィの実家は飲食店を営んでいるとのことでしたが、実際にはどのような料理を出しておられるのですか?」
「そう、だな。分類としては、食事処。主として、昼に定食を出している。夜は酒場としても営業しておるから、酒場とも言えるが、夜もどちらかといえば食事を前に出しているから、やはり食事処の面が強いな」
「目玉料理は?」
「親子丼定食と生姜焼き定食の二つだ。どちらも絶品なんだぞ?」
そして母から真っ先に教えられたのも、この二種の料理だ。今でも作り方を朧げながらにだが覚えてはいる。
いつか、全てが終わって落ち着いたら、また作ってみたいところだ。
いつになるかはわからないが。
その後も軽く雑談をしつつ、宿への道を進んだ。
やはりこの町は七年前からそこまで変わっていないようで、同じく私の実家となる店も変わらぬ佇まいを見せていた。
王宮による措置で私に関する記憶を消されている為、私の両親はどちらも店から出てくることはなかった。
☆☆☆
ほぅ……と息を吐き出す。
見上げた先には、不可解に数多の色が渦巻く壁が今まさにこちらへ迫らんと波立つ海面のように蠢いている。
森から転移魔法を使うこと、計七回。
私らは捻れた空間の真前まで迫っていた。
ここまで王宮からの追手に見つかることなく予定通りに事を進めることができた。
次に行うのは、空間の捻れについてのリーアの考察が正しいかどうかを検証すること。具体的には、私が分析系の魔法を使用し、あらかじめリーアから聞いている項目に沿って確かめていく。
この
「レヴィ、準備は宜しくって?」
「無論だ。リーも、万が一の際にはすぐ動けるよう頼むぞ」
「ええ、勿論」
私の問いかけに、リーアは両手の魔法具をキッと構えながら答えた。
私も、失敗が無いよう気合を入れて望まねばな。
――さて。
「ではリー、始めるぞ」
「お願いします」
一呼吸挟み、魔法を発動する為の準備を始める。
「性質、範囲、その他特異点は余裕がある場合、付随して調査。
範囲は探知の魔法と似た方法で調べるとして……いや、先に性質を優先して調べるべきか。うむ、探知は対象の性質を良く知っていた方がずっとやりやすいからな。
性質は――中での魔法の使用感を魔力の通り方で見たり、他にも色々と確認したりすれば良いだろう。すると、使う魔法は、魔力探知に形状探知、後は状態探知に……つまるところは通常時に使用している探知魔法をさらに深掘りする形で良さそうだな。
範囲調査はいつも通りで」
魔法の構築を練っていく。
複雑ではあるが、そこまで難解なものではなさそうだ。そうは言っても、通常時の私からすれば十分難易度が高いのだが。
「使用魔力量は、時間をかければどうにか限界魔力量にギリギリ抵触しない程度に抑えられる。最悪予備の塊はあるから、万が一の際もどうにかなる、か。
……うむ、構造はこれで大丈夫そうだな。構築の方も、これまでの魔法を組み合わせれば……――いける。
特に不備も見当たらない」
背後から頬をすり抜ける風に合わせるようにして、私は捻れた空間に向けて手を差し出した。
「リー、――いくぞ」
「わかりました。周囲の警戒はお任せください」
「うむ、頼んだ」
瞼を閉ざす。
瞬間にして
これまで一の魔法師として無理なゴリ押しで対処してきた相手についての情報が手の内に収まり始める。
リーアの立てた仮説では、この空間の生成過程に二種類の説があった。
自然的あるいは大規模な何らかの衝突による偶発的な発生である場合と、どこかの誰かもしくは複数人が意図的に引き起こした場合だ。
前者の場合、原因を解消することで捻れを消す予定になっている。こちらについては、あくまで偶発的なものであるため、ゴリ押せばどうにでもできる。
問題は、後者の場合だった時。
意図的に引き起こしたということは、当人からするとこの捻れた空間は消されたくないことと同値になる。
つまり、消せないようにする為の何らかの対処措置が埋め込まれている可能性があるのだ。
その場合、ゴリ押しだけでは限界がくる。ぐちゃぐちゃに絡み合った糸の一本一本を丁寧に解く以上の精密さと息の詰まる集中力でもって捻れを解消へ導く必要がある。加えて糸を解くのとは違い、一度でも間違えることは下手すると世界の滅亡に繋がる恐れがあるから、なおさら気を抜けない。
そしてまず間違いなく、私は傷を負わねばならない。
魔力量を補えたところで、絶対的な魔力操作の力が通常時では足りないからだ。
どうか前者であってくれと願いつつ、私は調査を進めていく。
「…………、……なるほど」
けれども――いや、やはりと呼称すべきなのか。
世界は楽を赦してはくれないらしい。
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