十四歩目.王国の端っこにて、少女は嘔吐く



「……なるほど、コレは酷い」


 脳裏を流れていく情報に、思わず声が洩れる。

 人智を超えた力を何度も何度も経験したことのある私にさえ、背筋を冷たい何かが這い上がってきた。あまりの人技離れた技術の塊に、感嘆を通り越して吐き気がする。気持ちが悪い。


 どんな才を持って生まれれば、こんなものを作れると言うのだ。

 確かに範囲自体は狭いように見受けられるが、だからと言って、こんな、こんな――


「レヴィっ!」


「――ッ?」


 大きく体を揺らされ、同時にかけられた声で、意識が現実に戻される。

 慌ててリーアの方を見やると、焦燥感を全面に出した彼女の姿があった。


「敵襲です」


 リーアの視線を辿る。

 その先には、男女二人組がいた。背の高い青年と、背の低い少女だった。


「相手は三の魔法師と、その妹です。すぐに逃げますわよ」

「了解した。転移で良いな?」

「ええ。できる限り小声での発動をお願いします」

「わかった。魔力は予備のコレを使用して、座標は魔力量から算出して――アソコだな。いつも通りに……リー!」

「すぐにお願いしますッ。もう魔法具じゃ保たない……っ」


「うむ、任せ――アブなッ、消去――はできない、魔力が足りない。なら逸らせば、どうにかッ」


 体内に残る魔力を搾り出して、襲ってきた攻撃の軌道を無理やり変える。

 敵の青年、三の魔法師はこちらを無表情で睨んでいた。

 少女は、笑いながら、地面にうずくまり肩を抱えていた。小さな口が何かをぶつぶつと呟き出している。


「助かりましたわ。魔力の方は……大丈夫では、なさそうですね」

「ちょっと、使いすぎた。自分を支えるのも辛い」

「ワタクシに寄りかかってください」


 転移の魔法は発動する直前だったから、逃げるだけの魔力はまだ使っていないも、もう一度発動させるには少し時間がいる。

 体内で抑えた魔力の流れを、転移に変換できるまでに操らなければならない故だ。


「ああ、おかしいな。おかしいな。王国最強にして下々に目を向けることすらしない一の魔法師が、俺のことをしっかりと目にしている。ああ、おかしい、おかしい。そもそも国一番の魔法師の地位を貰っといて逃げること自体、おかしいったりゃありやしない」


 青年の瞳は、私を映していた。

 意味のわからない言葉の羅列に気を取られそうになる思考を、どうにか魔力操作に持っていく。

「回路を修正。違う、こっち側に……微調整を、もう少し…………」


「なぁ、一の魔法師。どうしてアンタは逃げたんだ? 意味がわからないよ、だってアンタは最強の名を欲しいままにしていたんだろう? 出来損ないでたかが三位にしかなれない俺のことすら、眼中には入っていなかったじゃないか。つまりはそれだけ、アンタは力を持っていて、二の魔法師という治癒ではアンタに匹敵するヤツしか認めない人間なんじゃないのか? なぁ、なんでアンタは逃げたんだよ」


 青年は怠そうに私に向けて言葉を投げかけ続ける。

 ……違う、今は魔法の方に集中せねば。


 無色の刃が、私の頬スレスレを通り抜けていく。


「ああ、もしかして、アンタはたかが王国の民から受ける賞賛では足りなくなったのか? けれどこの王国の外に世界なんてないだろう? 少なくとも俺はそう習ったが……もしや、一位のアンタは自力で外へ出たことでもあるのか? それで、実は他にも国があったとか」


 私の切られた黒い髪の毛が数本、宙を舞う。

 木々の葉が幾枚も散っては落ちていく。

 三の魔法師は、私らを狙っているつもりなどないと言わんばかりに、周囲へと殺意の高い攻撃を振り撒いていた。


「ああ、ならば、すごく良いじゃないか。さすがは一の魔法師として名高いアンタだ、どこまでも高みを目指しては、止まらない。俺はそんなアンタに憧れたんだ。今もほら、普段は喋ることすら億劫に思うのに、言葉が次々と溢れてくる。アンタに聞かれていると実感できるだけで、俺は許可もなくアンタを攻撃できなくなっちまってる。アンタと面向かって何かを話したことなんて初めてのことだからさ、俺もどうすればよいのかわかんないんだよ。なぁ、妹。オマエならどうすればいいのか、わかるんじゃないか?」


 青年の問いに、少女はただ虚な笑みでうずくまったまま動かない。


「……答えられないか。そりゃそうだよな。魔力を搾取している最中なんだし、逆に外を気にせるだけの心境では困る。俺は別に憧れを殺そうだなんて物騒なこと、考えちゃいないが、それでも超えていけるのなら、アンタが赦してくれるのならすぐにでも越えようとする準備はしておきたいからな」


 独白とも取れない三の魔法師の戯言とまともに取り合わないよう何とか心を落ち着かせつつ、転移の魔法の仕上げに入る。

「あとは、先ほどと同じように……よし。リー、飛ぶぞ?」


「かしこまりました」


 今もなお続く声を振り払うようにして、最後の一手を打ち出す。


「……転移」



 瞬間的に切り替わる視界。

 音声系の魔法具の電源が切れたかの如く、張り付いてきた男性の言葉も消えた。


「逃げ切れたか?」

「ええ、おそらく。にしてもやはり、三の魔法師が来ましたか」

「リーは三の魔法師が来ると予測をつけていたのか? だがアヤツ、のうのうと私らを逃したどころか、そもそも攻撃自体、まともにしてこなかったぞ?」

 王国も、そんなヤツを追手にするワケがないと思うのだが。


 私の疑問を、リーアは、確かにそう考えてもおかしくはないと頷く。


「王国どころか、三の魔法師とある程度の仲にいる者でしたら、彼がレヴィのことを狂気なまでに慕っていると知っております。対面した際にまともに攻撃できないという認識も出るでしょうし、実際、その通りでした」

「なら、何故アヤツが遣わされたのだ?」


 不利益を承知でというのなら、それだけ大きな利益が無ければおかしい。


 果たしてリーアは一つ息を吸い込むと、静かに口を開いた。


「テンプロート王国内にて、たったの一つだけ、彼には……いえ、彼とその妹にしか成し得ないことがあるのです」




 ――彼たちは、本気のレヴィに対抗する術を持っています。







――――――――――――

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


もし、

・ハぁッ!? 本気のレヴィに対抗できるゥ!!?

・ぇだってレヴィの本気って、人智を超えてるんだよね!?

・てか本気のレヴィ、見てみたい……!

・リーさん、他にも知り合いいたのね……。

・良いから先が読みたい!!!!


と思ってくださったら、

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(私こと私が喜び過ぎて宇宙まで飛んでいってしまいます(飛んでいった先でも執筆しますが!))

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